第4話 夜のクロノスで
──少年の部屋には、静けさが戻っていた。
穏やかな寝息。柔らかいまどろみ。悪夢の影はもう、どこにもない。
窓辺に座ったペイジンは、夜の空を見つめていた。
満天の星々が、まるで息をひそめるように、ただそこに瞬いている。
ペイジン「ねぇ……ニィ」
ぽつりと、小さく漏れた声。
ペイジン「……私、どうやって……いや、なんでもない」
その言葉は、すぐに夜風にかき消されてしまいそうなほど弱かった。
だが、となりに座る黒猫のニィは聞き逃さなかった。
ニィ「……めんどくさいのニャ!??」
ぴょこっと耳を立て、鋭く返す。
ニィは、ぺたんと寝そべったまま、金色の目だけを向ける。
ニィ「そういうのが一番ニィ〜……。気になるならちゃんと言えニィ……」
ペイジン「……ううん、大丈夫。ちょっとだけ、自分のこと思い出しただけ」
ふと、ペイジンの瞳に映る夜空の星が、一粒だけ滲んで見えた。
それは、過去の記憶か、胸の奥の問いか。
でも彼女は、それ以上何も言わなかった。
ニィはため息まじりに体を丸め、しっぽをパタパタ揺らした。
ニィ「まったく……星がきれいな夜は、みんな感傷的になるニィ。
でも、今はそれでいいニィ。あったかくして、冷えちゃだめニィ」
ペイジンはくすっと笑い、そっと黒猫の背に手を添えた。
ペイジン「ありがとう、ニィ。
……ほんと、ニィがいてくれてよかった」
ニィ「……ニィっ!?ッ......ニィは便利な存在ニィ……それ以上褒めると調子乗っちゃうニィよ?」
ペイジン「えへへ、そんな〜??」
星の夜。
ふたりと一匹の冒険は、まだ始まったばかりだった。
夜の風が、ゆるやかに吹き抜けた。
高い塔の屋根裏で、ペイジンは静かに空を見つめていた。
その肩にかかった薄桃色の髪が、さらりと揺れる。
ピンクのショートヘアの左右に結んだ、ふたつのお団子が微かに風に踊る。
その瞳は、遠い記憶を探すように星空を追いかけていた。
ペイジン「ねぇ……ニィ」
小さく、でも確かな声。
ペイジン「……あの時いった君が“宝”って、なんなの……?」
「これだけは、思い出せるの。あの言葉、胸の奥にずっと残ってて……」
彼女の隣で、丸まっていた黒猫のニィが片耳だけぴくりと動かす。
ニィ「……また、それニィ?」
ペイジン「うん。……思い出したの、ジュンがあのとき言ったの。
『この子猫ちゃんは…宝なの』って……。
その時の空気も、あなたの表情も、全部はっきりとは思い出せないのに……
その“宝”って言葉だけが、あまりにも鮮明で……」
ニィは小さくため息をついた。
ニィ「それは……」
そこで言葉を切り、ニィは星空を見上げる。
目を細め、しばらく沈黙が流れた。
ペイジン「お願い、教えて……ニィ。
私、何かを忘れてる気がするの。
大事なこと、大事な誰か、そして――自分自身のこと」
黒猫は目を伏せ、尻尾を一度くるりと巻いた。
ニィ「……ニィが宝だった理由、知りたいニィ?」
ペイジンはこくりと頷く。
瞳の奥で、夜の星が静かに揺れた。
ニィ「じゃあ、いつかちゃんと思い出させてあげるニィ。
でも……それは君が、自分で探しに行こうとしたときだけニィ」
ペイジン「……探すよ。私は、もう……目を逸らさない」
彼女はゆっくりと立ち上がる。
ふたつのお団子が、夜風にそっと揺れた。
ペイジン「だって――“宝”って、誰かからもらうだけのものじゃないでしょ?
……自分で見つけて、心にしまうものなんだから」
黒猫の目が細くなる。
どこか、誇らしげに。
ニィ「ニィ〜……そういうところは、昔の君そっくりニィ……」
夜空の奥で、眠っていた記憶が、またひとつ呼吸を始めた。




