第5話『尻の割れ目は良い砲台』
――アルクがヒュドラに吹っ飛ばれていた頃。
ニンフィがいくつかの部屋を進んだ先に祭壇のようなものがある部屋に辿り着いていた。
石の壁に包まれた空間、その中心に長方形のせり上がった石の祭壇があり、さらにその祭壇の上には掌サイズの丸い珠が置いてあった。
その珠というのも石でできており、その祭壇から床へ複数の溝が壁まで伸びていた。
「ここには魔力を流せばいいのですね」
ニンフィはその祭壇を見てパッと魔力を流せば良いのだと判断した。
珠に右手をかざし、体の内に流れるマナ・ソースに意識を注ぐ。そうして魔力へと変換し掌から流し込んだ。
「……少しだけ、懐かしい仕組みですね」
意味深に独り言を呟いたニンフィ。
石の珠に注がれた緑の奔流が珠を包み、その全てが魔力で覆われると祭壇から伸びた溝に魔力が伝わっていく。
すると、溝の先にあった燭台から突然、緑の炎が燃え上がった。
『グゴォォォォ』
低い唸り声が聞こえた。
緑の炎で灯された燭台。その炎の中から突然、悪魔のような翼を生やした石の魔霊が出現したのだ。
その数、五体。
「風陣演舞」
その姿を見たニンフィは瞬時にその場でダンスを踊るように華麗に一回転した。
メイド服のスカートが回転と同時にふわっと舞い、太ももまで捲れ上がったスカートの下に履いていた白いガーターベルトとソックスがチラ見えする。
シュンっという小さな音を出して飛んでいった風がニンフィを中心に円形に広がった。
そのまま直撃を受け、出現から五秒で石の魔霊――ガーゴイルが全て消し飛んだ。
すると、ゴゴゴと何もなかった奥の壁が上にせり上がっていき、先に進むことができる通路が見えた。
「そろそろ時間も経ってきましたし、少し急ぎましょうか」
ニンフィは小走りでアルクの下へと向かった。
◇ ◇ ◇
「い、たたたた……」
壁にめり込んだアルクはそのままの状態でヒュドラの様子を伺った。
まだ女剣士は戦っている。正直、防御一辺倒でよくやっているものだ。
なぜ逃げないのかわからないが、背を見せて逃げられるほど簡単な相手ではないのだろう。
手足を壁から抜いて脱出。ぽんっと地面に落下して両足で着地した。
「あ〜どうすっかな」
頭をカリカリ掻きながら脳を回転させた。
五つの首と尻尾を含む六つの突進攻撃、そして他に確認されているのは炎を吐くこと。
一つ一つ首を落としていくしかないと考えるものの、自分のパンチ一つでは限界がある。
「ニンフィがいればなぁ〜」
啖呵を切った手前、男として女剣士を見捨てるのは道理が通らない。
「あいつに協力してもらわなくちゃいけねーけど、アレ、使うか……」
一つ思いついたことを実践しようと、再びヒュドラの下まで走った。
「クッ……さすがに、もう……っ」
女剣士は度重なる受け流しで腕の力が抜け、柄を握るのもやっと。
あと数発どころか一発が限界だった。
「アルク様ふっか〜つ!」
「貴様っ、生きていたのか!」
女剣士の後方から走る。
声に気づいた女剣士は、剣を構えながらも後ずさりをはじめた。
そして、二人の位置が入れ替わると同時にヒュドラの一本の首が迫った。
「どらぁぁぁっ!」
渾身の右拳をヒュドラの額に叩き込んだ
その衝撃で一本の首が仰け反り、体勢が一瞬崩れる。
「次来るぞ!」
「二度はやられねぇ!」
女剣士の忠告に同意し他の全ての首と尻尾に集中した。
「もういっちょ!」
次に迫ってきたのはすぐ隣の首。
正面から首を迎え、躱しつつ横っ面に一発パンチをぶち込む。
再びヒュドラの首が仰け反ったものの、すぐに別の首が迫っていた。
「このままじゃ変わらないぞ!」
「わぁーってるって!」
攻撃を見切って跳ね返しても、ヒュドラの首が取れたわけでもなく、同じ行動を繰り返してるばかりに見えるだろう。
そうして、同じ攻防を一通り繰り返すこと二回。
「おい!」
「なんだ!」
「こいつ、同時に二本の首で攻撃してこねえ!」
合計十二回、首と尻尾の攻撃を躱したりしたが、二本同時に攻撃してくることは一度もなかった。
それぞれ意思を持っていたとするなら、複数同時に攻撃を仕掛けてきてもいい。しかしヒュドラは一度もそれがなかった。
まだ少ない攻撃回数ではあるが、それがわかれば少しは戦いが楽に思えた。
「でもこの後どうすると言うのだ!」
「……今からやるんだよ!」
「な、何をだ!」
一度ずつしか攻撃がこないのであれば、やれることがある。
アルクはヒュドラと相対しながら、懐から一つの黒い玉のような物を取り出す。
そして片手で黒い玉の安全ピンを抜くとそのままヒュドラの頭上へと思い切り投げた。
「目と耳を塞いで地面に四つん這いになれ!」
大声で女剣士の方へと走りながら命令した。
「なにぃ!?」
そう驚いた反応をしたが、アルクに従うことしかできなかった女剣士は言われるまま目を閉じて耳を塞ぎ地面に四つん這いになった。正確には耳を塞いでいるので両手は肘をついており、腰を曲げたくの字のようになっている。
そしてその瞬間、大きな爆発音と共に白い光がヒュドラの目に降り注いだ。
「くあっ!?」
その衝撃に目を瞑っていた女剣士も驚きながら声を漏らす。
白光により目を潰されたヒュドラはその場でじたばたと狙いが定まらない攻撃を繰り返した。
「いいぞ! そのままでいろ!」
「はぁ!?」
そのタイミングでアルクは懐をゴソゴソして黒く長くて大きなモノを取り出す。
そのまま膝を地面につけて腰を落とし、その黒くて長い物体を女剣士の半ケツになったお尻の上に乗せた。
正確にはお尻の割れ目……にだ。
「貴様っ! 何を!」
「動くな! 照準がズレる!」
「何を言って……!?」
黒くて長い物を構え、上部に付いていたスコープに目を近づけた。
アルクには左腕がない。だからこそ、それを固定してくれる何かが必要だった。女剣士のお尻の割れ目は良い砲台だったのだ。
「――ロケットランチャーだよ」
「ロケ……なんて?」
女剣士の言葉をよそに光によって自分を見失っていたヒュドラをスコープ越しに見定めた。
「五発行くぞ!」
「な、なに……!?」
ワン、トゥー、スリー。心の中でカウントダウン。
アルクはロケットランチャーのトリガーを引いた。
「シュート!」
「あんっ!?」
発射音と共に女剣士が卑猥な声を出しながらその衝撃でお尻がこれでもかとぷるんぷるん揺れた。
凄まじい勢いで飛んで行った弾が一つのヒュドラの口の中へとうまく入り、そのまま大爆発を起こした。
「よっしゃ一発目!」
放り込まれた弾の爆発によりヒュドラは痛みで大きく身悶え苦しんだ。
バタバタと首や尻尾を地面へと叩きつけてのたうち回り、石の床に穴が空いていく。
「き、貴様、本当に何を……!」
「黙って尻を動かすな! あと四発だ!」
「四発!?」
アルクは再び懐からか取り出した弾をセットし再び標準を合わせる。
二つ目のヒュドラの首に狙いを定めると、その口に向かってロケットランチャーを放った。
「シュート!」
「んあっ!?」
「良い尻だ……!」
放り込まれた弾により、またもやヒュドラの口の中で爆発。大きく仰け反りながら悶えた。
彼女の尻を褒めることも忘れない。
「あ゙んっ!?」
「やんっ!?」
「んんっ!?」
そして合計五発、女剣士の尻の割れ目に固定したロケットランチャーから爆発性のある弾を放った。
ヒュドラは閃光弾――スタングレネードにより視界を塞がれ、さらにロケットランチャーの爆発により口の中に大きな傷を負い、その場で苦しみ暴れまわることとなった。
「よし、もう起き上がって良いぞ」
「はあ、はあ、……貴様は一体何をして……」
四つん這いの状態から立ち上がるも、尻に加わった衝撃にまだ違和感を感じるらしい。
お尻をすりすりと擦りながら女剣士はヒュドラを見上げる。先ほどまでとは打って変わって大きく立場が逆転していた。
あれほどまでに自分を苦しめていたのに、今やヒュドラの方が苦しめられているのだ。
「それに、その黒い物はどこから……」
「ああ、魔法袋だよ。持ってるだろ?」
「魔法袋だと……? いや、そんなもの本当に存在していたのか……」
「そういやこれも聖遺物だっけ。家にあったやつを勝手に持ってきたんだけど」
魔法袋とは、空間系の闇魔法が施された袋より多く物を収納できる特別な袋のことだ。
世間一般的には噂話だけで、伝説上の物として存在しないと思われているが、アルクはそれを持っていた。
「そのことはいい、なんだそのへんてこな物は……」
女剣士はアルクが右手に持っているロケットランチャーを再度指摘した。
先ほどまで自分のお尻を砲台にして固定し、そこから何かを射出していたものだ。
「ああ、これも聖遺物だ。ただ、俺が使いやすいように少し改良したけどな」
「そんなもの……今まで見たことがないぞ……」
女剣士の言うことは正しい。
この時代において、魔霊や敵国との戦闘で遠距離攻撃をするとなれば使われるのは魔法がほとんど。
アルクが持っているような重火器などはまず使われることはなく、そのような技術すら存在していない。
魔道具を作る技術はあるが、それをもとに兵器を作るという考えはなかった。なぜなら人自身が攻撃したほうが早いからだ。
アルクが見つけた聖遺物の中では、このように現代には存在しない技術が使われているものも多い。
そこから導き出される答えは、今の文明と過去の文明では大きく歴史が違うということだ。
当時、魔法という存在がなかったとも思える武器の発展具合だとも考えることができた。
「まあいいじゃねえか、ひとまずこれで――」
そう安堵していた時だった。
身悶えてその場で暴れていたヒュドラが錯乱したのか、こちらへ向かって跳ねるように飛んできたのだ。
「やべ――」
一瞬反応が遅れてしまい、右腕を上にかざしてガード。
「ぐおっ」
しかしそのままヒュドラの勢いに負け、地面に体がめり込んでしまった。
「おい! 大丈夫か!?」
間一髪、後方に飛んで躱すことができた女剣士がアルクを心配する。
「あ〜、どうしよっかなこれ」
アルクは無事だ。ただ、両足が石の床にめり込んだせいでなかなか動けない。
しかし、暴れていたヒュドラの攻撃が収まることなく、次に尻尾が上から振り落とされようとしていた。
「うおっ――」
「よけろっ! ――え?」
避けろと言われても埋まった状態では避けられるわけもなかった。
ヒュドラの尻尾がアルクのな脳天へと振り下ろされる直前。
女剣士の横を突風が貫いた。
「今日は白……か」
「――アルク様、何をしているのですか。モグラ叩きをされる側でも楽しんでおられたのですか?」
ヒュドラの尻尾に叩きつけられることはなかった。何故なら駆けつけたニンフィが片足を天へと蹴り上げ、尻尾の攻撃を受け止めていたからだ。
その影響で捲れてしまったニンフィのスカートの中。可愛いレースが装飾された白のパンツが丸見えになっていた。素晴らしいパンツだ。
「俺の実力じゃ倒しきれないみたいだからさ、モグラになってた」
「はあ……とりあえずそこから引っこ抜きますよ」
するとニンフィは蹴り上げた足を引き、宙で横に一回転。ヒュドラの尻尾に後ろ回し蹴りを食らわせた。
その大きな衝撃で巨体がバランスを崩し首半分が地面に叩きつけられた。
その間にニンフィはアルクの右腕を掴みぐいっと上に引っ張るとなんとかモグラ状態から脱出することに成功した。
「サンキュー! ニンフィ!」
起き上がらせているうちに全てのヒュドラの首が起き上がり、再び攻撃をしてこようと一つの首が迫った。視界不良のなかの適当な攻撃だとはいえ、今からではどう見ても躱せる距離ではなかった。
「貴様ら! 危ないっ!」
後ろから女剣士の声が飛んだ。
しかし――、
「ふんっ」
飛び上がったニンフィは華麗に宙返りのモーションに入る。
足が空へと上がった瞬間、ヒュドラの顎にニンフィのヒールが直撃。
サマーソルトキック。空中で満月のような弧を描きながらそのままヒュドラの顎から頭をごと粉砕、破裂させた。
破裂した首から紫色の血が飛び散り、その威力が見て取れた。
「な……なんなのだ、あの威力は……」
ニンフィの攻撃に口を開いたまま呆気に取られた女剣士。
それもそのはず、メイド服を着ている貧弱そうな女性がたった一発の蹴りでヒュドラの頭を顎から粉砕したのだから。
「あ、えーと、ニンフィさん?」
「なんでしょうか」
「俺の服が血でべちゃべちゃなんですけどおっ!?」
目の前でヒュドラの頭の一つを粉砕したため、その返り血がアルクにドバっとかかってしまった。
一方のニンフィはなぜか返り血がついていなかった。
いつも通りのことながら、そんなことができるならアルクにも服が汚れないようにしてほしい、そう思いつつもニンフィはいつもアルクに厳しかった。
「アルク様、臭いのであまりお近づきにならないでください」
「お前がやったんだろ!?」
幸いこの血だけでは衣服が溶けるなんて効果はなかったが見た目がグロテスク。すぐに全身洗いたいくらいだった。
「アルク様、ここは一発でケリをつけましょう」
「おうよ!」
アルクはニンフィとアイコンタクトを交わし、共に女剣士の方へ向かって走り出した。
「尻剣士! 少しは休めただろ! 十五秒稼げ!」
「はぁっ!?」
「今すぐだ! 行け! あいつは必ず俺達が仕留めてやる!」
「き、貴様! 私が死んだら夢に出てきてやるからなぁ!?」
女剣士との位置が入れ替わり、彼女は再びヒュドラへと向かった。
しばらくアルクが戦っていたお陰か、ある程度体力が回復していた女剣士は最初と同じようにヒュドラの攻撃を剣で受け流しはじめた。
ヒュドラの攻撃が届かない場所まで移動すると反転し向き直る。
「――変形魔法」
ニンフィが両手を前に出し呟く。魔法の詠唱と同時に体が光球へと変換されてゆく。
そのまま光球が砂漠でサンドワームと戦った時と同じように左腕に成り代わる――と思いきや、今回はそうではなかった。
光が収まった時、アルクの右腕には一つの武器が握られていた。
それは闇の底より深く暗い――漆黒の大鎌だ。
柄が長く刃渡りも長い。アルクの体躯よりも二、三倍ほどある長さの大鎌は、禍々しい闇のオーラを放っていた。
「な、なんだそれは!」
女剣士が後ろになにかの気配を感じたのか、ぶるっと身震いすると、呪いのアイテムを見るかのような引いた目でアルクの持つ大鎌を見つめた。
「おい! 前を見ろ!」
「――――くぁっ!?」
すると、一瞬ヒュドラから目を離した結果、攻撃を受け流せず、剣ごと女剣士がふっ飛ばされる。
受け身が取れずに石の床に叩きつけられた女剣士だったが、血を流しながらもなんとか体勢を立て直した。ただ、膝をつくことすら苦痛の状態では、すぐには動けそうにもなかった。
「――漆黒の闇に秘められし混沌の力、冥府の王より刃を借りて首を狩る」
詠唱――もちろんアルクが自分で考えた詠唱だ。
すると闇魔法の魔力が大鎌の刃の部分から漏れ出し、黒いオーラが包みこんだ。
大鎌を肩に抱え、狙いを定める。
「冥土の土産にまとめて首をいただくぜ――尻剣士、頭を下げろっ!」
「頭をっ!?」
すると、禍々しいオーラを感じ取ったのか視界が塞がれているヒュドラがアルクの方へ向かって突進してくる。
「――サークル・オブ・ハデス」
ヒュドラに向かって体を一回転させながら右腕を横一閃に振るった。
瞬間、握る大鎌から放たれたのは黒い斬撃。
その黒い斬撃がアルクを中心に円を描き、波紋のように飛んでいく。
「きゃああああっ!?」
なぜか頭を下げたはずの女剣士が叫んだ。
同時にヒュドラの残り四本の首と胴体がまとめて上下に真っ二つに両断、紫色の血が大量に飛び散った。
「私の全財産を注ぎ込んだ魔剣・伽羅倶梨九輪がぁ〜っ!?」
女剣士は頭を下げろと言われたが、瞬間的な命令だったせいか少し反応が遅れていた。
その結果、持っていた剣の刃に当たってしまい、そのまま刃が真っ二つになってしまったらしい。
女剣士の泣き叫ぶ声と共にヒュドラが地面へズドンと倒れ込み大きな音を立てた。
そうしてヒュドラの死体から魔素の光がふわっと出て宙に消えていった。
「一撃、必殺だな……」
つぶやきと共に大鎌が光となりニンフィの体が再構成して元に戻ってゆく。
光が収まり元の姿に戻ったニンフィが現れるとパンパンと自分のメイド服の埃を払った。
「ようよう、尻剣士。無事だったか」
「無事だったか……じゃなーいっ! 私の大事な剣が折れてしまったじゃないか! いくらしたと思っているのだ!」
一応、女剣士の無事を確かめに近づいたが、命を助けたというのにいきなり怒り出した。
彼女の大事にしているものを壊したとなれば、確かに怒りはするかもしれないが、命よりも大事なものなんてないはずだ。
「お前、助けてもらったくせに、よくそんなこと言えたもんだな……」
「というか尻剣士とはなんなのだ! 変な名前をつけるな!」
「お前の名前知らねーし。でも、お前の丸出しの尻は最高だったぞ。うまく固定されてた」
「〜〜〜〜っ!?」
丸出しではないが半ケツ状態になっていることと砲台として使われたことを指摘され、女剣士は初めて自分の鎧がボロボロになっていたことに気づいた。
直ぐ様、アルクに見せないように露出した胸や尻を両手でできるだけ隠した。
「アルク様、ヒュドラの後ろを見てください」
話の途中、ニンフィが指を差してヒュドラの後ろを見るように言った。
両断されて倒れたヒュドラの巨体、その隙間から見えたのは――、
「おい……まさかっ!」
少し息を乱しながらもアルクは走り出した。
そうしてヒュドラの死体の隙間を抜けた先、この場所を守護していたように置かれていたのは小さな石の台座だった。
「これ……」
「……フラグメント、なのでしょうか?」
続いてニンフィも台座の前へと来ると、その台座の上にあったのは黄白色で煌々と光っていた手のひらサイズの何か。
ジグザグで雷マークのような形をしていたそれは、途轍もない魔力を内包しているように感じられた。
台座からフラグメントと思われるものを手にとってみた。
「――――っ!?」
「アルク様っ!」
すると持った瞬間、アルクの体がぐらついた。
倒れそうになったのをニンフィが支えた。
『――ふぃ……んふぃ……にんふぃ……』
視界に何かが視えた。ただ、白い、白い靄の中だ。
『ふふ。私の名前はニンフィではありませんよ』
『あら、ニンフィで良いじゃない。子供なんてそんなものでしょ』
『子供がいたことがないくせに、なーに知ったかぶりしてんだよ』
『んふぃ……んふぃ……』
キャッキャと笑う小さな体躯から言葉が放たれた。
まだうまく喋れず手だけを必死に頭上へと伸ばしていた存在。
それを見下ろしていたのは三人の男女だ。
どこか見覚えのある人物で、聞き覚えもある声で。
そして、笑顔を見せるはずのない人が聖母のように笑っていて――、
しかし、その人物たちの顔には白い靄がかかり、はっきりとはその姿は見えなかった。
「――――はっ!?」
「アルク様、目を覚ましましたか?」
ヒュドラの後ろの台座の前で膝枕をしてくれていたらしい。
ニンフィの豊満な胸が視界に映り、優しい香りがアルクを包んだ。
「俺は、いったい……」
「あの物質を手に持った瞬間、突然倒れたんですよ」
「ああ……そうだったのか。どれくらい寝てた?」
「数分でしょうか」
「そうか……」
心地よい太ももの感触を後頭部に感じながらニンフィの反転した顔を見上げた。
「……どうかしましたか?」
「……お前……ニンフィ、なんだよな?」
「? ……はい、アルク様の従者のニンフィですよ」
「――――なら、いい」
「変なことを言う人ですね」
「…………」
不思議な会話をしながらアルクはニンフィの膝から起き上がり、軽く服の埃を払った。
まだ紫の蛇血だらけだったが、一応だ。
「貴様、やっと起きたか」
「あ、尻剣士じゃねーか」
「私はレイベルだ! レイベル・ハートラックという名前があるのだ!」
「そうかそうか。レイベルな」
「貴様はアルク、というそうだな。そして隣にいるメイドがニンフィ……お前達の会話から聞こえた」
半分尻を出している青髪の女剣士はレイベルと名乗った。
手には先ほど折れてしまった剣の刀身を持っており、柄の方はほとんど残っていない刃を引っ掛けて鞘へと収めていた。
「――剣のことは今は置いておいてやる。それでだな、これからどうする? こんなところまで来てしまっては地上に戻れないぞ」
「あ〜確かにな」
周囲を見渡した。巨大な箱のようになっていたこの広い空間。
落ちてきた場所を見上げると既に穴は塞がっており、そこからは戻れないようになっていた。
さらにはニンフィが出てきたと思われる扉も塞がっており、後ろにも戻れなくなっていた。
「八方塞がりってやつか」
「破壊すれば問題はないでしょうけど……」
「できるだけ、な……。ただ、最悪……」
探索者として、できるだけ遺跡は破壊したくない。
しかし、ここまでくれば自分たちが地上へ戻ることを優先したい。命の方が大事だからだ。
『ぴゅる……』
どこかで小さな音がした。
『ぴゅる……ぴゅる……』
「なんだ?」
何か音が聞こえた。
目を細めて見るとニンフィとの合体技を放った壁に斬撃の跡が残っていた。
そして、その場所に小さな亀裂が入っていて――、
「なんか、水漏れてきてね……?」
「あれは……河の水でしょうか……」
ぴゅるぴゅると小さくではあったが壁から水が漏れてきていたのだ。
それを確認すると、マズイと体に危険信号が走ったかのように体が震えた。
「や、やべえかも知れねぇ!」
これからどうするべきか考えたのだが、それを考える時間は全くなかった。
次の瞬間、亀裂が大きく広がり、そこからドボボボボと大量に水が流れ込んできたのだ。
「ちょいちょいちょいっ!」
「アルク! どうするんだ!」
「知らねえ! ニンフィ、どうする!」
「……どうしましょうか?」
「お前なら解決できるだろぉ〜!?」
会話していると、二人の合体技でほぼ全方向に亀裂を作っていたことにより外からの水圧がどんどんかかり、亀裂が押されて広がっていった。
どんどん漏れ出てくる大量の水。止まらない水の勢い。
そして、ついにはアルク達のいる場所まで水が溜まってきてしまった。
「やべえ、やべえぞ!」
「せっかくヒュドラを倒したのにぃ〜〜っ!?」
「やはり私達の命はここまでかもしれませんね……」
アルクとレイベルが叫び始めるなか、ニンフィだけは冷静だった。
表情を変えないので基本的にはいつも冷静に見えるのだが、ピンチだというのにその言葉自体も冷静なままだった。
「――――ぁ」
息を吐くように声を漏らした。
その瞬間、全方向からこれまで以上に大量の水がドバっと流れ出し、アルク達がいるエリアが水で埋め尽くされ、体が水に浮かされた。
「「うわあああああああっ!?」」
アルクとレイベルが叫びながら水に流されてゆく。
同時にニンフィも水に身を任せるままに流されゆき――、
――その瞬間、フロアの床全体に大きな魔法陣が浮かび上がった。




