天より墜ちし者
十六年前、満月の夜。
神宮神社の境内は、いつもと変わらない静寂に包まれていた。古木の枝葉がささやくように揺れ、石灯籠の影が長く伸びている。
神主の神宮宗一郎は、深夜の見回りを終えて社務所に戻ろうとしていた。その時、夜空に異変が起きた。
「なんだ……?」
月の光とは違う、純白の輝きが天空に現れた。それは少しずつ大きくなり、まるで星が落ちてくるかのように見えた。
光は小さく螺旋を描きながら降下してくる。不思議なことに、恐怖は感じなかった。むしろ、神聖な何かを感じさせる光だった。
「まさか……」
宗一郎は目を見張った。光の中に、何かが包まれているのが見える。
白銀の光は優しく境内に降り立った。眩い輝きが徐々に薄れていくと、そこには信じがたい光景があった。
透明な光の繭に包まれた、一人の赤ん坊。
生まれたばかりのような小さな命が、天から送られてきたかのように、そこに在った。光の繭は朝露のように消えていき、赤ん坊だけが残される。
「天より降りし子か……」
宗一郎は震える手で赤ん坊を抱き上げた。不思議なことに、赤ん坊は泣いていなかった。澄んだ瞳で宗一郎を見つめ、小さく微笑んだように見えた。
その瞬間、境内の桜が季節外れの花を咲かせた。風もないのに鈴が鳴り、まるで神社全体が新しい命の到来を祝福しているかのようだった。
「お前は……神の子なのか?」
宗一郎は決意した。この子を、自分の子として育てよう。天から授かったこの命を、大切に守り育てていこうと。
「月人……神宮月人。それがお前の名前だ」
こうして、天より降りし神の子は、人間界での生活を始めることになった。
なぜ天から来たのか。どんな運命を背負っているのか。それは誰にも分からない。
ただ一つ確かなことは、この子には人を惹きつける不思議な力があるということ。
それから十六年の月日が流れた——