恋に落ちる時?
日曜日。
やることはないしやる気も出ない。
何か気を引かれるものがあるだろうと思い秋葉原まで来てみたが、どこを見ても退屈なものばかりだ。
ふらふらとあてもなくさまよう。
小道を分け入ると住宅もちらほら見えてくる。
腹が減った。
レンガを外壁に積んだ喫茶店があった。
銅で出来たバラやカマキリやセミなどがガラスケースに入って店先に展示されていた。
これは少し珍しい。
扉を開けると、チリンチリンと鈴がなった。
カウンターには4人ほどかけて店の人とおしゃべりしている。
私と同年代であろう男女が2人ずつ。
私には休日を共にする友人がいない。
私は2人がけのテーブル席に座った。
30歳ほどの女性がメニューを持ってきて
「お決まりになりましたら、声をお掛けください」
と言った。
そして私の向かいに座った。
私は首を傾げた。
向こうも私を見つめ返してくる。
「お決まりでしょうか」
「いえ…」
少し不思議な店だが、まぁこういうのもあるのだろう。
特に食べたいものはない。
ベタにナポリタンかオムライスにでもしようか。
「ウチね、パフェがおいしいよ」
「そうですか…」
「ナポリタンはイマイチかな…」
「あ、そうなんですか」
言っちゃうんだ。
「『じゃあオムライスにしよう』って思ったでしょ」
「え、いや…」
「本当に?」
「少しは、思いましたけど…」
「でしょう?あなた、オムライス頼みそうな感じしてるもの」
微妙に失礼だな。
「カレー、お願いします」
「あれ、オムライスじゃないの?」
「カレーです」
「もしかしてオムライス頼むの恥ずかしくなっちゃった?気にしなくていいよ!
ほら本当は何が欲しいの?言ってご覧?オムライ…?」
「え…」
うわ。
「オムライ…?ほらほらオムライ…?」
「ス?」
「はい来たオムライス一丁あざーっす!店長オムライス一丁入りまっしゃー!!」
彼女はガソリンスタンド店員のようなノリで叫んだ。
ウザ可愛いと言うやつだろうか。
30だけど。
「ほらほらやっぱりオムライス頼みたかったんじゃないですかあなたー」
うざい…。
「まぁ、そうかもしれないですね…」
「でしょー?だってあなたムラムラしてそうな顔してるもん」
「失礼な!」
失礼な!!!
「そんなこと、人に向かって言うんですかあなた」
私は少しずつ彼女に敵意を抱き始めていた。
「ムラムラしてない人は日曜のこんな時間に一人で手ぶらでこんなところに来ないでしょう」
「ムラムラとそれは関係無いでしょう!」
そしてオムライスとムラムラも関係無いでしょう!
「ムラムラしてるからアキバをフラフラしてオムラムライス頼むんでしょう?」
なんだこの三十路…。
話にならねぇ…。
そして無性に疲れてしまった。
「あぁ、もう、、、じゃあそれでいいですよ」
「ふふふっ」
彼女は口元を手で抑えて可愛らしい笑顔を見せた。
「そんなきみにおすすめなのがこのパフェ!」
「営業トークですか」
「んもー。そんなこと言ってると女の子にモテないんだゾ☆」
あんたは女の"子"じゃねぇ。
「コーンフレークという白銀の世界に舞い降りたニュージーランド産アイスクリームという名の満月!
グリコ入魂の新商品"クランチムースポッキー"を贅沢にも5本使用!
終いには、このパフェを食べるためだけにわざわざ注文したちょい長めのスプーンを使う権利も与えられます!
今ならたったの890円ポッキリ!
このパフェいつ食べるの?今でしょ!」
そしてどや顔。
なにこの購買意欲のそそられない売り文句の数々。
私はゴミを売り込まれているのか?
「いや、いいです」
「こんなパフェ、よそじゃ食べられないよー」
嘘つけ死ぬほどドストレートなどこにでもあるパフェじゃねぇか。
「もー恥ずかしがっちゃって、たっくんったら☆」
私の名前に"た"なんて文字は一つも入ってない。
あと☆やめろ。
「本当は欲しいんでしょ?私わかってるから」
あなたは自分の年と営業スキルの無さについて深く知るべきだと思うが。
「ほらパ…?何がほしいの言ってご覧?パ…?パ…?」
「いやいらないですってば!」
「もう恥ずかしがる年でもないでしょう!自分に正直になりなさい!パ…?ほらサンハイッ!」
本来ならあんたが恥ずかしくなる年齢のはずなんだけどね!
「ほら言いなさい!言わないとお姉さん返さないよ!」
「恐喝じゃないですか!」
「たっくんの!ちょっといいとこ見てみたい!ほらパーフェ!パーフェ!」
「頼まない!絶対に私はあんたの口車に乗せられたりしない!」
「えー、じゃあたっくんがパフェ頼むまでオムライス運んであーげないっ☆」
マジで恐喝じゃないですか…。
10秒ほど沈黙が続いた。
沈黙を先に破ったのは、もちろん彼女の方からだった。
それもとびきりうざい方法で。
「ぷんぷくりーん!」
そして彼女はほっぺたをぷくーっと膨らませた。
正直かわいい。
そんなふうに思ってしまった自分を否定するため、彼女の両頬をむぎゅーっと摘んだ。
彼女の唇から空気が抜ける。
「わかりましたよ!パフェ!パフェ!お願いますよ!!これでいいんでしょう!」
「きゃーっ☆たっくんかっこEー!!イケメーン!」
クソがクソがクソがクソが!!
「ぁい店長パフェェェ~一丁入りや↑したぁ~~」
私の休日はこんな下らないことに費やされていくのか。
「たっくん、また来てね!スタンプカード作っておいたよ!」
「いまさらだけど、俺はたっくんじゃないから!」
「はいはい。あ、そうだこれあげる!」
彼女が差し出したのはセミの銅細工だった。
「たっくん店先でずっとこれ見てたでしょー?あげるよ!」
再び扉の鈴を鳴らして外に出た。
もう暗い。
とんだ敏腕営業ウーマンに当ってしまったものだ。
スタンプカードのスマイルマークの判子がとても愛らしく見えた。