第4話 逃げろ!
この世界に朝が来た…結局俺は悶え苦しんだ後に野生動物を避ける為に近くの頑丈そうな木に上り、太くて安定している枝分かれした幹にベルト代わりにしていた革ひもを巻き付け安全ベルトとして軽く体を固定してみたのであるが、
『そんなので安眠できる訳がない!』
という結果となり、朝までの長くて過酷な自分との闘いを続ける羽目になったのである。
仮眠程度の睡眠取れたが「ビクン」となって、
『ヤバい、落ちる!』
と完全覚醒をしてしまい、その後は、
『腹減った』
『水飲みたい』
『体を伸ばして眠りたい』
『こんな仕事辞めたい』
の繰り返しの末に、
『お父さん、お母さん御免なさい…貴方の息子は、今、異世界にて罰を受けています…』
と、折角生んでくれたのに、あんなみっともない人生を送ってしまった事を初めて恥ずかしく思いながら両親へと今となっては届かぬ謝罪をする所まで追い込まれたのであった。
閻魔様も言っていたが、魂の成長の為に人生経験は必要らしいが、全てから逃げてダラダラ過ごした俺の魂なんて生まれたての初期レベル程しかなく、もうメンタルはボロボロで、先ほどの何も起こらない炎魔法の一件ですら軽く思い出してちゃんとヘコむ程度の絹ごし…いや、おぼろ豆腐メンタルである。
『今回は色々チャレンジするんだ!』
と決めていた誓いすら、
『もう、いいんじゃない…』
と諦めそうになる自分をなだめたり、
『やってヤろうぜ!』
と激励したりしながら朝を迎えたのではあるが、
『これを毎晩やるとなると…精神を病む自信がある…』
という事だけは確実であった。
『世界を観察する前に安全な拠点と…それと、俺自身も強くならないと…』
という当面の目標が見えたのであるが、木々が遮りまだ薄暗い朝の森で昨晩と同じく採れ立てフレッシュ過ぎる生の野草をモシャりながら、
『いや、たんぱく質も食いたいが…動物を倒せるか?…それに万が一倒しても解体する知識も道具も無い…』
という現状に、また、
『もう無理だって…溶岩だってバケツで運べるスティーブじゃないんだから…』
と弱気になってしまう。
しかし、
『あっ、あのサンドボックス系のゲームをお手本にすれば何とかなるのでは…』
というアイデアが頭を過るが、すぐに、
『土をブロックで運べないし、素手で木は切れないよね…』
と、後ろ向きな俺が、「磯野ぉ、野球やろうぜ」のノリで、
『もう、辞めようぜ』
と囁くのだが、この場合にサボっても逃げても結局は自分にブーメランとなり、痛い思いをした上で事態は好転しないので、
『あぁ、やってやるよ!…今は棍棒しかないけど黒曜石が有れば打製石器のヤリだって…それが無理でも石を括り付けた石斧があれば出来る事が増えるし、土だってブロックで運べなくても地道に積み上げたら土壁の家だって…』
と、もう一度自分を奮い立たせ、
「とりアエズ、水だナ…」
と声に出して自分に言い聞かせ、何処にあるかも分からない水場を求めて今日も歩く事にしたのである。
昨日と違うのは、いざという時の武器となる棍棒と、ギリギリ空腹が凌げる草の知識を得た事はデカく、
『水場が有ったら魚を狙うか…アイツなら解体しなくても焼けば…』
などと考える余裕も出てきたのだが、結局は、
『焼くって…火が無いよ…』
と弱腰の俺が現れてしまい、再び折れそうになる心に、
『逃げちゃダメだ…逃げちゃダメだ…』
とお経の様にシンジ君しながら歩き続けるのだが…数時間後…
『えっ、ココってさっき通ってない?』
と、さほど変わらない森の風景と、木々のせいで見通しが効かない為に方角すらも怪しく、行く当ても帰る場所も無い筈なのに見事に迷ってしまい、足が止まってしまったのである。
シンジ君していたお経は『逃げちゃダメ』であり、『止まるんじゃねぇぞ…』とは言われてないから…などというトンチめいた理屈から完全に停止してしまった俺のフロンティア精神君に向かって、さっきまで弱腰だった筈の俺のチキンハートが急に強気になり、
『バーカ、バーカ! 何がフロンティア精神だよ…帰ってママのおっぱいでも吸ってな!!』
と暴言を吐く始末…
『まぁ、生前はこのチキンハート先輩が俺の脳内で一番幅を利かせていた筈だから…』
と、話す相手が居ない俺は不安からかイマジナリーフレンドを脳内に登場させて何とか精神を安定させようとしたのだが、同時に、
『生前は誰にも逢わなくても平気だったのはテレビやパソコンが有ったからか…今思えば、なんて幸せな環境だったのだろう…』
と、ぬるま湯な生活を懐かしみつつも、
『いや、そのぬるま湯に肩まで浸かった人生の結果がコレだろ!? しっかりしろ!!』
と自分を叱り、
『やってヤルぞぉぉぉ!』
と気合いを込め、棍棒を掲げて、
「ウおぉぉぉ~!!」
と雄叫びをあげて気分を高揚させようとしたのではあるが…どうやら俺が雄叫びをあげて五月蝿くした事に怒りを覚えたらしい住民の方?…獣?…が、
「ウガッ!」
と、一鳴きされた後にどうやら此方に向かってガサガサと移動を始めたらしく、少しずつガサガサが近づく気配がする。
こうなれば俺の中のフロンティア精神君もチキンハート先輩もこの時ばかりは同じ意見になり、
『とにかく逃げろ!』
と俺の脳内会議は全会一致で【逃げる】のコマンドを連打したのである。
睡眠不足と腹ペコの為に力が入らないが、この借り物のオジサンのボディーは立派なオジサン体型にもかかわらず中々動ける様で、ガサガサと迫り来る未知のナニから逃げきる事は叶わないまでも追いつかれる事が無い程度には走れている。
生前の俺のダラシナイ生活の結晶とも言うべきあの白豚ボディーでは既に息切れていただろう…しかし、このオジサンの熱烈ストーカーと化したナニかはかなり粘着質であり定期的に後方から、
「ウガッ!」
と聞こえるので、まだ五月蝿く叫んだ俺を許してくれていないご様子である。
『ホントにゴメンって!…許してよ…神様助けてぇ~』
と願うが、俺のこんな必死な願いもボクチン神様には届かない…なぜならばヤツはこの世界を見ていないからである。
【神も仏も居ない世界で頼れるモノは己だけ】
という状況であるが、後ろから来ているガサガサ音の発生源を確かめる為に振り向くと鑑定している間に追いつかれて…とまぁ、この先は考えたくも無いが、俺の着ている毛皮も継ぎ目が無くて一枚皮な点を考えても、
『猪サイズの獣はいる』
という事はハッキリしており、考える迄もなく、
【美味しく頂かれましたとさ…おしまい】
という文と、とても良い子には見せられない挿し絵の人生のラストページを飾る未来しか見えない為に背後のヤツがなんであれ、足を止める訳にはいかないのだ。
しかし、俺の借りている原始のオジサンボディーは毎日の野生生活により100%のポテンシャルが有ったとしても、乗り込んでいる魂が引きこもりのスネ噛りニートであり、このオジサンボディーを上手く使いこなせてはいないらしくジワジワとガサガサ音や「ウガッ」という威嚇が近づいて来ている…
『ヤバい、もっと加速しなければ!』
と気持ちは逸るが、気持ちとは裏腹に足はもつれて木の根に足を引っかけた俺は遂に盛大に転倒してしまったのである。
走りながらも一番恐れていた事態に襲われた俺は、
「痛ッ…」
と言葉に成るか成らないか分からない泣き声と共に、
『逃げなきゃ!』
と焦りながら何とか立ち上がり再び走り出そうとするが、自分のむき出しの素足の膝を石にでも打ち付けたのか脛毛まで染まりそうな程に血を流しているのを見てしまった俺の脳内では、
『はいはい、終わり、終わり…』
とチキンハート先輩が諦めるムードである。
しかし、
『いや、それでもぉ!』
と棍棒を握りしめて背後のナニかと闘う決意をした時には、俺の後頭部に、
「ゴン!」
と鈍い音と共に衝撃が走り、ユックリとボロアパートでの生活が走馬灯の様に蘇るのだが…前回死に際に見た時も思ったが、
『ほぼ同じ絵面…静止画かよ…』
と、見応えの無い己の走馬灯に呆れながら、俺の意識は暗い沼に沈む様に落ちて行ったのであった。
遠退く意識の中で、
「ウガッ!」
と勝ち誇ったような鳴き声が聞こえ、
【美味しく頂かれましたとさ…】
という言葉が頭に浮かんだが、どうする事もできなかったのであった。
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