マイ・ハウス
飛び跳ねるように方向転換したミナコの足取りはリズミカルで、マコトもそれにつられるようにスキップしながら後に続いた。
店の前に着くとミナコは急に立ち止り突然結んでいた髪を一気に振りほどいた後、両手を大きく広げ深呼吸を2、3度繰り返した。
「あのお、少し大袈裟では・・・」
心の抑揚が止まらない感じのミナコの肩にシンジは手を添えようとしたが、ヒョイとかわす格好でミナコはそそくさと店のガラス戸に手を掛けた。
少し暗めで陰気臭さも感じられる店内は、人の気配が全くなかった。
「ごめんくださ~い。どなたかいませんか~」
いつ誰に聞かれても良さそうな他所行きの声でミナコは叫んだが、それでも反応がないのでくじけずに何度か繰り返してみた。マコトも彼女の後ろに半身隠れながらも小さな声でミナコの台詞を真似ていた。
が、何度も呼んでも一向に返事がないので、シンジは店内の様子を目だけで物色。天井の蛍光灯がチカチカとまばらに点滅していて薄暗さの原因を作っていたし、事務所にしては殺風景で商売っ気を感じさせない。外観のこじんまりとした欧米風と比べるとそのギャップで入店した客連中は皆驚くはずだとシンジは頷いた。しかも、あまりの色気の無さに夢のあるマイホームを商品として扱っているようには到底思えなかったのだった。
しばらくそんな事を思っていたら事務所の奥の引戸がガラガラと動きだした。そこから現れたのはワイシャツ姿の小柄なオジサンだった。ワイシャツ姿の小柄なオジサンは左手に扇子らしきものを握りしめながら慌ててサンダルを履き、シンジたちの方へと駆けよって来た。
「いやあ、すんませんねえ。大変お待たせしたでしょうか。ちょっと奥でカミさんとやりあっていた最中でして・・・エヘヘ」
と額に手のひらを当てたオジサンは、頭髪の薄くなった頭をペコペコと何度も下げていた。ミナコもそれに応えるようにお辞儀をしながら「あのお、オモテの貼り紙を見たんですが、お話だけでも伺いたくて・・・」と畏まった表情で話を切りだしていった。
「あっ、ああ、ああ、あれですね。お客さんグッドタイミングですねえ。実はあの商品、もう止めようと思っていたところなんですよ。人気が有りすぎちゃって」とテヘヘといった感じで頭を掻いた後「当初はそんなに反響あると思っていなかったんですが、思い切って安く書いてみたところ予想以上に売れちゃいまして・・・実はあれ、あんまり儲からないんですよね。あれ、あれ」と貼り紙を指さした後、扇子をパサっと開き首元をパタパタと仰ぎ始めた。
「そ、そんな折角来たんですから、止めるなんていわないでくださいよ」
ミナコは焦りの色を見せながらも、ワイシャツ姿のオジサンに食い下がっていった。
「まあ、折角来ていただいたんですからね。お話しだけでも聞いていってください。今、麦茶でもださせますんで」とワイシャツ姿のオジサンは窓ガラスに貼ってあった貼り紙をあっさりと剥がしてしまった。
(ホントに儲からないんだな)
それを見たシンジは少しだけ同情してしまっていた。
ワイシャツ姿のオジサンは、剥がした貼り紙を手でクシャクシャと丸めながら戻ってきた。そして、戻るなり右手を奥の応接間の方へと差し出した。
「さあさ、どうぞあちらへ。本当に今日は暑い日になりましたね。ボクは麦茶よりジュースの方がいいかな?」とマコトに向かって張りのある笑顔を見せながら、机の上の受話器を取り上げ、ボタンを1つ押した後に麦茶3つとオレンジジュースを1つ頼んでいた。
お茶の頼み方が心なしか低姿勢に見えたので、おそらく電話の相手はさっきまで奥でやり合っていたという奥さんに違いないとシンジは勝手に想像し、ほんの少しだけ頬を緩めた。
ワイシャツのオジサンはお茶を頼んだ後、受話器を強めに置き、呼吸を整えるように息を大きく吸った後、ミナコの方へと顔を向けニコっと笑顔を作って見せた。
「それでは始めましょうか」
電話しか置いていない事務机の引き出しを開け、名刺を1枚取りだしたワイシャツ姿のオジサンは滑らせるようにシンジたちの目の前にそれを差し出した。
「申し遅れましたが、わたくしここの店長をしておりますワタナベと申します。よろしくお願いします」
いつの間にか手にしていた水色のハンカチを額に当て、汗を拭いながら軽く会釈をしたワタナベ店長。彼の話によると、このワタナベ不動産はここら辺一帯がまだ畑一面だったおよそ40数年前に彼の父親が創業した会社なのだそうだ。
日本の高度成長時代からバブル期へと景気の波にうまく乗ることができた団塊の世代で、バブル崩壊を迎えても地道に会社を存続させてきた堅実な社長なのだという。店内が薄暗いのもその社長の意向で、節約している証なのだと彼は言った。そんな堅実な社長も60歳中ばに差しかかり、今では息子である彼にそのほとんどを任せていて、もうじきこの会社を退くことになっているらしい。
ようやく自分が会社を全面的に任されるようになったので、いろいろな商品のアイデアを模索していたところ、あの『セミ注文住宅』を思いついたのだそうだ。
家を購入するには大きく分けて方法は2つある。
まず1つ目は『建て売り住宅』。
汎用的な間取りで、無駄を極力省いた経済的な住宅を建設業者や不動産業者が前もって建築し、それを不特定多数の人々に売り出す方法だ。条件が合った客だけが自らの目で確認してから購入できるので、比較的クレームは少ないが売れるまで非常に計算しづらく、不景気になればなるほど先行投資がしづらくなるので、最近ではあまり用いられない方法だ。
それともう1つは『注文住宅』である。
これは文字通り客が思い通りに注文しその通りに家が建てらシステムで、打合せ・相談を繰り返しながら作りあげていく方法だ。時間とコストがかかる代わりに満足度は非常に大きい。
店長が考案した『セミ注文住宅』は両者の良いところを取り合せたようなもので、間取りは既に決められているが、建築場所は好きな場所を選べ、内・外装材などの色や柄、水廻りの設備機器類については客のお好みで選べるそうなのだ。しかも、建売りと違うところは『一』から建築するので新築気分を十分に味わえる。反響が意外と大きかったのも頷けるシステムだ。
店長が説明するたびに頷いている隣りのミナコがシンジは気になって仕方がなかった。ワタナベ店長も熱心に頷くミナコにつられるように流暢になっていく。そんなふたりに楔を刺すようにシンジが突然割って入っていった。
「ところで、ほんとーーーに1000万円で出来るんですか?」
空想にどっぷりと浸かっていたふたりに現実的な話をぶつけてみたシンジ。それを耳にしたワタナベ店長は突然スッと立上り、中腰の状態でテーブルに手をついた後シンジの方に顔を寄せた。
「もっちろんですとも・・・土地代は別ですけどね❤」
突然のウィンクに動揺を隠しきれていないシンジに店長はたたみ掛けるように続けた。
「今、建築中の物件がありますので、一度ご覧になって下さいよ。ここからそれほど遠くはないですから」
それを聞いたシンジは間髪入れずにミナコとマコトの手を牽き、店を後にしたのだった。
新築中の物件ということもあり興味が湧いてきていたシンジはハンドルを切りながら「どんな家なんだろうね。なんだか楽しみになってきたなあ」と微笑ましくミナコに向かって言ったが、そんなノリノリのシンジに対しやけに冷めた口調でミナコが答えた。
「うん。楽しみだね。・・・でもなんか、建ててる最中他人に見られるのって意外と嫌な感じしない?なんていうか、覗かれるような・・・さ」
真っ直ぐ前を見ながらそう言ったミナコの眉はへの字になっていた。
(なんだよ。さっきまではノリ気だったのに。女ごころなんとやら・・・か)
シンジは内心そう思いながらアクセルを深く踏み込み、店長の後を追った。




