二十三話:少年は冒険者と語らう
次の日、俺はライニール学園都市に居た。
「ルッツ、あまりキョロキョロしていると置いてくぞ―」
ところが、何故かヴィルマーではなくニクラスと一緒だった。
ニクラスは流石に人の街では犬面のままでは居られないらしく、どうやったのかは分からないが獣人の姿に扮していた。
因みにこの世界でいう獣人たちは、人の体に人の顔、獣耳、尻尾、と、こんな感じのケモノ度合いだ。
ケモナーガチ勢の方々なんかは多分通常の姿の二クラスのほうが好みだろう。
「お、この串やき美味そうだな」
「はいはい、後でな」
「あ~、串焼き~」
俺は物心ついてから人間の町へやってくるのは初めてなので色々見て回りたいのに、ニクラスは放って置くと勝手にそこら辺にある屋台の方へとふらふらと引き寄せられていってしまうので、それのおもりで精一杯だ。
アレだな、まんま躾のなってない犬連れて歩いてるみたいな気分になってくる。
「ルッツのケチ~」
「ニクラスのペースで食べてたらあっという間にお金がなくなるじゃないか。普段どうやって旅してるんだよ」
「金がなくなったらそこら辺の魔物倒せばいいだろ」
「あんたも魔物なんだがそれでいいのか……?」
獣人モードのニクラスはワイルド系イケメンなので余計に腹が立つ。
不思議そうな顔を下にクラスの頭の上で、青い耳がぴくぴくと動いている。
うん、ごつい男にケモ耳付けてもダメだ。
まあ、もしかしたら極一部には需要があるかも知れないが。
「ところでさ、なんでヴィルマーいないの?」
「あ? えっと、確かアレだ。ここの学園長に話は付けておくから後は勝手にしろだと」
「はぁ!?」
「まあ、表向きにはそう言ってたが、多分ホントの所はこの街はやりにくいってのが一番だと思うぜ」
「やりにくい?」
「ああ、ヴィルマーの擬態がそう簡単に見破られるとは思わないが、多分この町にはヴィルマーの擬態を見て違和感を抱けるレベルの奴らが結構いる。実際、この街に入ってから何人かは俺が魔物だって気がついてるし。」
「えっ、それ大丈夫なの?」
「近くに純人間のお前が居たからテイムされた魔物だとでも思われたんだろうな。俺一人だったら誰何されてたと思うぜ。……ってことで、ヴィルマーとしては危険はなるべく避けたいわけだ」
「なるほど」
ヴィルマーは素直じゃないしかっこつけな所がある、ニクラスの説明を聞いて大いに納得した。
「で、何で付き添いがニクラスなのさ」
「そりゃ俺が一番旅慣れてるし人に近い姿になれるからだろ」
「旅って程のものでもない気がするんだけど」
「まあまあ、お前は初めて街に出るんだし、ある程度街のこと解ってる奴は必要だろ?」
「解ってるけど……」
と、そんな話をしているうちに目当ての場所に辿り着いた。
ここは宿屋が集められている地区だ。
「色々あるな」
「おうよ、どうせ泊まるなら多少高くても飯が上手くて部屋が綺麗なとこ探したほうがいいぜ。得した気分になるからな」
「うわ、露骨に逢引宿とかまである」
「お前にはまだ早い。ってか逢引宿なんて言葉何処で知ったんだ? 意味理解してないだろ。俺が吹き込んだみたいに思われたら堪ったもんじゃねえからとっとと忘れろ」
「はいはい」
まあ普通は八歳児には理解できんよな。
俺も知識としては理解できているが、それがどんなものかまでは分かっていない。
前世で経験があったかなかったかは記憶が無いので分からない。
オタク知識が豊富な時点でお察しだとは思うが、実際の所はどうだったのだろう。
「おっと、ここがいいかな」
考え事をしていたらニクラスが勝手に宿を決めてしまった。
「ちょっと、待ってよ」
「別にいいだろ、宿も綺麗だし、旨い料理のいい臭がする。完璧だ」
そうだった、ニクラスはコボルトとはいえ犬だ。つまり鼻が利く。
料理は多分美味いだろう。
「いらっしゃいませ。お二人様ですか。はい、一泊二日の二人部屋で? 食事は? はい、分かりました。二人で大銀貨一枚です。……確かに、こちらが部屋の鍵になります。失くさないでくださいね。ごゆっくりとおくつろぎください」
あれよあれよという間に泊まるための手続きが終わり、俺達は部屋へ通される。
あっという間すぎて何がなんだか分からなかった。
旅慣れてるってこういう所でも役に立つのか……。
「とりあえず一泊二日で二食付きだ。昼飯はないからどっか食いに行こうぜ」
「はあ、わかったよ、いけばいいんだろ」
荷物を置いてやっと落ち着けたと思ったらグイグイとニクラスが引っ張ってくる。ブンブンふられる尻尾からの風圧が凄い。ホント犬だな。
とりあえず荷物は整頓して部屋の隅に置いておき、財布と護身用のナイフを持っていく。
財布はスられても困らないように小分けにしてあっちこっちに分散させておく。
まあ、スられたら気が付くと思うけど念のためだ。
「準備完了っと。じゃ、行こうか」
そうして俺は初めての町に繰り出していった。
「うまいな~これ」
「どんだけ食うんだお前」
「食えるだけ食う」
「夕飯入らなくなるぞ」
「その頃にはまた腹減ってるから大丈夫だ」
目の前には皿の山。
ここはそこら辺の通行人にニクラスが声をかけて聞き出したおすすめの食堂だ。
俺はもう食べ終わったのだが、ニクラスは店の食材を食べ尽くす勢いでパクパクと出された物を口の中に放り込んでは追加の注文をするので、何時までたっても食べ終わる気配がない。
一体ニクラスの腹にはどれだけ入るのだろう。
「お金は?」
「沢山持ってきたし冒険者ギルドに行けば引き落とせる」
俺に金をたかるような真似をしないのならば別に俺が手持ち無沙汰であること以外に文句はないので隙なだけ食べればいいと思う。
「暇だな……」
他人が食べ終わるまで待つというのは意外と暇だ。
ルッツは周りを見回した。
今まで魔物は沢山見てきたが、人間をこんなにたくさん見るのは初めてだった。
俺達の席の周りの幾人かはニクラスの食いっぷりに驚いていたり、感心していたり様々だ。
魔導師っぽい人が居たり、戦士っぽい人が居たり、学者っぽい人や一般人にしか見えないような人もいる。
……冒険者だろうか。
何となく興味を惹かれたので、席を立ってその冒険者達が居る方へと近づいていく。
少し剣士っぽい人に話しかけてみることにした。
「あの……、こんにちは、お兄さん」
「お? おお、こんにちは、坊っちゃん。あー……、言葉遣いはなってねえが勘弁してくれ」
どうやら俺はそこそこ身分のある何処かの坊っちゃんとでも思われているようだ。
……まあ、城に居る時よりはおとなしめだが服の仕立てがいいのはひと目でわかるし仕方が無いか。
「それにしてもアイツってコボルトだよな……獣人みたいな格好になるなんて初めて知った。おどろいだぜ」
「群れのリーダー格だと人語を理解する場合もあるって話は本当だったのね……」
「君はテイマーなのかな? それにしても彼はよく食べるね」
男と話していると同じパーティーの仲間だろう人達が一斉に話しかけてきた。
ローブを着て身の丈ほどの杖を持った女の人と学者っぽい人だ。
「え、えーと……」
「おい、お前ら一斉に話しかけるんじゃねえよ」
「おっと、ごめんなさいね」
「コレは失礼した」
「あはは、面白い人達だね。因みに僕はテイマーではないけど、僕の父がそんな感じかな」
「なるほど」
実際にはテイムだとかそんなものではなく単純に従っているだけなのだが余計なことは言わないに限る。
「お兄さんは剣士で、お姉さんは魔術師だよね? でもそっちの学者さんみたいなお兄さんが何なのかわからないんだけど……」
「私か? 私はメディックだな」
「コイツがいればポーションいらずってな」
「調合なんかもできるから、旅先でポーションが尽きた時なんかには材料さえあれば簡易ポーションも作ってくれるのよ」
「薬師よりは作れる薬が少ないし回復魔法も回復魔法特化型よりは劣るのだが、薬と魔法を掛けあわせることでより広い範囲をカバーできるのがメディックの強みだな」
「いざとなったら応急処置がしてあるかしてないかだけでもだだいぶ違うのよね」
「あと一時的に力が上がる薬とか魔物を弱らせる毒も作れるしな」
「へぇ~。そんな仕事の人もいるんだ。初めて知ったなぁ」
なるほど、バフ、デバフ、回復をこなせる後衛か……。
一時的に力が上がる薬とかドーピングじみてて体に悪そうなんだけど大丈夫なのか?
薬に何らかの魔法的効能があってとかならまだ安全そうだが、やっぱり実物を見ない限りには……まあ、関係ないしいいか。
「俺たちは学園卒業生なんだが、学園の時に組んでたパーティーがあまりにも上手くハマったから、どうせならこのまま冒険者でもやろうかってことになってさ」
「そうなんだ。道理で仲が良さそうだと思った」
「時々大げんかするがな」
「あはは、それは喧嘩するほど仲がいいってやつでしょう」
「全くだ」
冒険者達と談笑していると、後ろからニクラスが俺を呼ぶ声が聞こえた。
「おいルッツ。食い終わったからいくぞ」
「あ、やっと食べ終わったみたい。じゃあ、僕はいくね」
「おう、俺達はここ拠点にしてるんだ。お前学園に入学試験受けに来たやつだろ? 受かったらまた会えるかもな」
「受かるように頑張るよ」
俺は冒険者達と別れ、宿へと戻った。
「受験受付ってヴィルマーがやるって言ってた?」
「あ、やべっ。受付行けって言われてたの忘れてたわ」
「はああああ!?」
ヴィルマー……、そんな大事なことは食い物のことしか頭にないニクラスじゃなくて俺に直接言ってくれ。
結局、やっと宿で休めると思ったのもつかの間、俺達は慌てて学園まで行って受験登録をしてくる羽目になった。
主にニクラスのせいで余計な疲労がたまった気がする。
今日に明日で大丈夫かとも思ったが、ちゃんと受験登録はなされたようだ。
さて、明日に向けてしっかり休もう。




