第12話 覚悟する時
『う~ん…荷物が重い…』
欲張り過ぎた保存食の重みに苦しめられながらまだまだ遠くの山を目指している俺は、
『これは、強くなってから移動するのが正解だったかな…現地で獲物を狩りながら進めば荷物が少なくて済んだはずだし…』
などと考えながらも東をひたすら目指して進んで行く俺だったのだが、いつまでも順調な旅路が続く訳もなく、現在ピンチの真っ只中に居るのである。
目の前には名前は分からないが、立ち上がれば俺の背丈を越えそうな、どう考えても肉食であろう犬っぽい獣がデンと待ち構えていて、その両脇には子供なのか二回りほど小さくて同じフォルムの獣が二匹、嬉しそうにピョンピョン跳ねながら、
『ねぇ、ママ。アイツ食べて良い?』
『ねぇ、良いでしょガブッとしてみたいんだ』
と言わんばかりに大きな個体の顔と此方を交互に見ては今にも俺に向かって走り出したそうにしている。
出会い頭のほんの一瞬の出来事であるが、俺の頭の中では、
『はい、死にました…』
と諦める者や、
『誰だよ、こんなに干し肉を革袋に積めたやつは…重たくて逃げれないし、これまでの移動でヘトヘトだよ…』
と責任をなすりつけようとする者、
『元からこんな装備や能力では無理だったんだよ!』
と、そもそも無理難題を押し付けられたと怒る者が居る中で、ここ一年程の記憶がフラッシュバックし、最後は一緒に暮らした息子との日常や何気ないあの子の笑顔が浮かんだ瞬間に、地球での死に際には無かった【満足感】の様なものを感じる事が出来てしまい、
『よし、最後ぐらいは男の意地を見せて死ぬか…』
と、逃げても追い付かれる未来しか見えず、戦う決意をした俺は、もう食べられないかも知れない非常食の入った革袋を力一杯に名前も知らない犬っコロの親子に向かい投げつけ、
『ん?…』
と自分達まで届かずに地面に散乱する内容物を不思議そうに眺めている隙に、いつも手に持っている棍棒と腰に差してある石斧の二刀流にてこのオジサンとしての人生最後の大戦に望むために構えをとり、
「ウガァァ!!!」
と大きな声で叫んだのは、喋り難い声帯で洒落たセリフをキメたところで相手の犬っコロ達はどうせ理解出来ないだろうと思い、
『かかってコイやぁぁ!!!』
という気迫だけは伝えたかったという俺のせめてもの強がりである。
子犬達は俺の気迫のこもった声を聞いたはずなのに、そんな事は気にもしていない様子で親の顔を見ながら、
『ほら、アイツやる気だよ』
『かみ殺して良いよね…』
と親の許しを待ちながらもソワソワと此方をチラ見しているのである。
言語スキルは獣には機能しないが、完全に舐められている事だけはコミュ障気味の俺にも解る仕草に、
『ただでは死なないぞ!』
と恐怖も消え去る程の怒りがこみ上げ、脳内でアドレナリンの音が聞こえそうなぐらいの興奮状態となる。
親犬が、
『仕方ないわね…』
と言った雰囲気で「ヴッ」と、小さく吠えたのを合図に、無邪気な殺気を纏った二匹の子犬達が我先に俺へと駆け寄ってくる。
どうやら母犬としては子犬達に狩りの練習をさせたいらしく、そして俺はその練習の獲物に抜擢されたらしいのだ。
勿論恐怖心は有るが、それに勝る覚悟でその場から逃げずに集中し、首筋目掛けて噛みついて来た一匹の口に棍棒を突っ込み、もう一匹は俺の機動力を奪う為に足に狙いをつけていた様で、そちらはあえて噛ませてやる。
棍棒をガジガジとしながら何とか俺の首に牙を食い込ませたい子犬は一旦このままにして、俺の意識は噛りついても1円も出てこない俺の脛を噛んでいる一匹に集中させ、
『痛いんじゃボォケェ!』
と、いう気持ちを乗せた石斧を脛を噛る為に良い角度に傾けてくれている犬っコロのイヤらしい目付きで俺を見上げている眼球目掛けて振り下ろしてやる。
脛噛りの方の右目に深々と刺さる石斧の手応えを俺が感じるのと同時に、足元の犬っコロは恐怖で固まり動けないと思って舐めていた俺という獲物からの反撃に驚きと、一瞬遅れて来たであろう右目の激痛を感じて、
「キャン!」
と鳴いて、のたうつ様に俺から距離を取る。
棍棒ごと俺を噛み殺そうと必死だったもう一匹も兄弟の異変に気がつき俺から一旦離れた瞬間に、俺は、
『ざまぁ…キャンって言わしてやったぞ…』
とニヤリと笑うのだが、棍棒は半分噛み砕かれ、石斧は脛噛りの方の子犬の右目にプレゼントし、俺の右足は犬に食いつかれ走れない程のダメージを食らっていた…
『もう…戦う武器も無いし、走って逃げるどころか歩けるかすら怪しい…』
と絶望的な状況であり、
『舐め腐った犬っコロの片目だけか…案外安いな、俺の命の代金…でも、まぁ…満足…かな…』
とジワジワとアドレナリンが切れてきたのか鮮明になる足の痛みを感じながら、何故か、この後で噛み殺される運命と知りながらも勝利を掴んだような達成感に包まれた俺を睨みながら、母犬がゆっくりと此方に、
『ウチの子供に…』
と言いたげな殺気を向け、低く唸りながら近づいてくるのだった。
『怒ったか? 片目を潰された子犬の仇討ちか…馬鹿が、もう一匹も棍棒の木の毒素棍棒で奥歯をしっかり磨いてやったんだ…子犬達が倒し損ねたから【仕上げはお母さん】だかしらないが、後で下痢した子供の尻の穴でもペロペロしてオマエも毒素で下痢をすれば良いさ…食い殺した俺の体から栄養を吸収する暇もなくなる程にな…』
と、俺は自分の死と、今の俺に出来る最高の反撃をフルコンボで決めたという事を確信した次の瞬間、
「ウガッ?」
「ウガッ!」
という鳴き声と共に、
「大丈夫か?」
「助けにきたぞ!」
という声が頭に響き、
「ホヘっ?」
と、死を覚悟をしたのにタイミングを狂わされ声にならない気の抜けた様な音を出してへたり込む俺の頭上を、
「ヒュン」、「ヒュンヒュン!」
と何かが通過すると、あの殺気に満ちていた母犬が、
「キャイン!」
と鳴いて逃げ出したのである。
ゆっくりと俺が振り返ると、そこには勇ましいオジサン達が革製の何かをグルグル振り回して勢い良く逃走する犬の親子に向けて、「ヒュン」と石の礫を打ち出していたのである。
『投石武器か…俺…助かったのか…』
と一気に気が抜けて意識が遠退く俺だったが足の傷口から『ズキン』と脈打つ様な痛みが駆け上り、
「痛っ…」
と意識を引き戻してしまう…
「ありゃ…もう届かないな…」
「仕留めるチャンスかと思ったが…」
と残念そうにウガウガ言いながら俺に群がるオジサン達が、
「旅の人かい?この時期には珍しい…卵が孵化して決闘したにしては早いし…」
などと言いながらも俺の傷口を見て、
「ウゲッ、こりゃぁ手酷くヤられたなぁ」
などと言って手当てをしてくれたのである。
「アリ、がとウ…」
と俺が伝えると、
「おっ、上手く喋れないのか、お前さんも村長と一緒だな…」
などと集まった村人が話しだし、
「アンタも気の毒にガボの親子に狙われて…去年あたりからこの先の洞窟に住み着いて、何人も村のもんが犠牲にされたんだが…アイツらの動きが速いもんでさ…」
と、どうやらあの犬の地方名は【ガボ】と言うらしく、この近くの集落から卵を温めているメスのオジサン達の食料の為に集団で狩りに来ていたオスのオジサンチームが、俺の気迫のこもった雄叫びを聞いて、『何事か!?』と駆けつけたところ、仲間を何人も殺してきた憎っくき仇と俺が1対3で戦っているのを見て、加勢してくれたのである。
オジサン達は、
「お前さん凄かったな…」
と俺の頑張りを褒めてくれたのだが、しかし、
「だけど…普段は礫をヒョイと避けられていたから、今回は倒せると思ったのに…」
と、残念そうにウガッていたので俺は噛み砕かれかけている棍棒を見せ、
「イマごろ、下痢ぴー」
と言うと、俺の短い言葉の意味を理解してくれたのか、オジサンチームの一人が、
「お前さん、やっぱり凄ぇよ!」
と興奮気味にウガり、
「おい、二人ばかり村までこの人を運んで、村長にこの人の治療と、ガボの奴らを仕留めに行くと伝言を頼む」
と、指示を出して、
「皆、この人が命懸けでガボに【ゴロ木の落とし枝】を食わせてくれた今がチャンスだ!」
と言うと、周りのオジサン達も、
「ヨシ!」
「今度こそ…」
「息子の仇だ」
などと殺気立ち、俺に、
「まぁ、村でゆっくりと待っててくれや、奴らの寝ぐらは皆知ってるから…」
などと言い残して行ってしまったのであった。
ポツンと俺と、いかにも気弱そうな二人のオジサンだけが取り残され、俺が、
「コレって…オレ…たすかっタノ?」
と聞くと、二人は、
「ウガッ」
と首を縦に振り、
「そうですね…奇跡的に助かって良かったです」
「では村に行きますか…」
と俺に肩を貸してくれたのだった。
読んでいただき有り難うございます。
頑張って書きますので応援よろしくお願いいたします。




