同い年の剣士
続いて、対人形式の試験が始まった。
本気で打ち合うものではない。
木剣を使い、教官が危険だと判断すれば、すぐに止める。
「次!」
名前を呼ばれ、俺は前へ出る。
向かい側にも、一人の少年が立った。
綺麗に整えられた髪。
上質そうな服。
立ち方も妙にきっちりしている。
『貴族かな』
少年が木剣を構えた。
「ダリル・ルヴァンだ」
胸を張る。
「よろしく頼む」
意外と普通だ。
もっと、
――平民が!
とか言われるのかと思った。
いや。
前世の異世界作品に毒されすぎか。
「アドリス・ライラス」
俺も木剣を構える。
「よろしく」
「始め!」
教官の声。
ダリルが、地面を蹴った。
速い。
十歳としては、たぶん、かなり速い。
一気に間合いを詰めてくる。
木剣が、上段から振り下ろされた。
ガッ!
受ける。
その瞬間、俺は、思わず目を瞬いた。
『……遅い』
自分でも驚いた。
ダリルが遅いわけじゃない。
たぶん、俺の基準がおかしい。
ガイルなら、今の踏み込みだけで、もう三回は打ち込まれている。
右肩。
脇。
左脚。
全部、空いている。
『こんなに見えるのか』
ダリルが、木剣を引く。
次の攻撃へ移ろうとした。
その前に、俺は一歩入った。
木剣を、左脚へ。
力を抜いて。
コツッ。
「え?」
ダリルの動きが止まった。
「そこまで!」
教官が手を上げる。
俺はすぐに離れた。
ダリルが、自分の脚を見る。
痛みは、ほとんどないはずだ。
当てただけだから。
「……負けた」
悔しそうではある。
でも、泣いてはいない。
よかった。
さすがに試験初日から、十歳の子供を泣かせたくない。
俺の中身は三十八歳相当なんだぞ。
いや。
そう考えると、十歳相手に本気を出している時点で、それはそれでどうなんだ。
「ありがとうございました」
俺が頭を下げる。
ダリルも少し遅れて、
「……ありがとうございました」
頭を下げた。
列へ戻ろうとしたところで、視線を感じた。
白い服の少女だった。
俺を見る。
いや。
俺ではない。
手に持った木剣。
次に、さっき打ったダリルの脚。
そして、もう一度、俺を見る。
『……?』
目が合った。
少女は、何も言わず、すぐに視線を前へ戻した。
「おおっ!」
少し離れた場所から、声が上がった。
何だ?
振り返る。
あの少年だった。
街中でも、人混みの中で妙に目についた、剣を腰に下げていた奴。
今は、支給された木剣を持っている。
対戦相手と向かい合っていた。
「始め!」
二人が構える。
だが、少年は動かない。
木剣を、ほんの少しだけ下げる。
『……?』
一見、隙ができたように見えた。
相手もそう思ったらしい。
一歩、踏み込んだ。
その瞬間、少年の身体が動く。
相手の剣を外へ流し、開いた脇腹へ、木剣を滑り込ませる。
ピタッ。
触れる寸前、剣が止まった。
「そこまで!」
教官の声。
一瞬だった。
『……今の』
胸の奥で、何かが引っ掛かった。
少年は、先に攻撃しなかった。
わざと、打てる場所を見せた。
相手に、
ここならいける。
そう思わせた。
だから、相手から動いた。
そして、動いた後に生まれた隙へ入った。
――先に相手を動かせ。
ガイルの声が、頭の中で蘇る。
――動いた後には、必ずどこかが空く。
『同じだ』
動きそのものは違う。
剣の運びも、足の使い方も違う。
でも、考え方は同じだった。
『あれって……』
ガイル独自の戦い方じゃなかったのか?
少し離れたところで、何人かの子供が話している。
「セドリックだ」
「知ってるの?」
「父親が聖騎士なんだって」
『聖騎士……』
なるほど。
俺は、もう一度セドリックを見る。
すると、向こうも、こっちを見ていた。
目が合う。
今度は、お互い、逸らさなかった。
しばらくして、セドリックがこちらへ歩いてくる。
「お前」
「ん?」
「名前は?」
「アドリス」
「俺はセドリックだ」
知ってる。
今聞いた。
とは言わないでおく。
セドリックの視線が、俺の木剣へ落ちる。
「剣を習ってるのか?」
「ああ」
「誰に?」
「ガイルっていう冒険者」
その瞬間、近くにいた教官が、ぴくりと反応した。
「ガイル?」
「はい」
教官が、俺を見る。
「……あのガイルか?」
『あの?』
「たぶん……?」
他に、どれだけガイルという名前の冒険者がいるのか知らない。
教官は、何かを言いかけた。
だが、
「いや」
首を振る。
「何でもない」
『絶対、何でもなくない顔だったけど』
やっぱり、ガイル。
元聖騎士ってだけじゃなく、知っている人は結構いるらしい。
セドリックも、俺を見る目を少し変えていた。
「そうか」
それから、ほんの少しだけ笑う。
「また当たりたいな」
「俺と?」
「ああ」
「別にいいけど」
セドリックは頷いた。
それだけ言って、自分の列へ戻っていく。
『……ライバルってやつか?』
前世だったら、同じ部署に、やたら競争心の強い奴が入ってきたら、
面倒くさい。
それだけだったと思う。
でも、今は、少し違った。
強い奴がいる。
しかも、同い年。
『……悪くないな』
俺は、小さく笑った。
◇
武術実技が終わった。
《飛竜》組は、次の会場へ移動する。
今度は、魔術実技。
広い石造りの部屋だった。
壁際には、いくつもの標的。
机。
見たことのない魔術器具。
そして、さっきまでとは違い、子供たちの表情に、少し不安が混じっている。
担当教官が、俺たちを見渡した。
「最初に言っておく」
全員が静かになる。
「今まで一度も魔術を使ったことがない者もいるだろう」
何人かが、不安そうに周囲を見る。
一人。
二人。
かなりいる。
『そうか』
俺は今さら気づいた。
ここは、魔術が使える子供だけが受ける試験じゃない。
この試験で初めて、自分に魔術適性があるのか知る者だっているんだ。
「心配する必要はない」
教官が続ける。
「魔術実技といっても、最初から術を使わせるわけじゃない」
教官が、机の上に置かれた器具を指差す。
「まず全員、魔元素を感じ取れるかを見る」
次に、取り込めるか。
そして、自分の魔力で干渉できるか。
そこまで確認した上で、属性変換、術式形成、出力。
順番に見ていく。
俺にとっては、もう一年以上、何度も繰り返してきたことだ。
ダイスに、何度も、何度も、やり直しを食らった。
取り込む。
変える。
形成する。
放つ。
その繰り返し。
ただ、一つだけ、他の受験者とは、かなり違うところがある。
火。
水。
風。
地。
雷。
五つ。
全部。
『……さて』
俺は、小さく息を吐いた。
剣の方は、思っていたより上手くいった。
問題は、こっちだ。
俺の五属性について、ガイルたちは、もう慣れてしまっている。
ダイスなんて最近は、
――五属性様。
くらいの扱いだ。
でも、普通は、一つ。
複数属性を扱えるだけでも、かなり珍しい。
なら、五つ全部となれば。
『……まあ』
嫌な予感しかしない。
「では、《飛竜》組!」
教官が声を上げた。
「魔元素感知から始める!」
俺は、前を向いた。
いよいよ、魔術試験が始まった。




