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求む! ロマンスの登場人物

 キャミーの目の前に立っている、キャミーの生涯で最上の美貌の持ち主はえーとと呟き困ったように笑った。

「大丈夫? 間に合ったと思うんだけど、違ったかな。まだ正気には戻れない?」

 視線が彷徨い、キャミーには決して当てられない。逃げていく綺麗な瞳に切なさを覚えたキャミーは、その理由に思い当たって次の瞬間甲高い悲鳴を上げた。

 悲鳴だけでなく、手も上がった。




「ごごごご、ごめんなさいっ!!!」

 平に謝り誤り倒すキャミーに、その美貌――キャミーは心中で天使さまと呼ぶことに決めた――はやっぱり困ったように笑った。

 差し出された上着は丁寧に断り、家に置いたままになっていた今は亡き母の服に着替えた。キャミーが着替えている間に、天使は酔っ払いの狼藉者を外に捨てて来てくれたものらしい。キャミーが奥の部屋から戻った時にはそこには天使以外の誰かの姿はなかった。その頬がやや赤いが、キャミーは全力でそれに気付かないふりをした。同時に、その天使以外には見えない容貌を見ると、どうしようもない恥ずかしさが湧き上がってくる。

 キャミーは目を合わせることを避け、不自然ではないようにきょときょとと視線を彷徨わせながら、上ずった声を上げる。

「あの、えと、その」

 この後、うーともいーとも付かない枕詞を山ほど吐き出し、キャミーはその果てに漸く『ありがとうございました』と告げた。がばりと勢いよく頭を下げる。しまった下げすぎたと思ったが最早手遅れだ。自分のスカートに包まれた膝が目の前である。二つに折りたたまれたキャミーは、天使からの反応を兎に角待ったが、いつまでたっても反応は返ってこない。恐る恐る顔を上げると、完全に表情をなくした天使がキャミーを見下ろしている。あ、結構背が高いと、どうでも以上情報を入手して、キャミーは現実から逃げた。

 さて無表情な天使は無常にもキャミーが完全に頭を上げきるまで、キャミーに何の反応も帰さなかった。そしてキャミーがやはり明後日の方に真っ赤な顔を向けながら『あのそのだからえーと』と無意味な枕詞を吐き散らかすままに任せ、もう何もいえなくなってキャミーが沈黙するまで無反応を貫いた。そして痛いような沈黙が場に満ちたその時に漸く口を開いた。

「無事で良かったけど、無用心じゃないかな?」

 僕が、と言いかけて口を噤んだ天使に、キャミーの体温は一気に下がった。

 もし、この天使が剣っぽい何かを持って通りかかってくれたらどうなったのか。奥で着替えた時に脱ぎ捨てた、既に服の体を成していない服を思い出す。あの服を擬人化したら、きっとキャミーの辿った末路になるのだろう。

 キャミーの顔色を読んだのだろう。天使は、心配そうにキャミーの顔を覗き込んだ。その顔を至近で直視して、キャミーの体温は再び急上昇した。

「や、あの、えと。ふっ!!!」

 わたわたと両腕を振り回し、後ずさって天使から距離を取ったキャミーは、すうっと息を吹き込み、大声で叫んだ。

「普段は!」

「ふ、だんは?」

 金切り声に近い音量を浴びせかけられて、天使が目を瞬かせる。反射のように繰り返された言葉に、キャミーはぶんぶんぶんぶんと思い切り頭を振った。

「普段は、あの、ちゃんと雨戸とか全開にするし、暗くしないし歌も歌うし人気ありまくり装うんですけど!」

「けど?」

「ちょ、ちょっと、今日は考え事しちゃってて……考えたくないこと、って言うか」

 言いながらキャミーは物思いを反芻する。怖い思いをしたのは嫌な物思いのせいで、だったらこの天使が通りかかってくれなかったらとんでもない踏んだり蹴ったりだ。

「考えたくない考え事?」

「あ、えっと」

 天使の問いかけに、キャミーは戸惑った。

 天使はこの街の人間ではない。こんな天使がいたのなら噂にならないはずがないし、その噂にキャミーが気付かない筈がない。祭りの季節に合わせてやってきた観光客なら祭りの話を聞けばがっかりするだろう。

 そう心配したキャミーを、天使は目を眇めて見つめた。

「……言いづらいようなことならいいよ?」

 逆に心配されて、キャミーはまたぶんぶんと首を振る。今度は横にだが。

「あの、毎年この時期は皇王さまの狩りがあって、それに合わせてお祭りがあるんですけど、今年はなんだか中止になりそうだって聞いて、それで……」

 天使の眉が少しばかり寄せられる。唇が動き、まつり、と口の中で含むように呟いたのが分かった。キャミーはまたしても慌てた。

 お祭りの中止にがっかりして物思いにふけって警戒を怠った、能天気でがっかりな子だとこの天使に思われるのは嫌だった。

「あああ、あの! 皇王様がおいでにならないのは、なんだか国境が危ないとかで。この街、皇王様のご威光があって治安がいいところもあるから、それで……」

 あわあわと必死で捲くし立てる。怖くて伺えなかった天使を、上がった息を整えながらそうっとキャミーは伺った。なるほどなどと呟いているが、何がなるほどなのかはキャミーには分からない。わかるのは眉を顰めて少し考え込むそぶりを見せても、天使はやっぱり天使で、とんでもなく綺麗だと言うことだけだった。




「恒例の狩りが中止か、なるほど確かに『使える城』だな」




 ぼそっと天使が呟いた。え? と問いかけると天使はにっこりと笑ってキャミーに手を差し伸べた。

「あんな目にあって、怖かっただろう? 後どのくらいで、家族の方は戻られるんだい?」

「あ、いえ、ここは空き家で。私は今日はお掃除に来ただけで……」

「ああ、そうなのか。なら住んでるところは?」

「街の方になりますけど」

 あの? と小首を傾げるキャミーの手を、天使はさりげない動きで取った。

「そう、どっち?」

「え?」

「僕はこの街の地理にはまだ明るくないから、道は君が教えて?」

「え、あ、う」

 軽く腕を引かれて、キャミーは混乱も露に従った。

 勧められるままに戸締りをして、言われるがままに下宿先の店への道を歩く。

 実に間抜けなことに、天使が自分を送ってくれているのだという事実に気付いたのは、店まで後もう少しと言う距離になってからのことだった。その事実に、キャミーは途方に暮れた。自分が地面を歩いているのだと言うことが理解できない気分だった。

 天使と連れ立っているという事実が、歩きなれた店までの道を全く違う感触にしてしまっている。ふわふわと、雲でも踏んでいるようだった。

 天使はそんなキャミーの現実離れした感覚に気付いているのかいないのか、キャリーの歩幅に合わせて歩きながら気軽に話を振ってくる。

「君はこの街は長いの?」

「えっと、産まれたのがこの街ですから」

「そうか」

 そっと横顔を盗み見ると、やはり綺麗な顔がまた何かを考えている。視線に直ぐ気付いた天使は柔らかな表情でキャミーを見下ろしてきた。勿論直視など出来ず、キャミーはぱっと顔を前へと向ける。その珍妙な反応笑いもせず、天使は聞きたいんだけどと話を告いだ。

「人を雇いたいんだけど、あまり大々的に募集はしたくないんだ。どこへ頼めばいいのか、分かるかな?」

 唐突とも言える質問だったが、そこに不自然さを感じる余裕はキャミーにはない。求めに応じて、必死で答えを探した。

「どんな人を雇いたいんですか?」

「そうだね、女性を何人か」

 女性と言う求めに、一瞬キャミーの呼吸は止まる。だがその後を告いだ天使の言葉にまた呼気は戻った。

「侍女奉公をして貰うことになるから、身元は確りしていた方がいい。年配の方よりも、若い人の方がいいかな」

 そして天使はキャミーを見つめてああと頷く。

「君くらいの女の子が調度いいんだ。ひめ……いや、仕えて貰う方が同じ年頃だからね」

 その言葉を、キャミーは当たり前に受け取った。若い娘は多分みんな、当たり前に受け取る。

「あ、えと、私は、そのっ」

 自分が求められているのだと、そう。

 だがキャミーには店がある。しどろもどろになるキャミーの頭を、天使は落ち着かせるようにぽんぽんと叩く。触れられるその事が、キャミーにどんな影響を及ぼすかなど、思い至らない違いないとキャミーは思う。髪なのに、ただの髪なのに、神経が通っているかのように手の形と強さを覚えてしまう。

「どこで、人は雇える?」

「商店街の寄り合いが出張所を設けてますから、そこに頼めば求人は出せます手数料取られちゃうけど」

「うーん、それだと身元が少し心配だね」

「先に身元の確かな人って言って置けば、ちゃんとした人を紹介してくれますよ。ちょっと手数料高くなっちゃうかもだけど」

「へえ」

 天使が出張所の場所を聞いてきたので、キャミーは口頭ではなく自分の脚で歩くことによってその位置を天使に示した。ありがとうと笑った天使は、やっぱり天使にしか見えない。

 天使は出張所にいる全員の視線を釘付けにしながら、条件を話して求人を頼んでいる。最初はぽかんとしていた受付の髭面も、天使が取り出した金貨に正気付いたか詳しく聞き取りを始め、瞬く間に求人の張り紙が出来上がった。

 よっぽどの手数料を弾んだらしく、掲示板の最も目立つところにうきうきと髭面が張り紙を貼り付ける。キャミーはそれを食い入るように見つめた。

『求む、若干名。侍女奉公。十代半ばから二十代の女性。身元の保証のあるもの。期間、10日以上終了日は未定なれど短期労働。就労場所――』

「え?」

 短期労働と言う記載に目を輝かせたキャミーは、次の記述を目で追って間抜けな声を上げた。

「し、ろ?」

『就労場所、城』

 そう確りと書かれている。キャミーが振り仰ぐと、天使はこっくりと頷いた。

「うん、城だよ。ちょっとわけがあって、暫くの間お客人が滞在されることになったんだよ」

 天使の声を、キャミーは呆然と聞き流した。




「ちょうどいいと思ったんだけど、ちょっと失敗、だったかな」

 まああの少女でなくとも出張所が目的を果たしてはくれるのだろう。

 キャミーを送り届けた天使は一人ごちながら岐路に付いた。




 天使は――エドワードは、ちょっとどころではなく大いに失敗だったことを悟る。

 正気づいたキャミーが『天使に会ったの!』と触れ回り、それが主人の耳に入って『天使!』と遠慮容赦なく笑われることによって。

サブタイトルに付いての突っ込みは受けて立ちます。はい。

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