第10話
紬はポポに倣ってストローをグラスへと挿し、アイスティーを啜った。冷たく上品な味が口の中を支配する。グラスの中で所狭しと浮いている氷が、カランと音をたてた。
「うーん……何か買った物を渡すとなると、絶対に貰ったものの価値には勝てないから……」
同等のものを贈るとなると車や高級腕時計、アンティークジュエリーの類をチョイスするしかないが、当然紬にそんなお金はない。
「何か私達で作ったものを贈るっていうのは、どうかな?」
「おお~、でも何を作ればいいかな?」
ポポの問いかけに、紬はむむ、と唸って考え込む。顎に手を置き、目を瞑って案を捻り始めた。難しい顔をする紬の正面で、ポポはぱくぱくとチーズケーキを切っては口に運んでいた。
「ポポちゃん」
「あい」
「キツキちゃんが好きなもの、何か知ってる?」
「ん~、ヒフヒはんほふひはほほ……」
もぐもぐと口を動かしながら、ポポは真面目な顔を作った。ごくん、と飲み込んだ後、「あ!」と閃いたように声があがった。
「キツキちゃん、写真撮るの好きだよ。よく『ラビット』の皆を撮ってる」
「じゃあ、写真立てを作ろう! どうかな?」
紬は身を乗り出した。ポポの言う通りなら、きっと姫月にとっては車や時計よりも価値があるもののはずだ。紬の会心の提案に、続けて向かいから声があがる。
「それならただの写真立てじゃ可愛くないから、テディベアの写真立てにしようよ! くまのぬいぐるみがフォトフレーム持ってるやつ」
ポポは賛同しながら、さらに具体的な意見を出した。紬はポポの言葉に目を輝かせた。
「素敵だね! せっかくだから、ぬいぐるみを『ラビット』仕様にしようよ! フリフリのフワフワで目一杯着飾るの」
「おお~、最高だね! ……問題は、それをポポ達が作れるかってとこだけだね」
ポポは最高潮になっていたテンションをすんと仕舞い込み、空になったお皿の前で腕を組んだ。
「きっと……作れるよ」
紬は半分身を乗り出した状態のまま、確信を持っているかのように希望に満ちた声をあげた。
「私……フリフリの洋服がずっと好きで、いつもお洋服のこと考えてたんだ。図書室の雑誌でも、可愛いお洋服を沢山見てきた。私の知識が、もしかすると役に立つかも」
紬の目はラインストーンのように煌めきに溢れていた。憧れのフリフリヒラヒラを纏って、小さなフリフリヒラヒラを作る。まるで夢のように素敵なことだと思った。それに自分の力が少しでも姫月への恩返しになると思うと、胸が高鳴った。『ラビット』に迎え入れてくれたこと、素敵なプレゼントをくれたこと、そして優しく思いやってくれたこと。姫月には心から感謝しているのだ。それを示すために、自分の大好きなものを活かせるのならこれ以上のことはない。
「頑張って作ろうよ! どうしても上手く作れなかったらまた考え直すとして……とりあえず一回やってみよう?」
紬の言葉に釣られたように、ポポはにか、と快活に笑った。
「……なんかわくわくしてきた! やろうやろう! キツキちゃんが喜ぶ姿のためなら、ポポ、なんだってやれるよ!」
興奮が伝染したかのように、ポポも楽しそうに両手を天へと広げた。紬もやる気を漲らせた顔で嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、まずは素材を用意しよう。生地はモヘア、絶対モヘア! 色は……キツキちゃんはキャラメル色とクリーム色、どっちの方が好きかな?」
「えっとね、たぶん中間くらい」
「わかった、中間くらい。着せるお洋服はコーマバーバリーで……リボンはサテンリボン、いやオーガンジーリボン、……ううんベルベットリボン……!」
うんうんと悩む紬の正面で、ポポはそれを見ながらストローを銜えた。白いストローが茶色に染まる。机の下で、ポポの両足が大きくぷらぷらと揺れていた。あれこれと考え込む紬を見守る視線は、なんだか楽し気だ。
「うん、首元に結ぶリボンはベルベットリボンにしようかな。色は~……黒、白、いや赤……? キツキちゃんが好きな色……いや全体的なまとまりを考えた方がいいかも……生地に合わせて茶色とか……。……ポポちゃん、どう思う?」
「黄色!」
「うん、じゃあ黄色。つける服飾は……ヘッドドレスがいいかな。ううん、キツキちゃんとおそろいのミニハットがいいかも。レースはラッセルレース、いやリバーレースの方が……」
頭の中でぼんやりとしていた完成形が、段々と輪郭を成していく。紬の口角が自然とあがっていった。ポポはそれを笑みを浮かべて興味深そうに眺めていた。そして両肘を机につき、顔を埋める。
「ツムギちゃんが言ったやつ、ぜ~んぶつけちゃおうよ!」
ポポはそう言って、無邪気に笑った。曇りのない晴れやかな顔に、紬は苦笑を零して優し気な声色をあげた。
「全部はごちゃごちゃしちゃうから……、材料を買う時に、ポポちゃんも選んでみて。実際に見たり触ったりした方が、きっと選びやすいから」
「わかった! じゃあ縫うのは全部ポポに任せてよ、頑張るよ!」
ポポはにこにことしながら小さい身体を左右に揺らした。
「……二人でプレゼントするんだから、半分こしよ? 私もキツキちゃんに喜んで欲しい気持ちは同じだから」
紬は笑みを浮かべたあと、手つかずだったチョコレートケーキの乗った皿を、ポポのトレイの横に静かに置いた。
「チョコケーキ、ポポちゃん食べていいよ。好きなんだよね?」
ノータイムで選んでいたため、チーズケーキの次くらいには好きなはずだ。ポポは置かれたケーキを初めてのものを見るかのような顔付きで眺めた。そして、紬へと顔をあげた。
「……じゃあ、半分こしよう。裁縫とおんなじだ」
ポポは置かれたフォークを手にとり、チョコレートケーキへと横向きに入れた。一口大に切るとフォークを刺し、紬の口元へと差し出した。
「はい、あ~ん」
ポポはそう言って、子供っぽい笑みを向けた。紬は一瞬だけ驚いた表情を浮かべたあと、すぐに嬉し気な笑みに変え、口を大きく開いた。程無くして、チョコレートケーキの濃厚で大人な味が口の中に広がった。
「おたべおたべ~」
ポポはケーキを一口大に切っては紬の口へと運んだ。彼女はとても楽しそうで、その顔を見ていると紬の気恥ずかしさは吹き飛んだ。なんだか同じ様に楽しい気持ちになって、差し出される度にフォークの先に食いついた。ケーキが半分の大きさになった時にそれは終わり、ポポは残りの塊へ豪快にフォークを突き刺した。そして、自身の口へと運ぶ。ポポが食いつくと、フォークの上の塊は小さく丸い形に欠けた。
「材料、いつ買いに行こうか」
ビターな美味しさに舌鼓を打ち終えた紬は、そう言いながらグラスの中のストローをまわした。既にほとんど氷は解けていて、音はたたなかった。残り少ないアイスティーの水面が、くるくると弧を描く。
「明日!」
正面から元気な声が返ってきた。紬は頷いた。
「うん、じゃあ明日買いに行こう。十時に『ラビット』のアジトに集合でいい? ……あそこ、アジトなんだよね?」
「うん、そうだよ。じゃあ十時に門のところ集合ね? 寝坊しないでね?」
「しないよ! ポポちゃんも、遅れずに来てね」
「もちろんだよ!」
明日の約束を交わした二人は、笑みを零し合った。なんだか三大組織の一員になったとは思えないくらい、すごく平和で、穏やかな時間が流れていた。お揃いのリボンをつけた新しい友達と、甘い物を食べて、次に遊ぶ約束を取り付けて。憧れのフリフリのお洋服に相応しい、青春を謳歌する少女の理想の一時という感じだ。紬はアイスティーを啜りながら、この時間が永遠に続けばいいのに、と思った。




