6. 地獄の時間
★本編後日談。超合理的だけど愛が重いタカvs夢見る乙女だけどフラットな恋心のひかるのラブコメです。
注:終盤ちょい甘描写あり(レートかけない程度に)
2076年3月
“8月の怪盗事件”から一年半。
そしてさくら号の5人が再会して、数日後。
俺21歳。ひかる19歳。
俺とひかるは先日の口約束の通り、
①ひかるを親と仲直りさせる為
②同居の許しを得るため(今後の事を考えて、俺もひかるの親とは険悪になりたくない)
ひかるの実家ーー藤原家の前にいた。
そもそもひかるは親に、さくら号での生活の事を『友人達とシェアハウス』しているとしか説明していなかったらしく、親達はまさかその同居人が見ず知らずの男数人だなんて思ってもいないだろうとの事。
俺との馴れ初めの事はいずれ掘り起こされるだろうから、嘘が下手過ぎるひかるの事も考慮して、ある程度事実を話そうという結論に至った。そもそも『勝手に引っ越して転校して髪をバッサリ切った』だけで喧嘩していたのだから、火に油を注ぐ覚悟はしなければだが……。
……但し当然ダークの事と、俺が糸原高成の息子であると言うことは秘密だ。(糸原高俊は世間的に死んだ事になっている為)
ひかるはまずそれを電話で親に話した。……が、まあ予想通りそれを聞いた父親が激怒した事で、ひかるとまた喧嘩になってしまった。
収拾がつかなくなりそうな所で「一先ず彼を連れて行くからそれで判断して!」とひかるが投げやりに通話を切ったきり、今に至る。
そんな訳で俺は今、相当胃が痛い。
口喧嘩をしに行くなら「臨むところだ」と息巻くのだが、今回は真逆……気に入られる為に来たのだ。
こういう事は俺にとって初めての経験で、媚び売って自分を取り繕う事なんて殆どしてこなかった俺には多分、苦手な事だ。
果たして穏便に済むのだろうか……寧ろ喧嘩別れにならないか、正直かなり不安だ。
「タカ……、なんか顔色悪いけど大丈夫……?」
インターホンの前で、ひかるが苦笑いで俺の顔を覗き込んだ。
……不安を悟られないようにしていたつもりだったのだが。
「大丈夫だ……」
「あの……、本当に本当にありがとうだけど申し訳なさでいっぱいというか……。こんな事まで付き合って貰っちゃってごめんね……」
「謝るな。お前と一緒にいる以上、いつかはしなきゃならない事だろ。それに俺が行こうと言ったんだし」
「うん、そうだね……。あとその一応言っとくけど、うちの親はもうわたし達の事“恋人”って認識だから、えっと……そのつもりでよろしくね」
……そうか。もうこの場では、同居人じゃなく恋人同士を演じなければならないのか。
『俺とお前の関係が何とするかを決めるのは、再会した時でいいか?』
一年半前フェアリーランドでそう言ったのだが、ひかると再会して会うのはまだこれが二回目だ。その話は出来ていない。
つまり現状の俺たちの関係は、さくら号から変わらずただの同居人のままだ。
しかし世間一般的に男女が一緒に暮らすというのは、“ただの同居人”じゃ済まない事の方が普通なんだろう。さくら号の空間が異質であっただけで……。
ひかるの親が俺たちをそう認識するのは当然だろう。
いずれは本当に“恋人”として関係を進めなければならないのだろうが……。一体いつどう切り出したらいいのか、今のところ皆目検討ついていない。
しかし“恋人同士”って……。ただでさえ俺の不得手な分野でよく分かってないのに。何だか余計に自信が無くなってきた……。
「ひかる……。理屈では分かってるんだが、その“恋人”でいる体裁というのが俺にはよく分からない」
「えっ」
「何をどうすればそうらしく見えるんだ? ……そういうのはお前の方が得意ジャンルだろ」
「えーっと、取り敢えず親の前では自然体で良いと思う……。寧ろ親の前で恋人らしくイチャイチャするのは、悪印象と言うか……」
「いや、流石にそれは分かる。……まぁ要するに、いつも通りで良いって事だな」
「あ、うん、そうなんだけど。いつもの傲慢で横柄で人を上から目線で鼻で笑う態度はやめてねっ」
「……はぁ、俺ってそんなに空気が読めない男だと思うか?」
「え、うん。まぁそこがタカの良いところなんだけどね」
「褒めてるのか貶してるのかどっちだ?」
その時、ガラッと家の窓が突然開いて男性が顔を出して来た。
「おーい、いつまで喋ってんだ〜? 待ってんぞー」
ほろ酔いなのか少し顔を赤らめていう男を見て、ひかるがギョッとした。
「お父さん……」
「お父さん!?」
俺は慌てて頭を下げた。
「木谷、高俊です。お初にお目にかかります」
「聞いてるよ。中で話そうじゃないか」
父親は窓の中から、思いの外上機嫌で焼酎の瓶を取り出した。
「飲めるかい? 高俊くん」
「……嗜む程度には……」
険悪な雰囲気になることを覚悟していた俺は、拍子抜けして苦笑いした。
____________
藤原家のダイニングには、豪勢な食事が並んでいた。土産も大量に用意されていた。
ひかるの父親がいない所で、母親が俺とひかるに笑いながら言う。
「光里から喧嘩してるって聞いてるでしょ? 余計に緊張させてたらごめんね。でも大丈夫だから」
「と、言うと……?」
「あの人、あなたが大病院の院長のお孫さんで医大生って聞いてからすこぶる機嫌が良いのよ〜。これからも末長く光里をよろしくねっ、うふふ」
「はぁ……」
……何だそう言うことか……。寧ろこれは相当なおもてなしを受けられそうだ。
あのクソジジイの肩書きが役に立ったのは癪だが、まぁ単純な話になりそうで良かった。
俺はひかるに耳打ちした。
「……と言う事は、お前と親との喧嘩は終了か?」
「あ、うーん、そうなのかな……。なんか本当にごめんね……」
とは言え、問題の一つが解決したに過ぎずここからが本番だ。
父親は俺に容赦なく酒を勧めてきた。が、俺は元々酒は得意な方じゃない。
飲み歩くのが好きだった親父からはその辺り遺伝せず、ただただ頭がボーッとして眠くなっていくタイプらしい。だから普段は付き合い程度でしか酒は飲まないのだが。
しかも飲まされてるのは焼酎だ。水で大分割って誤魔化しながらちびちび飲んでいたが、30分もすると頭がボンヤリしてきた。
「……で、2人は付き合ったのはいつから?」
そんな折に、ほろ酔いの父親から投げかけられた質問。
「えー……」
頭の回転が鈍くなってきた俺は、数秒閉口した。
そもそも、付き合ってない。でもこの場ではもう俺たちの関係は“恋人”だ。
……しかしいつもなら俺が適当に誤魔化すところを、酒のせいで咄嗟にそれらしい回答が浮かばなかった。
「いつだっけ……?」
「えっ!?」
隣のひかる(未成年なので素面)に振った。
滅多にない事にひかるはギョッとし、俺もすぐにハッとする。
……しまった。コイツに嘘を言わせるのはマズかった。ましてや親の前で……。
しかし思いの外、ひかるは即答した。
「ついこの間からだよ」
「そーなの? それでもう一緒に住むって?」
「この前も言ったけど、もう一年半も一緒に住んでたんだから。その続きを今度は二人で始めるだけだよ」
「あぁ、そう……」
ひかるはハッキリと答えた。……珍しい。嘘をつく時はいつもしどろもどろになるのに。
しかし頭がホワホワしていた俺はさほど気にしなかった。
「じゃあ高俊くんは、光里の何が好きなんだ?」
「え゛っ」
「えっ、って。100個くらい言えるだろう?」
「……」
隣のひかるを見ると、キラキラとした目で俺を見ていた。
……マズい。非常にマズい。ただでさえこの回らない頭で。普段なら絶対に、ましてや本人の前では口に出さないのに。
汗が吹き出してきた。酒のせいもあるが体温は急上昇している。握った拳は汗でびしょ濡れだ。
羞恥心を必死に抑え、俺は声を絞り出した。
「……明るいところです」
「他は?」
「他……、気遣いができるところです」
「うんうん。他は?」
「料理が……上手で……」
「うんうん」
「足が速くて……」
「うん」
「……はい」
「え、それだけ?」
「いや……」
……まだ聞くのか!!
帰りたい。今すぐこの場から逃げ出したい……。
隣のひかるに助けを求めようと一瞥する。
が、ニマニマとひかるは口を押さえて笑い、俺の次の言葉を待っていた。止める気ゼロだ。
くそコイツ! 俺が珍しく順従でいるのを良い事に……! 絶対後で何かしらやり返してやる……。
「直向きに……目標に向かって一生懸命なところとか……」
「うんうんそうだよ光里は努力家なんだ」
「や……優しいところとか……」
声が震えてきた。もう限界だ。
止めろひかる! お前が止めないとこの地獄は永遠に続くだろ!!
俺は机の下で、ひかるの太腿を強くつねった。
「痛ッ……。あーお父さん? もうその辺にしてあげて! 彼本当は凄くシャイだから!」
「くっ……」
ひかるのバカ。俺の事をシャイなんて言うな……。
大体書き終えてますがたぶん不定期更新です。