二十六話:少年の貴重なデレ
宿に帰ったら知らない人が居た。
部屋を間違えたと思い扉を閉めた。
ルームナンバーを確認する。
俺の部屋だ。
もう一度扉を開ける。
やっぱり知らない人が居る。
閉める。
「衛兵さーん! 不審者でーす!!」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
慌てた様子でその人物が扉を開けて飛びかかってくるのを俺は体を捻って躱し、その人物の見た目を改めて観察する。
「その格好の何処が不審者じゃないっていうんですか」
真っ黒なローブに真っ白な仮面。
そんな奴が自分の部屋に勝手に入り込んでいたら誰だって不審者だと思うだろう。
しかし、あのローブには見覚えがある気がする。はて、何処で見たんだったか。
「私だぞルッツ! ヴィルマーだ」
その人物は仮面を外して骨面を晒した。
うん。ヴィルマーだ。
「もっと不味いでしょうが! 分かったからさっさと部屋に入れ。誰かに見られたらどうするつもりだ!!」
「ひいい!?」
ヴィルマーが廊下で仮面を外したものだから、焦って思わず怒鳴ってしまった。
いかんいかん。
俺達は慌てて部屋に戻り、扉を締める。
「い、一応お前以外には幻覚を見せるようにはしてあるし、この宿にそれを見抜ける奴が居ないことは確認済みなのだ」
「それならいいんですけど……もしもの事があるかも知れないので人前でその仮面は外さないでくださいよ」
「うむ、承知した」
ヴィルマーもヴィルマーで一応そこら辺に気を使っていたようなのでしぶしぶ納得する事にした。
俺の魔属性もそうだが、ヴィルマーの存在がバレたらそれこそ大騒ぎでは済まない。
ヴィルマーを倒せるような相手なんかそうそう居ないだろうが、それでも心配なものは心配なのだ。
「で、何でここにいるんですか?」
「いや、少し旧友に会いたくなってな。やっぱり付いて行くことにしたのだ」
「ニクラスは?」
「まだ屋台で何か食っとるのだろう。私がこの部屋に入る際の付き添いにとっ捕まえて引きずってきた時以降は帰ってきておらんぞ」
「そうですか」
今はもう夕方で空が赤くなり始めている。
朝から晩までずっと食い続けるとか……いったいニクラスの胃袋はどうなっているんだろう。
「して、ルッツ。試験はどうだった?」
「思ったより簡単でした」
「……まあ、そうなるだろうな」
「あ、そうそう。魔力測定なんですけど、魔力量を計るための魔道具があったんですよ!!」
「なんと、そんなものがあるのか」
「こう、丸い水晶で、魔力を流すとその人の魔力量に合わせて水晶が光る魔道具でした」
「ほう、……うーむ、ああすれば、いや、違うな。それは是非実物を見てみたいものだ」
「もし売っていたら一つ買っていきますか?」
「ああ、そうしよう」
「ただ、僕が魔力を流したらそれはもうすごい光が出たので、父上が使うには調節がいると思います」
「なるほど」
「あんまりにも眩し過ぎたせいで、教室が混乱しかけたので、魔道具の暴走ってことにして、今度は魔道具の出力をこっそり落として測りなおしました。あ、ちゃんと魔道具は元に戻しておきましたよ」
「そうかそうか。その様子だと問題なさそうだが天属性と魔属性は隠せたか?」
「はい! ちゃんと隠せました」
「あれは難しいからな。お前の魔力量だと魔力を流すこと自体にも苦労しただろう。よくやったな」
「僕は父上の息子ですから」
俺がそう言うと、ヴィルマーは「流石は俺の息子だな」と笑って頭をなでてくれた。久々の感覚に思わず頬がゆるむ。
こうしていると本当に親子って感じがして幸せだ。
「あ、ルッツ帰ってたんだ。……おっと、親子水入らずを邪魔しちまったか?」
「ニクラスお帰り。別に気にしなくてもいいよ」
「それならいいんだが」
「うん。それにしても、朝から今までずっと食べ続けてたの?」
「おうよ。やっぱ人の作る飯は美味いよなあ」
「よく入るね……」
「コボルトとゴブリンとオークは食い溜めが出来る種族だからな。他にも何か居た気がするが主なのはこの三種だ。ホント、コボルトに生まれてよかった」
「そ、そっか。……それにしてもそんな話初めて聞いたよ」
「まあ、あんまり有名な話じゃないからな。……さて、ルッツ。夕飯はどうする?」
「まだ食べる気なの!?」
「あったりまえだろ、何言ってんだ」
ニクラスは真顔で答えた。
うわぁ、本気だ。
何時もは食べないヴィルマーも、人の街に来るのは久しぶりだし、なにか食べようかなどと言い出したので、カウンターに言って料理を持ってきてもらうことにした。
料理が来るまでの間、ヴィルマーには念のため、しっかりと仮面を付けておいてもらう。
うん。完璧だ。これならバレないだろう。
運ばれてきた料理は野菜の沢山入ったシチューと、何かの肉のステーキ、それからパンの三つだった。
パンは固かったが、シチューに浸して食べれば問題なく食べることが出来たし、ステーキは柔らかくてナイフで簡単に切ることが出来た。
うん。ニクラスが決めた宿というだけはあって、どれもとても美味しい。
あっという間に全部平らげてしまった。
ヴィルマーとニクラスはお酒を取り出して飲み始めた。
この世界では子供がお酒を飲んでも問題ないらしく、ニクラスにお前も飲むかと勧められたが断った。
もうほとんど記憶らしい記憶は残っていないが、それでも前世の死因は急性アルコール中毒だ。
苦手意識が出来てしまったというのもあるが、前世と同じ轍を踏みたくはないので今世ではできるだけ飲まないようにしようと決めている。
ヴィルマーにはそのことを話してあるので、ヴィルマーはニクラスがしつこくならないように止めてくれた。ありがたい。
だんだん眠くなってきたので、俺は部屋の隅に体を洗うためのお湯を魔法で作って宙に浮かせ、服を放り出してその中に全裸で突入し、お湯をグルグルと洗濯機のようにかき混ぜて体の汚れを落とした。
石鹸は使っていないし風呂にも負けるが、ある程度はスッキリしたのでお湯を消して濡れた体をタオルで拭いて寝間着を着る。
魔力で出した水は自由に消すことができるのでとても便利だ。
ヴィルマーたちはまだ酒を飲んでいるが、俺は一足先に寝ることにした。
おやすみなさい。
次の日、目が覚めると目の前には頭蓋骨があった。
思わず叫びそうになったのは仕方が無いと思う。
まあ、もともと二人部屋でベッドも二つしかないので、こうなることは予想済みだが、それでもやっぱり心臓に悪い。
ニクラスは一人でベッドを占領してしまう程度には図体がでかいので、必然的に俺とヴィルマーが同じ布団で寝なくてはならなくなるわけだ。
起床時に俺の心臓に悪いことを除けば何の問題もない。
親子だし一緒に寝ることくらいあるだろう。
ノープロブレムだ。
今世の俺は少し朝に弱いらしく、何時も朝はボーっとしてしまってあまり頭が働かないのだが、今日はヴィルマーのお陰でやけにぱっちり目が覚めた。
俺は着替えて顔を洗い、歯磨きをする。
起きた後に隣のベッドを見たらニクラスがいなかったので食堂に行く。
「おう、ルッツ。おはよう。今日はやけにシャッキリしてるじゃねーか」
「目が覚めた瞬間にヴィルマーの顔が目に入ってきたからね。嫌でも目が覚めるってもんだよ」
ニクラスはやはり食堂にいて朝ごはんを貪っていた。
それにしてもよく食べるなあと宿の料理をしているおっちゃんがカウンターの向こうから感心している。
まったくもって同感だ。
ついでに俺も朝食を食べることにする。
オムレツ、チーズを載せて焼いたパン、葉野菜のサラダ、牛乳。
朝食だからか軽めだが、どれも美味しかったのでおっちゃんにお礼を言うと、おっちゃんはどういたしましてと言って笑った。
部屋に戻るとヴィルマーが起きていた。
「起きたら二人共いないので置いて行かれたかと思ったぞ」
少しすねていたがすぐに機嫌は直ったので、朝食は食べるかと聞いたら、今日はもういらないと言われた。
もともとあまり食事は好きではないと言っていたのでこれは仕方が無いだろう。
昨日の酒は残っていないのかと聞くと大丈夫だと言われた。
「この体は二日酔いがなくて便利だのう」
「俺は純粋に酒に強い」
「……そっか」
犬にお酒って大丈夫だったっけとも思ったが、ニクラスは平気そうにしているので特に問題は無いんだろう。
「試験の結果発表って何時でしたっけ?」
「あー、確か明日にでも本人のところに鳥便で結果が届くはずだぞ」
「早いですね……あと鳥便ってなんですか?」
「受験者も多いが教師の人数も多いからな。あと普段研究ばかりしているような奴らもこの日ばかりはこれをやらないと支援を打ち切ると脅して引っ張りだすらしい」
「へ、へえ……大変そうですね」
「実際大変らしい。それと、鳥便は紙を鳥の形に折って風と無属性の魔法を使って指定した人物の所まで飛ばすものだ」
「風で飛ばして無で人物指定と紙の保護ってことですか?」
「そうだ。学園でなにか目印になるものを渡されたはずだぞ」
「えっと、あ、そうだ、あれかも」
そういえば識別番号の金属製のカードを渡された時にそんなことを言われた気がする。
あの時は何のことだか分からなかったが、そんなに大切なモノならちゃんと仕舞っておかないといけない。
昨日着ていた服のポケットから取り出して目を凝らしてみると、金属のカードの中に魔力回路があるのが見えた。
「これのようだな」
「無くさないように鞄にしまっておきます」
「うむ、そうするといい」
「なー、ルッツって寮使うんだっけ」
「そうですね」
「そっかー、じゃあ城も寂しくなるな」
「まあ、……あそこは少し魔力の流れがゆがんでいるので難しいですが会おうと思えば転移で会えるんですけどね。学園で色々学んで自信をつけたら一回帰りますよ」
「いざとなれば我も居るのだ。何時でも会えるぞ」
「来る時は仮面付けておいてくださいね。いきなり骸骨現れたら驚きますから」
「無論。忘れはせんよ」
「俺達も注意しておく。というか、まず無闇矢鱈とヴィルマーがルッツに会いに行かないように見張っとかないといけなくなりそうだよな」
「そうですね」
今から受かった時の話をするのは早過ぎるかな? ……まあ、多分受かってるだろうけど。
「合格通知が来たらどうするのか知らないんですけど……」
「その識別プレートを持って学園に行けばいい。寮を希望するならその場で部屋を選べる」
「早い者勝ちですか」
「そうだな。因みに一人部屋は数が少ないしルームメイトに気を使わなくてもいいということで人気があるらしいぞ」
「へー……寮の醍醐味は集団生活だと思ってるんで僕は一人部屋じゃなくてもいいですけど」
「それでは我が気軽に会いに行けぬではないか」
「会いに来ないでください」
「なんと」
そんなこんなで三人揃ってぐだぐだと街を回ったりなんだかんだをしてその日を過ごし、待ちに待った結果発表の日、飛んできた紙の鳥を丁寧に広げると、そこには合格という二文字が書かれていた。




