第6話 憧れの的
朝9時。
春の4月、窓の外ではチュンチュンと鳥の声。
まだほんのり肌寒い空気のなか、部屋にはぽかぽかの陽射しが差し込んでいた。
ペイジンは自室のベッドで、ぬくぬくの毛布にくるまったままゴロゴロ中。
目の前には分厚い単行本。
ペイジン「うわあ〜っ!やっぱりヒーローって最高〜!!」
「戦士クロス、やっぱりかっこいい〜〜〜〜!!!」
読みふけっていた漫画は、今人気のファンタジーバトルアクション『クロスブレイカーZ』。
戦士クロスと、スイーツ使いの七賢者フェルリアが激突するクライマックスシーンだった。
漫画のページには、荒々しい吹き出しが踊る。
クロス「よっしゃ!いけるぞ!!」
フェルリア「舐めるなぁぁぁっ!!!!!」
ペイジン「スイーツ使いの七賢者フェルリアに、個性がないって言われてもめげずに戦うクロスくん……最高だなァ〜……!」
目がハートになってるペイジン。
お団子ヘアがベッドの上でふにゃんと崩れていた。
そのとき、部屋の隅から眠そうな声が聞こえた。
ニィ「……何読んでるニィ……? また変なやつニィ?」
振り返ると、黒猫のニィがカーテンレールの上で丸くなっていた。
毛並みは寝癖でボサボサ、目は半開き。
ペイジン「あっ!ニィ〜〜!これ見てよ〜!」
漫画のページをバッと開いて、ペイジンは無邪気にニィの方へ向ける。
ペイジン「ねぇ見てこれ!この回、クロスがスイーツ魔法の餅タルトを剣で割るの!
ヤバくない!?めちゃくちゃアツいの!!
で、フェルリアが“甘さは強さよッ!”って叫ぶのー!!」
ニィ「……なにそれニィ……朝から糖分過多ニィ……」
ペイジン「いやいや!こういうのが朝に必要なの!
夢と希望と戦いとスイーツッ!!これが揃ってこそ、最高の1日が始まるってもんよ!」
ふんすっ!と胸を張るペイジン。
お団子ヘアがちょっとほどけかけている。
ニィ「……じゃあニィは、クッキーでも食べて寝なおすニィ……」
ころんと落ちるようにまた寝ようとする黒猫を、ペイジンは引き止める。
ペイジン「ダーメ!!今日は“夢見の底”に行く日でしょ!?私の記憶と闇の核、取りに行くんだから!!」
ニィ「えぇぇぇええええ……ニィィ……
それ今日だったニィ……?」
ペイジン「そうだよ!!朝ごはん食べたらすぐ準備して出発ねー!」
……ヒーロー漫画の余韻を胸に秘めて。
ペイジンの1日は、また戦いへと動き出す。
ペイジン「……てかさ……」
ふと、漫画のページを閉じながら呟いた。
ペイジン「“夢見の底”とか……私、何言ってるの……?」
言ったあとにじわじわくる恥ずかしさに、布団の中でモゾモゾと身をよじる。
自分で口にしておいて、後から冷静になるタイプの反省モードである。
すると、カーテンレールの上から、いつもの声。
ニィ「確かに……なにそれニィ……?
とにかく夜の街の悪夢に備えて、昼はちゃんと休むニィ」
黒猫はベッドにぽすんと落ちて、くるりと丸くなった……かと思えば、次の瞬間には前足でページをパラパラめくっていた。
ペイジン「……ちょ、猫が本を!?」
ニィ「ん〜……ニィは特殊な存在だから、人間みたいに立つこともできるニィ。読むこともね」
ペイジン「そんなドヤ顔で言わないでよ……!?」
ニィ「……ふむふむ……やっぱり……」
ニィの目がキラリと光る。
ニィ「やっぱり《アイスブレイカー》に
《86伝説》は最高だニャ〜!!チャ〜…♪」
小さな口で擬音を口ずさみながら、漫画のページに顔を近づけていく。
どうやら完全に“自分の世界”に入っているらしい。
ペイジン「……なに読んでるの?」
ニィ「アイスブレイカーのセレスは、最高の勝負をしてきてるニィ!
昔流行ってた進化型アイスホッケーの漫画ニィ!氷上の魂と速度の戦いニィ!」
ペイジン「氷の……!?え、それめちゃくちゃ気になるんだけど!」
ニィ「セレスって選手はね……“氷に宿った声”を聞けるって設定ニィよ。
冷たさの中にある、温かい記憶をね……」
ペイジン「えっ、それちょっと……いい話じゃん。え、貸して?」
ニィ「ニィィ〜〜〜!?いきなり来るなニィ!!手垢つくニィ!!」
ペイジン「もう!変なところだけ猫っぽい!」
ふたりの朝は、そんなふうに春の陽射しの中、漫画とツッコミでゆるやかに進んでいく。
“夢見の底”も、“闇の核”も……とりあえず午後まで保留。
いまは、漫画とお昼寝の時間。
ニィ「……で、でね……《アイスブレイカー》も最高だけど……やっぱり……」
「86伝説は確か……あの後、カナタの――」
ペイジン「…………」
ペイジンの目が、じわりと細くなる。ジト目。沈黙の圧力。
ペイジン(ジト目で)「言わなくても、分かる……」
ニィ「ニィッ……!? にゃっ……ニィィ……!」
「(※ネタバレ防止フィルター発動ニィ……!)」
空気がピタリと止まる。黒猫ニィはその場で固まり、小さく丸まった。
──※ちなみに《86伝説 APEX》は現在、デジタルでも好評連載中!!!
次回の更新ではカナタたちの“あの因縁”がついに――(※ここから先はペイジンによってモザイク化処理されました)
(※元々紙原作版になかった宣伝ですw)
ニィ「は、は〜い……ごめんなさいニィ〜……」
ペイジン「よろしい」
春の陽射しの下、ベッドの上で交わされる情報戦は、今日も熾烈だった。
外から、馬の蹄の音と甲冑のぶつかる金属音が聞こえてきた。
「第三警備分隊、配置確認!魔力反応に注意しつつ、封鎖範囲を三角構成で!」
「こちら南門側クリア、異常なし!」
「隊長、上空に微弱な幻影反応あり!」
ペイジン「……なに騒いでんのよ、朝から……」
2階のベッドでゴロゴロしていたペイジンは、めんどくさそうに体を起こした。
くしゃっとなった布団を足で押しやり、カーテンをシャッと開ける。
朝の陽射しが眩しい。
そのままスリッパのままベランダへと出て、下の騒ぎを見下ろす。
ペイジン「……うっさいわねー、何よ?」
下には十数人の騎士が、魔導探知機のような装置を手に、真剣な表情でうろついていた。
鎧はピカピカ、マントは風になびき、見るからに“真面目系”。
その中心、若い団長らしき男が顔を上げ、2階のペイジンに気づいた。
団長「上空より強い魔力感知あり!……そこのお嬢さん、少々お話を――」
ペイジン「話す気ないけど?」
すっぱり。
団長「いや、あの、これは王都の治安を――」
ペイジン「ベランダにいたら魔力反応とか言われる世界なんて、ろくなもんじゃないわねー……」
ニィ(下から顔出す)「おおぉぉいニィ〜……魔力だだ漏れなの自覚してニィ〜……」
ペイジン「黙ってなさいニィ。ネタバレ猫が」
ニィ「なんでそこ蒸し返すニィ〜〜!!?」
団長「……ええと、とりあえず、おとなしく降りてきていただけますか……?」
ペイジン「……下着姿で下りてったらあなたたち失格よね?」
団長「っ……!? い、いえ、では後ほど、改めて伺いますッ!!!」
「全隊撤退!!視認者は非戦闘体、誤感知の可能性高し!!!」
わちゃわちゃと騎士たちが退却していく音が遠ざかる。
ペイジン(ため息)「……騎士って、ほんと面倒なの多いわね……」
ニィ「いや完全に君が煽ったニィ……」
春の風がベランダを抜ける。
そしてペイジンは――ちょっとだけ楽しそうに、口元を緩めた。
騎士団が去ったと思った矢先。
ベランダ下の路地に、ひとりだけ立ち止まっている人物がいた。
春の風に揺れるのは、艶やかなプラチナ色の髪――
ポニーテールにまとめられたその髪は、陽の光を反射して柔らかく煌めいていた。
身にまとう鎧はどこか細身で、鋭さよりも美しさを感じさせる。
騎士というより“戦場に舞う姉御”とでも言うべき、そんな雰囲気。
そして彼女は、ペイジンを見上げて、ふっと微笑んだ。
ブロンズ「済まない……騒がせてしまったな」
「手荒なことはしていない。……回答順……じゃなかった。怪盗ジュンを見かけなかったか?」
ペイジン「……回答順……?」
ブロンズ「違った、混ざってしまったな。すまない。
ワタクシの名前はブロンズ。第三騎士分隊長を務めている。よろしく頼む」
ペイジン(…………)
(随分アホな人……。でも、なんかホッコリ感がある。妙に落ち着くというか……)
(あのポニテ……その髪の色……プラチナ……?)
(――でも、なんか違う。漫画の“プラチナ”よりも柔らかくて、ちょっと天然な匂いがする)
ペイジン「……ジュン? 怪盗? なにそれ、乙女ゲーム?」
ブロンズ「乙女……? あ、いや、その、彼は魔力式反重力装置で夜を駆ける窃盗犯で……」
ペイジン「ふーん……ロマンチストってわけね。なんか他人とは思えないわ」
ブロンズ「……そうかもしれないな。
ワタクシはまだ彼に“対面”できていないが……彼の残した足跡には、妙な美学がある」
ペイジン(……やっぱりこの人、ちょっとズレてる。でも嫌いじゃない)
ニィ(ひょっこり登場)「あ〜〜……ニィもプラチナの方が見た目は好きニィけど、ブロンズ姉さんの方が優しそうニィ〜」
ペイジン「何急に比較始めてんのよ」
ブロンズ「……プラチナ……?それは何かのコードネームか?」
ペイジン「あ、いや、違うの。……ごめん。気にしないで」
風がまた、プラチナ色のポニーテールを揺らした。
その柔らかさは、ペイジンの心に“どこか懐かしい安心感”を残していた。
ブロンズ「……ペイジンと言ったな……オラァァァ!!!」
ガンッ!!!
衝撃と共に、乾いた打撃音がベランダに響き渡った。
ペイジン「っ痛ああああっ!?!?!?」
「なっ……なっ……なんてことを……ッ!!!」
顔を押さえてしゃがみこむペイジン。
その額にはくっきりと拳の跡、いや、鉄のグローブの角が……!
ブロンズ「ふむ。正常な反応だな。痛覚あり、反撃反応良好」
「どうやら“本物”の魔法少女らしいな。失礼、確認だった」
ペイジン「確認方法おかしすぎでしょォォォ!!!」
ニィ「ニィィィィィィィ!!!」
「今のは絶対アウトニィ!!!!!」
ブロンズ「だが君が“耐えた”こともまた事実。魔力耐性あり、回避本能もある。
……魔法少女の素質は十分だな」
ペイジン「痛いってばああああああ!!!」
「このポニテ!!!! 優しそうに見えて鉄拳かましすぎぃぃぃ!!!」
ブロンズ「これでも加減はしたぞ。これで気絶しないなら訓練の価値ありだ」
ペイジン(涙目)「……なんで私、朝から顔面試験受けてるの……?」
ニィ「というかこの人、今さっきまで“プラチナと違って柔らかそう”って言われてたニィよね……?」
ペイジン「返してよあの印象!!!」
ペイジン「ちょっと……さすがに……今のはやりすぎ……ッ!」
額を押さえてうずくまるペイジン。
その隣でニィが毛を逆立て、警戒MAX。
ニィ「ニィィィ!暴力反対ニィ!!おまわりさん呼ぶニィィ!!!」
だがブロンズは表情ひとつ変えずに、ただ静かにこう言った。
ブロンズ「……いや、魔法少女であれ
――私の敵だァァァァァ!!!!」
ペイジン「…………は?」
ガンッ!!!
ペイジン「ッッッ痛ああああああッ!!??」
今度は前より重い一撃が、横っ面に炸裂!!
ぐらりと揺れる視界。ベランダの手すりにもたれながら、彼女は叫んだ。
ペイジン「なんでよぉぉぉぉぉおおお!?!?!?」
ブロンズ「“力を持つ者”が正義だと、誰が決めた?」
「正義を語るな。私にとって脅威であれば、それはすなわち敵だ」
ペイジン「こわっっっ!!!論破系脳筋こわッッ!!」
ニィ「ヤバいニィこの人、思想が魔王ニィ!!」
ブロンズは拳を収めながら、マントを翻す。
ブロンズ「……次、会ったときは――覚悟しておけ」
「それでは、諸君。良き午前を」
ヒュッ、と風を斬ってその姿は消えた。
まるで登場からすべてが“夢だった”かのように、跡形もなく。
残されたのは、額に拳の跡を残したペイジンと、震えるニィ。
ペイジン「……なに、今の……春なのに冬が来た感じするんだけど……」
ニィ「いやマジで……絶対、元・プラチナ系の女ニィ……アレは記憶喪失してる系のやつニィ……」
ペイジン「いやいやいや……漫画と違うから!
リアルで殴られるとマジで冷静になるから!!」
こうして、春のまどろみは鉄拳とともに吹き飛び、ペイジンの“魔法少女としての1日”は、とてつもなく荒れた形で幕を開けたのだった――。




