表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

マイ・ハウス

 季節は初春を迎えた。

 身も心も寒くて辛い冬をようやく乗り越え、気持ちが晴れやかになれる季節を迎えたとある土曜日の昼下がり。ポカポカな春の陽気に誘われて、シンジはついウトウトと柔らかなソファに身を預けていた。スウーっと意識が沈みかけた頃、ドカドカと廊下を歩く遠慮の知らない足音が響いた。多分、音の主は学校の部活動から帰宅した姉のカナミのようである。

「走らないっ」とこちらも遠慮の知らない大きな声で叱る妻。そんな大声も聞こえなかったのか戸を閉める音もシンジの耳に障った。とても、寝ていられる状況ではなさそうな土曜日の昼下がり・・・。

(そのうち、長男坊も・・・)とウトウトしながらそう思っていると、案の定、間も無くして弟のマコトも帰ってきたみたいだった。なにやら足音は一人ではなさそうだ。

「おじゃましま~す」と数種類の甲高い声たち。声を聞くだけでおそらく3もしくは4人だろう。

「ちょっと、なんなのよっ」ご機嫌斜めな姉の声。「出てってよ。これから着替えるんだから」さらに斜めになる姉のご機嫌。

「あっ、おかまいなくう」と、年ごろの姉にまったく興味がない小4連中。

 あの6帖間という空間が一体どういう状況になっているのか、目を瞑っていてもシンジにはたいだい想像がついたので、小競合いに関与しないよう寝返りを一つゴロンと打った。そして、心の中の瞼も閉じて大きく息を鼻から吸い込んだのだった。

 その後、小4連中は予想通り部屋を追われるように出ていったのは言うまでもない。


 その晩。

「ゴハンよ~」と子供たちを呼ぶ妻の声で昼寝?から目を覚ましたシンジ。片眼を瞑ったまま時計をチラっと見るともう6時を過ぎているではないか。ボーっとしながらムクっと起き上がり、夕刊を取りにフラフラ~っと玄関へ。郵便受けから三つ折りにされた新聞紙を引き抜き、またフラフラ~っと元いたソファにご帰艦。体重を預けるようにドスンと腰を落としたシンジは、夕刊を顔の前でバサっと広げた。すると新聞にはさまっていた1枚のチラシがすり抜けるように床にすべり降りた。妻に呼ばれやってきたカナミがそれを何気に拾い上げなにやらウムウムと頷き始めている。

 ひと通り読み終えたカナミはパッチリおめめをさらに大きく広げ、台所にいる妻に向かって叫んだのだった。

「うぉー、いいなこれ。こういうのに住んでみたいなー。素敵じゃない。ねえ、お母さん」

 娘の弾んだ声に引っ張られるよう妻のミナコも「なになにー」と飛んでやってきた。声をハートマークにし、娘に覆いかぶさるようにチラシを覗きこむミナコ。気がつけばマコトまでも二人の間に潜りこんでいるではないか。いつの間にか我が家のソファ周辺は団欒ムードに突入していた。その光景を横目で見ていたシンジも次第に気になり始め「何だい、それ」といいながらチラシをサっと取り上げた。

 そこには豪邸にも見える立派な住宅とその前でクリーム色の大型犬と幸福せそうにたわむれる家族が描かれていたのだった。

「ねえねえ、お父さんも素敵だと思うでしょ」

 シンジは左耳に柔らかな吐息を感じた。その方向に目を向けてみるとウルウルとカナミの瞳が揺れているではないか。

(こ、これはーーー)

 そう、それは、ペットショップのゲージの中にいる仔犬のチワワとふとした瞬間に目が合い、そのウルウルとした瞳で金縛りにかけられ、急に愛おしさを感じ、思わず連れて帰りたくなってしまうという症候群。ひと昔前にそんな社会現象が起こったが、その現象を今その瞬間にシンジは体感してしまったのであった。

 カナミのウルウルアピールに便乗するように「最近、姉ちゃんのイビキうるさいんだよねえ」と困った表情を作り、細っこい腕を組んだマコト。

「そんなことないわよ。うるさいのはアンタでしょ」と狭くてカワイイマコトのおでこをこづくカナミ。

 姉弟ゲンカが始まりそうだったので、二人を力づくで引き離し食卓に座らせた妻。みんなが無事に席に着いたのを確認してからシンジもいつもの席に座った。

 自分だってそりゃ内心は、喉から手が出るほどに興味があった。この先の見えないご時世では迂闊に手が出せないことも重々に承知していた。口を真一文字に閉じ、ぐっと堪えて食事へと気を移したシンジであった。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ