3.話をしたよ
「それでは美和子様、何かあれば私――十夜をお呼びください」
十夜さんが微笑み、長いリボンに鈴のついたものを渡してきた。
これは何だろうかと鈴と彼を見比べていたら、彼は失礼しますと言ってその鈴を私の手から受け取り直して屈みこみ、私の前から長い両手を回してその鈴を私の首に付けた。
驚いて見上げてしまった時に見えた十夜さんの――意外と整っていた――横顔にほんの少しドキドキしてしまったのは不可抗力というものだ。
「――この鈴は常につけて……、私の名前を呼ぶか強く想ってください。何があろうと必ず助けに行きます」
そんな事を考えていたら、ふいに十夜さんがそう言った。
あわてて視線を合わせると意外と近い距離にあった顔に驚いて一歩引いてしまったが、十夜さんに気にした様子はない。
それでも私が少しあわあわと混乱していると、大きな手が私の頭をぽんぽんと撫でるように触った。
とても懐かしい心地の良いその感触に、私の気持ちが落ち着いていく。
それが十夜さんにもわかったのだろう。
彼は私の頭から手を離すと、その近い距離から2歩ほど下がる。
「それでは失礼します。貴女にとって良い学校生活を送れますように」
微笑んでそう私に告げてから一礼して、それから十夜さんは部屋を出て行った。
私の首には十夜からもらった小さな鈴があり、それは音を立てずに小さく揺れていた。
☆ ☆ ☆
時は少し遡る。
十夜さんに連れられた私は、彼と一緒に神様の部屋で神様の前に立っていた。
神様は意外と若く、クリーム色に近い優しい金の髪と薄いグレーの目の、性別がどちらなのかわからない中世的できれいな顔と声をしていて、不思議な空気を持った人物であった。
私が緊張して神様を見ていると、十夜さんとつないでいる方の手がちょいちょいと引っ張られ、そちらを見上げれば大丈夫ですよとの言葉と一緒に十夜さんが微笑みをくれた。
それだけで入っていた余分な力が抜ける。
その事で、十夜さんはその存在が精神安定剤なのかもしれないと思ったのは内緒だ。
「はじめまして、佐々木美和子さん。私はルナティムクーン、この学校の校長をしています」
神様はやわらかい笑顔でそう言った。
神様と言うのだからどこの宗教の神様なのかなと思っていたのだが、聞いたことのない名前だったので、私の地球とは違う神様なのだろうかと不思議に思う。
それが伝わったのか、神様は続けて口を開いた。
「神という存在は一人で勤まるものではなく……そうですね。地球の――美和子さんの暮らしていた国の言葉で言えば、都道府県が国であり、国が世界。そして、内閣やそれぞれの議会等での議員が神……と言えばいいのでしょうか」
なるほどなるほど。
つまり世界というものはたくさんあり、その世界に必要なだけ神様は居る…という事か。
ルナティムクーンさんの言葉を砕いて理解し、私はそこで起こった疑問を口にする。
「……ルナティムクーン様はこの学校を担当している神様という事ですか?」
「少し違いますが、そう思ってもらって問題はないですね」
詳しいことはこれから学べばいいですからねとルナティムクーンさんは頷いた。
その言葉に私もうんうんと頷いてから少し止まり、言葉を反芻してから首をひねる。
「……これから学ぶ?」
私のつぶやきにルナティムクーンさんは嬉しそうに頷いた。
理解が早くて助かりますと言わなくてもルナティムクーンさんの顔に書いてある。
「はい。美和子さんにはこれからこの学校で神になるために必要な事を学んでもらい、立派な神になってもらおうと思ってます」
にこにこと笑顔な神様を見て、それからつないだ手の先にいる十夜さんを見上げると――彼も笑顔で私を見ていた。
えーと、つまり、つまり…?
「ええと、神様になる為に若い体に生き返ったという事ですか…?」
「はい、そうです。正確に言えば生き返ったのではなく、新しく作った神としての器に美和子さんの魂を転生・定着させた、という所ですね」
生前の記憶が残ってるのは人から神へと成るためには必要なものだからですよ、とはルナティムクーンさんのお言葉です。
真っ白になった脳内で何度も何度もその言葉たちを繰り返し、それからルナティクムーンさんと十夜さんの顔を見比べ、空いてる方の手で頭を抱えて叫んでしまった私に罪はない……と思いたい。
私は人から転生し、立派な神様になる為にこの学校に通う、神様見習いになったのでした。
※2015年1月28日 ちょっと加筆修正しました