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【続】DARKー5人の怪盗ー  作者: 七梨
I. タカと祖父
1/15

1. 10年越しの再会

★“あの日”からエピローグまでの、タカの一年半の話ーー。「水と油」の祖父とのヒューマンドラマです。

 



 俺は、意識を失ってから長い夢を見ていた。

 ……いや、夢ではなくあれは記憶なのか。


 あれは、8歳の記憶。


 フェアリーランドに行くことを約束した翌日に、突然死んだ母。

 真っ白なその顔。

 生まれたての慶音を叩いたこと。

 母の葬式。

 親父が作ってくれたお粥。

 家具を破壊し、ガラスで切った左腕から流れる血。

 泣きながら俺を抱きしめる親父。

 MBについて説明する医師。

 俺を説得しようとするパワフル。

 親父のとにかく辛そうな顔。

 そしてーーMBを投与する瞬間。


 死の淵を彷徨ったのがキッカケになったのだろうか。

 全ての記憶の鍵が、開いた。








___________

___________









 2074年8月31日

 午後10時52分(Mホテル爆破から22分後)


 瀕死の俺を乗せたパワフルの車は、パワフルの父ーーつまり俺の祖父である、木谷喜一郎が院長の総合病院へと辿り着いた。

 救急の搬入口には、白衣を来た喜一郎が1人で、ストレッチャーと待っていた。


 パワフルは車を停めるなり、後部座席を開ける。


「お父さん! 一人?」

「当たり前だ、ワシの信頼できる人間以外は呼べんだろ! 高俊は」


 喜一郎は、ダークの姿のまま血塗れで後部座席で横たわる俺を見て絶句する。

 この男にとって、血塗れで青白い顔をして死線を彷徨っていたのが、およそ10年振りに見た孫の姿だ。


 俺は再び意識を失っていた。

 慶音が隣でその手を強く握っている。


「おじいちゃん!」


 慶音と喜一郎は祖父と孫(パワフルの子として)既に面識があった。


「慶音……。本当に、高俊が、あの怪盗ダークなのか……」

「おじいちゃん! お願いタカを助けて! おれの大事な友達なの!」

「安心しろ慶音。ワシが何とかする。

 美登里、撃たれてからどれくらい経った」

「30分くらいかしら……。でも電話で言った通り、一部は血糊よ」


 話しながら傷口を診る喜一郎。

 舌打ちをする。


「全く、糸原の人間はどいつもこいつも……! 処置が終われば説教だ。

 美登里! ストレッチャーに乗せるから手伝え」

「わかったわ」


 ーーその後喜一郎の信用できる医師と看護師数名のみで手術が行われ、俺は一命を取り留めたのである。








___________










 俺が目覚めたのは、翌日の夕方だった。

 ぼんやりと目を開けると、病室の天井が目に映っていた。


 ……生きてる。

 生きてるのか、俺……。


 昨日の夜、ずっと車の後部座席で慶音に名前を呼ばれていた気がする。あれは気のせいじゃなかったんだな……。


 ひかるたちは……長井や谷田貝は……ダークはどうなった?

 俺は何故生きてる?


 考えたいことが山程あるが、たぶん血が足りないのか……、脳みそが動かない。


「……タカ? タカっ!!」


 頭上に慶音の顔。


「慶音……」

「よかった! よかったあ!! 昨日のこと覚えてる?」

「……お前とパワフルが助けてくれたのか」

「うん。あとおじいちゃんもね」


 俺は、慶音の手をそっと掴んだ。


「ありがとう……、本当に。お前が……ダークの一員で本当に良かった」

「え……っ」


 そうだ。全部思い出したんだった。

 俺が、生まれたばかりの慶音のことを憎んでいたことを。


 だけど今、そのような感情があるはずもない。

 本心からコイツに引き合わせてくれた、親父やパワフルに感謝している。

 ……そうじゃなければ、俺は助けられず死んでいただろう。


 慶音は涙ぐんだ。


「本当に? おれ、ダークのお荷物だと思ってたから……」

「いいや。お前のお陰で俺は、またさくら号の奴らと会って話せる。この借りはまた返させてくれ」

「うん」


 本当は「ダークの一員」ではなく「俺の弟で」と言いたかったが。

 パワフルのタイミングまでは、この事は秘密だ。


「お母さんは今出かけちゃったから……、おじいちゃん呼んでくるね!」


 と、慶音は病室を出ていった。


 ……そういえば『おじいちゃん』って、パワフルの父親のことか?

 だとしたら、つまり俺にとっても祖父になる人のことか……?


「あ……」


『高俊……、お前はワシの跡を継いで医者になれ』


 10年前。慶音が生まれた直後。母さんの葬式の時に会ってる。


 木谷喜一郎。アイツか。


 理由は知らないが、母さんと不仲だったらしく祖父の話はほとんど聞いたことがない。必然的に親父とも関係が希薄だった。

 確か母さんが死んで俺と会った時も、母さんの死を悲しむどころか厄介に思うような態度を見せたことから、俺が一方的に激怒した記憶がある。……あの男に対して全く良い印象は残っていない。


 ……だがそれは、もう10年前の話。


 血の繋がりはあるとは言え、希薄な関係なのにも関わらず『命の恩人』という大恩を作ってしまった。

 どんな人間であろうとも、深く生きることを望んだ俺にとって、感謝してもしきれない。

 そして、一生モノの借りを返さなければならない。


 ……しかし今は祖父の事より、昨日の事件の事の方が気になる。

 ひかるや他の3人は、無事に脱出しただろうか。他に死傷者は出なかっただろうか。国会事件の真相は明るみになり、長井や谷田貝は捕まっただろうかーー。

 あの後どうなったか、知りたい。半日以上寝ていたせいで、俺は一番の当事者であるのにまだ情報の蚊帳の外だ。


 携帯は、ない。谷田貝に壊された。

 首だけ動かして見渡すと、病室にテレビがある。しかしリモコンは、立ち上がらないと届かない場所にあった。

 ごく自然に、いつも通りリモコンを立ち上がって取ろうとした。


「……」


 ……立てない。身体が全く動かない。


 当たり前だった。脇腹と足を撃たれ、死ぬか生きるかの怪我をしたのに。血だってまだ足りてない。

 何も出来ない。今の俺は生きながらにして、屍であるのと一緒だ。

 クソ、知りたい。早く。慶音早く帰ってきてくれ……!


 俺が一人悶えていると、病院の扉が開き慶音と白衣の高齢の男ーー喜一郎が入ってきた。


「タカ、ぼくのおじいちゃんだよ!」


 俺は寝そべったまま喜一郎に顔を向けた。


 ーー ああ、このニヒルな冷たい目、頑固そうな眉間の皺、絶対上がらなそうな口角。あの10年前の記憶のほぼままだ。


 喜一郎は俺のことをニコリともせず見た。

 そして近寄ってくる。


「アンタが俺を助けてくれたのか」

「そうだ」


 正直全くこの男に好感は持てないが、命の恩人なのは事実だ。……礼は言っておかねば。


「本当に、助かった。心の底から礼を言う。

 ありがーー」


 バチン!!


 突然、強烈なビンタを食らった。


「……は?」


 ……何故? 何故何もしてないのに叩かれた??

 普通生死の境を彷徨って目覚めたばかりの患者を叩くか?


「このバカ孫!! 恥を知れ! 親も親なら子も子だな!

 前科者のお前なんぞワシの孫なんかじゃない!!」

「はぁ!?」


『親も親なら子も子』だと!?

 親父を侮辱したたった一言で、俺のはらわたは煮えくりそうになった。

 俺は貧血気味でクラクラしながらも、怒りに任せて言い返した。


「ニュースになってないのか? 親父は黒幕に脅されて、事を起こすしかなかった。それに結果誰も傷つけてない!」

「そうであろうとなかろうと、マイナスの意味で世間に名が広がってしまっただろう。

 ワシや美登里が、あの男との接点をどんな思いで隠したと思ってる……!」

「……確かに木谷の人間には迷惑をかけたかもしれないが、それは親父のせいじゃない!」

「じゃあ高俊、お前はどうなんだ!?

 現に、今! 警察から身を隠し匿うなど、前代未聞だ!」

「アンタは俺を嫌々助けたのか!?」

「お、おじいちゃん、怒らないで……?」


 慶音が目を潤ませながら割って入る。

 すると喜一郎は突然声色を変えて、目尻を下げて笑った。


「驚かせて悪いなあ慶音。大丈夫、怒ってないぞ?」

「そ、そうなの?」


 ……何だその猫撫で声は。


「じーちゃん、喉乾いたから売店でコーヒー買ってきてくれるか? おつかい頼む」

「うん……、でもタカのこと怒らないでね?」

「うんうん。大丈夫大丈夫」


 慶音が少し不安な表情で病室を出ていった。

 その直後、再び喜一郎は鬼のような形相で俺を睨んだ。


「慶音は本当に真っ直ぐ純粋に育った。

 それがお前は何だ。大学にも行かずフラフラしてるだけかと思えば、底辺のルームシェアの連中とつるんで犯罪を犯し……」

「おい。『底辺のルームシェア』だと?

 あいつらは俺の大事な仲間だ。全員真っ直ぐで仲間想いで卓越した能力を持ってる。何も知らないのに愚弄するな!」

「その口の利き方も何だ! 全く、慶音との差は育ての親のせいか?」

「……何だと?」

「お前がそこまで捻くれたのは、父親のせいじゃないかと言ったんだ」

「っ!」


 激怒した俺は思わずベッドから半身を起こした。


「今のは聞き捨てならないな! 謝――い……ッ」


 身体を起こした瞬間、左の脇腹に激痛が走った。

 自分でも忘れるなんて信じられない。昨日この傷のせいで生死を彷徨ったのに。


「バカ孫。お前は全治3ヶ月の重症だ。少なくともあと2週間はベットから起き上がれない。……この意味が分かるか」

「っ……」

「風呂どころか、自力でトイレにも行けないんだぞ」

「!?」

「お前が恩を返すべき人間はごまんといるぞ。

 怪我が治るまで、今後の己の身の振り方でも考えるんだな」

「おい、待……っ」


 喜一郎は踵を返し、病室を出ていった。


 嘘だろ……。

 一瞬で俺の全てを否定された。


 あんな性根の腐ったクソジジイが命の恩人で、一生分の恩返しをしないといけないだと……!?

 何かの間違いであってほしい……。


「トイレ……行けないだと……」


 全てが終わって生きて帰れてやっと一息つけるかと思ったら、何だこの仕打ちは。

 無理だ。俺の五感全てがあのジジイを全力で拒絶している。なのに少なくとも動けるようになるまで、あの男の世話にならないといけないなんて……。


 帰りたい。さくら号に……。



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