第1話「俺、将来はプロのポーカープレイヤーになりたい」
午後の大学カフェ。
試験が終わった解放感からか、店内はやけに賑やかだった。
談笑や笑い声が飛び交う中、窓際の四人掛けの席では、
アオイ、タクト、ミナ、シンの四人が腰を寄せ合って座っていた。
「それにしても…あの問題ひどかったな
“トランプの歴史を簡潔に述べよ”って…マニアックすぎだろ」
タクトが最初に口を開いた。
「俺、全くノーマークだったからさあ、
サンドイッチ伯爵がトランプしながら片手で食べられる料理を作らせたことが
サンドイッチの名前の由来になったって説あるだろ?
あれを無理やり引っ張ってきて書いちゃったよ。全然関係ないのに」
シンが吹き出す。
「俺は、“ジョーカーの起源は?”ってずっと真面目に考えたんだけど、
途中から“バットマンの敵キャラ”って書きそうになってた。ギリギリ止めたけど」
「私なんて、“ハートの女王はフランス革命の象徴である”って、
もっともらしく書いちゃった」
ミナがストローをくるくる回しながら笑う。
「絶対違うけど、なんかそれっぽく聞こえるでしょ?」
「歴史なんてさ、妄想混じりの部分もあるし、
とりあえず、それっぽく書いておけば意外に部分点ぐらいは貰えたりするかもよ」
タクトが机をトントン叩きながら応じる。
「ていうかさ、教授はオンラインゲームのトランプにでもハマってるんじゃない?
じゃなきゃ、あんな問題出そうと思わないだろ」
三人がああだこうだ言って盛り上がる中、
アオイだけは静かにカップを置いた。
そして、不意に言った。
「トランプの話になったから言うけど、
実はさ、俺、将来はプロのポーカープレイヤーになりたいと思ってるんだ」
その一言で、大学カフェのざわめきが遠のいた。
タクトが吹き出しそうになって、あわててストローを口で押さえた。
「……は? いきなり何言ってんだよ」
「本気だよ。」
アオイは真顔のまま続ける。
「世界の大会を渡り歩いて、ポーカーで稼いで生きていくんだ。
会社に就職して上司に頭下げるより、ずっと刺激的だろ」
ミナが目を細める。
「要するに、自由に生きたいってことね」
「自由に生きたいってのもあるけど、それだけじゃない。」
アオイの声が熱を帯びる。
「ポーカーって運任せじゃなくて、戦略と心理戦のゲームなんだよ。
頭脳で勝負して、結果がダイレクトに返ってくる。
俺はそういう世界で尖って生きていきたいんだ」
「尖って生きてく?」
タクトが眉をひそめる。
「また急に極端なこと言い出すな」
「極端じゃないよ」
アオイは身を乗り出す。
「偉人伝を読んでも、ベンチャー企業の社長や成功を収めた芸人の話を聞いても、
みんな若い頃に“とんがってた”時期があるだろ。
協調性ゼロで、自分のやりたいことだけやって突っ走ってさ。
でも、そういう時期があったからこそ突き抜けた結果を出せたんだ」
アオイは語気をさらに強めて言った。
「しかも俺は、ただ勝ちたいだけじゃない。
プロゲーマーがここ十年で社会的な地位を獲得したみたいに、
ポーカープレイヤーを子供が憧れる職業にしたいんだ。
『ギャンブル』じゃなくて『頭脳スポーツ』として認めさせたい。
時代を切り開くパイオニアになりたいんだよ」
シンが苦笑しながらも頷いた。
「話は壮大だけどさ……そんなにうまくいくもんなのか?」
「ちょっと待って」ミナが口を挟む。
「アオイは“協調性ゼロで”って言ってるけど、
協調性って本当に必要ないの?」
タクトが肩をすくめた。
「むしろ尖ったやつって煙たがられて終わることの方が多いだろ。
職場で浮いて、孤立して、最後には自滅する。
そんな例、いくらだってある」
アオイはしばらく黙っていたが、
やがてカップを指先で軽く叩いた。
「……確かに、結局のところ協調性は必要だと思うよ。
でも、最初からそれを意識してたら挑戦なんてできないよ。
波風立てないように生きてたら、結局は凡人で終わっちゃう」
言葉がいっそう熱を帯びる。
「大事なのはまず挑戦することだ。
結果を出した後からでも、協調性なんていくらでも身につけられるよ。」
ミナは眉をひそめ、ストローを見つめながらつぶやいた。
「……正論っぽいけど、結果を出した後で協調性を身につけるなんてこと、
本当にできるの? 成功してから自分を変えるだなんて無理じゃない?」
その言葉がテーブルの上に落ちた途端、
四人の間に沈黙が広がった。
アオイの自信に満ち溢れた眼差しと、
ミナの不安げな目線が、交差したまま動かなかった。
四人ともすぐには言葉を継がず、
カフェのざわめきだけが耳に残った。




