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風の王女は幻獣と復讐の夢を見る  作者: かける
第二章 紅い魔獣
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夢の中のダレカ



 白い砂地が果てしなく続いている。ぼんやりと目を開けて、空を仰いで、ユリアはようやく自分がその砂地に立っていると気がついた。


(戻ってきたんだ……)

 ふと胸に浮かんだ感想に首を傾げる。戻ってきた、とはどういうことだろう。初めての場所ではない。けれど、戻るべき場所とも違うはずなのに。


『ユリア』

 唐突に名を呼ばれ、振り返る。きらきらと輝く砂の丘の頂で、見慣れた影が彼女を手招いている。紫がかった黒い瞳――遠くにいるはずなのに、その色だけがやけに鮮やかに見えた気がした。


『いま、行くね!』

 微笑んで声を張り上げて、ユリアは駆けた。けれど、砂に足を取られ、なかなか思うように先に進めない。おかしいと、思わず足を止めたその時。

『なにを急いでるの?』


 背後からかかった声。振り向く前に腕を取られて引き寄せられた。背中から抱き込まれ、相手の顔は見えない。けれど視界に、なびく金糸の長い髪が煌いた。


『あれは、君にはいらないよね?』

 冷たい声が笑って指さした先――突然そそり立ったいく本もの氷の柱が、ユリアを招いた彼の身体を貫いた。砂地に舞い落ちる濃緋に、悲鳴混じりにその名を叫び、瞬間、ユリアは目を瞠る。

 貫かれた身体が揺らぐ。鋭い眼差し、青年に手の伸びかけた男の体格――それが、まるですり替わるように、変わっていく。長い黒髪、小柄で華奢な体躯、大きな紫の瞳――。


『……ピユラ、ちゃん?』

『ああ、そうだよ。幻獣使い。全部君のためにしたんだ』


 倒れ込む彼女をしかと確認する間もなく、身体ごと後ろを向けられる。長い金色の髪、翡翠の瞳。知っているはずなのに、どこか輪郭が、顔立ちが、覚束ない。その腕を払いのけようとした瞬間、まるで彼の身の内から現れたかのような、いくつもの暗い深紅の鎖の束に身体を絡めとられた。気づけば辺りは上も下も分からない暗闇。けれど、彼と共に絡んだ鎖に引きずられ、沈んでいるという感覚だけは確かにあった。


『もっと、その顔を見せておくれ』

 鎖に戒められながらも彼の腕が伸び、頬に添えられた手に上向かされる。それにどうしようもない憤りを覚えて、ユリアが睨みつければ、彼は、ははっと声を潜めて、愉快そうな笑い声をもらした。

『ああ、それでいい。それがいいんだ。僕の魔獣――ラクシュミー』


 闇の海の中、揺蕩う金糸の髪の合間から、笑みに細まる瞳が垣間見えた。それは覚えのある翡翠色ではなく、夕闇よりもなお宵に近い、深く、暗い紫色――。

(あなたは――誰?)


 そこですべては、漆黒の果てに飲まれて消えた。



  ++



「ユリア! ユリア!」

 呼びかけ、体をゆすられてユリアは目をこすった。ぼやけた視界に、心配げにのぞき込む透夜の姿が結ばれる。一緒に寝ていたピユラは先に起きたのだろうか。ベッドにも部屋にも姿はなかった。


「あ、おはよ」

「おはよ、じゃなくてだな。体調は平気か? 起こしに来たら青い顔して身動きしないんで、どうしたかと思ったぞ」

「え?」


 ぱちぱちと目を瞬かせ、ユリアは起き上がると、自身の手を見つめ、身体を眺め回した。不調を思わせるところはまるでない。夢見の悪さか、もやもやしたものが蟠ってはいるが、体自体に不快感やだるさもない。久方ぶりにベッドで寝たので、むしろすっきりしているぐらいだ。


「別状ないし、普通に寝てたんだけど……」

「どう見ても普通じゃなかったんだが……」

 座り込むユリアの隣に腰掛けた透夜の手が伸び、彼女の前髪をかき上げる。その露になった額に額を突き合わせて、彼は難しい顔のまま呟いた。


「確かに、熱はないな……」

「……近くない?」

 すぐ目の前の唇さえ触れそうな距離に、ユリアは控えめに問いかけた。彼女へ近い近いといつも透夜は言うが、いまがこれまでで一番近い気がする。

 はたと気付いた透夜の褐色の頬に、見る間に朱がのぼった。


「悪い! その、母上がよくこうやって……いや、違う! そうじゃなくてだな」

 言い訳もたどたどしく、慌てて透夜は身を引いた。無意識だったらしいことに、先のほぼないに等しい距離が、彼との間で自然になっていたと知れる。それが無性に嬉しくて、適切な理由をいまだ作りあぐねてなにやら言っている透夜に、ユリアは無遠慮に抱きついた。

 その勢いに、油断しきっていた彼の身体は突撃してきた彼女の重みごとベッドへと倒れ込む。


「おい! ユリア! 急になにしてんだよ!」

 恥ずかしげに睨みつけて叫ぶ透夜の胸元で、その顔を見つめて、えへへとユリアは楽しげに笑った。そこに人の気配がして、ふたりは――特に透夜は、血相を変えて部屋の入口の方を振り向いた。


「あ……その、ごめんな?」

 気まずそうに、だがどこか嬉しげに微笑んで、伽月(かつき)が扉を閉める。ユリアを迎えに行った透夜まで遅いと、様子を見に来てくれたのだろう。


「ばっ……! 違っ……! 待てよ、兄さん!」

 ユリアを抱き込んで起き上がり、取り乱しながらも彼女を丁寧にベッドに下ろすと、透夜はユリアに朝食だから来いと口早に告げて、真っ赤な顔で急ぎ兄を追いかけていった。


 思いもかけず透夜を焦らせてしまい、申し訳ないと思いながら、ユリアは賑やかな朝の始まりに感謝する。夢による目覚めの悪さが消えていっていた。


(よく、覚えてはいないんだけど……)

 違う名で呼びかけられた。それは記憶の端に引っかかっていた。

(ラクシュミー……だったかな?)

 首をひねる。魔獣とも夢の彼は言っていた。とても、嫌な感覚と共に。


(あとで、ハーシュさんに聞いてみようかな……)

 気軽に話しかけるにはまだ随分と勇気がいる相手だが、彼は魔獣だ。何事か知っているかもしれない。

 ユリアは軽く身支度を整えると、透夜の後を追って部屋を出た。







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