第15話 穏やかな朝日
夜が明け、東の空に淡い光が差し込み始めた。
街を覆っていた闇の気配は消え、屋根の上にはいつもの朝の風が吹いていた。
ペイジンは自室のベランダで伸びをしながら、
大きく息を吸い込む。
昨日の戦いがまるで夢だったかのように、空気は澄みきっていた。
ペイジン「……ふぅ。やっと静かになったね」
テーブルの上には温かいミルクと焼きたてのパン。
その横で黒猫ニィが丸くなって欠伸をしている。
ニィ「夜中は大騒ぎだったニィな……まさかジュンが人狼の影を背負ってるとは……」
ペイジンはマグカップを手に取り、朝日を浴びながらぼんやりと遠くの街を見つめた。
ペイジン「ジュン……ブロンズ……あの二人、何を抱えてるんだろう」
静かな風がカーテンを揺らし、部屋に穏やかな朝の光が差し込んでくる。
戦いの夜が嘘のように、日常がゆっくりと戻ってきていた。
ニィ「でもまた来るニィよ。あの宝物がある限り……」
ペイジンは少しだけ笑みを浮かべ、カップを傾けた。
ペイジン「……だから準備しておかないとね」
朝の光の中で、彼女の瞳は次の戦いを見据えていた。
キッチンに差し込む朝の光が、白いテーブルクロスをやわらかく照らしていた。
ペイジンはエプロンを身につけ、トースターの前でパンが焼けるのを待っている。
カチリ。
小さな音と共に、香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がった。
ペイジン「よし、焼けた!」
皿にトーストを二枚乗せ、横には昨夜の残り物で作った野菜スープ。
カップにはミルクティーが注がれ、テーブルは小さな朝ごはんの宴となった。
ニィ「いただきますニィ!!」
黒猫のニィは器用に椅子へ飛び乗り、前足でスープ皿を抱え込むようにしながら夢中で飲み始めた。
ミルクの香りがほんのり混ざったスープは、猫舌の彼にとっても飲みやすい温度だった。
ペイジンはトーストにバターを塗りながら、ふぅっと肩の力を抜いた。
ペイジン「……昨日の戦い、まだ夢みたいだね」
ニィ「でも確かにあったニィよ。ジュンもブロンズも、本気だったニィ」
カリッ、とトーストをかじる音が部屋に小さく響く。
外はサクサク、中はふんわり。バターの塩気とパンの甘みが口いっぱいに広がった。
ペイジンはミルクティーを一口飲み、ほっとしたように目を細めた。
ペイジン「……やっぱり朝ごはんって大事だね。こうして食べてると、生きてるって感じがする」
ニィはスープを飲み干し、満足げに尻尾を揺らした。
ニィ「次の戦いが来るまで、しっかり食べておくニィな」
ペイジン「うん。次は負けないようにね」
窓の外では鳥の声が響き、光に満ちた朝が静かに過ぎていった。
朝ごはんを終えたペイジンは、食器を片付けながら大きく伸びをした。
窓の外には青空が広がり、夜の戦いが嘘のように街は穏やかだ。
ペイジン「よし……せっかくだし、ちょっと散歩でもしようか」
ニィ「ほうきでニィ?」
ペイジン「うん。たまには空の風、ゆっくり浴びたいしね」
玄関先でほうきに跨がると、ペイジンは軽やかに呪文を唱えた。
ほうきがふわりと浮かび、風がスカートの裾を揺らす。
ニィは器用にペイジンの肩へ飛び乗り、尻尾をしっかり巻きつける。
ニィ「準備完了ニィ。行くニィ!」
ペイジン「出発――!」
ほうきが地面を蹴り、街の上空へと舞い上がる。
朝の光を受けて赤い屋根が連なり、通りにはパン屋や花屋が店を開け始めていた。
ペイジンはほうきをゆっくりと進ませながら、眼下の景色を見下ろした。
ペイジン「わぁ……朝の街って、こうして見るとすごく綺麗だね」
ニィ「夜は戦いばかりだからなぁ……昼間の顔も悪くないニィ」
広場では子どもたちが駆け回り、噴水の水しぶきが陽にきらめいていた。
パン屋の前には焼きたての香ばしい匂いが漂い、道端のカフェには客が集まり始めている。
ペイジン「……こういう時間、ずっと続けばいいのに」
ニィ「でも次の嵐はすぐ来るニィ。だからこそこういう時を楽しむニィ」
ペイジンは小さく微笑み、ほうきは朝の空をゆっくりと滑っていった。
ほうきは街の屋根の連なりを越え、朝日が眩しく照らす港の上空へと差し掛かった。
遠くには漁船がゆっくりと沖へ向かい、港のクレーンが青い空に影を落としていた。
ペイジン「わぁ……海だ……!」
潮の香りが風に乗って頬を撫で、波の音がかすかに聞こえてくる。
昨日の戦いで張りつめていた心が、少しずつほぐれていくようだった。
ニィはペイジンの肩の上で目を細め、気持ちよさそうにしっぽを揺らした。
ニィ「空から見る海はいいニィなぁ……なんだか眠くなるニィ」
ペイジンはくすりと笑いながらほうきの速度をゆるめ、海の地平線を見つめた。
ペイジン「港を越えたら、こんなに広い海があるんだね……」
波の上を一筋の光が走り、遠くでカモメが鳴き声をあげる。
海と空の境界線は、朝日を浴びて金色に輝いていた。
ペイジン「……いつか、この先に何があるのか見てみたいな」
ニィ「きっと新しい出会いもあるニィ。昨日みたいに面倒ごとも……多分あるニィけど」
ペイジンは肩の黒猫に目をやり、少しだけいたずらっぽく笑った。
ペイジン「だったら、いっぱい食べていっぱい飛んで、全部楽しんじゃおうか」
ほうきは静かに加速し、海風を切りながら地平線の彼方へと滑っていった。
ほうきは海風を切り裂き、どんどん高度を上げていく。
港のクレーンも船の帆も、すでに豆粒のように小さくなった。
ペイジン「……もっと上に行こう、ニィ」
ニィ「了解ニィ!でも落ちないように気をつけるニィよ……!」
風が強くなり、ペイジンのマントが大きくはためいた。
白い雲が目前に迫り、朝の光を受けて眩しく輝いている。
ほうきがふわりと雲の中を抜けると、一瞬で視界が真っ白になった。
冷たい霧が肌を撫で、空気がしっとりと変わる。
ペイジン「……わぁ……」
次の瞬間、雲の上に飛び出したほうきの先に、果てしない青空が広がった。
足元には真綿のような雲の海。
その上に朝日がゆっくりと昇り、世界を金色に染めていく。
ニィ「……すごいニィ……下界が全部雲の下に隠れてるニィ……」
ペイジンはほうきを止め、しばらくその光景を見つめた。
港も街も、夜の戦いの跡も、今は何ひとつ見えない。
ただ広大な空と、輝く太陽だけがそこにあった。
ペイジン「……なんだか、全部が小さなことに思えてくるね」
風が静かに吹き抜け、マントが空を泳ぐ。
ペイジンは深呼吸をして、目を閉じた。
ペイジン「次に何があっても……きっと大丈夫。そんな気がする」
雲の上の静けさが、彼女の胸の中まで澄み渡っていった。
雲の上を漂いながら、ペイジンはほうきの柄に頬杖をついた。
朝日が少しずつ高くなり、空の色は淡いオレンジから澄んだ青へと変わっていく。
ペイジン「そろそろ戻ろうか?お昼食べたいな〜」
ニィはペイジンの肩の上で尻尾を揺らしながら、目を輝かせた。
ニィ「近くに海が見えるお花畑があるニィ!そこで食べるニィ!!」
ペイジン「お花畑?へぇ……いいね。そこにしよう!」
ほうきがゆっくりと旋回し、雲の上から降下を始めた。
風が頬を撫で、足元の景色が少しずつ近づいてくる。
やがて見えてきたのは、海を見下ろす小高い丘。
色とりどりの花が咲き乱れ、風に揺れてまるで波のように広がっていた。
ペイジン「わぁ……すごい……!」
青い海と花畑のコントラストに、ペイジンは思わず息を呑んだ。
ほうきが花の間にそっと着地し、柔らかな草の香りが二人を包む。
ニィ「ここなら静かだし、海も見えるニィ。最高のお昼場所ニィ!」
ペイジンはマントを脱ぎ、花の上にシート代わりに広げる。
カゴからはパンやチーズ、果物が次々と並べられ、即席のピクニックが始まった。
海が見える丘の上。
ペイジンとニィは花畑の真ん中に座り、用意してきたお弁当を広げていた。
ペイジン「パンはベリージャムにしたよ。スープは朝の残りだけど、味は保証する!」
ニィ「文句なしニィ!花の香りとスープの匂いが混ざって……最高の気分ニィ!」
潮風が花の間を駆け抜け、青い海に小さな白波を作っていく。
鳥たちが鳴き、太陽は穏やかに丘を照らしていた。
ペイジンはサンドイッチをかじり、頬をふくらませながらふぅっと息を吐く。
ペイジン「……こういう時間、ずっと続けばいいのに」
ニィはスープを飲みながら尻尾を揺らし、満足げに目を細める。
ニィ「次の戦いの前にエネルギー補給ニィ。これが大事ニィ」
二人はしばらく言葉もなく、ただ静かな昼を楽しんだ。
波の音、花のざわめき、柔らかい光……すべてが平和そのものだった。
――だが、そのときだった。
ペイジン「……ん?」
ふいに彼女のこめかみに鋭い痛みが走った。
まるで冷たいアイスクリームを一気に食べたときにくる、あの頭の奥を突き抜けるような感覚。
ペイジン「う……頭が……!」
ニィ「ペイジン!?……あ、ニィも……なんだこれ……!」
視界がわずかに揺れ、花畑の色が一瞬だけ暗くなった。
まるで遠くから誰かが二人の頭に直接触れてきたような、得体の知れない気配が漂う。
ペイジン「……今の……何……?誰かの……魔法……?」
次の瞬間、痛みは嘘のように消えた。
しかし花畑の静けさは、もうさっきまでの平和とはどこか違っていた。
ニィ「ペイジン……嫌な予感がするニィ……」
ペイジンは無意識にスリーピィーステッキを握りしめ、海の向こうを見つめた。




