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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

魔力量0の役立たずだったのに、冷酷な王太子に見つかってしまった

作者: 氷桜 零
掲載日:2026/03/09


重厚な家具に囲まれた執務室。

家具と同じく重苦しい空気の中、私――エーレと私の父であるデリウス侯爵が向かい合っていた。


「なんだ、この成績は?」


デリウス侯爵の手元にある書類は、先日送られてきた学園からの成績表だろう。

それを見ながら、机を指で叩いている。

その速度から察するに、イライラしているのだろう。

何かのきっかけで、爆発しそうだ。


まぁ、そのきっかけを、私が作るのでしょうけど。


「申し訳ございません」


「言い訳すら思いつかないか」


言い訳したらしたで、そこを突くのに。

自分の性格を、把握していないのかしら?


私が黙って俯いていると、大きなため息が聞こえる。


「魔力量が0の役立たずのくせに、成績がこの程度で愛想もない。これでは、碌な嫁ぎ先がないな」


魔力量0、それはこの国にとって、この国の貴族にとって致命的な欠陥だ。

この国は魔物の跋扈する自然に囲まれている。

他国からの侵略はないのだが、魔物からの侵略は絶えない。

そのため国民を守る貴族は、魔力を持っているのが普通。

上位の爵位になるほど責任の重さが違うので、上にいけばいくほど魔力量が多くなくてはいけない。

加えて、この国を守るための結界に、貴族たちは魔力を捧げなければいけない。


これらのことをしっかりと理解している貴族は、魔力量の多い伴侶を求め、子どもを作る。

もし平民に魔力量の多いものがいれば、養子にして取り込むことも十分にある。

貴族だけでは、血が濃くなりすぎてしまうからだ。


デリウス侯爵は貴族の責任を重視する人で、不正などしない厳格な貴族だ。

国としては、いい貴族の部類になるだろう。

父としては、色々と思うことがあって、心の中で父呼びをしなくなったけど。


「はぁ……もういい。下がれ」


「はい。失礼致します」


やっとデリウス侯爵から解放されて、部屋を出ることができた。

あの部屋にあの顔があるというだけで、息が詰まる。


外はこんなに清々しい天気なのに、どうしてあの顔を見なくてはいけないのか。

……いや、自分のせいなのはわかっているけど。


自分の部屋に戻るために廊下を歩いていると、血縁上の妹であるネイラに会った。


「あら、お姉様。またお父様に怒られたの?役立たずは大変ねぇ」


そちらも、日々嫌味と性格の悪さに磨きがかかっているのね。


さすがに目の前にして言えないので、心の中だけに留めておくけど。


「何か用?」


顎を上げて、自慢の胸を張っている。


こんな典型的な意地悪な態度、誰に教えてもらったのかしら?

悪役講座、みたいなのがあったら、面白いわね。


私の返事を聞くと、デリウス侯爵と同じような顰めっ面。

さすが親子。


「お姉様はご存知ないかもしれないから、教えてあげる。家にいくつか縁談が来ているの。その中に、魔力量0の役立たずでもいいって言う奇特な方もいらっしゃっるみたい。よかったわね、嫁ぎ遅れにならなさそうよ」


「そう。教えてくれてありがとう」


嫁ぎ先など興味がなかったので、淡々と返事をする。

けれどそれが気に入らなかったみたい。

足音を荒々しく立てながら、挨拶もせずに立ち去っていった。


……あの子、淑女教育、優秀じゃなかったのかしら?

あれでは、失点だと思うのだけど。


ネイラを見送って、そんなどうでもいいことを考えた。


そう、どうでもいいこと。

嫁ぎ先も、役立たずと言われても、家族から他人から蔑まれても、私にとってはどうでもいいこと。


私の見る世界はどうでもいいことに溢れていて、全て色褪せて見えてしまう。

なんの面白味も興味も湧かない、退屈な世界。

それが、今生きているこの世界。


昔からそうだった。

母親のお腹の中にいた頃から、私は思考を始めていた。

生まれた時には、自分が何者かわかっていた。


初めは興味深かった世界も、次第に色褪せていった。

学んだら、なんでも簡単にできてしまった。

一度聞けば、100を理解して応用や未来の予測まで立てることができた。

それが普通でないことも理解していたため、人から隠すようにした。

一般的と言われるまで、外に見せる能力を落とした。


魔力に関しても例外ではなかった。


私は窓から見える木陰に不審人物がいるのを見ると、親指を立てて人差し指をその人物に向けた。

圧縮して小さく強くなった魔力の塊を、その人物の頭に叩き込む。

倒れた人物をそのままにして置けないので、目に見えないほど分解した。


堅実で厳格なデリウス侯爵家は、意外と敵が多い。

おそらく、融通が効かないからだと思う。

賄賂なんかも受け取らない主義だ。

それはそれでいいのだと思うけど、屋敷に不審人物が増えて困る。

まぁ、困っているのは私だけだけど。


不審人物が敷地に入ってくると、気持ち悪い違和感に襲われる。

だから見つけ次第、私が始末している。

結果的に、デリウス侯爵家の治安維持に協力している形になっているというわけ。

だから、困っているのは私だけ。


今日もこれで3人目。

毎日毎日、嫌になっちゃう。


私は部屋に戻ると、ソファに深く沈み込んだ。


わかったと思うけれど、私の魔力量は0ではない。

それどころか、公開されている王族の魔力量の何倍も多い。

完璧な魔力制御によって、その事実が漏れていないだけ。

知られたら、間違いなく王妃一択。


魔力量の判定は、体内の魔力の動きと、体外に漏れる魔力を測っている。

それさえわかっていれば、魔力揺らがせず、体外にも漏らさなければいい話。

それで魔力量0の役立たずの出来上がり。

これで魔力制御が完璧であることも確かめられた。


今のところ、興味の向く先は魔力と魔法。

魔法は無限の可能性を秘めていて、終わりが見えないから楽しい。

魔法をもっと知るために、私はこの貴族社会から、この国から出たい。


だから、早くから計画を立てた。

少し軌道がずれれば、その都度修正し直してきた。


16歳になれば、学園を卒業できる。

早い子なら、嫁ぐご令嬢もいる。

それは、16歳で成人として認められるから。


私はデリウス侯爵から、16歳になったら家から出すと言われた。

つまり、嫁ぎ先があったら嫁がせて、なかったら修道院行きということ。

この時が私にとってのいい機会となる。

外に出すということは、事故になっても仕方がないということと、私は勝手に解釈している。


あと半年。

半年経てば、この狭い世界から抜け出せる。




……そう、思っていた。

今朝までは。


それは偶然だった。

ほんのわずかな掛け違い。

ほんの少しだけズレていれば、起こらなかったことなのに。


でも、起こってしまった。

これが運命というやつなら、さすがの私にも太刀打ちできない。

これが神の定めたことなら、なんと残酷なことなのだろう。

私は私の運の無さを恨んだ。




私は学園の昼休み、ご飯を食べた後は図書館にこもっている。

けれどその日は、心地のいい天気と気温だったので、裏庭に立ち寄っていた。

少しだけ食休みをしてから図書館に行こうと思っていた。


それが間違いだった。


訪れた裏庭は、まさに戦闘の真っ最中。

襲われているのは王太子ランドルセン殿下。

襲っている刺客たちは、黒ずくめで目元しか見えない。

おそらく、動きから見るに玄人の刺客。


私がそれを見つけた時に、彼らもまた私を見つけた。


「ちっ……」


王太子が舌打ちした。


柄が悪い。


今思うことじゃないけど、現実逃避をしたかった。


一瞬、王太子と目があったのがわかった。

そして、私が見捨てられたことも。


当然だ。

自分の命すら危ういのに、他人の命を守っていられない。

まして王太子の命は、そこらの貴族のご令嬢より重い。


私は悟った。

刺客たちは玄人だから、逃がしてくれるわけがない。

ここで死ぬのは嫌だ。

だったら、戦うしかない。

そして同時に、自分の計画が、修正できないほど崩壊する、と。


刺客の何人かがこちらに向かってくるのを視界に収めながら、わずかな時間で悟りを開いた。


屋敷での侵入者と違い、こちらは距離が近い。

目標を定める必要はない。


こちらに来た刺客の人数分、魔力を圧縮して弾にする。


「射て」


狙いは頭。

言葉一つで、弾を放射した。


刺客の額には穴が空き、命中したことがわかる。

むしろそれしか、命中の証拠がないとも言える。


「ほう?」


あぁ……嫌だ、嫌だ。


「見事な腕だ。随分と慣れているみたいだな?」


「光栄でございます」


「ふっ。光栄そうには見えないが……まぁいい。名は?」


「……エーレ・デリウスと申します。」


「はっ!これは傑作だ!魔力なしの役立たずやら、無能やら言われていたが……無能なのは周囲の方らしいな」


ああ……もう!

絶対に、目をつけられたわ!


「後始末はこちらでしておこう。慣れてるのでな。たまには学園に来るのもいいな。退屈なだけかと思ったら、存外そうでもないらしい」


王太子はニヤリと笑った。

その笑みは、捕食者のそれだった。


背筋に悪寒が走り、思わず一歩下がってしまう。


それを見た王太子は、さらに笑みを深める。


「いいぞ?逃げても。逃げられるものならな?」


こ、怖っ……


「し、失礼しますっ!」


これは戦略的撤退。

敵前逃亡ではない。


そう自分に言い聞かせながら、その場を早足で去った。




数日後、私は再びデリウス侯爵と向かい合っていた。

まるで、いつかの再現のよう。

違うのは、この場に母である侯爵夫人と、兄のハイデンとネイラがいること。

侯爵家の全員が集まるほどの何かがあった。

その何かに、私が深く関わっていることは間違いない。


「エーレ、お前の嫁ぎ先が決まった」


「はい」


「どんな方なの!?」


私の嫁ぎ先なのに、何故ネイラが嬉しそうに声を弾ませているのか。


「ランドルセン王太子殿下だ」


「「「はあ!?」」」


そう……そう来たのね……


一歩たりとも逃す気がないことが、これでよくわかった。


私は、16歳を待たずに、さっさと逃げ出していなかったことをものすごく後悔した。

何故、16歳を計画の原点にしたのか。

自分を呪いたい気持ちでいっぱいなのに、外野がうるさい。


「どういうことですの、お父様!?……そうよ、きっと私と間違えたに違いないわ!」


「それはない。きちんと名前を書いてあったからな」


「それが間違いなのですわ!」


「魔力なしの方と書かれていてもか?」


「それは……」


「いつ知り合った?」


「同じ学園ですから。……少し前に、話す機会があっただけですわ。」


むしろそれ以外で会えない。

あの厳格なデリウス侯爵も、混乱しているのかもしれない。


「そうか……そうだったな」


ついには頭を抱えてしまった。


頭を抱えたいのは、私の方なのに。

淑女らしくないからしないだけで。


デリウス侯爵夫人とネイラが騒がしくしている中、唐突に意識の隅で引っかかるのを感じた。


あ……

あぁ……

来ちゃったわ……

どうして来ちゃったのよ……


「はぁ……」


外堀を確実に埋められていくことに、ため息を堪えきれなかった。


デリウス侯爵夫人が眉を吊り上げて何か言おうとした時、部屋の外から使用人の声が聞こえて来た。


そして突然外側から開く扉。


「失礼」


入って来たのは、あの憎たらしい笑顔の男。


「王太子殿下!?」


「ああ、そのままでいい。直接婚約の話を聞こうと思ってな」


「は、はあ……あ、いえ、失礼いたしました。デリウス侯爵家としましては、喜ばしいことでございます」


「そうか。それはよかった。エーレ嬢、これからよろしく頼む」


「かしこまりました」


私は死んだ目で、返事をした。


あぁ、これはもう……無理。

逃げられないわ……


だって、後ろにサーペントが見えるんですもの。


さながら私は、捕食されるウサギかしら……あははは……


きっとこの先、逃げたり追いかけたり、嫉妬されて陥れられたり、次期王妃に相応しくなるように強要されるのだろう。

したくもない証明をさせられて。


このお先真っ暗な未来に、笑うしかなかった。






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