第4話『顔面お尻プレイで勘弁してあげる』
「クソ野郎……」
「十中八九、あの冒険者たちでしょうね」
冒険者は魔獣討伐以外にもアイテムや聖遺物を発見しそれを売り捌いてお金を得たりもする。その部分は探索者とさほど変わりはなかった。
ただ、冒険者は遺跡などを保護する目的など一切ない職業。自分たちが良ければそれで良いのだ。
アルクだってもちろん自分のために行動はしているが、探索者としてのプライドは持っているつもりだ。
冒険者からすれば探索者のことはどうだって良い。その逆も然り。しかし目の前でこうやって遺跡を破壊されて黙っているわけにもいかない。
「だろうな」
「私たちを監視していたようですね」
恐らく昨日酒場に行った時から冒険者達はアルク達の後をつけていた。
しかしニンフィは何も言わなかった。
後をつけていればニンフィは必ず何か言ってくるはずだった。
彼女は感覚が鋭く、自分をつけてくる相手がいれば見逃さない。
ということは完全にアルク達が酒場からいなくなってから――そして、遺跡があったこの場所を去ってから街を出たということになる。
冒険者は何らかの魔法を使ってこの場所を探知した、ということになる。
「ぶっ殺してやる――ニンフィ、行くぞ」
「はい」
アルク達は魔法で破壊されて露出した岩の穴へと飛び込んだ。
◇ ◇ ◇
――どこまで落ちたのかわからない。
ただ、着地したテトラミッドの中は真っ暗だった。
物音一つ聞こえないところから考えても、冒険者たちはかなり先へ行っていることが伺えた。
「ポラス」
ニンフィが掌からポッと光魔法で明かりを灯してくれたことにより目の前が明るくなった。
目の前に広がっていたのは狭い通路だった。
人間二人がやっと通れるくらいの広さで天井の高さは三メートルくらいだろうか。
思い切りジャンプすると頭を打ち付けてしまうくらいの高さだった。
ゆっくりと先へと進むことにした。
数分歩くと小部屋のような空間に辿り着いた。
その場所には特に何もなく石がレンガのように積み上がっている壁があるだけだった。
「ニンフィ、こわいよお〜」
「ふざけていたら右腕を引っこ抜きますよ」
冒険者にずっと怒っていてもしょうがない。戦闘になっても冷静になることが一番。
だからアルクは緊張をぶっ壊して明るい雰囲気を作ろうと冗談を言ったのだが、ニンフィは氷のような目で睨んできた。
小部屋を通り過ぎるとまた細い通路に出た。
もしかすると先は長いのかもしれない、そう考えながら再び足を進めた。
歩いて数十分。
冒険者の気配はまだなく、アルク達がいる場所よりもかなり先に行っている可能性があった。
と、そんな時だった。
もう一つ細い通路を抜けた先の小部屋にたどり着くと、そこには壁画のようなものが描かれていた。
ただ、壁画にしてはただ動物や人、生活に関する雑貨などの絵が並べられているだけだった。
「――聖刻文字か?」
過去に見たことがある文献を思い出し、その言葉を呟いた。
聖刻文字とはいわゆる絵が文字として意味を為すものだ。
そこに描かれた一つ一つの絵が言葉を表し、繋ぎ合わせると意味がわかるもの。
その聖刻文字をじっと見つめたのだが――、
「…………わからんっ」
聖刻文字に関する文献は読んだことはあるが、意味を翻訳してくれるような文献は読んだことがなかった。
だからここに描かれている聖刻文字はアルクには全く読めなかった。
そもそもアルク達が入ってきた場所は入口なのかそれすら怪しい。
建造物なら入口や出口がいくつかあっても良いし、もし三角形の形をしているとすれば、頂点の場所にいてもおかしくない。
この聖刻文字がどの場所に描かれているかでも、その意味は大きく変わってくるだろう。
しょうがない、と思いつつ聖刻文字をスルーして先に進むことに決めた。
アルクの目的は願いを叶えてくれる魔神を召喚する星夢絵画を探すこと。冒険者たちにとられるわけにはいかないのだ。
「――覚悟して進め、盗掘者よ。邪悪な蛇が待っている……ですか」
アルクの後方を歩いていたニンフィが聖刻文字の一文に触れながら一人、小さく呟いた。
◇ ◇ ◇
さらに先に進むと階段のようなエリアに差し掛かった。
やはり考えていた通りテトラミッドの頂点あたりから入ったのか、この場所からはもっと下っていくのだと感じた。
一階層下に降り、再び細い通路に出ると、今までにはなかった変化が起きた。
この何もない場所に小さな虫が出始めたのだ。
「スカラベ……か?」
この虫も文献で見たことがあった。
確かにこの地域に出る虫のようだが、このスカラベ自体象徴とされ、宝石のモチーフになったりすることもあるとか。
正直こんな虫をモチーフにするなんて頭おかしいだろと当時は思っていたが、何を信仰するかは人ぞれぞれ。
アルクがおっぱいを信仰しているように、テトラミッド周辺に住まう人々はスカラベを信仰していたのだろう。
ただ、虫がいるならトカゲのエサにもなり得るとも感じた。
さらに続く細い通路。ひたすら歩き続けるとまた階段に差し掛かる。
次に出た場所はジャンプしても絶対に天井まで届かないような広い空間だった。
大きさで言えば、百メートル四方はある空間。しかも不思議なことになぜかその場所は明るかった。
先ほどまでは魔法の明かりを使わないと暗かったのに、今いる空間はそうではなかった。
どのような仕組みで明るさを保っているのかは不明だが、明かりを灯しているような物は周囲にはなく、ただ明かるかったのだ。
それを考えるとこの空間には常時、何かの魔法が使われているのではないかと考えさせられた。
ただ、人がいないのになぜこんなにも長く魔法の明かりがついているのかも不思議だった。
何か仕掛けがあるのだろうか。
そんな時、いきなりジャキンと金属同士が擦れる音が聞こえてきた。
「なんだなんだ!? 冒険者か?」
「アルク様、あれは――」
すると、大きな空間の奥の通路から少しずつ人影のようなものが出てきた。
その正体は、灰色の鉄の鎧に身を包んだ人型の何か。
「幽死魔霊か?」
ゴースト。
それは、人間や動物の魂が彷徨いそれが何かしらの形で現世に留まった結果、暴れまわる魔霊になったと言われている。
魔霊は魔素が濃い場所から生まれるものとされているが、このゴーストはそこに人の魂が関係していると言われているのだ。
ちなみにゴーストとは似ているが、死体がそのまま魔霊になった『屍人魔霊』も存在する。こちらは体があるゴーストといったイメージだ。
そして、ゴーストの特徴は直接的ダメージが通用しないこと。ゴーストだと瞬時に判別できたのは、頭部を包む鎧の部分に目がなかったから。
また、そのゴーストのような死者を現世に召喚して操るといった死霊魔法も存在する。
実際に見たことはないが、誰かがこのゴースト達を操っているのではないかとも考えた。
ただ、その考察は特に今は意味がない。そのゴーストは一体ではなく複数体おり、見渡す限りでも二十体ほど奥の通路から現れた。鉄の鎧に加え盾や剣を持っており、この遺跡を守護する兵士のように通路を塞いでしまった。
つまり、すぐに戦わなくてはいけない状況になっていた。
「ニンフィ、頼めるか?」
「ええ」
アルクの攻撃手段は基本的には打撃。もう一つの攻撃方法があるが、それも魔法ではないので、ゴースト相手にダメージを与えることは難しい。だからこういった打撃が通用しない相手にはニンフィの魔法に任せることが多いのだ。
ゴーストに効く魔法は、相手を浄化する神罰魔法と相場が決まっている。
神罰魔法は女神に祈りを捧げることで使える魔法。これは長い間教会で修行することでしか学ぶことができない。
冒険者もゴーストが相手だと教会を出た僧侶やシスターをパーティーに加えなければいけないと聞く。
ただ、なぜかニンフィはこの神罰魔法を使えるのだ。
ヒューマノイドとは途轍もない力や能力を秘めているという話だが、ニンフィは幾度もアルクの想像を超えてきた。
「聖光の裁き」
ニンフィが右手をかざして詠唱すると、掌から聖なる白い光が飛び出し、その白光が一体のゴーストに直撃。
すると燃え上がるようにゴーストの体が浄化されていき、震えたかと思えば最後には中身がなくなったかのように鎧が地面にバラバラと崩れ落ちた。
ニンフィは神罰魔法を連発しゴーストたちを撃破。
総勢二十体のゴーストは、一分以内に全て浄化され消えてしまった。
「サンキュー、ニンフィ!」
全て討伐したゴースト。それ以降は新たなゴーストは現れることはなく、その空間に静寂が戻った。
そうして奥にある通路に進もうとして足を進めたのだが――、
「んあ?」
ガコン、と音がしたと思えば、突然ぽっかりと石の床がなくなったのだ。
やばいやばいやばいやばい。
浮遊感が襲うと共に次の瞬間には重力に逆らえないまま底が見えない暗闇へと落下した。
「うわあああああ〜っ!?」
「アルク様っ!」
後ろで見ていたニンフィは突然開いた穴に向かおうとするも、アルクを吸い込んだ途端、その穴はすぐに元に戻り、先ほどまでと同じ硬い石の床が再形成されていた。
「どうしましょう……でも、この程度で死ぬアルク様ではないでしょう」
一人残されたニンフィは考えた。
アルクのことだ。彼は頑丈でありそう簡単には死なない。
実際、アルクは痛がってはいるが、ニンフィの力を持ってしてもアルクの右腕をもぎ取れたことはなかった。
アルクの特徴は誰にも負けない頑丈さだった。
「アルク様は遺跡を破壊することは好まないと思いますし、ひとまず私は奥の通路に進みましょう」
古代遺跡を壊すことをアルクは望んではいない。
なら、この地面を破壊してアルクが落ちた穴に向かうことを良しとしないだろう。
だからニンフィはアルクの考えを尊重し、破壊無しのルートを進むことに決めた。
◇ ◇ ◇
「うわああああ〜〜っ!」
長い長い落とし穴。
アルクはねじれたチューブの中を加速しながら暗闇を落下していた。
一度乗ってしまったら上には戻れない水の筒のアトラクションであるウォータースライダーのように勢いが止まらず、ただ重力に身を任せながら滑っていくしかなかった。
……どれくらい落ちただろうか、と考え始めた時、ついに足元に光が見え始めた。
つまり穴の出口に辿り着いたというわけだった。
ただ、長い距離を落ちたことから相当な重力の負荷がかかっている。
いくら体が頑丈であってもぺしゃんこになる可能性がある。なのでそれに対応するため体を丸めて備えた。
そうして光の先へ到達すると、そこは大きな部屋の天井だった。
天井にある穴からぽんっと放り出されたのだ。
「ぬおおおお〜〜〜っ!」
超スピードで落下する。
強烈なGを体感しながら床に足が触れる直前、丸くなった状態から足を突き出した。
すると大きな音を出して石の床がめり込み、アルクの足ごと粉砕。
土煙が舞い粉々になった石畳の破片が飛び散った。
「…………っぶね〜」
粉砕……はされることなく、足は無事でピンピンしていた。
ただ、体中にビリビリと電撃が走ったように皮膚が震えた。
アルクは幼少期からなぜか体が強かった。
ニンフィに殴られれば気絶するほど痛かったがそれでも体自体は耐えることができた。
頑丈な理由はよくわからないが、とにかくこの体の強さは探索者としても役立ってきた。
探索者は基本的に武器など持たないがアルクの場合、この体だけでも武器になっていたので、色々な苦難も乗り越えてこれた。
と、そんな時だった。
落下したことで舞い上がった土煙の向こうからカン、キンと金属音が鳴り響いていた。
目を凝らしてその先を見てみたのだが――、
「うげええええ〜〜っ!?」
冒険者がいた。
いや、正確には冒険者の一人、だ。
四人いたはずの冒険者の一人が巨大な何かと戦っていた。
そして、アルクが吐くようにして唸った理由。それは大嫌いな蛇が目の前にいたのだ。
「――五頭蛇竜ってやつか……?」
しかもその蛇は巨大で気持ちの悪いことになんと五本の首を持っていた。
ぬるぬるとした皮膚にシュルシュルと舌を出したり引っ込めたりする動作。首一本だけでも気持ち悪いのに五本もあるとはこの世界の魔霊は本当に気持ち悪いと思った。
「クッ、ダメだっ! もう、限界っ……!」
よく見ると戦っていたのは、長い青髪の女剣士。
女剣士は自分の長剣でなんとかヒュドラの突進のような首の攻撃を凌いでいたが、攻撃を受けるたびに吹っ飛びそうになっていた。
彼女の命を繋ぎ止めていたのは、剣士としての技術だった。真正面から剣で受け止めるというより、うまく剣を滑らせて力を逃がし躱していた。
他の三人の冒険者はどこだろうと周囲を見渡してみると女剣士の周囲の床にべったりと血がついていた。
それだけで残りの冒険者がどうなったのかを理解した。
しかも、その場には死体や骨すらなかった。彼らの人生はなんとも呆気ない結末になったのだ。
女剣士は冒険者の仲間の一人。酒場で目撃した人物と同じだった。
しかも、現在の彼女はなぜか半裸状態。纏っている鎧は溶けたのか、もしくは攻撃を受けたのかで一部素肌が見えていた。
「ふぅん……貧乳か」
アルクは遠目に女剣士の少し開けている胸を確認した。
助けるのか迷う。巨乳だったのなら即座に動いたがあれは貧乳だ。
しかもアルク達が先に見つけた遺跡の入口をぶっ壊した相手だ。正直助ける義理もない。
ただ、顔は少し美人寄りだ。
うーん、しょうがないかと、アルクは嘆息しながら足を進めた。
「おーい、君」
「な、なんだ貴様は!?」
必死にヒュドラからの攻撃を耐えていた女剣士の背後に近づき、そっと声をかけてみた。
いきなり助けるわけではなく、まずは会話から始めてみたのだ。
「俺はアルク。君、昨日酒場にいた子だよね?」
「ん……あ、貴様かっ!」
一瞬だけアルクの方を横目で見た女剣士は、声をかけてきた人物が誰なのか気づいたようだった。
ただ、なぜ悠長に自分の後ろに立っているのかわからないといった表情だ。
「助けてあげよっか?」
「貴様なんぞに、こん……なっ!」
アルクの言い方が気に入らなかったのか、女剣士はその言葉を受け取らず、必死に一人でヒュドラの攻撃を捌いていた。ただ、このままでは彼女はいつか体力が尽きて死ぬことは時間の問題だ。
「…………クソっ……貴様、手伝え!」
「それが人にお願いする態度かなぁ……」
「……とことん性根が腐っているな!」
そう会話しているとヒュドラが口から炎を吐いてきた。
それをなんとか女剣士は身を転がして回避する。
「それはこちらのセリフなんですけど。俺達が先に見つけた遺跡を破壊して中に入るとか」
「クっ……そ、それはすまない! 私はただの雇われだ。先に死んだこいつらのことはよく知らん」
そういうことだったか。アルクは顎に手を当てて考えた。
この場所を壊した冒険者の仲間ではない。彼女は雇われて指示に従っただけ。
冒険者に協力したことには変わりないが、少しだけ彼女に対する印象が変わったのは事実だ。
そして、目の前には半分鎧がなくなっているお尻があった。
胸はないが、丸く綺麗な形をしたプリケツはなかなか良い……。
「――今回は顔面お尻プレイで勘弁してあげる貧乳剣士さん」
「お尻!? ……貧乳だと!?」
「ほら、どいてっ!」
セクハラ発言をしながらアルクは女剣士の後ろから走り込んだ。
そのまま女剣士の横を駆けると第一関節から先がないグローブをつけた右手をキュッと握り込み、ヒュドラの頭の一本に迫った。
「お前っ、素手でっ!?」
「うおりゃあああああっ!!」
ヒュドラの横っ面に渾身の力で右手の拳をぶつけた。
「おおっ!?」
すると、ヒュドラがアルクのパンチに仰け反りながら大きく叫び声を上げた。多少なりダメージが通ったらしい。
女剣士はアルクの拳の強さに驚いたようで目を見開いた。
「もう一発……!」
「バカ! だめだっ!」
「え――――ぷぎゃん」
もう一撃、別の頭に喰らわせてやろうと狙いを定めた時だった。
いつの間にか振るわれていたヒュドラの尻尾が体の横に直撃。
頭にしか注視していなかったアルクは、人間がハエを叩き潰すかのような不意打ち攻撃でそのままふっ飛ばされ壁にめり込んだ。
「あ、あれだけ啖呵を切っておいて、貴様は何をしにきたんだっ!」
呆れた女剣士は焦りを見せながら再び長剣を構え、ヒュドラに向き直った。




