第18話 何かゴメンね
見てしまった俺も気まずいが、軽くガリさんに咥えられたキヨさんと、キヨさんのキヨさんを軽く咥えたガリさんは俺の数倍気まずいらしく、凄く変な空気のまま何とか少量採取した塩分濃度が濃い水を持って村へと帰ったのであるが、微妙に距離を取りながら村まで一時間ほど歩く予定の道のりが死ぬほど長く感じてしまったのである。
『こんな気持ちになるのなら、あんな事をするんじゃなかった…』
と、同じ気持ちの三人であるが、俺はスッポンポンで格好をつけた恥ずかしさと、喋るのが苦手で詳細を伝えずに湖に飛び込んだ事の、
『あんな事』
であり、キヨさんは俺が自殺したと慌ててしまいガリさんの言葉を聞かずに泳げないのに服を脱いで俺を追って湖に飛び込もうとした事についての、
『あんな事』
である。
そしてガリさの、
『あんな事』
は、泳げないキヨさんの代わりに先に飛び込まずに一歩出遅れてスッポンポンのキヨさんにスッポンポン状態ですがり付くしか出来なかった事…とまぁ、多分三人が三人共違った動作を考えているのだろうが、同じ『あんな事』に悩む三人の中でもダメージの一番少ない俺が、
『ここで兄貴として二人をつなぎ止めないと…』
と、声帯の件をヌキにしても生前から喋るのが下手なのを一旦棚上げし、我武者羅に二人に話しかけ、この塩水の事や、これからの作業の事を頑張って喋り続けたのである。
その甲斐もあり村に着く頃には何とか朝の感じに戻れ、
「兄貴、村の皆の驚く顔が楽しみですね」
とか、
「さっき言ってた海って、兄貴の生まれ故郷にあるんですか?…オイラも見てみたいなぁ」
などと楽しくお喋りが出来るまでに戻っていたのである。
『ある意味、今までで一番必死に喋ったかも知れない…』
と感じる今回の発端となった一瞬であるがパクっと咥えた通称【カリパク事件】は、俺たちの中で、一旦無かった事となったのである。
さて、そんな事がありながらも俺達は疑っていた村人達の目の前で塩分の濃度の濃い湖の水を村の特産である素焼きの壺に放り込み煮立たせて水分をとばしてやるのだが、ここで俺が地底湖で塩を作っていた時に気がついたコツを使う。
それは完全に水分が飛ぶまで火にかけると何だか美味しくない苦塩っぱい物が出来上がるので、大事なのは水分が残った状態で塩の小さな粒がザリザリと水分の下に溜まっている段階で火から下ろして放置して中の塩が結晶になって掬い取れる様になれば、容器に残っている水の中からその塩を取り出して乾かすという手順を使う為に、
「はい、兄貴がいうには、これで冷えてたら塩が壺の中にちゃんと出来るらしいから…」
とキヨさんが集会所に集まった村のオジサン達を見回しながら説明をしているのだが、【まだ塩が出来たわけでは無い】という事から、依然として俺達を疑っている方々は一定数いる様で、
「本当にあそこの水か?俺は飲んだ事あるけどそんな塩っぱく無かったぜ…」
とか、
「今、ここでオラたちが見てる前では出来ないのか?」
などと数こそ前より少ないが、かなり根強く疑っているのは、この村の…というかこの森の周辺には【海】がなく、塩っ辛い水というのは岩塩の採掘場に流れている【飲めない地下水】しか知らず、岩塩がゴロゴロ取れていた採掘場にて、その水を加工して塩を作ろうとした者が居なかった為に、
【塩水から塩を作る】
という発想そのものが無かったようであり、
「この水から塩を作ります」
という話を「はい、そうですか」と理解出来ないのは仕方ない事ではある。
流石に完成ではないにしろ素焼きの壺の底に出来始めた塩の結晶を見たのにも関わらず信じない事にガリさんもイライラしたようで、
「途中ですり替えたなんて言わせない為に、村長様の部屋にてこの壺を管理してもらい、後は村長様の見ている前で仕上げた物を後日見せますので…文句は出来上がった【兄貴の塩】を見てからにしませんか?」
と、キヨさんに続きガリさんも村のオジサン達に確りと自分の意見を言える強いオジサンに成長している様である。
むしろ上手く喋れずにビシっと言えない自分がもどかしく、この場で満足に発言出来ていない自分が恥ずかしい…
『あと…【兄貴の塩】って…何?…』
という事が有ってから一週間程経ち、例の湖の側では、
「へへっ、兄貴さん…井戸堀りなら先祖がこの採掘場で働いていたオラ達に任せてくんな…って、オラ達は採掘場で働いたことは無いけど、力仕事ならば自信があるし、粘土堀りなら村の誰よりも経験が有っから!」
と、集会所にて俺を最後まで疑っていたオジサン達が数日後に見事に仕上がった塩を見て彼らなりに納得してくれたらしく、今では手の平から「クルン」と音が聞こえそうな程に、俺に、
「兄貴さん、次は何をします?」
と、言った具合に協力してくれているのである。
村の特産である焼き物の粘土を集める担当チームだったらしく、彼らは穴堀りにかけては俺なんかより詳しく、【塩の作り方】を確りと理解出来てからは、
「では兄貴さん、湖の底の水を汲み上げれば良いんだね…」
と俺に確認すると、次期村長さんとも話し合い、
「兄貴さん湖の近くに深い井戸を掘りやしょう!」
などとアイデアまで出してくれ、人海戦術で素潜りという手段の他にアイデアが出なかった俺の代わりに湖底の塩水を狙って汲み上げる算段を村人達としてくれたのだった。
どうやら百年程前に岩塩の採掘が下火になった村では、穴堀りの技術を使い地下の粘土層から粘土を回収して焼き物を作る事で、近隣の村との物々交換で様々な物を手に入れてきた過去があり、井戸を掘るなどお手の物なのだそうだ。
半月ほどかけ湖の上層の真水が井戸に染み出さない様に粘土や採掘場周りに掘り返され放置された石などを使い立派な井戸を掘り上げてくれ、更に彼らは危険なのを承知で池の方まで横穴を掘るというのである。
今でも塩分の濃い水がジワリと井戸の底に溜まっているのだが、汲み上げるに水深が上がるまではかなり待ったとしても、深くまで紐で吊るした素焼きの壺を下ろして汲むしかない…しかし、横穴なんて開けて湖の底や昔の岩塩を掘っていた坑道なんかにブチ当たれば大量の塩水が流れ込み作業員の命が危なくなるのだ。
心配した俺が、
「危なイかラ…」
と、止めたのであるが、穴堀りオジサン達は、
「大丈夫だから、兄貴さんは見ててくだせぇ」
などど、自信満々でウガウガ言っていたのであるが…後日、
「ウジュ~ウジュ~」
と切ない声を上げながら穴堀りオジサンチームの担ぐ木の棒にくくりつけられて登場したのは、皆大好き(食料として)な牙ネズミ君達である。
「牙ネズミの夫婦を連れて来やしたぜ、兄貴さん!」
と言われた俺は『ハテナ?』と首を傾げていたのであるが、キヨさんもガリさんも何か知っている様で、
「兄貴、あとは運任せになるけど多分上手く行くよ…」
などと言っているのであった。
それから数日…ある朝、狩りチームに混ざり罠の確認をし、罠にかかった獲物が居れば鈍器でドン!などで仕留めたり、あの格好いい投石道具の練習をしたりした後に昼ご飯を持って塩焼き小屋を作るべく井戸の所に皆で行くと、井戸は満々と水を湛え、その中では、哀れ…牙ネズミの夫婦が溺死していたのである。
濃度の濃い塩水の為に見事にプカプカ浮かんだ牙ネズミを回収すると、穴堀りチームの皆さんは、さも当たり前かの様に二匹の解体を始めたのであった。
何がどうなっているか分からない俺にキヨさんが、
「兄貴は知らないかもしれませんが、村では共同の井戸が枯れた時に牙ネズミのツガイを井戸に離しておくんですよ」
と言い出し、ガリさんが、
「今回は掘りたい方向が分かっていたからそちらだけ石で固めずに土をむき出しにしておいて井戸の中に餌だけ投げ込んでやれば…」
と詳しい説明をしてくれたのだが、種明かしとしてはこうである。
恥ずかしがりやの牙ネズミさんはまず巣穴として横穴を空ける。
そこに毎日餌を放り込むと、
「あれ、ここって最高じゃん!」
となり、繁殖力旺盛な牙ネズミさんは、食料倉庫から奥さんの出産育児部屋に子供達が育った時の広めの子供部屋など家族計画に合わせて増築すると、しらぬ間に水脈にブチ当たる…という寸法なのだそうだ。
『なんか…牙ネズミさん…ゴメンね…明るい未来を想像していただろうに…』
読んでいただき有り難うございます。
頑張って書きますので応援よろしくお願いいたします。




