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二十一話:少年大いに驚く

 ヴァイラント王国。

 大陸南東部に存在し、東には果ての荒野が広がる。

 北にはオスカー山脈がそびえており、その豊富な森林資源により林業が盛んである。

 今から六百年ほど前、果ての荒野に顕現した邪神との戦い、俗にいう『邪神大戦』では常に最前線で戦い、周りの国が次々と滅んでゆく中踏みとどまり続けた騎士の国。

 六百年もの間、この国が滅ぶこと無く存続していられるのは、ひとえに邪神大戦において大いに活躍した英雄の一部が未だに生き残っており、この国に留まっているところが大きい。

 その生き残った英雄達の内、一人は王国にて学園を設立し、今なお学園長を務めている。

 学園がある都市の領地もまた、英雄その人が治めておりライニール学園都市などと呼ばれており、街自体にもあらゆる分野の精鋭が集まり切磋琢磨の場となっている。


 そんなライニール学園の学舎の一室、学園長室にて。

 ハーフエルフでありながらにして、エルフの寿命である七百年を遥かに超えて千年を生きる化け物学長。

 生きた英雄ことコンスタンテイン・ライニール・ファン・へルクは、執務机に着いて、とある古い友人から唐突かつ一方的に送りつけられてきた手紙を読んでいた。

 内容は、簡単な挨拶と、一人生徒を受け入れてほしいということと、その生徒が手紙の送り主の息子であるという事が書いてあるだけの極限まで無駄を省いたような物であった。


「はは、彼は相変わらずだね。無駄に喋るくせに手紙だけは短いんだ」


 コンスタンテインは紅茶を口に運んで、ぬるくなってしまっていることに気がつくと「これくらいかな?」と呟いて魔法を使って温めなおす。


「うん、温度は完璧。ああ、でも匂いが飛んじゃった、少しもったいなかったなぁ。せっかくの良い茶葉なのに……」


 それにしても、とコンスタンテインは考える。


「ヴィルの息子かー。どんなイロモノが出てくるんだろうね……楽しみだなあ」


 どうせあの(・・)ヴィルマーのことだ、無自覚に英才教育を施しているに違いない。


「アイツ人のキャパシティーギリギリまで詰め込んでくるからなぁ。それでいて限界の見極めが妙に上手いのがまた腹立つんだよなぁ」


 その後にボソリと「まあ、良い教師であることに間違いはないんだけど」と若干拗ねた様に呟くと、机の中から一枚の羊皮紙を取り出し、羽ペンでサラサラと何かを書き込む。

 そして、暫く待ってインクが完全に乾いたことを確認すると、くるくるっと手早く丸めて紐を巻き、溶かした蝋を落として印璽(いんじ)を押すと、手早く魔力を伸ばした線で空中に魔法陣を組み、金色に輝く立派な体躯のグリフォンを呼び出す。


「さてさて、こいつをちゃーんとヴィルの所まで届けてね。ちゃんとできたら後でご褒美を上げるよ」


 コンスタンテインがグリフォンの首に革で出来たポーチを掛け、その中に先ほどの羊皮紙を入れると、グリフォンは一つだけ高い声で鳴いて学園長室のテラスから外へと飛び立った。

 コンスタンテインは現在、領主とは名ばかりで貴族としての仕事は子供や孫達に丸投げして学園の仕事に専念している。

 といえば聞こえはいいが、要するに最低限の事務仕事以外は殆ど自分の研究室に閉じこもって興味のある事柄を研究しているだけだ。

 身も蓋もなく言ってしまえば、大変暇なのである。

 ならば領地の経営を自分で行えばいいのではないかと思うかもしれないが、天辺がずっと同じ人物というのは色々と問題があるのである。

 流ぬ水が腐るように、程よい変化がなければ人は腐るモノだ。

 ここの所、学園にもあまり変化といった変化がなく、停滞の空気を感じていたコンスタンテインにとって、この話はまさに渡りに船といったものだった。

 少し風を通して空気を入れ替える必要があるとは思っていたところだ。

 ただ、出自のわからない者を学園に入れるとなると、少々骨を折らなくてはならなくなるだろう。


「ヴィルマー、これは一つ貸しだからね?

 さーて、面白くなってきたぞ―!」


 コンスタンテインはまだ見ぬ友人の子と、その子と共に学園に吹きこむであろう新しい風に思いを馳せた。



 エラ・ゲーデル城、闘技場。

 ルッツは八歳になっていた。


「ぐわああああああああ」


 ルッツが六歳を超えた辺りから、ルッツがヴィルマーに吹っ飛ばされて宙を舞う姿がよく見られるようになった。

 始めのうちは吹っ飛ばされては潰れていたルッツだったが、その内に空中で姿勢を整え、受け身を取る事を覚えたので、今では吹っ飛ばされるたびにヴィルマーへと突っ込み、又吹っ飛ばされるというループが出来上がっている。

 ルッツがヴィルマーから飛んでくる魔法を弾いたりいなしたりしてヴィルマーの方へと進み、ヴィルマーの元へ辿りつけたらルッツの勝ちという修行兼ゲームなのだが、これが中々に難しい。

 魔法の後ろに同じ魔法が追撃でやってくるのなんて言うのは序の口で、下手をすれば絨毯爆撃や躱し様のない高範囲攻撃が飛んでくるので、剣も魔法も併用しなくてはやっていられない。


「このっこのっこのっうわっ」


 しかも腹立たしいことに、ヴィルマーはこのゲームが始まってから一歩も動いていないのだ。

 そして、容赦の無い攻撃の割に、ルッツが疲れきって倒れそうになる度にジャストタイミングで回復魔法が飛んでくるのだ。

 疲れきっているのに倒れることも出来ず、がむしゃらに攻撃すれど攻撃は当たらず、相手は一歩も動くこと無く涼しい顔で突っ立っている。

 そんなの誰だってキレるか心が折れるかのどちらかだろう。


「うえ……死にそう」

「ふむ、今日はこんな所か……。

 ルッツ、そう落ち込むでない。一応昨日よりも二メートルほどは我に近づいておったぞ」

「アレだけやってたったの二メートル……」

「まあまあ、普通の人間でヴィルマー様の猛攻を掻い潜ってあそこまで近づくのはなかなか難しいんだから。ルッツは十分凄いよ」

「うう……」


 ルッツにとっては修行でも、ヴィルマーにとっては本当にゲームのような感覚なのだろう。

 ルッツの目標にはまだまだ遠い。


 三歳から始めた剣の修練だが、ルッツはヴィルマーから双剣術と短剣術、魔法剣技を学んでいた。

 ただ、ヴィルマー曰く、魔法剣士は剣と魔法の両方に修練の時間を割かねばなないため、どっちつかずの器用貧乏に成ることが多いらしい。

 そのため、ヴィルマーは剣と魔法を同時に鍛えるための課題をルッツに課した。

 素振りをしながら浮かせた水球の維持から始まり、同じ出力の身体強化を維持しながらの試合、必要に応じて剣、魔法、魔法剣を使い分ける練習、その他いろいろ。

 それぞれ難易度は高かったが、クリアできれば大幅なレべルアップを望めるものばかりだったため、ルッツは必死で食いついていったし、ヴィルマーはルッツの実力に合わせてどんどん難易度を上げていった。

 そのせいで、最近ではルッツの年齢的に考えると無茶以外の何物でない程には難易度が桁外れなものになっているのだが、ルッツは強くなることに夢中でそれに気がついていない。


「俺たちあの年齢の頃多分泥遊びとかしてたよな……」

「俺虫とか兎追っかけてたわ」

「俺は鶏」

「ってか、だんだんルッツも化け物じみてきてるんだが」

「ま、まあ、俺達の仲間が増えたって事で、万々歳じゃないか」

「朱に交われば赤くなるってやつだな」

「かわいそうに……」


 一部騎士たちに憐れまれていることにも気がついていない。


「さて、ルッツ。お主、学府へと行く気はないか?」

「と、唐突に、何ですか父上」

「学府だよ学府。ヴァイラント王国にいる古い友人が設立して学園長をしているんだがね。

 ルッツを入れてくれんか尋ねたら、お前の息子なら入れてやらんこともない的な感じの手紙が帰ってきたのでな」

「なんですかそれ……。というか此方から尋ねたなら入らない訳にはいかないでしょうに」

「まあな、だから入れ」

「別にいいですけど……。一処に留まっていたりすると視点の偏りとかも心配ですし」

「そう、それだ。私はルッツにはいろいろな経験を積んで、色々と考えることの出来る大人になって欲しいのだ」

「はぁ……。一応前世では成人してたはずですが」


 六歳を超えた辺りから、何故かルッツは前世の記憶を失い始めた。

 知識だけは相変わらず残っているのだが、今ではもう前世の自分の名前どころか性別すら思い出せない。

 前世の記憶の剥離は自分が自分でなくなっていくかのようで恐ろしかったが、この世界に自分が馴染み、自分が『完全なルッツ』になり始めた証拠だと思えば大したことはなかった。


「で、その学府ってのは何処なんですか?」

「ライニールだ」

「ライ、ニール……?」


 ルッツは地理で学んだことを思い出す。

 確か邪神大戦の英雄が未だに学園長を続ける、世界最高峰の学園だったはずだ。

 それだけ長生きしている人物ならばまだ人間だった頃のヴィルマーと知り合いでも何らおかしいことはない。

 だがそれには一つ問題がある。


「コネ入学ですか?」

「む、嫌か? コネ入学でも一応は試験と呼べるものはあるぞ。……まあ、採点は一般試験に比べるとかなり緩いようだが」

「いえ、いきなりどこの馬の骨ともわからないものがコネで入学などしたら目をつけられるのではないかと思いまして……。

 どうせ目をつけられるならば、いっそ一般試験で高得点をバーンと打ち上げてやってからのほうが面白いといいますか」

「おお。ソイツは面白そうだな。初撃で怯ませるのは戦いの基本だやるならやるで思いっきりやれよ」

「しかし、やり過ぎは良くないのでほどほどの所で常識的な行動をします。幸いエラやイルザに礼儀作法は叩き込まれましたし」

「ふむ、無茶苦茶な奴と思わせておいて実は意外とまともな奴というギャップか。いいな」

「と、こんな所ですかね」

「自身はあるのか?」

「父上には敵わないとはいえ、自分もこの年齢にしては規格外だという自覚くらいはありますよ。

 具体的にどれくらい規格外なのかということは比べたことがないので分かっていませんが」


 まあ、目をつけられるというのは問題だが、面倒くさいということ以外には特にどうってことはないのだ。

 いざとなればまたゲーデル城に引きこもってしまえばいいだけの話なのである。


「そうか、では明日にでも向こうへ送るからな。準備をしておくのだぞ」

「はぁっ!?」


 ヴィルマーの行動は予測不能だ。

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