第23話 シャインパール
黒い花火が夜空を漆黒に染め上げる中、アルファの青い瞳に激情の炎が宿った。カレイドパールを奪う計画を狂わされた屈辱が、彼の理性を野生の凶暴さへと塗り替えていく。
アルファ「だったら……ボクの力だけでもお前を永遠の氷に……!」
アルファが低く唸ると、その小さな猫の体から、屋上全体を凍結させるほどの膨大な魔力が溢れ出した。見た目は愛らしい猫のままでありながら、背後に立ち昇る氷狼の幻影はより巨大に、より禍々しく膨れ上がっていく。
アルファは標的をただ一人、黒猫の愛称を持つニィへと定めた。彼は空を蹴り、猛烈な絶対零度の冷気を纏ってニィへと突進する。それは触れるものすべてを分子レベルで停止させ、永遠の静止へと誘う「氷の棺」だった。
ニィ「……っ、こっちに来ないで!」
変身ベルトを失い、生身の少女――ニィに戻った彼女には、その猛攻を防ぐ手段はない。逃げようとする足元さえも、アルファが放つ冷気によって瓦に張り付き、自由を奪われていく。
しかし、その絶体絶命の瞬間に割り込んだのは、ピンク色の髪を激しくなびかせた山吹花……ではなく、魔法少女ペイジンだった。
ペイジン「させないって、言ってるでしょ……!!」
ペイジンは恐怖で震える足に力を込め、折れたスリーピィーステッキを両手で構えた。彼女はニィの前に立ちはだかり、アルファの猛烈な冷気を正面から受け止める。
アルファ「邪魔だ、小娘! 君ごと凍りついて果てるがいい!」
アルファの咆哮と共に、氷狼の牙がペイジンとニィを飲み込もうと迫る。冷気と黒い花火の火の粉がぶつかり合い、屋上は光と闇が混ざり合う混沌とした戦場と化した。
ペイジン「私は……、私はもう、誰も独りにはさせないんだからぁぁっ!!」
ペイジンの叫びに呼応するように、彼女の古い魔法の服が眩い光を放ち始める。アルファの野生の冷気と、ペイジンの捨て身の守護。二つの力が激突し、クロノスの屋根が悲鳴を上げて軋んだ。
冷気と光が激突する極限の混沌の中、変身を解かれた少女の喉から、魂を削り取るような悲鳴が上がった。
佐藤ジュン「やめてエエエ!!!!」
その叫びは、戦いを止めるためのものでもあり、自分の中に渦巻く運命を拒絶するためのものでもあった。叫びきると同時に、佐藤ジュンの細い体から力が抜け、糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。
しかし、異変はそれだけではなかった。先ほど壁に激突した際の衝撃か、あるいはアルファの冷気に蝕まれた反動か、佐藤ジュンの腹部や腕から、どっと鮮血が噴き出したのだ。夜の屋上の瓦が、瞬く間にどす黒い赤に染まっていく。
佐藤ジュン「…………」
意識を失った彼女の顔は、死人のように蒼白だった。ドクドクと流れ出る血液は止まる気配がなく、彼女の命の灯火が急速に消えかかっていることを示していた。
その光景を見た瞬間、それまで冷酷な「掃除屋」として振る舞っていたアルファの態度が、劇的に変貌した。氷狼の幻影は霧散し、彼は一匹の狼狽した猫として、血の海に沈む佐藤ジュンの元へ飛びついた。
アルファ「ジュン! ねえ、ジュンを助けてよ!!!」
アルファの声には、先ほどまでの威圧感は微塵もなかった。震える声で、必死に隣にいる魔法少女――ペイジンに縋り付く。彼の青い瞳には、冷酷な暗殺者の顔ではなく、大切な主を失おうとしている獣の、純粋な恐怖と絶望が張り付いていた。
アルファ「死んじゃう、このままじゃジュンが死んじゃうよ! ペイジン、君の魔法なら……君の力なら、なんとかなるんだろ!? 頼む、助けてくれ!!」
アルファは佐藤ジュンの血で汚れながら、なりふり構わず叫び続ける。組織の掟も、カレイドパールも、今の彼にとっては意味を成さない。
ペイジン「ジュン……!? 嘘、そんな、あんなに血が……」
ペイジンはあまりの惨状に、構えていたステッキを落としそうになる。魔法少女として、目の前で消えゆこうとする命を前に、彼女は己の無力さと、突きつけられた過酷な選択に震えていた。
血の海に沈む佐藤ジュンを前に、意識を取り戻したニィは、どこか冷めたような、試すような視線をアルファに向けた。
ニィ「えー、どうしっかなー? さっき殺そうとしたよね?」
アルファ「そんな場合じゃないから!!! でも……普通の力じゃダメなんだ……シャインパールが必要……!」
アルファはなりふり構わず叫ぶ。冷酷な暗殺者の仮面は完全に剥がれ落ち、ただ必死に主の命を繋ごうと、伝説の秘宝の名を口にした。その時、遠く離れた山吹花の自宅……ペイジンの部屋の中で、一つの輝きが呼応するように激しく明滅し始めた。
ペイジンは、導かれるようにその光の元へと移動する。彼女の手には、古びた、けれど神聖な空気を纏った真珠が握られていた。彼女は再び屋上へと戻り、震える手でそれを差し出す。
ペイジン「これ……昔、家宝として伝わっていたものなの……」
ペイジンが手渡したシャインパールは、彼女の「誰かを助けたい」という純粋な願いに触れ、爆発的な白銀の光を放った。その光は、どす黒く染まった屋上の瓦を浄化し、死の淵にいた佐藤ジュンの体を優しく、力強く包み込んでいく。
傷口が塞がり、失われた血液が光に置き換わる。あまりに眩い輝きに、アルファもペイジンも思わず目を細めた。そして、光がゆっくりと収束していった中心で、一人の少女がゆっくりと瞼を開いた。
佐藤ジュン「あれ……? ここは……???」
佐藤ジュンは、自身の体に何が起きたのか理解できない様子で、ぼんやりと周囲を見渡した。先ほどまでの死相は消え、その肌には瑞々しい生気が戻っている。彼女を抱きかかえていたアルファは、安堵のあまりその場にへたり込んだ。
ペイジン「ジュン……! よかった、本当によかった……っ!」
ペイジンは、シャインパールの奇跡と、親友が生還した喜びに涙を流した。しかし、佐藤ジュンの瞳には、以前とは違う不思議な輝きが宿っていた。家宝の光を受け継いだ彼女が、これからどんな運命を歩むのか。夜明け前の静寂の中で、新しい物語が動き出そうとしていた。
シャインパールの神聖な輝きが完全に収束したとき、そこには先ほどまでの瀕死の少女の姿はなかった。佐藤ジュンは、自身の体を確かめるように一度力強く握り拳を作ると、驚異的な回復力で軽やかに立ち上がった。その瞳には、すでにいつもの不敵な光が戻っている。
怪盗ジュン「じゃあ……直ったし……またね☆ 魔法少女さん☆」
彼女は、まるで今の死闘がすべて夢であったかのように、茶目っ気たっぷりにウィンクをしてみせた。その軽快な口調に、必死で涙を流していたペイジンは拍子抜けして、思わず「えっ!?」と声を上げる。
ペイジン「ちょっと、ジュン! 今、死にそうだったんだよ!? もっとこう、感動の再会とか……!」
怪盗ジュン「ふふっ、そんなの私には似合わないわ。……アルファ、行くわよ。次はもっと派手にやるんだから」
傍らで腰を抜かしていたアルファは、主の復活に安堵しながらも、慌てて彼女の肩に飛び乗った。アルファの青い瞳は、一瞬だけペイジンの方へ向けられ、感謝とも、あるいは気まずさとも取れる複雑な光を宿して、小さく一度だけ頷いた。
怪盗ジュンは再び銀色のマントを翻し、夜風に乗る。
怪盗ジュン「シャインパールの輝き、忘れないわ。……でも、次はそれさえも盗んでみせる。覚悟しておきなさい、ペイジン!」
彼女が屋上の端から飛び降りると、夜空には先ほどの黒い花火の残光に代わって、キラキラと輝く虹色の粒子が舞い散った。
ペイジン「……本当にもう、勝手なんだから!」
ペイジンは呆れたように息を吐きながらも、その口元には自然と笑みがこぼれていた。自分の家宝が親友を救ったという事実は、彼女の心に温かな勇気を灯している。
夜明けの光が、遠くの地平線からゆっくりと街を照らし始めた。
魔法少女と怪盗、そして謎の青い猫。
彼らの奇妙で危うい絆は、この一夜を経て、より深く、より複雑に絡み合っていく。
ペイジン「……待ってるから。次も、その次も、絶対に逃がさないんだからね」
消えていった銀色の背中を追いかけるように、ペイジンは朝焼けの空に向かって、静かに、けれど力強く宣言した。
怪盗ジュンとして立ち去るかと思われたが、ニィは不意に足を止めると、驚くペイジンの懐に潜り込むようにして距離を詰めた。彼女の瞳には、先ほどまでの死の気配など微塵も感じさせない、悪戯っぽい輝きが宿っている。
ニィ「はい、契約料♪」
ペイジン「ん…………?」
ペイジンは、差し出されたニィの手と彼女の顔を交互に見つめ、間の抜けた声を上げた。命を助けた直後に「契約料」という世俗的な単語が飛び出したことに、思考が追いつかない。
ニィ「契約料って言ってんの。契約料☆」
ニィはわざとらしく語尾に星を散らしながら、ペイジンの鼻先を指で突いた。それは感謝の裏返しなのか、それとも魔法少女を自分のペースに巻き込むための罠なのか。
ペイジン「えええええええ!!?? 契約って、なんの!? 助けたお礼を今すぐ払えってこと!? 私、そんなにお金持ってないよ!?」
ペイジンは真っ赤になって後ずさりし、必死に抗議する。しかし、ニィはクスクスと喉を鳴らして笑い、肩に乗ったアルファと顔を見合わせた。
ニィ「お金なんていらないわよ。ただ……これでお前と私は、運命を分け合った仲。シャインパールの光を浴びたとき、私たちの『契約』はもう結ばれちゃったんだから」
お前?笑
ニィはそう言い残すと、今度こそ夜の街へと身を投げた。アルファの青い瞳が闇の中で一瞬だけ光り、二人の姿は完全に消え去る。
ペイジン「ちょっ……、待ち合わなさいよ! 説明しなさい、ニィ!!」
夜明けの街に、ペイジンの絶叫が虚しく響き渡る。家宝のパールが繋いでしまったのは、命だけではなく、もっと厄介で離れがたい「契約」の鎖だったのかもしれない。
ペイジンは自分の胸元に手を当てた。そこにはまだ、シャインパールの温かさと、ニィが残していった不可思議な予感が、静かに、けれど確実に拍動していた。
夜明けが街の輪郭を白く縁取る中、ペイジンは手元に残った家宝の余韻を噛み締めながら、去りゆく少女の背中に問いかけた。
ペイジン「シャインパールって何……? 助けるのに必要だったのはわかるけど、本当は……一体なんなの?」
その問いに、足を止めたニィが振り返る。彼女の瞳には、先ほどまでの不敵な笑みとは違う、宿命を背負った者の重い光が宿っていた。彼女は夜空を指差す。そこには、先ほど咲き乱れた黒い花火の煤のような粒子が、未だに不気味に漂っていた。
ニィ「あの黒い火花はステラパールだニィ……。それが散らばると、それとは別のシャインパールの欠片を集めないといけないニィ……!!!」
ニィの口調が、いつの間にか真剣な「ニィ」としてのものに切り替わっていた。彼女の説明によれば、あの漆黒の爆発は封印されていた悪意の結晶「ステラパール」が解き放たれた姿なのだという。そして、それを再び封じ込める唯一の手段が、今ペイジンが放ったシャインパールの「欠片」を世界中から集め直すことだった。
ペイジン「集めるって……。じゃあ、私の家の宝物は、バラバラになっちゃったってこと!? そんな、お母さんに怒られちゃうよ……!」
ニィ「怒られるくらいで済めばいいけどね。シャインパールの欠片は、人の心の闇に反応して取り憑く性質がある。放っておけば、この街中に偽物の魔法少女や怪物が溢れかえることになるニィ」
アルファもニィの肩の上で、肯定するように低く喉を鳴らした。ステラパールの黒い火花が風に乗って街の各地へと降り注いでいく。それは、平穏だった日常が終わり、新たな戦いのフェーズへと突入した合図でもあった。
ニィ「だから言ったでしょ、契約料だって☆ 責任取って、私と一緒に『欠片』を探してもらうわよ、ペイジン」
ニィは最後に一度だけ、朝日を背にして眩しく微笑んだ。
ペイジン「……最悪。私、受験勉強もしなきゃいけないのに……っ!」
ペイジンは頭を抱えながらも、手元のステッキを強く握りしめた。バラバラに飛び散った光と闇。それを巡る、怪盗と魔法少女の奇妙な共同戦線が、今ここから本格的に始まろうとしていた。
石造りの時計塔「クロノス」の屋根の上で、ニィは信じられないものを見るような目でペイジンを凝視した。
ニィ「何言ってんの!? この世界ファンタジーでしょ!? アンタアホなの!??」
ペイジン「えっ、あ……そうだったわ! 魔法が当たり前すぎて、つい変なこと言っちゃった……!」
ニィ「受験勉強って何よ、どこの異世界の言葉よ! そんなことより、空を見なさいニィ! 街の石畳にステラパールの煤が降り積もってる。このままじゃ、城下の連中がみんな影の魔物に食い尽くされちゃうんだから!」
ニィが指差す先、ファンタジーの夜を彩るいくつもの月が、黒い火花の残光に侵食されていた。西洋風の尖塔が並ぶこの街において、シャインパールの欠片が放つ聖なる輝きを失うことは、世界を支える秩序そのものが崩壊することを意味していた。
ペイジン「……わかったわよ。私の家系が代々守ってきたシャインパールだもの。バラバラにした責任は、私が取るわ!」
ペイジンはひらひらとした魔法のローブを翻し、折れたステッキを天に掲げた。たとえ武器が壊れていても、彼女の中に宿る魔力は、先ほどの奇跡を経てより純度の高いものへと変質している。
ニィ「そうこなくっちゃ! さあ、行くわよアルファ。最初の『欠片』は……あのアカデミーの尖塔あたりに落ちたみたいね」
肩に乗った青い猫、アルファが鋭い爪を立てて北の空を睨む。そこには、魔導士たちが集う巨大な学び舎がそびえ立っていた。
ペイジン「あそこには、気難しいブロンズ騎士団が駐屯してるのに……。ねえ、本当に私たちだけで行くの?」
ニィ「何言ってるの、私たちが組めば最強だって言ったでしょ☆ ……さあ、夜明けの街へダイブするわよ、魔法少女さん!」
二人は月明かりの下、ファンタジーの街並みを縫うようにして、次なる目的地へと跳躍した。背後では、黒い花火の灰が、静かに、けれど確実に世界を闇へと染め変えようとしていた。
黒い火花が舞い、世界の命運が懸かった緊迫の瞬間。ペイジンは何かを悟ったように、拳をポンと手のひらに打ち付けた。
ペイジン「……わかった! シャインパールとステラパールを簡単に手に入れる方法!!!」
怪盗ジュン「えっ、なにか秘策があるの!? さすがは代々守護してきた家系ね!」
期待に目を輝かせる怪盗ジュンとアルファを引き連れて、ペイジンが猛烈な勢いで駆け込んだのは、城下町の隅にある古びた「タバコ屋さん」だった。石造りの店構えに、煙草の葉の香りが漂う。ペイジンはカウンターに身を乗り出し、看板娘に満面の笑みを向けた。
ペイジン「シャインパールとステラパールください☆」
デーンっ!!!!!
カウンターの上に置かれたのは、伝説の真珠――ではなく、綺麗にパッケージングされた紙巻きタバコの箱だった。そこには確かに、優雅なフォントでそれぞれの名前が刻まれている。
怪盗ジュン「タバコの方じゃなくて真珠!!! ちゃんとしたの!!!!」
怪盗ジュンは、あまりの衝撃に膝から崩れ落ち、屋根の上まで響き渡るような絶叫を上げた。肩に乗っていたアルファも、あまりの脱力感に猫の姿のままひっくり返っている。
怪盗ジュン「アンタ、世界が滅びかかってる時に何を買い込んでるのよ! そもそも、それ二十歳になってからじゃないと買えない代物でしょ!?」
ペイジン「えへへ……名前が一緒だったから、もしかして代用品になるかなって……」
怪盗ジュン「なるわけないでしょ! 真面目にやりなさいニィッ!!」
店主の老人が怪訝そうな顔でこちらを見ている。ペイジンは顔を真っ赤にしながら、そそくさと店を後にした。背後では、まだ黒い火花が夜空を不気味に彩っているが、二人の間の空気は一気に弛緩してしまった。
※タバコは20歳からねっ!!!
ペイジン「……うぅ、ごめん。でも、ちょっとだけ緊張が解けたでしょ?」
怪盗ジュン「解けすぎだわ! さあ、今度こそ本物の『欠片』を探しに行くわよ。……全く、先が思いやられるわね」
二人は再び夜の街へ。伝説の真珠を巡る戦いは、まだまだ前途多難なようだった。




