忙しすぎる休日
土曜日の朝、俺は珍しく早起きをした。今日は朝から晩までデートの予定が詰まっている。
「月人お兄ちゃん、今日は忙しいんだよね」
朝食を食べながら、弓子が拗ねたような声で言う。
「ごめん。みんなとの約束があって」
「分かってる。でも、たまには私とも……」
弓子は言いかけて口を閉じた。
八時、最初のデートの相手は美樹だ。待ち合わせ場所の駅前に行くと、彼女はすでに待っていた。水色のワンピースが良く似合っている。
「月人くん、おはよう!」
美樹は嬉しそうに俺の腕に抱きついてきた。柔らかい感触に思わずドキッとする。
「どこに行きたい?」
「月人くんと一緒ならどこでも」
結局、近くの水族館に行くことにした。薄暗い館内で、美樹はずっと俺の腕にしがみついている。
「見て、クラゲ。きれい」
「本当だ」
「でも、月人くんの方がきれい」
美樹は俺を見上げて微笑む。人が少ない水槽の前で、彼女は背伸びをして俺の唇に軽くキスをした。
「好き」
小さくつぶやく美樹の顔は、水槽の光で青く照らされていた。
十一時、美樹と別れて次の待ち合わせ場所へ。今度は三年生の先輩三人組だ。
「月人くん、お待たせ」
雅先輩はエレガントな黒のドレス、凛先輩はクールなパンツスタイル、葉月先輩は和風の装いだった。
「今日は三人でシェアね」
凛先輩がウインクする。
ランチは高級レストランだった。
「月人くん、あーん」
雅先輩がフォークを差し出してくる。
「先輩、恥ずかしいです」
「いいじゃない。恋人同士なんだから」
結局、三人から代わる代わる「あーん」をされる羽目になった。周りの客の視線が痛い。
「月人くんって、本当に可愛い反応するよね」
葉月先輩が俺の頬をつつく。
「からかわないでください」
「ふふ、ごめんなさい。でも素直なところが好き」
食事の後、近くの公園を散歩した。三人の先輩に囲まれて歩いていると、注目を浴びずにはいられない。
「ねえ、月人くん」
雅先輩が立ち止まり、俺の頬に手を添えた。
「私にもキスして」
「え、ここで?」
「お願い」
断れない俺は、雅先輩の唇に軽く触れた。続いて凛先輩、葉月先輩にも。
「ありがとう。また来週も会おうね」
三人は満足そうに帰っていった。
午後二時、今度は後輩たちとの約束だ。ゲームセンターで待っていると、茜、梓、楓の三人が駆け寄ってきた。
「先輩!会いたかったです!」
茜が飛びついてくる。
「ちょっと茜、ずるい!」
梓と楓も両側から抱きついてきて、俺は後輩サンドイッチ状態になった。
「みんな、人が見てるから」
「いいじゃないですか。先輩は私たちの彼氏なんですから」
ゲームセンターでは、UFOキャッチャーで後輩たちが欲しがるぬいぐるみを取ってあげた。
「先輩、すごい!」
「さすが月人先輩!」
「かっこいい!」
三人とも大きなぬいぐるみを抱きしめて喜んでいる。
プリクラも撮った。後輩たちは容赦なく俺にくっついてきて、密着度の高い写真ばかりになった。
「先輩、これ宝物にします!」
「私も!」
「部屋に飾ります!」
カラオケにも行った。個室に入ると、後輩たちのテンションはさらに上がる。
「先輩、隣に座ってください」
「こっちにも!」
「膝枕してもいいですか?」
結局、茜が膝枕、梓と楓が両脇という配置に。歌うどころではない。
「先輩、大好きです」
茜が膝の上から俺を見上げる。
「私も大好き!」
「世界で一番好きです!」
三人から同時に告白されて、俺は赤面するしかなかった。そして、それぞれの頬にキスをすることに。
「えへへ、先輩とキスしちゃった」
「幸せ〜」
「もう死んでもいい!」
大げさな後輩たちに苦笑しながら、時計を見る。もう夕方だ。
五時、詩織との待ち合わせ。初デートで緊張しているのか、彼女はそわそわしていた。
「ごめん、待った?」
「ううん、今来たところ」
嘘だろう。頬が少し赤くなっているのは、ずっと待っていた証拠だ。
「どこか行きたいところある?」
「神宮くんと一緒ならどこでも……あ、でも」
詩織は恥ずかしそうに続ける。
「映画、見に行きたいな」
映画館では、恋愛映画を見ることになった。暗い館内で、詩織は最初遠慮がちに俺の手を握ってきた。
「いい?」
「うん」
手を握り返すと、詩織は嬉しそうに微笑んだ。
感動的なシーンで、詩織は涙を流していた。俺がハンカチを差し出すと、彼女は驚いたような顔をする。
「ありがとう……優しいね」
映画の後、近くのカフェでお茶をした。
「今日は楽しかった」
「俺も」
「あの……」
詩織は頬を赤らめながら俺を見つめる。
「キス、してもいい?」
人目を気にしながら、軽く唇を重ねた。詩織は幸せそうに目を閉じている。
「神宮くんといると、胸がドキドキする」
「詩織……」
「もっと一緒にいたいけど、時間だよね」
詩織は名残惜しそうに去っていった。
最後は葵との約束だ。幼馴染の彼女とは、行きつけのファミレスで会った。
「遅い!もう三十分も待ったよ」
「ごめん、前の約束が押しちゃって」
「はあ……相変わらずモテモテだね」
葵は呆れたような、寂しいような表情を見せる。
「でも今は私の時間でしょ?」
「もちろん」
食事をしながら、昔話に花を咲かせた。小学生の頃の思い出話で盛り上がる。
「覚えてる?あの木から落ちそうになった私を助けてくれたこと」
「ああ、葵が無茶するから」
「あの時から、ずっと月人のこと……」
葵は言いかけて口を閉じた。
「何?」
「ううん、なんでもない。ほら、食べよ」
食事の後、夜の公園を散歩した。ブランコに並んで座る。
「月人」
「ん?」
「私のこと、どう思ってる?」
真剣な眼差しで聞いてくる葵に、俺は正直に答えた。
「大切な幼馴染だよ」
「それだけ?」
葵は俺の方に体を向けた。
「私は月人のこと、ただの幼馴染だなんて思ってない」
そう言って、葵は俺にキスをした。幼馴染の柔らかい唇の感触に、心臓が高鳴る。
「好き。ずっと前から」
月明かりの下、葵の瞳が潤んでいた。
家に帰ると、もう十時を過ぎていた。
「お帰り、月人お兄ちゃん」
弓子がリビングで待っていた。
「遅かったね。みんなとのデート、楽しかった?」
「まあ、それなりに」
「そう……」
弓子は少し寂しそうな顔をした。
「弓子、明日は一日空いてるから、どこか行こうか」
「え?本当?」
弓子の顔がぱっと明るくなる。
「うん。弓子の行きたいところに」
「やった!じゃあ明日はお兄ちゃん独占だね」
弓子は嬉しそうに俺に抱きついてきた。柔らかい胸の感触にドキッとする。
「ちょ、弓子」
「いいじゃない。誰も見てないし」
そう言って、弓子は俺の頬にキスをした。
「おやすみ、お兄ちゃん」
部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
一日で九人の女の子とデート。普通じゃない。なぜこんなにモテるのか、本当に分からない。
でも、みんなの笑顔を見ていると、悪い気はしない。むしろ、幸せを感じる。
ただ、体力的にはきつい。明日は弓子とゆっくり過ごそう。
そんなことを考えながら、俺は眠りについた。