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ロマンスかもしれない

 目を眇める必要はなかった。廊下の先から近付いてくる人影に、エドワードは足を止めた。同じく相手も自分を確認したものらしい。程近くで足を止めた。

「戻ったのか」

「はい」

 当たり前のことを形式的に確認する言葉に、エドワードもまた形式的に応じる。そもそも、エドワードの姫となら兎も角、この人物――カインとエドワードの間に交流はないに等しかった。これからはそうも行かないのだろうけどと思いつつも、エドワードは形式以上の報告を行うために背筋を伸ばす。

「御到着には間に合いませんでしたが、明日にはひ……レイミアさまの侍女の都合は付くかと」

「身元に問題はないのか?」

「一応は。あまり大げさに人を求めるわけにも行きませんし、この城の伝も使うわけには行きませんから完全にとは行きません」

「そうか」

 会話は当たり障りなく、そして誰かに聞かれたときに思わず耳をそばだてるような内容を混ぜ込んで。それに従って言葉を選んだエドワードに、鷹揚にカインが頷く。

 頷く相手の眉がぴくんと動いたのが視界に入った。そもそもは表情を読ませない種類の人物だろうに。エドワードの中の認識ではカインはすっかり気の毒な人である。とは言え、ここでカインの心理を組んで、表向きに示す必要のある態度を崩すわけにも行かない。

「私はこれから皇宮に戻る。暫くは行ったり来たりが続くと思うが、私がいない間は彼女を頼む」

「承知いたしました」

 もう一度頷きを返して、カインが身を翻す。腰を折ったエドワードは気配が遠ざかって行ったことを確認するまで頭を上げなかった。気配は極僅かな足音で測る。育ちと身分を示すように、カインは殆ど足音を立てない。時折騎士団の見習いに、身代を金銭で買った男爵家の次男や三男が放り込まれて来る事があるが、それらがよく立てる誇示する足音とはまるで違った。比べるほうが大間違いな話だが。

 完全に足音も気配も消え去ってしまってから、エドワードは顔を上げた。

 自然にため息が滑り落ちて行ったが、それは本心からも見せ付ける建前からも矛盾したものではなかったために留めようと言う意図は働かなかった。




 お帰りなさいと迎える声に、エドワードはほっと肩を落とした。

 それは相手――レイミアも同じのようで、あからさまに表情が緩んでいる。

「ただいま戻りました」

「首尾のほうはどう?」

 身を乗り出すようにして尋ねて来るレイミアに、エドワードは軽く肩を竦めて見せた。

「上々、だと思いますけど」

 簡潔に答えながら、ここ数日の己の所業を思い出す。

 先触れとしてカインの書状を持って訪れたこの城で、エドワードは小芝居を打ち続けた。カインが未だに慣れずにいる小芝居だが、エドワードもやはり慣れない。ただ居直る、諦める、腹を括ると言う辺りの技能が慣れによって培われているだけの話だ。

 その居直り諦め腹を括って打った小芝居は、非常に細かくも多かった。箇条書きにすると、

1.会話のいたるところに『ひ……』という言い直しを散りばめる。レイミアを語るとき、5、6割の確率でそれを使う。

2.若い娘を侍女として雇い入れたいと要請し、しかし城守の伝は使えないと渋る。

3.自ら街へと出向く。

4.街でギルドや組合を通じて、『若い娘』『期間限定』『城』『身元の確かな人間限定』の求人を出す。

5.その中でも『ひ……』のいい間違えを使う。

 これらを取り纏めると、どうもどこかの若いお姫様が城にやってきたぞ、と言うことになる。城にいる人間にとってはそれにカインが先触れまで出して迎え入れさせたと言う事情が足されるので、そうやらそのお姫様はカインの思い人なのではないか、と言う憶測も呼ぶ。因みにエドワードが自らノコノコ街へ出向いたのは噂を大きくするためだ。不本意ながら、エドワードは自分がどんな容姿をしているかを良く知っていた。思い知らずに生きてこれるほど世界は優しく出来ていない。

 レイミアがエドワードに命じたことは噂の前兆を撒いて置く事、だった。それに対して首尾はと尋ねられたなら、答えは上々以外にない。エドワードがその顔を隠すことなく街を歩けば噂と言う点では7割がた成功したようなものだ。

 それでも『思う』と言う曖昧な表現になるのは、

「確認するわけにもいかないものね。やっぱり早めに若い侍女は必要よね」

「そうですね、求人については確認してきましたけど、結構な人数の希望者はいるみたいです」

 へえっと目を輝かせたレイミアは、ね、と強請るような上目遣いでエドワードを見る。

 人選に立ち会いたい。

 目は口ほどになんとやら、言いたいことが分かってしまったエドワードはむっと眉根を寄せる。

「別に僕は止めませんけど、どうやって言い訳をするおつもりなんです?」

「自分に使えてくれる方は、自分の目で確かめたいの、とか?」

「あんまり普通の『お姫様』の感覚じゃないと思いますけど」

「普通であると思われる必要はないんじゃない? 不快でなければいいのよ」

「……人事に口を出す『お姫様』って不愉快なものだと思いますけど」

「そこは加減でしょ」

 第一、といってレイミアは緩く首を揺らせる。

「エドだけの人選ってわけには行かないじゃない。必ずどなたかが立ち会うことになるわ。カイン様がいる時ならいいけど、城守の方の立会いじゃ、条件に合う人選は無理じゃないの」

「まあ、口数が少なくて控え目で忠実って人選だと確かにちょっと条件からは、外れますか」

 ね、と小首を傾げるレイミアに、エドワードは頷くしかない。

 エドワードは噂の発信源にはなれるが、収集役には向かない。侍女の求人に街へ下りた時に出会った街娘の反応は、特に奇異なものではない。そのエドワードが街に下りても話題を提供するばかりで、目立たず話題を拾ってくることは不可能だ。

 どの程度話が浸透したのかを拾うには誰か他の人間が必要になる。そして撒いた噂の種を育てる人間もだ。

 そうなると、使用人を雇い入れる時の第一条件ともなるだろう『口の堅さ』は邪魔となる。あまりに軽いのも考え物だが、ある程度の口の柔らかさは欲しい。若い娘特有の、秘密よと言って秘密を漏らし連鎖していく能力が必要なのである。

 それでもエドワードは苦い顔になる。

「まあ、いいですけどね。たださじ加減は本当に気をつけてください」

「……ええ」

「厭われないことがあなたを守るんです。ここはリースファールじゃありません、陛下も、フィリシアさまも、殿下方もアメリアさまもいないんです」

 レイミアは敵地にいるようなものだ。国境の不穏化が作為的なものなら、レイミアのしようとしていることは明らかにその『作為』にとっては邪魔だ。そして突飛な計画にまんまとカインを抱きこんだようにも思えるが、そのカインとて小娘の小賢しさに大人しく踊ってくれるかどうかは分からない。今は乗り気に見えても、掌を返される可能性は常に考えておかねばならない。カインは今のところ敵ではないと言うだけで、何時敵に回るか分からない。

 レイミアは僅かに唇を振るわせた。突きつけられた現実を弁えていないレイミアとは、エドワードも思っていない。だが、常にそれを意識しているともまた思えない。時に意識を戻してやるのは、エドワードの務めだ。

 動いた表情をごまかすように、レイミアはにっこりと笑った。まだ手が震えてますよと指摘するほど、エドワードの底意地は悪くない。

「でもエドがいるわ」

「…………僕だけじゃどうにもならないって言ってるんです」

「……はあい」

 大人しく返事を返したレイミアは、拗ねたように視線を彷徨わせる。

 やれやれと肩を竦ませながらも、エドワードは実のところあまりその点については心配はしていなかった。厭われないことがレイミアを守る。総てが失敗に終わりカインに掌を返されたのだとしても、この城に働く人々に厭われていなければまだ状況はましになるだろう。そしてレイミアは『働く人々』にはあまり厭われない。

 厭われない性格なのだ。そしてだからこそこんな突飛な計画を打ち立てたとも言える。

「ね、エド」

 居住まいを正したレイミアが、ソファーの上からエドワードを見上げてくる。見下ろす不遜に今頃気付き、今更と思いながらもエドワードは膝を折った。

「成功させるわ。大丈夫よ」

 するかしら? 大丈夫かしら?

 そんな言葉はレイミアの口からは出てこない。

 はーっと息を吐き出し、エドワードは被りを振りながら頭を押さえた。なによとむくれるレイミアに、なんでもないですと返して、エドワードは立ち上がる。

「レイミアさまの規格での根拠に僕が頷いたら終わりでしょう。僕は神経質すぎるくらいでいいんです」

「ものすごい能天気と言われた気がするのは気のせい?」

「気のせいと思いたいなら思っててもいいですけど?」

「肯定と同じじゃない、どうしてこう私の周りは古くも新しくも言葉が捻くれてる人ばっかりなのよ!」

 自業自得でしょう。とは、エドワードは告げなかった。




 夕食までは休んでくださいと言いおいて、エドワードはレイミアの部屋を後にした。とは言えその定位置は扉の前だ。この城がレイミアにとって安全な場所となるまでは、エドワードが気を抜くことはできない。

 慣れているとはいえ、楽ではない。放棄する気は更々ないが。

 エドワードはレイミアの従騎士だ。単純に付き従っている護衛と言う意味の騎士ではなく、叙勲を受けた正規の騎士――勲功爵である。リースファールの18人の姫のうちの半数以上に、エドワードと同じく従騎士がつけられている。叙勲前から護衛として付けられているのだ。何れ当代限りの爵位を得る、誰かが。

 エドワードは当然その意味を知っているし、レイミアもまた知っている。

『だから』レイミアは無茶をする。愚直なまでに王族であろうとするから、その責任を負おうとする意識が強すぎるから、己に与えられたものをただ享受することをしないのだ。

 その意識が、その性格がレイミアを厭わせない。城に働き、身の回りの世話をする多くの人々を決して己の下と見ないからこそ。

 その時が近い将来やってきてもエドワードは気を抜くつもりはなかった。なかったが、完全に張り詰めていなければならない期間は決して長いものには成り得ないだろう。

 だから――

「しまったな」

 と口の中で呟いて、エドワードは端正な弧を描く唇をゆがめる。




「でもエドがいるわ」

「…………僕だけじゃどうにもならないって言ってるんです」

「……はあい」




 答えるまでに開いてしまった不自然な間は、呆れや不安から来るものではない。

 その間の理由を、レイミアに悟られなかったか。

 それが少し心配だったが、杞憂だろうことも分かっていた。

 今のレイミアに、身内の些事など意識の端にも棒にも引っかかる筈がない。

 まあそれでいいんだけどと思いつつも、エドワードは苦笑して扉の向こうの姫君を思った。

エドワード君ちょっと掘り下げ。

お姫とカインとエドがメインキャラです。

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