第7話明け暮れた午後
昼下がり。
キッチンの窓から春の陽射しが差し込み、部屋の空気はやわらかく温かい。
午前中の騎士団騒ぎが嘘のように、のんびりとした時間が流れていた。
ペイジンはエプロンをつけ、フライパンを前に腕まくり。ピンクのショートヘアにお団子が揺れながら、野菜を刻んでいく。
ペイジン「……あのブロンズ色の鎧の騎士さん……なんなの!?朝から騒がしいわ、殴るわ…ッ!!」
横でミトンをはめた黒猫が尻尾でボウルを支えながら答える。
ニィ「大丈夫だったニィ!?さっきすごく剣で切り裂かれてたけど……!」
ペイジン「ああ!それは全然!」
(……普通なら4んじゃってるんだけどね……)
包丁のリズムが止まらない。
ペイジンの表情はやけに平然としていた。
ニィ「いや普通じゃないニィよ!?あんな鉄拳と斬撃、常人なら即バッドエンドニィ!!」
ペイジン「私は魔法少女だし。あれくらいでくたばるほど弱くはないの!」
ドヤ顔。
その瞬間――
ジュワッッッッッ!!!
ペイジン「あっっっっっっつぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
「アアアアアよそ見してたぁぁぁぁ!!!!!」
フライパンから油がはね、ペイジンの腕にピシッ!と直撃。
お団子が跳ねる勢いでペイジンは飛び上がった。
ニィ「だから言ったニィ〜!魔法少女でも火傷は防げないニィ〜!!!」
ペイジン「ブロンズの攻撃より痛いんですけどぉぉぉぉ!!!!」
ニィ「騎士より料理の方が危険ってどういうことニィ……」
ペイジン「うるさい!この揚げ物……絶対に私が勝つんだから!!」
キッチンに響くのは、油の音とペイジンの悲鳴とニィのツッコミ。
魔法少女の昼は、戦場と同じくらいに騒がしかった。
昼下がりの空は、薄い水色に白い雲がゆっくり流れていた。
春の陽射しは暖かく、道端の桜がちらほら花を落としている。
ペイジンは昼ごはんを片付けたあと、街外れの小道を歩いていた。
お団子ヘアが風に揺れ、エプロンの代わりに今日は軽いカーディガン。
その横を黒猫ニィが小さな鈴を鳴らしながら、ちょこちょこついてくる。
ペイジン「はぁ〜……午前は騎士、昼は油とバトル……午後こそは平和であってほしいわ……」
ニィ「ニィ……午前のあのブロンズって人、絶対また出てくるニィよ……」
ペイジン「やめてよ、せっかくのお散歩が不穏になるじゃないの」
道の両脇では、小さなカフェや古い本屋が並んでいた。
花屋の店先からは甘い匂いが漂い、子どもたちが駆け抜けていく。
街はいつも通りの午後の顔をしている。
ペイジン「……ねぇニィ。もしさ、またあのブロンズさんと会ったら、私どうすると思う?」
ニィ「どうせ殴り返すニィ?」
ペイジン「そうよ!殴って説得するのが一番なのよッ!!……多分」
ニィ「その“多分”が危険ニィ……」
ふたりのやり取りは、春の風にのってどこまでも軽やかだった。
だが、その道の先に何が待っているかは、まだ誰も知らない――。
午後の街は、春の日差しの中にゲームセンターのネオンが目立っていた。
ペイジンとニィは散歩の途中で、ふらりとその中へ足を踏み入れる。
店内は眩しいほどのライトと、レーシングゲームのエンジン音、アクションゲームの効果音でごった返していた。
とくに奥のエリアは《某首都高系バトルゲーム・エンゲージ》の筐体が並び、今日から《86伝説》コラボが始まっていた。
ペイジン「オラァァァァァ!!!今日も取ってやるわよおおおお!!!」
ガンッッッ!!!!
ペイジンの手がハンドルを激しく叩き、筐体がビリビリと震える。
画面の中では真紅の86がライバル車を抜き去り、コーナーを駆け抜けていく。
ペイジン「いけええええええええええええええ!!!!」
ニィ「え、えっと……魔法少女ってもっと優雅なもんじゃ……?」
ペイジン「うっせえええええ!!!
そんなのクソくらえなのよおおおお!!!!」
ニィ「もうめちゃくちゃニィ……!!!」
ペイジン「今日は86伝説コラボなのよおお!!これで限定ステッカーゲットするのよおおおお!!!」
画面には《腹切カナタの紅い戦闘機86》《イヨのピンクスープラ》《吉田NSX》といったコラボ車両が次々と登場。
観客キャラのセリフも《86伝説》仕様になっており、ファンならニヤリとする仕掛けだ。
ニィ「……ていうか、さっきまで騎士に殴られてた人とは思えないテンションニィ……」
ペイジン「勝てばいいのよ勝てば!!私はこの街の首都高最速魔法少女になるのよぉぉぉぉ!!!!」
店内のプレイヤーやギャラリーがちらちらと振り返るなか、ペイジンは完全に戦闘モード。
レーシングゲームの爆音と魔法少女の叫びが、
午後のゲーセンを支配していた。
春の夕方。街はオレンジ色の光に包まれ、少し冷たい風が吹き始めていた。
ペイジンとニィは、ゲームセンターからの帰り道を並んで歩いていた。
ペイジン「ふぅ〜〜……今日も首都高最速はこの私だわ……!」
胸を張るペイジンの手には、《86伝説コラボ限定ステッカー》がしっかり握られている。
ニィ「いやぁ……あれは魔法少女というより、
ただの走り屋ニィ……」
ペイジン「勝てばいいの!勝てば全部チャラなのよ!」
お団子ヘアが夕日を受けてキラリと光る。
ニィ「……でも途中で隣の人に『走り方が魔法少女じゃねぇ』って言われてたニィよ」
ペイジン「うるさいわね!!
魔法少女だってハンドル握る時は戦士なの!!」
(この前なんて剣握って英雄の仲間だったし......)
ふたりの足音がカツカツとアスファルトに響く。
道端の屋台からはたこ焼きの匂いが漂い、夕方の鐘がどこかで鳴った。
ニィ「……でも楽しかったニィ。ああやって笑ってるペイジン、久しぶりに見たニィ」
ペイジン「えっ、そう......?」
ペイジンは少しだけ照れたように、ステッカーを見つめながら歩いた。
その顔に、昼間の騎士団の緊張はもう残っていない。
ニィ「……でも次に会うの、あのブロンズ姉さんかもしれないニィ?」
ペイジン「……あのポニテ女……また殴ってきたら今度こそ勝負だからね……!」
夕暮れの風がふたりの間をすり抜け、街灯が一つ、また一つと灯っていく。
春の一日は、夜の匂いを連れてゆっくりと終わりに近づいていた。
夕日が沈み、街に夜の帳が降りてきた。
昼間の喧騒は遠のき、代わりに冷たい風がビルの谷間を吹き抜ける。
ペイジンは自室のカーテンを勢いよく閉め、クローゼットの奥から魔法少女装備を取り出した。
ピンクのショートヘアが月明かりを浴びて、かすかに光る。
ペイジン「夜になったら……作戦開始よ!」
その目は昼間のゲーセン少女ではない。
真剣な瞳に、魔法陣の紋様が淡く浮かんでいた。
ニィ「了解ニィ!」
黒猫は尾を高く掲げ、くるりと一回転して魔力の火花を散らす。
その瞳にはいつもののんびりさはなく、戦士の鋭さが宿っていた。
ペイジン「まずは“怪盗ジュン”を追う。
あのブロンズの動きも気になるし……闇の核がこの街にあるなら、絶対に放っておけない」
ニィ「準備はできてるニィ。いつでも行けるニィ!」
窓の外には、月と星が見下ろしている。
昼間の笑い声はもうなく、街は静かな呼吸だけを響かせていた。
ペイジン「行くわよ、ニィ。
今夜が――始まりの夜になるかもしれないからねッ!!?」
ニィ「行くニィ!魔法少女ペイジン、
出撃ニィ!」
春の夜風が、ふたりのマントと尻尾を一緒に揺らした。
ここから物語が、大きく動き出そうとしていた。




