マイ・ハウス
新築中のその物件は車で15分程度のところで工事が行なわれており、住宅街のド真ん中に位置する便利の良さそうな場所だった。住宅街ということもあり工事現場の周辺は真新しい家々がたくさん建ち並んでいる。
その似たような形の建物群は、それぞれに個性を出そうと様々な色の外装材が用いられており色鮮やかな街並みを形成している。
「なんか、あれなんてセンス悪くない?」
キョロキョロと建物群を見比べながらミナコは小首を傾げた。
「まっ、人それぞれ好みってのがあるからね」
何故かフォローしているシンジ。
「ボクはあんなおウチがいいなあ。かっこいいよね」
マコトもその気になって指をさしている。
読者の皆さんはもうお気付きになっているだろうか。すでにこの家族は『家を建てる』という方向になっていることを・・・。
それらの光景を微笑ましく見ていたワタナベ店長は、さあどうぞ、といいながら玄関ドアの鍵を回し「今日は日曜日なので工事は休みですから、ゆっくりとご覧になれますよ」と背が高く重厚そうなドアの取手を引いた。
開けてまずシンジの目に飛び込んできたのが、天井まで聳え立っている下駄箱である。この中に一体どれだけの靴を収納すればいいのか計り知れないほどの存在感を発している下駄箱に、シンジはまず圧倒させられた。
その豪華な下駄箱の前で、辺りを汚さないように気を遣いながらこっそりと靴を脱ぎ、備え付けのスリッパに履き替えるシンジ一家。
内部の仕上げ工事も終盤らしく、ところどころに大小のダンボール箱が置いてあった。壁紙はすでに貼り上がっていてなかなか良い雰囲気を醸し出している。
スリッパを引きづることなく慎重に廊下を歩く一行。最初に入ったのが16帖もあるという広々としたリビングだった。
「居間はこれくらいあれば十分よね」とミナコはリビングに入るなりそう言うと、あっさりとそこをスルーしその奥にあるキッチンへと侵入していった。やはり女性は水廻りに興味があるらしく、しゃがんでみたり、背伸びをしみたりと熱心にシュミレーションをしているようだ。話し掛けてもいまいち反応が薄いのでシンジはその場から離れ、ユーティリティやバスルームなどを覗いてみた。下駄箱もそうだったが、バスルームなんかも一人で入る想像が難しいほどに広く落ち着かないスペースに感じられた。
1階をある程度見終わったシンジは、階段をゆっくりと昇り2階を目指した。
(これで1000万円なんて・・・本当なのかな)
ぶつぶつと呟きながらも触り心地のいい手すりに感動していたシンジ。
最近はバリヤフリー化が常識となっているので、高齢者でも昇りやすい階段になっている。そんな昇りやすい階段を昇り切ったシンジは、廊下を右折し寝室と思われるつきあたりの部屋に向かった。マコトも階段をウキャウキャいいながら昇ってきては、自分の部屋にちょうど良い広さの洋間に飛び込んでいった。
「わーお。お父さん見てみて、これ天井たっかいよー」だとか「あの引っこんだところなんだろうね」とロフトを見つけては梯子を昇り、そこから部屋全体を眺め「テレビとかどこに置けばいいと思う? お父さん」なんてすでに家具まで話しが進んでいる。
シンジはそんな浮かれたマコトを洋間に残し、一番奥の寝室と思われる部屋へと入っていった。そこは12帖ほどの洋間にウォークインクローゼットが併設してあり、広々としたあまりの贅沢感にシンジは一歩後ずさりしてしまった。
すると「お~とっと」と背中を支える声。後に着いてきていたワタナベ店長がシンジの身体を両手で受け止めていた。「いかがですか? 外観を観るよりも、中は意外と広いでしょ」と両手を広げた。
「本当ですね。日当たりが良すぎて眩しいくらいですね」
「日当たりもそうですが、そこの窓から見える景色も絶景なんですよ」
「ホントですね。遠くに海も見えますし」
窓から顔を出していた店長は静かに窓を閉め、ウォークインクローゼットの方に歩いていった。
「ご主人・・・それとですね」
店長はぐるりとシンジの方に振り返った。その表情はとても厳かな表情をしていた。
「ど、どうしたんですか・・・店長」
「約束してください・・・」
店長は急にシンジの元に歩み寄り、肩をぎゅっと掴んだ。
「な、なんなんですか突然」
「・・・この家にはちょっとした秘密があるのです。お父さんだけに教えますね」と耳元で囁くとクローゼットの折戸の片方を開けて「奥さんや坊ちゃんには内緒ですからね」と立てた人差し指を唇の真ん中に当て、片眼を瞑った。
本日2回目のウィンクをしたワタナベ店長は、ウォークインクローゼットの中に進み入り、なにやらゴトンという音をさせた。すると、コトンという音と共に奥の壁がゆっくりとスライドしていくではないか。
(えっ? 奥にも部屋があるのか。でもさっきの音は一体・・・)
スライドした壁はまるで忍者屋敷を彷彿させるカラクリ戸のようだった。そのカラクリ戸の奥を眺めると隠し部屋を連想させるとても狭い部屋があったのだった。広さにして2帖?くらい、天井の高さは大人が中腰にならなければいけないほど。例えるならば屋根裏部屋と言った方が想像するに難しくない。
「ここはですね・・・」膝を折り曲げて小太りの店長が部屋に入って行く。「・・・床面積に入っていないナイショの部屋なんです。ご主人の好きなように使えるんですよ。こちらに住むご主人はですねえ・・・」とアヒル歩きで奥に進んだ店長は半身振り向き、シンジに向かってオイデオイデと手招きをした。薄気味悪ささえ感じていたが、好奇心の方が旺盛だったシンジは店長のように身を屈めて中へと入っていった。
男二人ではやはり狭く感じる小部屋だった。空いている場所にシンジが腰を降ろすと店長は無言で壁を閉じ始めた。店長は壁が閉じている最中、シンジに向かって顎をソコソコと突き出して見せた。シンジがそちらに視線を移すとそこには14インチのTVモニターが掛っていた。
「こんな所にもTVがついているなんてすごいですね。映画観賞でもするんでしょうかね。羨ましいなあ、贅沢だなあ」と腕組みをして感心するシンジ。
「映画観賞ですか。ま、まあ、そんなとこですかね」
少し顔を赤らめながら頭を掻いた店長は、その反対側の手でモニターのスイッチを押した。プツン、という感じでモニターの画面が立ち上がると店長はチャンネルのボタンを突如として忙しく連打し始めた。
「えっ、もう観れるんですかこのTV。まだ工事中ですよね」
不思議そうに画面を見つめるシンジ。
「ええ、まだ工事中ですけどね。ここのご主人のたっての希望でこれだけ先に配線つないじゃったんですよ。夜中になると頻繁に通っているみたいですよ。ココにね」
含み笑いを浮かべてさらに連打を続ける店長。
「ある回数を押さないと画面に映らない仕組みになっているんですよ。最初は面倒でもすぐに慣れますから。すぐに映ってしまっては大変危険ですからね。いわばKYですよ。ケーワイ」
(ケーワイって・・・空気読めないってこと?)
店長の言っている意味がいまいち理解できていないシンジは小首を傾げた。連打を始めて5分ほど経った頃、モニターに見知らぬ部屋らしき空間が映った。
「こ、これは?」
店長は即答するように
「映画観賞ですよ。ただの・・・ね」
その表情は得意げそのものだった。
シンジにはその映像がどうしても映画には見えていなかった。どちらかというと『盗撮』じゃないかと思っていた。
「まあまあ、それは置いといて・・・」
前のめり気味になっていたシンジの肩をポンポンと叩き、シンジは座らされた。
「これ録画機能も付いてるんですよ。便利でしょ。HDD搭載で、BRも観れる最新機種なんです」と今度はゆっくりとボタンを押しだした。すると、同じような部屋が何度か映った後、画面の中央に若い女性が一人映ったのだった。
「えっ? 誰っ? このコ」
動揺しているシンジの口を塞ぐように
「ちょっと黙っていてください。これは私もまだ見てないんですから」と店長も食い入るように前のめりになった。




