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風の王女は幻獣と復讐の夢を見る  作者: かける
第四章 砂漠の巫女
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巫女の末裔






 導かれるままに砂漠を駆けること二日。こつ然と現れた緑と泉の周りには、小さな街が栄えていた。あてもないわけではなかったが、ピユラたちだけではこんなにも早く辿り着けなかっただろう。魔力による防壁もある上、周囲になにひとつとして目印になるものがない。それをルイーゼたちはまるで道が見えるかのように、地平の彼方で空と溶ける砂地を、迷わずこの街まで進んできた。


 ピユラたちとて、彼女らとともに行くことに迷いがなかったわけではなかった。だが、いやにきっぱりとユリアが、大丈夫、信じよう、と言い切ったのだ。そして確かに、ルイーゼの言葉に偽りはなかった。


 道中も丁重にもてなされ、無事に街へとたどり着いた彼ら六人は、一団とともに中央にある祭殿へと真っ先に導かれた。


 砂漠を潤す泉に育まれ、街には至る所に緑がうかがえた。冬でもなお鮮やかな葉は、春になればより深く濃く生い茂るのだと一団の男がユリアに教える。夢でいく度も親しんだ樹木や草花だと、ユリアはしきりに辺りを見回した。草木だけではない。泥を固めて干した煉瓦を重ねて作ったという家々も、夢で馴染みのある風景だ。夏は半数以上の住民はこの街を離れ、別の場所へと家畜や家族を伴い移ると聞いたが、賑わう往来や垣間見えた市場の様子からは、一時とはいえこの街が閑散となるなど、想像もつかなかった。


 祭殿の入口で一団の多くは離れ、別の持ち場へと移り、ルイーゼと他数名の警護兵に案内されながら、ユリアたち一行は広く長い廊下を進んだ。壁の上部に刻まれている文様が見知ったもので、ユリアの胸は得体のしれない緊張で苦しいほどに高鳴った。知らないはずなのに、覚えているものが多すぎる。


 薄暗い廊下の先、扉を開いて、中庭を見渡せる通路に出た時は、どきりと体中に痺れが走った。だが、夢で聞き慣れた、どこかから引いた水の音は響いてこなかった。似ているが、どうやら夢とは違う場所のようだ。少し残念なような、しかしほっとした心地で、ユリアは胸をなでおろした。


 そこへ、大きな音が空気を揺るがした。通路の向こう、奥まったところにある広い扉が乱暴に開かれたのだ。


「ルイーゼ! 戻ったか!」

「兄様……」

 大声で呼びかけながら駆け寄る青年に、先導していたルイーゼは露骨に眉を顰めた。


 兄と呼ぶからには兄弟なのだろうが、顔立ちはあまり似ていない。遠目にも背丈がルイーゼと同じほどだからか、年も離れては見えなかった。加えて、ルイーゼが街中でも見かけることのなかった金色の髪なのに対し、青年は人々の大多数がそうであった暗い鳶色だ。

 だが、そばまで来てはっきりと見えたその瞳の色に、ユリアをはじめ、一同は驚いた。透夜(とうや)と同じだったのだ。薄っすらと紫がかった黒い瞳。その瞳の色が示す意味を知るからこそ、街の他の誰とも違うその色は、彼が特別なのであろうこと教えてくれた。


「無事に戻ってなによりだ。んで、怪我とかないか?」

「兄様はいちいち大袈裟だ。それに、私の心配より先に、気にかけるべきことがあるはずだが? 仮にも巫女だろ。しっかりしてほしい」


 傷はないかと走り寄った勢いのまま、その身を調べようとする兄の額を片手で力強く押さえつけ、ルイーゼは大きなため息を落とした。


「ユリア殿、皆様、無礼な兄で申し訳ない。私に免じて許してもらいたい。そして、さらにすまない。これが会わせたかった者の、ひとりであるんだ……」

「いえ、その、大丈夫です」


 サシュカの印象が鮮烈だからだろうか。目の前の青年とルイーゼのこぼした『巫女』の言葉が結びつかず、動揺を隠せぬままユリアは彼を見つめた。穏やかでおっとりとしたサシュカと似た空気は、青年にはまるでない。それどころか、その表情からは不満と、どこか憤りのようなものさえ感じられる。瞳の色も、彼よりはピユラの方がよほどサシュカに近い。だが、紫の瞳は特別な魔力を持つ血の濃さを示すもの。いまの世ではそれが混じるだけでも相当珍しいというのだから、仕方のないことだろう。結んではいるが、腰まで伸びた髪の長さだけは、かろうじて夢の彼女と通じるものがあった。


「……お前が幻獣使い、か、」

 ユリアを下から上まで睨み見、そう凄んだ青年の脇腹へ、鈍い音とともにルイーゼが肘をのめり込ませた。痛みにしゃがみこんだ兄を冷たく睥睨して、彼女は言う。

「礼を欠くにもほどがある。まず挨拶をし、己から名乗れ」

「だって、ルイーゼぇ……」


 よほど容赦なかったのだろう。ルイーゼを見上げる目元には、うっすらと涙が滲んでいる。妹に突き放され、情けなく蹲る姿はいっそ憐憫までも誘われた。そこへ――


「この駄巫女が……!」


 どこからか老年独特のしわがれ声が、それに似合わぬ力強い張りで響き渡った。かと思うと、彼の後頭部になにかが飛んできて勢いよくぶつかった。頭を押さえて伏せるその背中で一度跳ねて、澄んだ音を奏でて床に転がり落ちたのは、光の環のように細い銀の冠だった。いくつもの小さな飾り細工が、流れる星のように垂れ下がっている。


 サシュカを飾っているのとまるで同じ冠だ。見知ったその冠にユリアが息を呑むと同時に、がばりと起き上がった青年が背後へと咆えた。


「なにすんだ! 耄碌ばばあ!」

「口の利き方には気をつけな」


 そう青年の怒声を一蹴したのは、彼と同じ扉から歩み寄ってきた老女だった。杖をついており、結い流された背ほどまでの髪は白髪の方が多い。だが重ねた齢に反して、小柄ながらも背筋はしゃんと伸びており、相対する者に迫る凄みがあった。その眼光鋭い一瞥を食らわせられ、気勢をしぼませた青年がぼそりと呟く。


「大事な装身具を投げてよこすんじゃねぇよ……」

「つけるものかとかなぐり捨てた口が偉そうなことを言うね。巫女の立場云々の前に、客人への礼がなっとらん」

 座り込んだままの青年の足先を、老婆の杖が小気味よい音とともにはたいた。


「いってぇ!」

「とっとと立ちな」

「ミザサ殿、そのあたりで……。カイル様もお立ちください」


 容赦のない老婆とそれを睨む青年へ、突如、背後からゆったりと重く低い声がかかった。青年と老女のやりとりに、思わず目を奪われていた一同が驚いてその主の方を振り向けば、いつの間にか影のように大柄な男性が控えていた。腰の剣やルイーゼと似た衣服の作りから、軍事に携わる人物であることが見て取れる。四十半ばを過ぎた頃だろうか。背筋を正さずにはいられない、落ち着いた厳かな空気を纏わせた人物だった。


 男の言葉に促されて、渋々と立ち上がった青年が威儀を正す。それを見届けて、老婆は改めてユリアたちに向き直った。


「挨拶も済まさず、お恥ずかしいところをお見せしました。無礼をお詫びいたします。私は祭祀長を務めるミザサと申します。こちらの男は、警備の長であるテサウ。そして――」

「……カイルだ」

 ミザサに無言で圧され、不服げに青年が告げた。しかし、視線を逸らした横柄な態度に、また彼の背をミザサの杖がばしんと叩く。


「これでも巫女を務めさせております。このような様で申し訳もたちませぬが……。ひとまず、ご来訪を心よりありがたく存じまする。どうぞ、奥の祭壇へお越しください」

 そう一同を招き、ミザサは喚くカイルを引きずるようにして先へと歩んでいった。その後ろへ、投げられ転がっていた冠を粛々と回収し、慣れた様子でテサウが付き従う。


「その……色々とすまない。付き合ってもらいたい」

 気まずげに、どこか羞恥も混ぜてルイーゼが唇を噛み締めた。戸惑いがちに顔を見合わせていたユリアたちは、それに慌てて平静を装うと、彼女とともに老婆たちの後を追いかけた。










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