第1話 今になって悔やんでも…
右を見ても森…左を見ても森…木々の隙間から見える空は青く、空気は悔しいぐらいに旨いのだが、
『何処だよ…ここは…』
と考えたところで分かるはずも無い…いや、異世界である事は理解しているので、やるせない程に日本人である俺がこの場所の詳細が分かるはずも無い事はしっかりと解っているという状況である。
まぁ、それ以外の情報はほぼ皆無であり、まず今の俺が一体何者であるのか、何故にコントや漫画でしか見ないような毛皮の服を着て森の中に居るのかであるが…これは…何から話せば良いのか…長くなると思うが俺のこれまでの人生を聞いて欲しい。
俺は自分で言うのもなんだが、【物凄く面倒臭がり】である。
やった方が良い事は勿論スルーするし、やらなければギリギリ厄介な事になるであろう場合でも、
『やる面倒臭さに比べたら…』
と、大抵の厄介事も甘んじて受けるスタンスで勉強から、家から、社会からも全力で逃げてきたという立派なクズである。
本人もクズという自覚はあるのでその点については反論は全く無い…なので逃げに逃げまくった結果として普通の人より何の経験もなく、ただ自堕落に毎日を浪費して、ゲーム・出前・通販という3点セットにお世話になり、ろくに家からも出ずに世間を知らず、また世間にも知られずに生きていたのである…ただ普通と違ったのは、【噛る親の脛が極太だった】という幸運が俺の面倒臭がりな性分を加速させてくれたのだと思う。
家族としては、
『この恥ずかしいヤツが世間に見つかるくらいなら、アイツはどこか知らない田舎でひっそり引きこもってくれていた方が有難いのに…』
という願いと、
『何処でも良いからダラダラ生きて行きたい!』
と願う俺のニーズがガッチリとマッチした結果、とある田舎のボロアパートにてヌクヌクと引きこもり、そして不摂生から早死にした…という…
『あれ…内容ってこれだけ!?』
と、自分でも呆れる程に薄くてペラっペラな人生を終了したのであった。
本当に『長くなると思う…』と云ったわりにサクッと終わった俺の生前の話は置いておいて、重要なのは死んだ後の話であり、【怠惰なヤツ】として地獄行きも覚悟していた俺だったのだが、地獄の裁判は再審に次ぐ再審で、
「いや、地獄行きだろう…」
という裁判長が居たかと思えば、
「何もしてないけど、悪事もしてないからねぇ…」
という裁判長も現れ、
「生まれた家が普通の家庭だったなら、彼だってもう少し頑張った可能性もあるから…」
と、即時生まれ変わって【人生という名の魂の修行のやり直し】を提案されたかと思うと、
「生まれ変わったら今回の人生を無駄に使った記憶も薄れて、また自堕落な生活をするだけで判決の先延ばしになるだけだ!」
という意見の裁判長まで…という事で俺の裁判は、【限りなく黒っぽいが、証拠不十分】と言った感じで閻魔様の裁きを受けるところまで進んだのだった。
『閻魔大王様の裁判までこんなに段階があるんだ…』
などと呑気に構えていた俺は、地上にて何もしていなくて、その魂が何の成長もしていないのが悪とするのなら有罪であるが、ここにきて殺人、窃盗、詐欺、不貞等々という解りやすい【罪らしい罪】すら『面倒臭い…』という感覚からトラブルとなる人付き合いも、親の脛がアフリカゾウ並みに太かった事から金銭面でのトラブルも無いという【ある意味真っ白な人生】だった事から下された閻魔様からの判決は、
「地獄もいっぱいだし、このまま生まれ変わらせるには不安があるから…」
という言葉から始まり、その後、
「人生ってのは、魂の修行だよ…色々チャレンジしないと次のステップに行かせるか罪を罰してから再度地上に生まれ変わるかを決められないから…」
などという内容の長いお説教を閻魔様から頂戴した後に、
「判決、他の世界で外部から派遣された観察者として向こうの神様の下で働いて来てよ…」
と、聞いたことも無い様な判決を申し渡した閻魔様は、ポカンとする俺にニコリと微笑み、
「そうでもしないと君はチャレンジするって事の大切さを分からないと思うから…ちょうど魂の派遣依頼が来てたから、タイミングばっちりだったよ」
と満足そうに話した後に、その場で即時刑の執行となり俺は有無を言う暇もなく異世界へと飛ばされたのであった。
『えっ、異世界転生ですか!』
と一瞬喜んだ自分を今はブン殴ってやりたい気分ではあるが、気がつくとそこはちょっとした美術館の様な部屋であった。
しかし、美術館というには展示品のモチーフが耳の尖った美形な人ばかりに片寄っている…
「エルフ美術館か…」
と呟く俺の前に現れたのは、何処かに俺と同じ臭いのする太った中年男性であるが、何処とはなく威厳すら感じる雰囲気を纏った人物に俺は、
『神様…かな?』
と心の中で呟くと彼は、
「その通~り、ボクチンがこの世界の最高神だよ」
と俺の心を読んで返事をしたのである。
早死にしてしまった俺に負けない程に不健康そうな体型である神様は、エルフ族大好きであり、エルフファーストの世界を運営しつつ天界にてエルフの彫刻を趣味で造るという、他の種族が可哀想になる程の依怙贔屓な神様であり、昔よりエルフ族のピンチには神の奇跡にて介入し敵対国をまるごとエルフの居ない並行世界に島流しにして封じるといった。
『ボクチンのお部屋の要らない物は押し入れにポイ!』
みたいな事をした後に、興味のあるエルフ世界のみを管理して、押し入れみたいに使われた世界は数千年だか数万年単位で放置し続けたという面倒臭がりの大先輩の様な神様であったのだ。
『神様って…皆を平等に扱ってくれるのでは…』
などと俺が口に出すまでもなく考えただけで神様には筒抜けとなり、
「キミねぇ…ちょいちょい失礼な事を考えてるけど、ボクチンにだって選ぶ権利ぐらい有って良いと思わないかい?」
と言われてしまい、そこからかなりの時間をかけて俺は、この神様から【エルフの素晴らしさ】を布教されてしまったのである。
しかし、下手な事を考えると筒抜けになる事を理解した俺は、生前唯一と言って良い程に常人には到達出来ない領域まで磨き上げたスルースキルにより頭を無にして何も考えず、かといって話し手には、
「ほうほう…なるほど…」
みたいな返しを脳ではなく脊髄反射的に返して気分良く話してもらい、何を言われても俺自身は全く聞いていない為にノーダメージという手法でこのエルフ教の布教活動を無視して、まるで我が家で寛いでいるかの様に凪いだ心でやり過ごしていたのであるが、『自宅で寛ぐ…』というキーワードから不意に生前住んでいたボロアパートの景色が思い出され、
『あぁ、お気に入りのフィギュアとかも処分されたかな?…』
などと雑念が入った瞬間に、
「キミ!もしかして瞑想でもして聞いて無かったの!!」
とボクチン神様に叱られたのだが、瞑想の域まで達していたらしい俺の集中により一瞬の雑念だったはずの『お気に入りのフィギュア』の画像も神様へと伝わったらしく、
「それより、さっきの小さいのに精巧な像をもう一回イメージしてみてよ…モチーフはイマイチだったけど造りは良かったからボクチンの創作活動の参考にしたいから…」
と鼻息荒く頼まれて、
『ならば!』
と、エルフ大好きボクチン神様のドストライクである【服が着脱可能なクッソエロいエルフのフィギュア】をイメージしてやると、
「むほっ!…これは…えっ、そんな…」
とかなり良い反応で悶える神様は、
「ハァハァ…地球とやらは、かなり良い感じに進んでいるんだね…」
と一人で満足そうにニヤケていたのだった。
しかし、この一件で神様は俺の事を【異世界のフィギュア文化を教えてくれた隠れエルフ好きの友人】として認識してくれた様で、
「まぁ、少々の失礼な言動なんて気にしないからもっと色々教えてよ」
と、仕事そっちのけで暫く俺の生前の部屋のコレクションの話を、神様お手製のエルフ彫刻が並ぶ天界のコレクション部屋にて語り合うというヘンテコな時間を過ごした後に、何とも適当な業務についての説明を受けた俺は現在、全く見覚えの無い森の中で、自分の手足を確認しているといった状況に至るのである…
『いや…神様…業務連絡の方に熱量を入れて説明してよ…』
と思いつつも俺は、とりあえず安全な場所を見つける為に歩き出す決意を決める。
しかし、どう考えても面倒臭い現状に、なかなか最初の一歩が踏み出せず、
『こんな事なら人生を真面目に頑張っておけば普通な死後の裁判でサッと判決だったのかなぁ…』
などと、今頃になりどうでも良い様な事を考えて、気分だけでも逃げ出そうとする俺だったのだが、ここでハッと気がつく…
『流石は閻魔大王様の名裁きだな…俺みたいな面倒臭がりなクズ人間に一番堪える罰だよ…終わりの見えないサバイバルか…頑張らないと死んじゃうし、死んだとしても業務は終わらず再度派遣らしいからな…』
と、閻魔様からの『人生は魂の修行だから…』というお説教がボディーブローの様に効き始めた俺は、
『今からは何でも頑張ってみよう!』
と決め、借り物である現地の体の感覚を確かめる為に手のひらを軽く握ったり開いたりした後に、
「ヨシっ!」
と、気合いを込めて重い空気の幕を突き破るかの様にその一歩を踏み出したのであった。
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