ホリデー
とりあえずは腹が減ったからとアスカは食事の支度に。俺は掃除機を持ち出し、機体であるマヤのコクピット内部を掃除する。
『とおる あの子 いい子』
「はは、そうだな」
脳に直接伝わる声と会話しながら中にたまった土や砂を吸い出し、潜り込んで丁寧にふきあげていく。コクピット内部はデリケート、技術士官にそう教わっていたので優しく触れていく。アスカの言うようにこのマヤが居なければ俺はエースになれなかった。いや、戦争を生き残る事すらできなかったはずだ。今までの固定観念、機体は機械、そう言う認識を少し改めることにした。少なくともマヤは生きている。それは事実なのだから。
「どうだ? マヤ、足りていない所はあるか?」
『だいじょうぶ とおる いつもていねい』
「そうか、お前は今回も頑張ってくれた。ゆっくり休んでくれ」
そう言ってコクピットのハッチを閉じるとマヤはゆっくりと腕を動かし俺を抱えこんだ。しばらくするとアスカが食事を乗せたトレイをもって現れる。
「あはは、いいじゃん。そう、女の気持ちに応えてやんのが男ってもんさ」
俺はマヤに抱きかかえられた格好で飯を食う。メニューは冷凍のハンバーグとサラダ、それに飯とみそ汁だった。
「あたしのお父さんは日本人だったろ? 飯の時は味噌汁を作れって。あたしもみそ汁は好きだからね」
「ああ、悪くないな。久しぶりだ」
鎧を外したマヤは正座の状態から足を外に開き、お尻をペタンとつけた女の子座り。その上に俺を座らせ後ろから抱えこんでいた。
「こうやって見るとさ、マヤは完全な女の子だもんね。マヤを作った日本師団の研究者ってのはすごいもんだよ」
「…こいつには脳があるからな」
「そこに電気信号であんたの意思を、って? イメージ・フィードバック・システムをうまく活用してる。あたしもさ、お父さんに色々教わって、AIのプログラミングもある程度詳しいんだ」
「へえ、すごいな」
「AIってのはさ、疑似的な人格を持たせることもできるけど、すべては合理的な判断、蓄えられた情報から最適なものを選び出す。そう言う役目をしてるんだ。生き物との違いはね、全てが合理的って事。生き物ってのはさ、不合理な判断、例えば変なこだわりとか他人から見れば不条理、そう言う事をするだろ?」
「…そうだな」
「マヤはそれが出来る。だから生き物なんだよ。AIはどれだけ出来が良くても道具、モノなんだ。あんたはその生き物を道具として扱おうとしてた、そこがおかしいんだよ」
「…俺の部隊の連中が正しかったって?」
「そうだね、そいつらは機体ではなくパートナー、そう見てたから色々、その、変態って思われるような行為をしてた。機械相手なら間違いなく変態、だけど生き物、相手は女、そう思えばそっちが正しいんだよ」
「…なるほどな。俺はあいつらのようになりたくないって、そう思って」
「ま、あたしにとってもマヤは家族、兄貴のパートナーだからね」
食事を終えるとアスカは端末を持ち出して、マヤのAIのチェックを始めた。
「へえ、すごいね、ほとんど浸食されてんじゃん。ああ、なるほど、いくつかのプロテクトが破れない、だから自律機動が制限されてるって訳ね」
アスカはそう言っていくつかのプログラムを走らせた。
「マヤ、どんな感じ?」
「からだがかるい おもったように うごく」
そう言ってスムーズに手を動かし、指を開いたり握ったりする。そしてムギュっと俺を抱っこした。
「こういうこと してあげたかった」
「あはは、そりゃよかった」
その後自由に動けるようになったマヤはアスカを手伝い、部屋にあった家具をガレージに運びだす。
「あっちの部屋で過ごすよりここでみんなと、その方が良いからね」
ベッドや棚、そう言うものをガレージに配置、部屋の方はシャワーとトイレ、それにキッチンだけ。テーブルやクッションもこっちに持ってきていた。
「うーん、そのうち引っ越そうか? そしたらさ、最初からガレージに。キッチンもトイレも風呂も設置して。マヤが横になれる大きなクッションも欲しいしね」
「あすか うれしい ありがとう」
「えへ、あんたはもう家族だからね。必要なものは揃えてやらないと。さってあたしのブルーも整備してやらないとね、マヤ手伝ってよ」
「わかった」
自在に体が動くようになったマヤ、そのおかげで重たいものも自由に動かせる。アスカがブルーと名付けた機体のヘヴィ・アーマーを外し、それをマヤが丁寧に磨いていく。マヤの手であるマニュピレーターはほぼ人間の手と同じ精密作業が可能、アスカとあれこれ話をしながら作業を進めていった。俺はその様子をソファでコーヒーを飲みながら見ていた。
アスカの機体、ブルーのフレーム部分はがっしりとしていて胴体部分も厚みがあった。ハッチを開きコクピットの中を覗くとそこにはシートが置かれ、周りにはいくつものパネルがあった。
「ちょっとぉ、勝手に覗かないでよ。そこはいわばあたしの部屋でもあるんだから」
そのコクピットはかなりのスペースが割かれていて居住性にも配慮された形。へえ、とあれこれ見ていると後ろからマヤに抱きかかえられた。
「うわきはだめ とおる わたしだけ」
「そうそう、浮気はダメってね。さってあとはAIの調整だね」
そう言ってアスカは端末を繋ぎ、ブルーのAIをチェックしていく。
「へえ、流石軍用、戦術プログラムはハイレベル、民間機とは全然違うね。これじゃ自警団じゃ相手にならないはずだよ」
「俺はマヤにしか乗った事がないからよくわからん」
「そうねえ、こっちのブルーはtypeⅡ、汎用性に優れたAIが搭載されてるんだ。プログラム的にも余計なものがないすっきりした形、マヤのAIはtypeⅢ、いわゆる自律型って奴だからそれを乗っ取ったマヤにも自我があるんだ。自律行動ができるのもそのせいなんだよ?」
「へえ、そう言う違いがあるのか」
「typeⅢのAIはさ、優秀だけど汎用性って部分じゃ大きく劣る。一人の人間に特化したカスタマイズをしちゃうからね。別の人には使えないって訳、こっちは誰が乗っても相応に対処してくれるAIなんだよ。軍用機としちゃこっちの方が望ましいかな」
「なるほどな」
「マヤは一途、何しろあんた以外は受け入れない、女としちゃ素晴らしい事さ」
全ての整備を終えて交代でシャワーを使う。俺はTシャツに短パンという楽な格好に着替え、アスカも同じような格好に着替えた。アスカはベッド、俺は横になったマヤに抱きかかえられる格好でその日は眠りについた。
翌日から俺はアスカと共に車で街に出て買い物をしたり、家で設備を整えたりして過ごしていた。マヤは体の自由が利くようになり、洗濯や掃除を手伝ってくれている。AIのプロテクトが解かれた事により、ぐっと人間味を増していた。
『火星全域で暗躍する盗賊団、その被害は数億クレジットにも上ると言われています。これに対して統合政府は軍を投入し、解決に当たると強い姿勢を示しています』
テレビニュースではそんな報道が流れ、軍は攻勢を強めているという。
「ま、今更っちゃ今更だけどね。あ、兄貴、コーヒー飲む?」
「ああ」
アスカはこの数日で俺を兄貴と呼ぶようになり、街で出会った俺の知人にもそう自己紹介している。戸籍上でも俺の被保護者、九条アスカとなっていてある意味本物の妹になっていた。
そしてマヤはいつものように女の子座りで俺を膝の上に座らせ抱え込む、だがその下にはアスカが買い求めてきた絨毯が敷かれていた。そのマヤの上でコーヒーを啜っていると端末に着信が入った。
『よぉ、俺だ。新しい仕事があるって話で保安官事務所に呼ばれてる。お前らも来てくれ』
「…そうか、判った」
通信相手はヴェルナー、とりあえずTシャツにジーンズ、それにお揃いで作ったジャンパーを着て、車に乗り込み保安官事務所へと向かう。
「…揃ったか。ならば今回の依頼について話そう」
そう言って口ひげを撫でるのは保安官のハオシュエン。彼は威厳のある男で有能と評判、前回のブラッドベリー攻防戦を受けて、出世しそうだという話も聞いている。そのハオシュエンと交渉するのはリーダーであるヴェルナーの仕事。
「…今回は政府の依頼だ、断る事は許されん」
「なんでだよ! 俺たちは賞金稼ぎ、強制されるいわれはねえぞ!」
「…賞金稼ぎ、それは治安が落ち着くまでの一時的な措置だ、この火星にはびこる盗賊連中を一掃すれば用済み、そうなるのは理解できるな?」
「…そりゃ、そうだけどよ」
「食いっぱぐれたくなければ政府へのコネは必要だ。…無頼の賞金稼ぎ、それもいいがここらで腰を落ち着けてみてはどうだ?」
「…どういう意味だ」
「…今回の作戦は軍主導、ニュースは見ただろう? 作戦に成功すればこのコロンビアを中心とするエリシウム平原一帯は安全が確保される。…つまりここらに賞金稼ぎの仕事はなくなるって事だ」
「…マジかよ」
「だが、それは俺も同じ事だ。ここには行政官が来て、軍主導の統治は終わり、政府主導の街となる。…だがうまくすれば俺は手つかずの西部地域、アラビア大陸に赴任となっている。今よりも強大な権限を持ってな」
「…それで?」
「おいおい察しが悪いな、向こうについても身一つでは何もできんさ。…つまりお前のチームには俺の直属、そう言う形になってもらう事も考えているという事だ。待遇は軍属、今までとやる事は大して変わらんがこうした特別任務に対する拒否権はない。固定の給料に加え、仕事の報酬を出す。悪くはないはなしだろう?」
「…その給料の額は?」
「そうだな、お前と九条は元軍人、以前の階級相当官と言う事でそれに応じた金を払うさ。ヴェルナー、お前は正規軍の階級、中尉として、九条は准尉だったな。そしてアスカ、お前は先の戦績を鑑みて軍曹待遇だ。…この度改定された軍の給与体制によればだ、基本給は1300クレジット、そこに階級加算が付く形だ。中尉のヴェルナーはプラス900、准尉の九条はプラス700、軍曹のアスカはプラス500と言ったところだな」
「かぁぁ、相変わらず安いな、これだから正規軍ってやつは!」
「…これはあくまで給料だ。そうだな、お前たちとの契約金と捕らえてくれて構わない。仕事ごとの報酬は今まで通りだし、鹵獲機体も好きにして構わん。それに軍属となれば平時でも銃の携行が許可される」
「…ああ、わかった。俺たちのチームはあんたに着く。…それで、作戦の方は?」
ハオシュエンの説明によれば今回の作戦は盗賊たちの本拠の殲滅、その本拠は東側の湾の向こうに見えるエリシウム山にあり、これまで手出しが出来ていない。ここを軍の戦力をもって壊滅するというのがその内容だ。だが、その戦力だけでは足りず、各地から俺たちのような賞金稼ぎを集めてもいるという。
「賞金はそれぞれに一万、成功すればお前たちは軍属として雇い入れる。…文句はあるか?」
「…了解、文句なんかねえよ」
出発は二日後、街の外に軍の大型輸送ヘリが迎えに来るという。こうして俺たちは次のステージに踏み出すことにした。




