第7話『硬くて長いパンにかぶりつく女王様』
なんなのだ、こいつらは……。
レイベルは砂漠の地面に倒れ伏していた巨躯――サンドタートルを目の前にアルクからもらったナマクラの剣を構え立っていた。
サンドタートルと言えば、討伐ランク4。
あの遺跡のヒュドラだって6はあったのではないかと思われるレベルだった。
なのに、レイベルが剣を構え、攻撃に移る時にはいつの間にか戦闘は終わってしまっている。
アルク達と一緒の戦闘ではレイベルがやることはほとんどなかったのだ。
サンドタートルはその見た目通り、砂漠地帯に存在する巨大な亀の魔霊なのだが、その見た目とは逆に水魔法を使う魔霊なのだ。
水魔法は火魔法とは相性が良く、大きい火力でも大抵なら水で消し飛ばしてしまうのが常識。
しかしニンフィはどうだ。
わざわざ火魔法を使ってサンドタートルを焼き亀にしたではないか。
「亀は精力がつきますよ」なんてニンフィがアルクに話しながらサンドタートルの素材を回収しており、なんとも子供のために料理をする主婦のようだった。言いたいのは、目の前の光景と言動があまりにもかけ離れているということだ。
しかも使った階梯魔法の威力を見るに、第六階梯はあるように見えた。
階梯が上がれば上がるほど魔力の消費は大きいし体力も消耗する。ニンフィはそれを表情すら変えずに軽々しく使ったのだ。
レイベル・ハートラックは若干十九歳にして冒険者としてはそれなりにやってきた方だ。
長くソロで冒険者をしてきたが、ほとんどの依頼はしっかりとこなしてきた。
十七歳でギルドに冒険者登録をし、二年の間に冒険者ランク4まで一気に駆け上がった。
冒険者の最高ランクは7。年齢を考えても彼女はスーパールーキーだった。
しかし今まで自分の実力を支えてきた自信。
それが目の前の二人を前にして簡単に崩れ去ってしまった。
二人は冒険者ですらなかった。
探索者とはジャンルで言えば、街中で仕事をしている研究者と変わりないと思われている職業だ。
普通に考えても強いとは思えるはずもない職業なのだ。
それがそこら辺の冒険者よりも何倍も強いときた。
アルクはヒュドラに不意打ちで攻撃されてもなぜか血すら流さずにピンピンとしていた。
さらには見たこともない謎の遠距離武器を使いヒュドラを圧倒した。倒せてはいないがレイベルにはできない戦い方だった。
そしてニンフィ。こちらはそれ以上だった。
アルクの話ではヒューマノイドらしい。名前自体は聞いたことはあるが、実際に見たのは初めてだった。
あの特徴的な長い耳がヒューマノイドなのだろうか、と。
ヒューマノイドに近い分類と言えば土魔法で生成されるゴーレムだ。しかし、ゴーレムを動かすには魔法陣もしくは魔道具が必要だ。もちろん飲み食いだってできるはずもないし、意思だって自立させるのは相当に難しいと聞いている。
しかしニンフィはどうだ。ほぼ人間ではないか。
人間らしくないのはいつも変わらないクールな表情だけだった。
そして、外を歩くにはおかしいメイド服に見た目にはそぐわない暴力的な強さ。
レイベルはニンフィのことを絶対に怒らせてはいけない相手だと早々に悟った。
彼女は見たこともない魔法も使っていた。
体が光となって別の物へと変形する魔法など見たことも聞いたこともなかった。
光が大きな鎌となると闇魔法の属性なのか、あまりにも恐ろしい魔力が漏れ出ており、レイベルはその魔力の質に背筋を凍らせた。
百万ディル近くかけて購入した魔剣・伽羅倶梨九輪もハサミで紙を切るように簡単に切断されてしまった。
魔剣・伽羅倶梨九輪には特殊な魔法が施されていた。
九つの小さな刃の突起にそれぞれ風魔法が付与されており、レイベルが得意な受け流しを風魔法により効果的に使える魔剣だった。
レイベルは魔剣に全財産を投入してしまい、次の依頼でお金を得ようとしたのだが、同行を依頼された冒険者も死んでしまった今、その報酬にも頼れなくなった。
だからレイベルはアルク達に寄生虫のように同行することに決めたのだ。
お金の件ももちろんあるが、それ以上に彼らの強さの秘密が知りたかったから。
◇ ◇ ◇
――約二週間後。
行きは三ヶ月かかったが、帰りは既に通ったルートを戻るだけだったので、予定より早く実家があるリュースラント大陸の小国・リーシャへと戻ることができた。
「やぁっっっと帰ってきたぁ〜!」
アルクは両手を天井に向けながら大きく伸びをした。
少し古びた木造の平屋。リーシャの端にある草原近くに建てられた少し大きめの家だ。
扉を開けてまず見えたのはキッチンとリビングが同じ場所にある広い部屋。
リビングの端には数々の聖遺物が並べられており、綺麗に掃除されてはいるが、少し金属っぽい匂いがするものが多い。
逆に言えば金属ではないものはこの時代まで残ったりはしていない。その保存状況を考えるとやはり時代を超えて残るものは金属類の聖遺物がほとんどなのだ。
魔法袋のような、魔法などがかかった布などは一部例外だ。
ちなみに聖遺物のサビは魔法によって取り除いている。
「これは……」
アルクの家に入るや否や、レイベルがその聖遺物の数に目を見張った。
探索者という職業は知ってはいたが、興味はなかったため、このように多数の聖遺物を見るのは初めてだった。
「あ、そこ危ないよ」
「え――ぷぎゃんっ!?」
足を数歩踏み入れた瞬間、アルクの忠告も遅く、レイベルをトラップが襲った。
トラップである床の板に偽装したスイッチを踏んでしまったレイベルの頭上から小さな玉が降ってきて、そのまま頭に当たると爆発。レイベルの綺麗な青髪がアフロ状態になったのだ。
「な、なんなのだこの家は!」
爆発の勢いで尻もちをついたレイベルが俺 アルクに向かって憤る。
「ああ、うちには聖遺物が多いだろ? 俺がいない間に盗まれないとも限らない。あとは親父達が生きてた時の為……だな」
聖遺物の盗難対策。
そして、両親は死んだことにはしているが、それは勝手にアルクが決めたこと。もし奇跡的に家に両親が帰ってきた時、今まで育児を放棄してきたことへの鬱憤としてトラップを仕掛けたのだ。
つまり子供なりの小さな反抗でなのである。
「中に入る前に教えてくれ……」
「悪い悪い。トラップの場所は教えるから覚えといてくれ」
アルクはトラップの場所をレイベルに教えつつ奥へと足を進めた。
「それと先に風呂を貸してくれないか? 頭も体も洗いたい……」
「そうだな、わかったよ。ニンフィ、案内してあげてくれ」
「わかりました」
爆発した頭をどうにかしたいレイベル。
体も洗いたかったが、やはりツヤツヤだった髪を元に戻したいようだ。
レイベルはニンフィに風呂場を案内されて、先に風呂に入った。
◇ ◇ ◇
その後、全員がお風呂で汗を流し、さっぱりとした状態で食事となった。
アルクとニンフィが二人でお風呂に入ろうとしたことに関して、レイベルは破廉恥だと叫んだが、二人にとってはいつも通りのことなので気にせずに一緒に入った。
食事はニンフィがささっと用意してくれて、現在テーブルにはたっぷり野菜が入ったシチューとトースターで焼いたパンが置かれていた。
「これがトースターか……凄いな。パンがカリカリではないか」
「だろ? 普通のパンと比べて天と地の差だろ」
長年重宝してきた聖遺物・トースター。
魔道具では似たようなものがないためにレイベルも初めての体験だった。
聖遺物を作った古代人の考える技術は凄いのだ。
風呂上がりに髪を乾かすことに使った聖遺物『ドライヤー』だって画期的だ。
こちらも微弱な雷魔法を施す魔道具を使えば起動するもので、スイッチを切り替えることで段階調整できる風を起こしてくれる聖遺物だ。
「な、なんなのだこれは! 髪がみるみるうちに綺麗に乾くではないか!」
レイベルは長めの髪を持っていた。『ドライヤー』は彼女の髪を乾かす事において、とても役立つ聖遺物だった。
正直、段階調整できる魔道具を作るのはかなり複雑で難しい。
組み込む魔法陣の起動式の複雑さが段違いになるからだ。だから古代人が魔法なしでこのような聖遺物を作った技術は凄いとしか言わざるを得なかった。
「――さて、次はどこに行こうかな」
食事を済ませてテーブルの上に広げたのは大きな世界地図。
フラグメントは残り四つ。となれば、四箇所の国に向かわなければいけない。
アルクの父親が残した文献に記されていたフラグメントの在り処。
距離的に一番近いのは――、
「近いのは、ここスアンフルですね」
スアンフルはリーシャから馬車で二週間ほどあれば行ける距離。
砂漠の街であるジーザよりも少しだけ近い。陸地を渡るだけで行ける距離ではあるが国境をいくつか越えなくてはいけない。
状況によって、国同士の諍いが起こっている場所だってある。そういう時は国同士の行き来ができないよう、国境の門が封鎖されたりもするのだ。
ただ、迂回することによって、森や山から他国へと入ることだって可能だ。
国境全てに外壁があるわけではない。
「スアンフルか。そこなら私も何度かお世話になっているギルドがある。顔が利くかもしれんぞ」
「お前、ずっと着いてくるつもりなんだな……」
「わ、悪いか! お金がないのだ。しばらくは勝手に着いて行かせてもらうぞ」
「はいはい……」
アルクはため息をつきながらもレイベルの同行を認めた。その理由の一つにまだレイベルのプリケツを堪能していない、という理由があった。
今すぐ離れられては、ヒュドラから助けた褒美をもらえないことになる。
「なら、スアンフルに向かうことにしよう」
次の行先が決まった。
スアンフルの国でまず目指すのは一番大きな街である王都サンジェル。そこに行って情報収集することになった。
◇ ◇ ◇
二週間の長旅を終えてやってきたのは、町並みの全てがお洒落なスアンフルの王都サンジェル。
ほとんどの住民の服装もお洒落でアルクのように古びた皮や布の服を着ている人は少ない。
ちなみにレイベルはリーシャにいる間に俺達アルク達のお金で新しい鎧を購入した。
ボロボロの鎧はもう使い物にならなかったので、新しい物を買うしかなかったが、レイベルが同行する事によってどんどんお金が減っていった。
サンジェルの街の中心には、スライン川という川が流れており、そこではボートに乗って景色を楽しむ観光客も目に映った。
アルク達がサンジェルの街にやってきて最初に入ろうとしたのは飲食店だ。
まずは腹ごしらえから、国ごとに食文化も大きく違うのでそれが旅の楽しみでもあった。
しかし、飲食店に入ろうとしたその時だった。
突如、街中を歩いていた人々が一斉に建物の隅へと寄っていったのだ。
「おい、あんちゃん達! こっちにこい!」
すると髭を蓄えた初老の男性が手招きして俺達三人を呼びつけた。
その男性に言われるまま、俺達は建物の壁際へと寄ったのだ。
「アルク、頭を下げろ。これは――女王様の定例行進だ」
この国のギルドにも顔が利くというレイベルの言葉。
すると、道の奥から大勢の足音が聞こえてきたのだ。
俺は頭を下げながらも、顔を傾けて視線を奥へと送る。
やってきたのは、真っ白な鎧に包まれた騎士団の一行。
剣や槍、そして国旗を携え、足踏みさえも揃えて街の中心の大通りを行進してきたのだ。
その中でひときわ多く装飾がされている豪華で大きな荷車がやってきて、それを白い複数の馬が引いていた。
荷車の上を見ると一人の女性がそれまた豪華な椅子に座っていた。
あれが女王様というやつなんだろう。
スアンフルという国の歴史は古く、千年近くは同じ国の名前でやってきたらしい。
国というのは争いによって名前が変わったりするものだが、その中で長く国の名前が変わっていないということは、それだけ強い国の証明でもあった。
だからこそ、その頂点に立つ女王という存在は、強さの象徴でもあり、民衆も頭を垂れるほど畏怖する相手でもあるのだと思う。
畏怖、と言ったのはその言葉の通りだ。
尊敬でも、敬愛でもない。畏怖なのだ。
民衆が頭を下げる中、どこか恐怖を感じているように思えた。
この微妙な雰囲気の違い。何か違和感があった。
確かに恐怖政治で統治する国もあるだろう。しかし、この国はどこかそれだけではない異常な空気を感じた。
「――――っ!?」
アルクがちらりと視線を向けていると、荷車の上の女王自身と目が合ってしまった。
女王は軽く、目尻を下げ微笑みをくれた。
案外優しい人なのだろうか……と、普通の人であれば思うだろう。
しかしアルクは全くそうは感じなかった。
なぜなら――全く口元は動かず、目だけで笑っていたからだ。
まるで、誰かの仮面を被っているかのように――。
「――そこ! お前だ!」
「!?」
一人の騎士が声を荒げる。
アルクが女王を見てしまったからだと思い、恐る恐る顔を上げてみた。
すると騎士はアルクではないところに向けて叫んでいた。
その騎士が声を荒げた相手とは、エプロン姿の若い男性だった。
「は、はいっ!」
騎士の声に驚き、男性は硬直し返事をした。
次第に騎士が男性に近づくと、とんでもないことを命令したのだ。
「――女王様は貴様の店で売っている出来立てのパンをご所望だ。スアンフルパンを三つ持ってこい!」
「は、はい〜〜っ!」
なんだパンが欲しかったのか。
…………パン!?
いや、普通に取り寄せろよ。
そのくらいできるだろ。今この場でそれを命令する?
でも出来立てって言ってたしな。温かいパンが食べたいということなのだろうか。
アルクは脳内でツッコミを入れながら、その様子を見守っていた。
「お待たせしましたぁっ!」
すると店主らしき男性が店の中に入ってから一分。パンを紙袋に入れて持ってきて、それを騎士に渡した。
「ご苦労。――ジャムはないのか? 女王様はブルーベリーが好きなのだ」
「は、はい! 既に複数のジャムを紙袋の中に同封しております!」
すると騎士が紙袋の中を覗き込んだ。
頭に甲冑をつけているので顔色は伺えないが、頭をコクコク動かしていたところからも問題なさそうだった。
「ふむ。よろしい、下がれ」
「は、はい〜っ!」
店主の男性が列に戻ると、騎士は女王のいる荷車に登り、紙袋ごと女王に手渡した。
「行くぞ!」
荷車から降りると騎士は全体に命令し、行進が再開された。
アルク達の前を通り過ぎていく女王の様子を後ろから見ると、女王はその場で紙袋を開けジャムを取り出し付属していたバターナイフを使ってスアンフルパンの先端につけはじめた。
そして長くて硬そうなスアンフルパンを豪快にがぶりと口に咥えて美味しそうに食べたではないか。
顎が強い……女王といえども、あんな食べ方をして良いのだろうか。
なんというか、王侯貴族っぽくないというか……。
アルクは不審に思いながらも女王の背中を見つめ続けた。
十分ほどするとやっと騎士団全員が通り過ぎ、人々は道の端から戻り元のの生活へと戻っていった。
「マジでなんなんだったんだ……」
アルクは純粋な気持ちを呟いた。
するとそれを聞いていたアルク達を道の端へと誘導してくれた髭オヤジが答えてくれた。
「昔はこんなんじゃなかったんだけどなぁ」
「そうなのか?」
「ああ。二年前、前の女王様から代替わりしてからこうなった。行進なんてものもなかったし、騎士団もあんなに上から目線ではなかった」
「ほぉん……」
つまり、女王から王女に政権交代したというわけだろうか。
「しかも、よく城下町にお忍びで来ていた前の女王様も今は顔すら見せない。噂では死んだんじゃないかと言われている。女王様の交代理由だって、俺達には知らされなかったんだからな」
なかなか裏のありそうな話だ。
王権というのは、血族同士での争いが裏ではよく行われる。兄弟姉妹が多い場合は特に争いが起きやすいだろう。
前の女王にどれだけ子供がいたのかはわからないが、子供が女王を殺してしまう話もある。もしそうであれば、とんでもない話である。
「まあ、あんまり首を突っ込むものじゃねえ。女王様はあんなんだが、俺達は一応ちゃんと暮らせてる。何も起きないことが平和なんだ」
住民は変化を望まない。特に長い間同じ場所に住んでいたなら尚更だ。
しかし、その裏で他の王族が悲しい目に遭っていたらどうだ。あの女王を野放しにしていて良いのだろうか。
アルクはそんなことを考えたが、目的はフラグメント。あまり政治に関わろうとするべきではないのだ。
「おっさん、話聞かせてくれてありがとうな。――それでよ、こーんな感じの石みたいな欠片、知らないか?」
この国のことを教えてくれた髭オヤジ。アルクは懐からテトラミッドから入手したフラグメントを取り出し、聞いてみる事にした。
「なんだい、そりゃあ? 少し光ってる……」
「ああ、フラグメントって言われてるらしい。もしかしたら、場所によっては別の名前で呼ばれてるかもしれないけどな」
そう、お宝とは所有する国や人によって呼ばれ方が違う。アルクが見た文献ではフラグメントと呼ばれていたが、他は違うかも知れないのだ。
「ん〜。でもどこかで見たことがあるような……」
「まじか! おっさん!」
「ないような……」
「どっちなんだよ!」
どっちつかずの発言をして、アルクはツッコミを入れた。
「そういうものはギルドの方が詳しいだろう。この国のギルドは他の国と違って、冒険者の質も良いらしい。色々なお宝の話だって聞けるかもしれないぞ」
「そうか! ならギルドに行ってみるか! じゃあレイベル! 頼んだ!」
「ああ、任せておけ」
アルク達は食事を済ませてから、レイベルの後をついて冒険者ギルドへと足を踏み入れた。




