第8話 少女に迫る悪夢
夜の街は、昼間の喧騒を忘れたように静まり返っていた。ネオンも消えかけた裏通り。風がゴミ袋を転がし、遠くで犬が一度だけ吠えた。
そのとき――
少女の悲鳴が、街の片隅で木霊した。
「……いや……いやぁぁぁぁぁっっ!!!」
小さなマンションの一室。ベッドの上で眠っていた少女が、突然苦しそうに身をよじる。
額には汗がにじみ、口からは断続的なうめき声。
影だ。
黒い影が部屋の隅から溢れ出し、まるで触手のように少女の体へ絡みついていく。
「こっちへおいで……こっちへおいでぇぇ…!」
聞こえてくるのは、不気味な囁き。
その声は現実ではなく、彼女の夢の中で直接響いていた。
少女のまぶたの裏には、真っ黒な海と沈みゆく月。
夢の景色が、ゆっくりと彼女を深みに引きずり込んでいく。
――これが、闇の根源の悪夢。
現実の部屋の時計がカチ、カチ、と音を刻むたび、
少女の顔から表情が失われていく。
そして――
バサァッ!!
窓が突風で開き、カーテンが激しくはためいた。
その風に乗って、ひとりの影が現れる。
ペイジン「間に合った……!」
夜のマントを翻し、ペイジンがベランダから飛び込んだ。
後ろに続いて、黒猫ニィも影のように着地する。
ニィ「悪夢の気配、やっぱりここニィ……!」
ペイジンは少女のベッドに目をやり、その額に浮かぶ黒い紋様を確認した。
ペイジン「……闇の核の力、確実に広がってる……!」
彼女の瞳が、月光を受けて鋭く光る。
ペイジン「この子は――絶対に渡さないわ!」
魔法少女ペイジンの戦いが、夜の街で静かに幕を開けた。
悪夢の気配が消えた部屋に、ようやく静けさが戻った。
少女はまだ布団の上で震えていたが、目に映るのは黒い影ではなく、夜の光に包まれたペイジンの姿だった。
ペイジン「大丈夫。もう怖い夢は来ないからね」
彼女は腰のポーチから、小さなガラス瓶を取り出した。
中には星屑のようにきらきら光る粉が入っている。
ペイジン「この眠り粉を枕の下にやるとね、ぐっすり眠れるよ……」
そっと瓶を開け、ふわりと一振り。
粉は淡い光を放ちながら舞い落ち、枕の下に吸い込まれていった。
甘いハーブのような香りが部屋に広がる。
少女「……ありがとう……」
か細い声で礼を言ったあと、少女はペイジンの姿をまじまじと見上げた。
少女「……って、お姉ちゃん……ほうきの上に乗ってる……?」
ペイジン「あ、うん。魔法少女だから」
少女「……魔法少女ってほんとにいるんだ……」
ペイジンは少しだけ照れたように笑い、ほうきの柄を軽く叩いた。
その合図でほうきがふわりと浮かび、窓辺へと向かう。
ペイジン「さ、もう寝る時間。いい夢を見てね」
少女「うん……おやすみ、お姉ちゃん……」
窓から差し込む月明かりの中で、少女は静かに目を閉じた。
部屋にはもう、不安の影はなかった。




