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私のぴょんぴょんランウェイ!  作者: 小屋隅 南斎


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第11話

 カフェを出たところでポポと別れた後、紬は自身の家があるアパートへと帰ってきていた。ボロボロの鉄骨の階段を、厚底を鳴らして上がっていく。慣れない靴で狭い踏み面を歩いていくのは難しく、一度よろけて錆びた手摺りにしがみついたのだった。

(今日は、夢みたいな一日だったな……)

 『ラビット』に入って、憧れの服に袖を通して、可愛いお店も紹介してもらって、おしゃれなレースリボンまで貰って、新しい友達にも沢山出会って。ふと、自身の身体を見下ろす。視界いっぱいにフリフリフワフワが広がって、思わず笑顔になる。

(でも、夢じゃない)

 幾重にも重なるフリル、繊細なレース、滑らかなリボン。全て、目の前にちゃんとある。紬は階段を上がりきり、廊下へと足を踏み入れた。地上より強い風が、純白のレースリボンと制服のリボンを靡かせた。

(可愛い)

 天井の端には蜘蛛の巣が張り、一定間隔でつけられた照明器具はどれも割れている。その下で、紬はくるんと一回転した。広がるスカートとパニエ、揺れるフリルとレース、舞うリボン。まるで御伽噺に出てくる女の子だ。この服の前では、見える景色はすべてお城に変わる。紬は目を細めて、口を緩めた。

 ステップを踏むように自身の家に向かった。扉の前に立ち、ポケットから鍵を取り出す。鍵穴に入れて回して、扉を開けた。

「ただいま~」

 中へ呼びかけた瞬間、奥からガタン、という大きな音がきこえてきた。何かがぶつかったような音だった。紬は扉を閉めると黒い厚底の靴を脱ぎ、廊下を歩いていった。パニエにより広がったスカートに廊下は狭すぎたらしく、両端が壁に押され潰れていた。ニーハイソックスに包まれた足を大きくあげ、雨漏り用のバケツを跨いで避けていく。家の中は明かりがついておらず、視界一面薄暗かった。

 リビングの扉を開け、照明のスイッチをつけた。パチン、という音と共に、部屋がぱっと明るくなる。そこにはぎこちない笑みを向け、言葉を放とうと口を開きかけている母親の姿があった。

「ママ、ただいま」

 紬はドキドキする胸の前へ掌をあて、きゅっと握った。セーラー服を脱ぎ、黒白のフリルに包まれて帰ってきた我が子のことを、母親はどう思うだろうか。

「……」

 母親は紬の姿を見て、呆けていた。言葉を失っているらしく、半開きの口からは何も言葉は紡がれなかった。ただ茫然と、マネキンみたいに固まって、紬の姿を目に焼き付けるばかりだった。紬は気まずい心地ながらも、不安な気持ちを押しとどめて母親の言葉を待った。しかし幾度待てど、母親から言葉が発されることはなかった。

「あ……あのね」

 そのため紬は口を開いて、おずおずと言葉を発した。上擦った声が、小さく部屋に響いた。

「『ラビット』に、入ったの。……制服、似合うかな?」

 頑張って笑みを作って、母親へと向けた。母親はその視線をゆっくりと紬の全身へ動かした。そして呆けていた表情のまま、緩慢に頷いた。

「……。……似合っているわ」

 母親はそう言って、小さく笑みを作った。紬は安堵して、強張っていた身体を緩めた。そして、母親の細い身体へと抱き着いた。大きく膨らんだパニエが二人の間で邪魔をしようとしていたが、それに負けないくらいの強さで抱きしめた。安心出来る温かさと匂いに、紬は自然と瞳を閉じた。母親もフリルで大きく膨らんだ紬の身体を優しく抱きしめ返した。

「ママ、私、ずっと『ラビット』に入りたかったんだ。今日、その夢が叶ったの」

「……。……、そう……。良かったわね」

「うん。紬ね、すごく嬉しいの」

「そっか。ママも嬉しいよ」

「うん……ありがと、ママ」

 紬は母親を抱きしめる手に力を込めた。

(やっぱり、ママは優しい)

 『ラビット』は三大組織の中でも『愉悦』をモットーとする風変わりな集団だ。メンバーは狂っている、と言われることも多く、いい印象を持たれることはほとんどない。我が子がその一員となったと聞けば、反対したり不安に思ったりしてもおかしくないだろう。最悪、強制的に足抜けしてくるよう言われる可能性だってあった。それなのに、彼女は娘の希望を尊重して、受け止めてくれた。嬉しいと言ってくれた。

「ママ、大好き」

 紬は心からの気持ちを、母親へと伝えた。紬の顔には、穏やかな微笑みが浮かんでいた。

「……ママも紬が大好きよ」

 自身の耳の後ろから優しい声が返ってきて、紬は瞑っていた目を僅かに開いた。大好きな母親の背中が視界に映る。その隅、斜めになったテーブルの下に隠れるようにして、吸入器が放られているのが見えた。その横に投げ出された袋から、僅かに粉が床へ零れている。

(……ママ、またクスリやってたんだ)

 最近、吸う頻度が増えている気がする。母親はいつもそれを隠そうとしているが、紬にはわかっていた。深夜に一人でブツブツと譫言を言っているのを隠れてきいたり、一人でいつまでも笑っているのを別の部屋から見たり。見えないものと言い争っていたり、奇声をあげて泣き叫び出すのを目撃したこともある。……それでも、母親が紬に暴言や暴力を振るうことは、一度たりともなかった。絶対に紬の前では吸っている素振りを見せず、『優しい母親』を演じ切っていた。だから、紬は思うのだ。ママは弱いけど、強いのだと。そしてそんなママが、紬は世界一大好きだった。

(これ以上、ママの負担になりたくない)

 きっと今身に纏っている制服は、そんな紬の想いを後押ししてくれる。三大組織『ラビット』の一員となれば、ただの学生だった頃よりも出来ることが増えるはずだ。母親を悲しませずに済むような、そんな『力』を得ることだって出来る。この大好きなフリルだらけの制服は、その証でもあるのだ。

 ピンポーン……。

 突然、チャイムの音が鳴り響いた。それと同時に、母親の身体がビクリと震えた。紬は玄関の方へと僅かに顔を向けた。

「借金取りの人……?」

「ど、どうして……」

 母親の震える声をきいて時計を確認すると、いつも来る時間より今日は二時間も早かった。紬は抱きしめていた腕をとき、母親の両肩へとレースに包まれた手を乗せた。大好きな痩せこけた顔を真正面から見つめ、笑みを浮かべた。

「紬が出るね」

 今まではいつも母親が対処してくれて、紬を守ってくれていた。でも、今日の紬は一味違う。なにせ、憧れの可愛い衣装に身を包んでいるのだ。この服を着ていれば、無限に力が湧いてくる。母親は首を小さく横へ振った。引き留めようとする手を優しくおろして、「大丈夫だから」と紬は安心させるように言った。母親を残して立ち上がり、リビングを後にする。玄関に続く狭い廊下を、先程とは逆進していった。

 ——見慣れた廊下が、今日はまるでランウェイのように見えた。私だけの、最高のランウェイ。フリルとリボンで飾られたスカート。パニエにより膨らんだ先に広がるレース。幾重にも重なるラッフル。長く先が靡くレースリボン。可愛くて憧れだった黒白に身を包み、新しい友達に貰った宝物を髪に結び、紬は扉へと向かう。背筋を伸ばして、身体を真っ直ぐにして。肩の力を入れ過ぎず、レース手袋に包まれた手を自然に振って。堂々と、自信をもって歩くことが大切だ。数多の照明が天から主役を照らして、大勢の観客が周りを囲っている光景が広がった。可憐で洗練されたデザインは彼らの目に留まって、きっとその心を掴んで離さない。だってこの服には、紬が心から愛している可愛いふりふりのふわふわが詰まっているのだから。その魅力を存分に振り撒きながら、ガーターベルトでつられたニーハイソックスの先を動かす。手を前後へ振る度に、パゴダスリーブの先がふわりと広がる。廊下を進む度に、パニエにより広がったスカートが小さく跳ねる。最高の服と共に歩む、特別な花道。——この服を着た私は、きっとどのモデルよりも輝いている。

 玄関に辿り着いた紬は、レース越しにドアノブを掴み、扉を開いた。外の光が差し込み、一瞬眩しさに目を細める。その瞬間、強い衝撃に頭が揺れた。叫び出しそうな激痛は、すぐに頭を支配する熱へと変わった。頭を鑿で穿たれたような欠損感と、内側から千切れるほど締め付けられるような圧迫感が共存する、不思議な感覚。額の中央、本来なら皮膚で守られているはずの場所に、風を感じる言い様のない違和感。そして大事なものが溢れ出ていってしまう、不快感。温かなものが流れ落ちていき、代わりに奥から凍るような冷たさが広がっていく。中のものが全部出て行ってしまう、止めなきゃ、と思うのに、身体は全く動かない。ただただ身体から熱が出て行ってしまうのを、感じる事しか出来ない。頭は痛さや苦しさを凌駕して、感じたこともないような感覚が支配している。視界には、二人の男が映っていた。一人は硝煙ののぼる銃を真っ直ぐとこちらに向けていて、おそばせながら撃たれたことを悟った。紬の身体は既に死んでいるのだろう。恐らく意識だけが残っている。

(ああ……、憧れの服、汚しちゃった)

 眼球を動かすことが出来ないため確認は出来ないが、頭から血が流れている感覚だけはわかる。恐らく黒白のフリルに塗れた世界一可愛い制服は、血に染まってひどく汚れているだろう。しかし、紬は涙を流すことも出来なかった。フリルとレース、リボンに塗れた身体は、重力に従ってその場に倒れ込んだのだった。

〈了〉


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