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二十二話:少年は過去を振り返る

 驚いた、ヴィルマーの突飛な行動にはある程度慣れてはいたが、まさかここまで急な行動を取るとは思ってもみなかった。

 さすがに今日に明日は急過ぎると文句を言った所、ヴィルマーは少し拗ねたように言った。


「まさか、私だってもう少し時間を取ろうとは思っていたのだぞ。……一般試験を受けたいといったのはルッツではないか」


 事情を聞いた所、どうやら一般試験の日程が明後日らしい。

 はじめヴィルマーは面倒な試験は別に受けなくてもいいと考えていたらしく、今日俺に話をして後は入学までにゆっくり準備を整えるつもりでいたらしい。

 なるほど、これは俺が悪い。


「たしかにそれなら急ぐ必要はありませんでしたね……。一方的に責めてごめんなさい」

「うむ、別に構わぬよ。お前が一度外で自分の力を試してみたいと思っていたのは薄々察していたからな」


 察されていた。

 この城にいる魔物たちはそのほとんどが俺よりは強いので、俺が今どれくらいの力を持っているのかが分からないのだ。

 ヴィルマーとの模擬戦なんかは今現在、殺る気で行かなければ大怪我では済まないものになっている。

 時々ニクラスやイルザ、フィートゥスなんかとも戦うが、それぞれがそれぞれに違った方向性でヤバいのだ。


 ヴィルマーは言ってしまえば万能タイプ。魔法戦も肉体戦もそれぞれ完璧に近いレベルでこなす双剣使いの魔法剣士。

 近づくのにも苦労するし、双剣の隙を突くのにも苦労する。

 と言うか、そもそもヴィルマーが本気を出したらあのゲームのように近づくことすら許されずに撃墜されるので模擬戦の時はある程度戦いになる程度には手加減されている。

 それでも一度だけ、模擬戦の最中に俺がヴィルマーの攻撃を避け損なって左腕の肘から先を切り飛ばされた。

 すぐにくっつけてもらったけど、あの時は本気で死ぬかと思った。


 ニクラスはムキムキマッチョな見た目通り、体全体を武器にした肉弾戦が得意。

 ニクラスと模擬戦をすると、必ず一箇所は骨折する。場所は主に腕か足。

 拳の攻撃は重たすぎてまともに食らったら一発で死ねるし、爪の攻撃は風を纏っていて見た目よりもリーチが広い。

 時々視界の外から鞭のような尻尾なんかも飛んでくるので油断ならない。

 見た目や普段の言動に似合わず、戦っている時は意外と冷静で、身軽かつトリッキーな賢しい戦い方をする。

 初めて戦った時は驚いた隙を突かれてクリーンヒットを貰いそうになったので、何とか両腕を割りこませてガードしたら骨が粉砕されて軟体動物みたいになった。


 イルザはハッキリ言ってしまえばヴィルマーの下位互換だ。

 ヴィルマーから双剣を取って魔法のレベルを数段下げたらこんな感じになるのではないだろうかというような戦い方をしてくる。

 経験の差や踏んできた場数で今はまだ俺のほうが弱いが、経験を積めば彼女にはそのうち追いつけそうな気がする。

 だが、イルザは『蛇の魔眼』と言う全ラミア種共通の力を持っており、下手に目を見るとその場で麻痺や石化、魅了といった状態異常にかかってしまう。

 攻撃や何かをしようという動作の兆しは目に表れるので、相手の目を見ることが出来ないというのはかなりやり辛かった。

 戦っている最中に一度、至近距離でバッチリ目があってしまって全身石化した。

 目を覚ましたのは一週間後だった。


 フィートゥスは元近衛隊隊長だっただけあって、守る事を主軸においた戦い方をする。

 もちろん全く歯が立たなかった。

 魔法を打てば剣で真っ二つに斬られるか左手に持つタワーシールドで防がれ、近づいて剣で攻撃しようとすればまだ子供で背丈が小さい俺は巨大なタワーシールドによって上から地面に押しつぶされて終わる。

 手を変え品を変えどうにかこうにか本体に攻撃を当てても、本体であるフルプレートメイルにはかすり傷が付いただけだった。

 肉体的なダメージは圧倒的に他より少ないのだが、精神的ダメージが圧倒的に他の比ではない。

 フィートゥスと戦っていると、ほとんど子供扱いであるという事実に心が折れそうになる。

 自分が実際に子供であったことを思い出してなんとも言えない気分になったのは余談だ。


 改めて思い出すと随分とまあ酷い目に遭ってきたものである。

 だが誤解してほしくないのはこれらの大怪我は俺が「どうせやるなら全力で」と彼らに頼み込んだ結果だということだ。

 より強く、もっと強く。そのためには多少の無理は覚悟の上だ。

 いざ実践になった時に殺気や痛みで動けませんでした、なんてことじゃあ話にならないし、戦いというのは経験や場数がモノを言う部分もある。

 痛みや苦痛に対する耐性、戦いの勘、そういったものを育てるにはこの方法が一番手っ取り早いのである。


 ただ一つだけ気がかりなことがあるとすれば、前世であまりにもハードな運動は成長に悪いという話を聞いたことがあるので、それだけがずっと心の隅にひっかかっていた。

 どんなシチュエーションでその話を聞いたのかは覚えていないが、それまで毎日スポーツの練習に明け暮れていた子供が、怪我などで一時期運動せずに休養をとった結果、身長が爆発的に伸びたなんていう話も知識としては残っている位だ。

 大怪我をしたり、血を失いすぎたりした時は回復し切るまでは一応長期の休みを入れているので大丈夫だと思いたい。

 チビが駄目というわけではないのだが、やはり体格で戦いの優劣が決まるのは確かだ。大柄とは言わないが、それなりの身長は欲しいものである。


 話は逸れたが、一体何が言いたいのかというと、基本的に俺は死ぬ気殺す気で全力を出してもボロ負けするので、手加減の仕方が全く(・・)これっぽっちも(・・・・・・・)分からないのだ。

 一応、ブラフとして魔法の威力を抑える程度の事はしていたし、剣を寸止めすることぐらいならば出来るだろうが、今の状態で下手に外の人間相手に戦うと勢い余って殺してしまいそうで怖い。


「ふむ、学園の試験で他の者達の腕前を見て基準がわかればそれに合わせることが出来る……か」

「はい、手合わせもありませんし、それらを見てから練習すれば大分ましになるかと思いまして」

「うむ、格下と戦わせなかったのは我のミスだな……気が付かなくて済まなかった」

「いえ」

「だが言わなかったお前も悪いぞルッツ。お前はもう少し私や周りのものを頼ることを覚えろ。……昔から妙に気負う所はあったが、最近のお前は特に見ていて痛々しいのだ。何を考えているのかは知らんが無茶をするものではないぞ」

「えっと、はい、分かりました?」

「自覚がないのか……これまた厄介な」


 何だか良くわからないが怒られたので、俺は外へ出る気は無かったので、手加減の必要性を感じなかっただけだ、と心のなかで言い訳してみる。

 するとヴィルマーにじろりと睨まれた。多分。


「全く反省しておらんな。……力を求めるのは良いがそれに飲まれるなと言っているのだ。戦いは力ばかりではない。時には傷を付けずに捉えることが必要な事もあるのだぞ」


 それを聞いて俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。

 自分の目が真ん丸に見開かれているのが分かる。

 なるほど、生け捕りも技術の一つ。確かにそうだ。

 攻めてきた敵を捕まえて首謀者を吐かせることも必要だ。

 二度と攻めようなんて思えないくらいには地獄を見せてやらなくてはならない。


「何を驚いているのだ……。と言うか予想外の方向に解釈していそうで怖いのだが」

「確かに首謀者を吐かせて地獄を見せるためには必要なスキルですね……学園で磨いてきます」

「おいおいおいおい、ちょっと待て、何故貴様はそんな物騒な方向に思考が飛ぶのだ! 拷問でもするつもりではあるまいな」

「ああ、拷問もありましたね。生かさず殺さず……こう考えると回復魔法って便利ですね」

「しまった、余計なことを言ってしまった」

「やだなあ、冗談に決まってるじゃないですか。冗談ですよ、冗談。そんなおっかない事なんてしませんから」

「その割には目が笑っておらぬぞ」

「あ、バレました?」

「『バレました?』ではないわ馬鹿者め。このように()にも恐ろしき八歳児は初めて見るぞ……」

「僕はこの世の何よりも家族が大切なだけのただの八歳児ですよ」


 俺の答えを聞いて何処で育て方を間違えたのかと唸るヴィルマーを置いて、俺はエラに荷物を纏める手伝いを言付けて自分の部屋へと向かう。

 エラはこの城の中ならば何処にでも一瞬で移動することが可能であるため、城のアチコチにある旅の道具や着替えの衣服などを集めるならば彼女に頼むのが一番なのだ。

 ただし、エラだって動くためには魔力という名のエネルギーが必要なので、何か頼むときには生活やもしもの際に支障が出ない程度に魔力を渡している。

 外国のウエイトレスに渡すチップみたいなものだと思っておけばいい。


「さて、持っていくものは……」


 自室に戻った俺はアケイシャからもらったあの本を手に取る。

 因みにいつまでもあの本ではややこしいので、呼び名を付けようと思い、アケイシャに相談した所、よく考えるようにと言われた。

 アケイシャ曰く、名は体を表すため、名をつけるとその力が縛られ方向性が加えられるのだそうだ。

 よく分からなかったので簡単に説明してもらった所、要するに出来る事の幅が浅く広くから狭く深くになるらしい。

 つまり、変な名前をつけるとその機能がその名の通りの方向に制限されてしまうのだそうだ。

 その話を聞いた俺は散々悩んだ結果、この本に『万物の魔導書』という呼び名を付けた。

 と、それは置いておいて、俺は魔導書の白紙のページを開くと、必要になりそうな物のリストアップを始めた。


「服、剣、杖、お金、マント、あれ、試験が明後日ってことはライニールには転移で飛ぶのか。じゃあマントはいらないかな? いや、宿が寒かったら大変だし一応持っていくか……。後要りそうなものは……ああ、そうだ、水筒も要るかな」

「ルッツ様、必要になりそうな物をお持ちいたしました。今回はどの鞄をお使いになりますか?」

「ああ、鞄もいるや、後は薬かな、ポーションも少しは持っていくか」

「ルッツ様」

「あ、ああ、ごめん。えっとー、鞄か……。今回は背嚢じゃなくて旅行鞄がいいかな」

「承りました」

「中に空間拡張の魔法が組み込まれてて、軽量化もついてる奴がいいけどそういうのあった?無理なら空間拡張だけでもいいけど」

「確かヴィルマー様の持ち物の中にあったかと。お借りしてもいいか確認してきます」

「分かった、借りてもいいって言ってたらそのまま借りて持って来ちゃって」

「はい、では失礼」


 エラがヴィルマーに確認を取りに行くために消える。

 俺は俺でエラが持ってきた物の仕分けに取り組む。

 その後も俺が必要になりそうな物を只管リストアップし、エラに集めてきてもらうという作業を繰り返して着々と準備を進めていった。

 サブタイトルについて。

 この章では学園編ということもあり、ヴィルマーの出番が減るので、今度は少年で統一することにしました。

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