夏祭りの夜
夏祭りの日がやってきた。
神社の境内は朝から準備で大忙しだ。俺も弓子と一緒に、屋台の設営を手伝っていた。
「月人お兄ちゃん、そっち持って」
「ああ」
提灯を吊るす作業をしていると、続々と手伝いの人たちがやってきた。
「月人くーん!」
美樹が浴衣姿で現れた。淡いピンクの浴衣に、髪を上品にまとめている。
「手伝いに来たよ」
「ありがとう、助かるよ」
続いて、先輩たちも到着した。
「月人くん、私たちも手伝うわ」
雅先輩は紫の浴衣、凛先輩は青い浴衣、葉月先輩は赤い浴衣を着ていた。三人とも息を呑むほど美しい。
「先輩!私たちも来ました!」
後輩トリオも元気よく現れる。茜はオレンジ、梓は黄色、楓は緑の浴衣だ。
「月人くん」
詩織も黒地に花柄の浴衣で登場した。
「みんな来てくれたんだ」
「だってね……」
「そりゃね……」
後輩たちはお互いに顔を合わせてニヤリとしている。
「月人くんの神社のお祭りだもの」
「先輩の神社のお祭りだもん!」
全員が口を揃えて言う。
準備を手伝ってもらったおかげで、予定より早く終わった。
「みんな、ありがとう。本当に助かった」
「お礼なんていいよ」
美樹が微笑む。
「それより、一緒にお祭り回ろう?」
「私たちも!」
「先輩、一緒に!」
結局、大所帯で祭りを回ることになった。
屋台の並ぶ参道を歩いていると、注目の的だった。俺一人に対して、浴衣美女が十人。もちろん弓子も含めて。
「月人くん、これ食べる?」
美樹がたこ焼きを差し出してくる。
「あーん」
「いや、自分で食べられるから」
「いいから、あーん」
結局、美樹に食べさせてもらう。すると、他の女の子たちも負けじと食べ物を差し出してきた。
「私のも!」
「先輩、これも!」
「はい、月人くん」
次から次へと食べさせられて、もうお腹いっぱいだ。
「もう無理……」
「あら、もうギブアップ?」
凛先輩が楽しそうに笑う。
射的の屋台では、後輩たちにせがまれて挑戦した。
「先輩、あのぬいぐるみ取って!」
「任せて」
集中して狙いを定める。パン、と音がして、見事にぬいぐるみが落ちた。
「やった!さすが先輩!」
「私のも!」
「私も!」
結局、全員分のぬいぐるみを取る羽目になった。
「月人くんって、何でもできるのね」
葉月先輩が感心したように言う。
「たまたまですよ」
金魚すくいでは、詩織と一緒にしゃがみ込んだ。
「あ、逃げちゃった」
「こうやって、下から掬うんだよ」
俺が手本を見せると、詩織は真剣な表情で真似をする。
「できた!」
「上手いじゃないか」
「えへへ、月人くんが教えてくれたから」
詩織が嬉しそうに笑う。その横顔が、提灯の光で美しく照らされていた。
「ちょっと月人、私にも教えて」
葵が割り込んでくる。
「はいはい」
幼馴染の葵にも教えてあげる。でも、彼女は金魚より俺の顔ばかり見ていた。
「ちゃんと金魚見ないと」
「だって、月人の真剣な顔、かっこいいから」
「もう……」
日が暮れて、祭りはさらに盛り上がりを見せた。境内には人が溢れ、熱気に包まれている。
「月人お兄ちゃん」
弓子が俺の袖を引っ張る。
「ちょっと休憩しない?人が多すぎて疲れちゃった」
「そうだね」
みんなに声をかけて、境内の裏手にある休憩所に移動した。人が少なくて静かだ。
「ふー、涼しい」
美樹が汗を拭いている。
「みんな、飲み物買ってくるよ」
「私も行く」
弓子がついてくる。
自動販売機の前で、みんなの分の飲み物を買っていると、弓子が言った。
「お兄ちゃん、今日は大変だね」
「まあ、慣れたよ」
「でも……」
弓子は俺の手を握った。
「あんまり無理しないで。お兄ちゃんが倒れたら、私……」
「大丈夫だよ」
俺は弓子の頭を撫でた。
「心配してくれてありがとう」
弓子は顔を赤くして俯いた。
休憩所に戻ると、女の子たちが楽しそうに話していた。
「はい、みんなの分」
「ありがとう、月人くん」
飲み物を配っていると、雅先輩が提案した。
「ねえ、この後花火大会があるんでしょ?いい場所知ってる?」
「それなら、境内の奥に特等席があるよ」
「案内して」
全員でぞろぞろと移動する。境内の奥、少し小高くなった場所に着いた。
「ここなら人も少ないし、花火もよく見えるよ」
「素敵な場所ね」
みんなでシートを広げて座った。俺を中心に、女の子たちが円を描くように座る。
やがて、花火大会が始まった。
ドーン、と大きな音とともに、夜空に花が咲く。
「きれい……」
「本当ね」
みんなが花火に見とれている中、俺は複雑な気持ちだった。
こんなに多くの女の子から好意を寄せられて、幸せなはずなのに、どこか落ち着かない。
「月人くん」
美樹が俺の手を握った。
「何考えてるの?」
「いや、なんでもない」
「嘘。分かるよ」
美樹は俺の顔を覗き込む。
「私たちのこと、重荷に思ってる?」
「そんなことない」
「本当?」
「本当だよ」
美樹は安心したように微笑んで、俺の肩に頭を預けた。
「月人くんは優しすぎるの。もっと自分のことも考えて」
すると、他の女の子たちも次々と俺に寄り添ってきた。
「先輩、私たちのこと、迷惑じゃないですか?」
茜が不安そうに聞く。
「迷惑なんかじゃない」
「本当ですか?」
「ああ。みんなといると楽しいよ」
それは本心だった。確かに体力的には大変だが、みんなの笑顔を見ていると幸せな気持ちになる。
「月人くん」
雅先輩が俺の頬に手を添えた。
「今だけは、私たちのものよね?」
そう言って、雅先輩は俺にキスをした。花火の光が彼女の顔を照らしている。
「ずるい!私も!」
凛先輩も続く。そして葉月先輩も。
「先輩、私たちも!」
後輩たちも遠慮なくキスをしてくる。
「私も……」
詩織が恥ずかしそうに唇を重ねた。
「月人……」
葵も俺の首に腕を回してキスをする。
最後に、弓子が俺の前に立った。
「お兄ちゃん」
弓子の瞳には、今までとは違う感情が宿っていた。
「私、ずっと我慢してた。お兄ちゃんがみんなとキスしてるの見て、苦しかった」
「弓子……」
「でも、もう我慢できない」
弓子は俺の胸に飛び込んできた。
「好き。兄妹としてじゃなくて、一人の女の子として、月人お兄ちゃんのことが好き」
俺は弓子を優しく抱きしめた。
「俺も、弓子のことが好きだよ」
「本当?」
「ああ」
弓子は涙を浮かべながら、背伸びをして俺にキスをした。
今までで一番長く、深いキスだった。
花火が次々と打ち上げられる中、俺たちは寄り添い合っていた。
十人の美少女に囲まれて、俺は思う。
なぜこんなにモテるのか、理由は分からない。もしかしたら、本当に何か特別な力があるのかもしれない。
でも、それでもいい。
みんなが幸せそうに笑っているなら、それで十分だ。
「月人くん」
「先輩」
「月人お兄ちゃん」
「「「大好き」」」
全員の声が重なる。
「俺も、みんなのことが大好きだよ」
花火のフィナーレが夜空を彩る。
十人の彼女と、沢山の友達。
神社に落ちていた赤ん坊は、今、たくさんの愛に包まれていた。
これからも、この幸せな日々は続いていくのだろう。
賑やかで、忙しくて、でも温かい。
そんな俺の日常は、きっとこれからも変わらない。
弓子の手を握りながら、俺は夜空を見上げた。
打ち上げ花火が、まるで祝福のように輝いていた。