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筆頭公爵家第二夫人の楽しいオタク生活 【電子書籍化進行中】

作者: 三香

 オリヴィア・ラスボスは転生者である。


 生まれた時から前世の記憶を所有していたオリヴィアは大変あせった。転生者特典なのか膨大な魔力があったのだ。おまけに家名が男爵家なのにエラソーなラスボス。今世では単なる家名でも、前世では破壊力たっぷりの名称である。

 

 ラスボスの家名が無関係だとしても、王国のトップである王家よりも遥かに強力な魔力は色々とヤバイのでは、と生まれて1年間でこっそり風魔法で集めた情報をもとに前世の知識が脳内会議で理路整然と訴える。魔力は皆が持っていても、魔法を使えるほどの魔力持ちは少ない世界なのだ。自由自在に魔法を使えるなんてマズイよね、と今世のオリヴィアも危機感を抱いた。


 高笑いする世界征服とか、グハッと剣に貫かれて血を吐く未来とか、前世オタクだったオリヴィアには様々なパターンがありありと想像ができたのである。


 赤ちゃんなのでバッテンウサギの口でうむむと悩んだ末に、名前がラスボスでも覇王の修羅道よりも流行りのスローライフがいい、とオリヴィアは即断即決をした。


 オリヴィアの誕生した王国は大陸一の強国であり周辺諸国との関係も安定している。魔獣はいるが騎士団が卒なく対処していて、オリヴィアが討伐に出しゃばる必要もない。


 むしろ突出した魔力は平和の世を乱す黒い一滴の雫となり、大きな波紋の原因となる可能性が高い。


 ゆえにオリヴィアは、普通のポヤポヤのふっくら赤ちゃんに頑張って擬態することにしたのだった。あぶぅ。髪の毛はケサランパサランのように爆発していたが幸いと言うか容姿は特徴のない可もなし不可もなしの凡庸という普通レベルであったので、普通の赤ちゃんから普通の幼児となり、普通の少女へとスクスクと成長をしたのだった。

 

 そしてオリヴィアが、王国の成人年齢である15歳になった春。


 父親のラスボス男爵が死んでしまったのである。


 ラスボス男爵家の領地の隣は、筆頭公爵家のローエングリム家の領地であった。当然ラスボス男爵家はローエングリム公爵家の派閥に所属していた。


 それは偶然の出来事だった。


 とあるパーティーで挨拶の礼をしていた時に、同じく挨拶のために側にいた貴族が公爵に素早く躍りかかるのを逸早く視界に捉えたのは男爵であった。


「死ねっ!」

 と、貴族の隠し持っていた短剣の白刃が伸びる。


 護衛の騎士たちが瞬時に動くが間に合わない。


 ローエングリム公爵へと向けられた刺客の刃の前に、とっさにラスボス男爵が身体を滑り込ませる。

 ザグッ!

 音をたてて絹の布地がはじけた。

 庇われたことにより公爵は無事であったが、男爵は背中に致命傷を負ってしまったのである。


「娘を、娘のオリヴィアをお願いいたします……」

 それが男爵の最期の言葉となった。


 すでに母は亡く、父ひとり娘ひとりの生活であったオリヴィアは深く悲しんだ。


 けれども悲しむ時間もなく、父親の葬式後にオリヴィアには重い現実がのしかかってきたのだった。

 王国法では女性の爵位継承は認められていなかったのだ。

 ゆえにオリヴィアには道が三つしかなかった。


 ひとつ目は、爵位と領地を持参金として夫となる者に権利を譲るか。

 ふたつ目は、婿をとって夫となる者に爵位と領地を継承してもらうか。

 みっつ目は、オリヴィアではなく親族が爵位と領地を継承するか。


 ひとつ目もふたつ目も夫となる者次第で、オリヴィアの幸福も領民の生活も人生の吉凶が決まってしまうことになる。しかも父親の死後三ヶ月以内に結婚をしなければオリヴィアの継承権は親族に移ることになるのだ。

 みっつ目は、オリヴィアにとって最悪な道だ。爵位を継いだ親族がオリヴィアの保護者となって生活の保障をしてくれる確率は低い。


 なのでオリヴィアは、オリヴィアの権利の擁護を図るために後見人を申し出てくれたローエングリム公爵に、

「後見人ではなく結婚をして、第二夫人にしてほしいのです」

 と頭を下げて願った。


 筆頭公爵家の第二夫人である。

 たかが男爵令嬢風情が願える地位ではない。


「図々しいことは百も承知しています。でも、父だけが知っていましたが私は強力な魔法が使えるのです。たった三ヶ月で私の魔法を利用しないような人格の優れた夫と結婚するなど無理です。お願いいたします。私を保護するための後見人であるならば、保護のための夫となっていただきたいのです」

 オリヴィアは必死で言葉を続ける。

「そして男爵領を公爵領に統合して領民をお願いしたいのです。私は結婚後、すぐに病死か事故死をして公爵家を出ますのでご迷惑をおかけいたしません。どうか領民の生活を守っていただけませんでしょうか?」


 豊かな公爵領に併合されれば男爵領の領民の生活水準も上がる。公平で優れた領主である公爵の元、男爵領の領民たちの暮らしも良い方向へ向くだろう。オリヴィアがバクチのような結婚をするよりも安全安心で百倍もいい。


「病死に事故死? 貴族籍を捨てるつもりなのかい?」

 ローエングリム公爵に問われてオリヴィアが頷く。

「私には魔法がありますし、父の遺産もあります。平民になっても何とか大丈夫だと思うのです」


 前世の記憶があるとはいえオリヴィアは生粋の貴族令嬢であり、まだ15歳である。未来の前に立ち竦みそうになるが、それでも領主の娘として領民を守るために必死で考えたのが男爵領を公爵領へ組み込むことであった。 


 深く深く頭を垂れるオリヴィアに、

「返事はしばらく待ってもらえるかい?」

 と公爵は言って慌ただしく帰って行った。


 公爵が戻ってきたのは7日後。

 公爵夫人といっしょであった。


 公爵夫人は、降嫁した王国の第一王女である。

 千本の薔薇よりも美しい、と称えられる絶世の美女で子どもを二人産んでますます艷やかに華やかに社交界に君臨する女王であった。


「わたしは妻を愛している。だから君とは白い結婚でどうだろうか? 妻と相談をしたのだ、魔法を使えるならば強い後ろ盾が必須だ。公爵家の第二夫人に手を出す愚か者はほぼいないだろう。病死も事故死もしなくていい。いずれ君が恋をして、君をきちんと守れる者が現れるまで公爵家は君を守る止まり木となろう」

「夫から話を聞いて、養女に迎えることも考えたの。でも養女だと若い貴女を結婚という形で奪い取ろうとする輩も現れるわ。だから貴女が恋をする相手ができるまで夫の第二夫人として公爵家が貴女を守護するわ。もちろん離婚して新たな婚姻を結んでも公爵家は貴女の後見となるから安心してちょうだいな。領民のことも任せて。貴女のお父様は愛する夫の命の恩人なのだから」


 柔和に微笑み、手を差し伸べてくれている公爵夫妻の温情にオリヴィアは瞳に涙を浮かべる。張り詰めていた心がゆるんだ。背負うべき領民への責任感で、父親の男爵を亡くして以来ずっと緊張していたオリヴィアは、真摯に思いやってくれる公爵夫妻の前でポロリポロリと涙を落とした。


 魔法を使えるオリヴィアを取り込むための可能性もチラリと思考に浮かんだが、オリヴィアは公爵夫妻を信頼した。もとより発端はオリヴィアが第二夫人を希望したことなのだから。

 

 こうしてオリヴィアは筆頭公爵家に歓迎とともに迎え入れてもらえることとなったのだった。


 そう、熱烈大歓迎をされたのである。

 特に公爵家の10歳の双子の兄妹に。

 公爵家の長男であるカイゼクスと長女であるカロリーヌに、オリヴィアは昼も夜もぴっとりとくっつかれるほどに懐かれたのである。


 座っても右にカイゼクス左にカロリーヌ、立っても右にカイゼクス左にカロリーヌ、歩いても右にカイゼクス左にカロリーヌ、眠る時も右にカイゼクス左にカロリーヌが離れることなく吸着していた。プラス、獰猛で凛々しいガードドッグたちが。


 こびりつきすぎ、とオリヴィアはちょっぴり溜め息をつくが、カイゼクスとカロリーヌは可愛い。イケメン無罪的にカイゼクスとカロリーヌの容姿は国宝級に極上品なのだ。何より手のかかる子が可愛いというのは宇宙の真理かも知れない、と思うオリヴィアであった。


 広いベッドでも隙間なくぎゅうぎゅうとくっついて眠るので、「うぅ、狭い、暑い、重い、フルコンボだ〜」とオリヴィアは思うものの、カイゼクスとカロリーヌの可愛さが勝り「ちょっと幸せ」とも思って毎晩ふたりを抱きしめていた。ただガードドッグたちまでベッドで眠るので、ベッドは満員御礼状態でみっちりぎっしりとして、オリヴィアは前世の満員電車を連想してしまうのであった。


 原因は、前世の異常なほどによかった記憶力と今世の膨大な魔力にあった。


 前世のオリヴィアは自他ともに認める沼の底に沈んだオタクである。映画館で同じ映画を百回以上も見る、アニメも同様、本も漫画も何十回も読み込む、などなど好きなことに対しては情熱を熱く燃やした。そこに天性の記憶力が組み合わされて、細部まで暗記して忘れることがない。


 しかも異世界なので、文芸、学術、美術、音楽、あらゆる分野に属する著作権法がない。そも、作品はバッチリとオリヴィアの頭の中に存在しているのだが著作者本人が異世界にはいないのである。


 そして今世のオリヴィアには天元突破の魔力があった。


 お小遣いで白紙の紙を束ねた本を作っては、そこに記憶のままに念写。ただし、こちらの世界観に合うように内容を少しだけ変更して、こっそりひっそりとオリヴィアは名作漫画本や小説を大量生産していた。もちろん前世の言語ではなくこちらの世界の言語での作製である。

 娯楽的小説は少なく、もちろん漫画など存在しない世界なのでオリヴィアは叶うならばいつか誰かと楽しみを共有したいと考えていたのだ。


 ずっと一人で楽しんできたが、オタク仲間が欲しかったオリヴィアは公爵邸でそれらを披露したのである。そうしてオリヴィアの溢れる願望を見事にキャッチしたのがカイゼクスとカロリーヌだったのだ。


 カイゼクスとカロリーヌだけではない。公爵邸はオリヴィアのファンの塊となってしまっていた。


 オリヴィアの部屋には、ドドーンと何千冊もの漫画や小説の本棚が木々のごとく並んでいて、公爵一家から使用人まで持ち出し不可の無料での閲覧が可能となっていた。今までなかった未知のエンターテインメントである。カルチャーショック的大人気であった。


 読むには順番が決められていて、最初は馴染みやすいファンタジー系統や歴史ものなどから。ミニスカートの絵など論外である。徐々に徐々に一般的な初級からジャンルの広がる中級へ。最上級のミニスカートへと到達するのは限定された人間だけになるだろう。


 なので公爵邸では、妖精だの小人だの竜玉だの海賊だの聖剣だの、と話題が花盛りである。


 さらに重要なことは、ラスボス劇場であった。


 オリヴィアが第二夫人となって半年。


 常ならば華やかな夜会が開かれる公爵邸のダンスホールは、オリヴィアのための劇場となっていた。オリヴィアはここで映画を上映したのである。ただの映画ではない。効果音はもちろん光や風や水などの魔法を色々と組み合わせて臨場感マックスの体験型映画としたのである。


「ああ! 楽しみだわ、今夜は『豪華客船タイタニーアの悲劇』の後編だもの!」

 公爵夫人がウキウキと声を弾ませる。


「オリヴィアのお話は凄いわ! 妖精の作った鉄の船で旅をするなんて! 氷の塊が山となって海に漂っているのも凄い!」

 凄い、凄い、とカロリーヌがはしゃぐ。


 著作権もなく著作者もいない世界とはいえ良心がズキズキ傷んだオリヴィアは題名を少し変更していた。ついでに王国の文明水準と違う点は、摩訶不思議な妖精とか外国とか想像力とかなどの都合のよい便利な言葉を大いに利用しているオリヴィアであった。


「オリヴィアの歌も素晴らしい。オリヴィアは音楽の神の愛し子ではないだろうか」

 いえ、それは前世の作曲家と作詞家が偉大なのです、とは公爵に言えないオリヴィアはヘラリと笑って誤魔化す。


「オリヴィアは幻影魔法の天才だね!」

 だって私ラスボスですもの、とカイゼクスに胸を張るオリヴィアはルンルンと得意顔である。何と言っても前世の世界でのスペクタクル超大作ですからね、と。


 ダンスホールの壁側には公爵家の使用人や護衛兵などがギッシリギチギチに詰まって隙間もない。夜番の仕事でダンスホールに来れなかった者たちは本気で泣いたが、ダンスホールに来れた者たちは満面の笑顔である。

「オリヴィア様の劇場、他家でも評判なのよ」

「うん、うん、あたし他家の友人に羨ましがられて大変なの」

「だって心臓がドキドキするほど興奮するもの、どの作品も!」

「『円卓の騎士物語』も『人魚姫アーシェル』も『月の姫君』も凄かったわ!」

「『竜玉を求めて』や『ランスの冒険』や『黄金の指輪』も『巨獣キング・ゴーラ』も!」

「あたしは男装の麗人の歌劇『王宮の薔薇』が好き!」

「それよりも今夜の『豪華客船タイタニーアの悲劇』よ! 一体どうなるのかしら!?」

 声をひそめながらも浮き立つ気持ちが抑えられずに胸を躍らせ頬を紅潮させている。


「では、『豪華客船タイタニーアの悲劇』の始まりです」


 ジャーン! と音楽が奏でられて、前世の映画館並みの大きな映像が流れる。


 潮の匂い。

 猛った水が後ろから追いかけてくる。怪物の口が開いて丸く盛り上がった舌が重力を振り切って伸びるみたいに、水が折り重なる。海の指紋を付けるように。海水が獰猛に掴みかかってきた。


 ドーンドーンと船が揺れる。夜が揺れる。それは人々にとって世界そのものが揺れる音だった。


 モザイクのようにバラバラに引き千切られて。


 どうすればいいのか。

 どこに行けば助かるのか。

 逃げる人、人、人、繋いだ夫婦の手が、家族の手が、恋人の手が離れていく。


 富める家の子どもはボートに乗り、貧しい家の子どもは母親の胸で子守唄を歌われて深く深く抱かれて眠る。父親から母親から贈られる最後の言葉は「わたしの可愛い子、いつまでも愛している」、どちらの家の子どもも同じ言の葉。


 時の砂がわずかな希望を毟りながら容赦なく進む。


 幽霊のように彷徨い。

 人のなだれに圧され。


 助けて。

  助けて。

 助かってくれ。

  せめて貴方だけでも、と手と手が祈るようにゆっくりと離れる。


 最期の最後に選ぶのは自分ではなく、自分よりも大切な命。


 逃げられない冷たい水に呑み込まれ。


 海面に映った幾百幾千幾万の月光にぶつかるように落ちてゆき。


 天へと救いを求めるごとく両手を伸ばす。


 髪から、指から、身体から天使の涙のような水泡が海面へと向かって昇っていく。海中では声を無くした人魚のように断末魔の悲鳴は音にすらならず。海の底は闇が堆積したように暗く果てない。


 エンディングにオリヴィアの歌声が響く。

 弦楽器のように甘くせつなく震える声は、貴方の心は私の心とともに生き続けると永遠の愛を乞うように歌う。


 メイドたちがすすり泣く。

 公爵夫人のように号泣している者も多い。


 魔法灯の仄白い光を受けて幻想的に照らされたフロアの上で歌い終わったオリヴィアが静かに頭を下げると、まず公爵が手を叩き次々に拍手が広がりダンスホールは大喝采となった。嵐のように。興奮の坩堝と化して拍手と大歓声が鳴り止まない。


 自分の好きなものを共有して共感してもらえた喜びにオリヴィアの心が舞う。

 

 加えて、水飛沫あり冷風あり画面から時々飛び出す立体映像など諸々ありで魔法を惜しみなく使用して盛り上げたオリヴィアは満足げに息を吐いたのであった。


「「オリヴィア、凄いっ!!」」

 賛美の高揚で柔らかな頬を火照らせ、右にカイゼクスがくっつき左にカロリーヌが飛びつき、オリヴィアをぎゅっと抱きしめる。その背後には3人を守護するようにガードドッグたちが油断なく並ぶ。


 娯楽のみに魔法を使うオリヴィアの気持ちを推し量った公爵が、オリヴィアが攻撃魔法を使わずにすむようにと優秀なガードドッグたちを配置してくれたのだ。


 ガードドッグたちの司令塔のシェパードは少し変わっていて先日は「ニャー」と鳴いてオリヴィアを不安にさせた。喉に異常があるのでは、と。

 しかしカイゼクスが、

「その子は頭がよくて学習力が高い。だから新しい鳴き方を覚えるみたいなんだ」

 と言うので観察していたところ今度は「ごはん」と鳴いてオリヴィアを驚愕させた。


 もちろん喜んでご飯をあげたオリヴィアだった。


 公爵と公爵夫人は約束通りオリヴィアを最大限に守ってくれている。にっこりとオリヴィアが微笑む。やや垂れた目尻が優しげな雰囲気を漂わせる。しみじみと公爵の第二夫人となれた幸運を噛みしめるオリヴィアであった。


 その翌日。

 オリヴィアはカイゼクスとカロリーヌとともにガラスで包まれた造りのコンサバトリーでお茶会を楽しんでいた。


 差し込む陽光があたたかい。

 サファイアを砕いたような純青色のティーカップに濃い琥珀色の紅茶。鮮やか色彩のハーモニーから立ちのぼる紅茶の芳香が鼻腔をくすぐる。


「オリヴィア、昨夜[トリモチ結界]に6人が引っかかっていたらしいよ」

 愚かだよね、とカイゼクスが呆れたように肩をすくめる。

「もう百人以上も捕獲されているのに、まだ侵入することを諦めていないなんて。昨夜の賊はどこの貴族家の手かな」


 公爵邸にはオリヴィアがドーム型の結界を張っていた。

 正規の門以外での、外壁を越えての侵入者はオリヴィアの通称[トリモチ結界]の表面にもれなく付着するようになっており、しかも強力な筋肉弛緩を伴う麻痺付きなので意識はあっても自害をすることも魔法を唱えることも出来なくなるエゲツナイ結界であった。

 最初は公爵の暗殺を用心してであったが、今ではオリヴィアの拉致を目的とした計画を阻止するために大活躍をしていた。


「どの貴族家もオリヴィアが欲しいのよ。一度でもラスボス劇場を見てしまえば皆夢中になるもの」

 カロリーヌの言葉に周りの侍女たちや護衛たちが大きく頷く。

「このローエングリム公爵家の第二夫人なのよ、オリヴィアは。なのに誘拐未遂の数々に、もっと許せないことに求婚の申し込みが山ほど! 離婚して当家の第一夫人に、ですって! 図々しいにも程がある、喧嘩ならば十倍返しで買ってあげるわ!」


 カロリーヌが憤怒で燃え立つ。


「筆頭公爵家のローエングリム家よりも快適な生活を保障できないくせに! よくも申し込めるものだわっ!!」

 拳を握って怒髪天を衝くカロリーヌに侍女たちと護衛たちも同意とばかりに何度も頷く。


「「オリヴィアはローエングリム公爵家の大事な家族なのに!!」」

 怒気を沸騰させたカイゼクスとカロリーヌが声をそろえると、オリヴィアが嬉しそうに笑顔を花咲かせる。父親を亡くしたけれどもオリヴィアはもう一人ではない。家族がいて、家族から愛されている。


「今夜のラスボス劇場はアニメにしましょうか? 何がいいかしら?」

「僕、『海賊王ルーサン』の次作が観たい! えーと次の11話目!」

「いいえ、『魔法戦士アンジェリカ』よ! 前回は新しい仲間が増えたから次の展開が気になって気になって! ああ、でも『後宮物語』もヒロインが他の側妃に虐められている場面で終わっていたからそっちも気になる〜!」


 バチン! とカイゼクスとカロリーヌの間で火花が飛ぶ。負けられぬ戦いとばかりにカイゼクスとカロリーヌが鋭く睨み合う。


「よし、ラスボス戦だ」

「うふふ、絶対に勝つわ」

 公爵家ではラスボス劇場に関しての勝負事はラスボス戦と呼ばれていた。

「じゃんけんだ!」

「いいわよ、恨みっこなしよ!」


 賑やかなコンサバトリーを二階の窓から公爵と公爵夫人が眺める。

「子どもたちはオリヴィアにすっかり懐いたな」

「オリヴィアは素敵な子ですもの、当然です」


「それよりも例の後始末は完了したのですか?」

「ああ。心配をかけてしまったね。弟があれほどの痴れ者だったとは。わたしを暗殺すれば公爵位を継承できると考えていたなんて、本当に浅慮だよ。幼くともカイゼクスとカロリーヌは王家の血を引くのだ、王家が後見となって公爵位を継ぐことは貴族ならば予想できるはずなのに」

「浅はかだからこそ計画も杜撰で、でも単純ゆえに暗殺が成功しかけてしまった」

「ラスボス男爵は命の恩人だ。男爵の願いだ、オリヴィアを終生に渡って大切にしなければ」


 公爵と公爵夫人が視線を交わして優しくコンサバトリーを見つめる。


 勝者の雄叫びと敗者の悲鳴が響く。


 今日もオリヴィアのオタク生活は、楽しく幸せ街道を突っ走るのであった。

お読みいただきありがとうございました。




【お知らせ】

「10年後に救われるモブですが、10年間も虐げられるなんて嫌なので今すぐ逃げ出します ーバタフライエフェクトー」

 ナナイロコミック様からコミカライズで連載配信中。

 作画は青園かずみ先生です。

 

「悪役令嬢からの離脱前24時間」

 リブラノベル様から電子書籍化。

 表紙はおだやか先生です。


「悪役令嬢、断罪前緊急36時間」

 一迅社様よりコミカライズ、単話配信中。

 作画は遊行寺たま先生です。


よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
双子がめっちゃ面白可愛い♡ 『このローエングリム公爵家の第二夫人なのよ、オリヴィアは。なのに誘拐未遂の数々に、もっと許せないことに求婚の申し込みが山ほど!』 ………誘拐より…求婚の方が重罪なん? 『筆…
凄く面白いけど、物足りない。連載版を書いて欲しい。
[良い点] ところどころで「元ネタはあの作品と思わせて別の作品か?」 と思わせる所。 ランスの冒険は 第一候補、アーサー王伝説の湖の騎士ランスロット 第二候補、ラングリッサーシリーズのダルシス帝国親…
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