2. 俺を見縊るな
それから俺はようやっと見れたニュースで、ダークのその後の状況を知る。
Mホテルは全壊炎上したが、台風の豪雨で鎮火。
銃で負傷した長井と谷田貝と青山を除いた負傷者は、俺を除きいなかったと聞き、ホッと胸を撫で下ろす。
海岸で見つかったヘリも爆破・炎上し、DKの逃走先は行方知れず。
そして長井の逮捕により、その呪縛を解かれた報道機関は、12月の国会事件の真相を詳細に語り出す。
糸原高成は事件の加害者ではなく被害者であった事が語られ、それを見た俺は、震える程の喜びを覚えた。
本当に……、全て終わったのだ。
夢の中で、一応親父には報告はしたものの。早く墓前にも報告に行きたい。
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その夜、パワフルが台風の中病室にやって来た。
ベッドから一歩も動けない俺を見て、パワフルは鼻で笑った。
「本当、しぶとく生き残ったわね」
「何故笑う……。あんたが助けたんだろ」
「正直あの血を見た時はもう無理だと思って、慶音をどうやって励まそうか悩んだわよ。でも本当悪運だけは持ってるのね」
「……」
……本当にコイツは。俺の事を命懸けで助けながらこの発言、やっぱり何を考えてるのか意味不明だ。
嫌味ったらしく言われているのは分かっているが、俺は素直にパワフルに頭を下げた。
「パワフル。今回の件、本当に助かった。
あんたが行動を起こさなければ、俺は間違いなく死んでた。感謝してもしきれない……。何か……借りを返したい」
「そんな身体で言われても」
「勿論、今すぐは難しいが。……どうして欲しい」
「だから、何度も言うけど。私は慶音が幸せならそれでいいの。だから強いて言うなら、今まで通り慶音と仲良くしなさい」
「……実は、思い出したんだ。10年前、母さんが死んで慶音を叩いた時の記憶を。MBで消された記憶、恐らく全て」
「え……」
「でももう、憎しみだとかは一切ない。むしろ俺には、あいつの人生を大きく変えてしまった責任がある。だからアンタに言われなくても……、慶音の事はこれからも大切にする」
「……そう。それならいいわ」
パワフルは、自分の携帯を俺に差し出した。
「さくら号に電話かけなさい」
「え……」
「慶音からあなたが目を覚ましたって聞いて、すぐに報告しに行ったわ。
貴方が眠っていたほぼ丸一日、あの子達貴方が本当に死んだと思って散々泣いてたみたいだったけど。生きてるって聞いて、みんな息が出来なくなるくらい泣いてたわよ。早く声を聴かせてあげないと、今度はあの子達が息が吸えなくて死んじゃう」
「……」
「私の使っていいから。みんな待ってるわよ」
俺はパワフルの携帯を受け取った。
「分かった。ありがとう」
パワフルはほんの少しだけ口角を上げて、病室を出ていった。
そしてすぐに電話を掛ける。コール音が鳴ってる間、俺は少しだけ緊張していた。
何故緊張しているか……心当たりはある。
爆弾のパスワードの件だ。
ああ……またやってしまった。皆に許可も取らずやっただけでなく、睡眠薬を盛ったなんて言ったら二度と口も効いてくれないかもしれない……。……ここだけは上手く誤魔化すにしても。
もうこの件は、俺の非を完全に認めて平謝りするしかない。
「……タカ!?」
「ああ……、俺だ」
「タカーーー!!」
「おい、ビデオモードにしろっ」
画面が切り替わると、4人が嗚咽を漏らして号泣していた。
「タカ……、うわああああ〜っ!」
「ほらなひかる! オレが言ってた通りだったろ!?」
「生きてた! 生きてたのぉ……!」
「モー! ホントに心配したんだかラ!」
あまりにも騒がしく泣く彼等に、俺は思わず笑ってしまった。
「いや……本当に心配かけて悪かった。
俺も正直、生きて帰れるとは思わなかった……」
「エ!? それもタカの計画だったんじゃないノ!?」
俺は気まずくて目を逸らした。
「……いや。死を偽装するつもりが、まさか本当に撃たれるとは……あそこで旧式銃が出て来るとは予想出来なかった。
俺が窮地に陥ると予想したパワフルが一枚上手だった」
「タカにとっても想定外なことガ、あるんだネ……」
「さすがはタカの叔母さんじゃの」
「高俊お前! 爆弾のパスワード勝手に変えやがったこと、オレぜってー許さねえからな! つーかどうやって変えたんだよ!?」
「……。その件についても、本当に悪かった……」
「ホンット謝ってばっかだな! だったら最初からすんなよ! 次会ったら100発殴らせろ!」
「まあまあまさかり。生きとったんじゃから、今それは水に流して喜ぼう」
「うぅ〜っ、タカぁぁ〜……」
未だにひかるは泣き続けていた。
「ひかる。腕は大丈夫か」
「うん、うんっ……。良かった、本当に良かった!
やっぱり、我儘だって分かるけどタカに会いたいよ〜!!」
いつまでも涙が止まらないひかるを、エリンギが肩をさする。
その姿を見て、本当に心苦しくなったが……。
「もう何度も言ったが……分かるだろ。暫くは、会うのはリスクが高すぎる」
「ううう〜、分かってるよお……」
「電話はこまめにするから……。俺だって……、早くこんな所を出てさくら号に行きたい」
うっかり、本音が漏れてしまった。
しかし4人はそれを聞いて、嬉しそうにはにかんだ。
「タカ、ほんとボクたちのことが好きだよネ」
「……うるさい」
「分かった。会えるその時を待っとるぞ。まずは身体を休めるのが先決じゃ」
「あぁ」
「タカ」
ひかるは涙を拭って、一呼吸吐いて言った。
「治療、大変だと思うけど頑張ってね。
ここまで生き残れたんだから、タカなら絶対乗り切れるよ」
「ああ。ひかる、お前もゆっくり休め」
「うん……」
___________
それから数十分電話した後、名残惜しくも通話を切った。
暫くしてパワフルが病室に戻ってきたので、携帯を返す。
「……聞きたいことがある」
「何?」
「祖父のことだ」
……ああ、夕方の怒りが蘇ってくる。
俺は眉間にシワを寄せて怒気を含ませ言った。
「夕方、親父のことを愚弄された。『お前が捻くれたのは親父のせいだ』と……」
「……」
「国会事件の真相を知らないなら分かる。だがこれだけ今世間を騒がせていて、知らないわけがないだろう。
まさか、親父とそれ以前の因縁でもあったのか?」
パワフルは、はあと息を吐いた。
「明香音や高成さんから、あの人の話は聞いてないの?」
「ほとんど知らない。母さんと仲が悪かった事は何となく……」
「……じゃあ、2人の馴れ初めは?」
「は? 知らない」
「高成さんが東京出張中に、明香音と知り合ったんだって。で、明香音の方が本気になっちゃって。
お父さんの反対を押し切って、高成さんの方へ行っちゃったの。所謂駆け落ち」
……一瞬、ひかるの顔が浮かんだ。
あいつも親の反対を押し切って、俺を追ってさくら号へ……。
「で、そこから明香音とお父さんはほぼ縁切り。
高成さんは穏便に済ませようと、何度か挨拶に行こうとしたみたいだけどね。お父さんが受け付けなかったみたい」
「……その話だと、親父は悪くないだろ」
「お父さんからしたら、娘を奪われたと思ってるんでしょ」
「はあ……!? 百歩譲ってアイツが親父を恨むのは分かるとしても、俺に当たるのはおかしいだろ!」
「それとこれとは別。お父さんが高俊に怒ってるのは、あんたのそのダークに使った才能の、使い方を間違ってるからよ」
「俺の才能は俺がどう使おうが勝手だろ。あのジジイがそれに怒るのはおかしいと思わないか?」
頭を抱えて、深いため息をつく。
「本当に、木谷の人間は偏屈揃いだな……」
「あんたも半分は木谷の血を引いてるけど」
……それもそうだ。まぁひかるみたいな真っ直ぐな人間を見てると、俺も十分偏屈な男であると自覚はしてるが。
___________
翌朝。
俺は世間から身を隠している身であるため、喜一郎は本当に信頼している一部の人間しか俺と関わらせなかった。
病室も最上階の一般患者が立ち寄らない、院長室に近いVIPルームだった。
よって、必然的に毎回喜一郎が俺の回診に訪れた。
喜一郎がノックもせずに病室に入ってきて、俺はわざと深いため息をついた。
「ノックくらいしろよ……」
「高俊。眠れたか」
「アンタへの怒りが収まらなくて眠れなかった。
昨日の発言、謝れ」
「ワシは事実しか言ってない。傷を見るぞ」
この……っ、偏屈ジジイ。
この嫌悪感は、さくら号に来たばかりの頃のパワフルに感じたモノより、酷い。
「美登里から聞いた。お前は生きてることを隠さなくてはならない。
バレてしまえば再びDKが現れ、お前が狙われるだけでなく周りの人間も巻き込まれる危険があると」
「……他は。どこまで聞いた」
「知らん。ダークの事はそこまで興味はない。
それで、これからどうやって生きていくつもりだ。名前はどうする」
「……ほっといてくれ」
「お前がまた犯罪に手を染めると、またワシや美登里が迷惑する!
ワシの養子になれ。お前の性根を徹底的に叩き直してやる。木谷に改名するんだ」
「はあ!? ……っ」
突拍子もない発言に驚きすぎて、また脇腹を痛めてしまった。
「何度そのくだりをするんだ。コントか」
「ふざ……っ、痛っ……」
「そして医者になってワシの跡を継げ。大学の学費も出してやる。ワシに恩を返すというなら、それくらい容易いだろう」
「冗談だろ? 今のアンタと俺の関係値で『それでよろしく』なんて俺が言うと思うか?」
「言う。お前の状況が圧倒的に不利だからな。それとも意地を張るか?
分かるだろう、これがお前の人生にとって絶好のチャンスであることが。これを棒に振るほどお前はバカなのか?」
俺は奥歯を噛み締めて、喜一郎を睨んだ。
コイツの言っている事は正論だし、俺にとっても願ってもない提案……なのかもしれない。
だが俺はそんな簡単に目の前の餌に尻尾を振るほど、軽い人間じゃない。
「それでも俺の父親は、糸原高成ただ1人だ。
アンタにここで頭を垂れるくらいなら、DKに殺されてもいい」
……まあ、本当はDKなんて存在は幻なのだが。
診察を終えた喜一郎は、ため息をついて立ち上がった。
「そんな小さなプライドでチャンスを逃すのは、愚か者のすることだ」
「……失せろ。俺を見縊るな。お前の思い通りになんて絶対にならないからな」
「フン。勝手にしろ」
喜一郎は病室を出ていった。
喜一郎の最後の言葉が胸に刺さった。
……それで何度か、失敗したことがあったからだ。
でも、今回ばかりは譲れない。
過去の因縁なんて知らない。親父をバカにしたアイツを俺は許さない。