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風の王女は幻獣と復讐の夢を見る  作者: かける
第二章 紅い魔獣
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魔獣


 月のない空の元、漆黒の海をカウニボロァは飛ぶように静かに走る。


 有無なく乗船を余儀なくされたものの、彼らはスティルへの道を急いでいる。再会の言葉もそこそこに、気まずそうに視線を合わせないままながらも、蒼珠(そうじゅ)がそのことだけはあらかじめ母へと告げてくれた。すると、彼女は知っていると頷いて、その話の続きは船長室でと、彼らを導いて歩き出した。


 真夜中の少ない明かりの中でも難なく動き回る男たちの間を抜け、甲板からの階段を下り、船中の上層階、そこの船尾にあたる部分に辿り着けば、がっしりとした木製の扉が彼ら出迎えた。その扉を軽くノックするとともに開き、秋珠(しゅうじゅ)は中にいた人物に微笑む。


「ハーシュ、連れてきたわ」

「おお、お疲れ様、秋珠。首尾よく済んでなによりだ」


 部屋の奥、簡素ながらもしっかりとした質のいい革の椅子に腰かけて、威風堂々とその男は彼らを出迎えた。一目で視線を奪われる、燃える炎のような波打つ長い深紅の髪。部屋を朱色に照らすランタンの光に、紅と黒で刻まれた頬の刺青が彩られている。房飾りのついた群青の船長服を纏う身体は筋骨たくましく、おそらく、立てば見上げるほどに背も高いだろう。いくつもの金の耳環で飾られた鋭く尖った耳と、三日月を縦に嵌め込んだような瞳孔の走る黄金の獣の目が、彼が魔獣であると告げていた。


「初めましてだな。俺はハーシュ。そこの蒼珠の父親で、一応この船の船長だ。んで……蒼珠。久しぶりだなぁ」

「いや、まあ、五年ぶりだからな。つか、あ~……これどっから話したらいいんだよ」

 空白の年月を思わせないほどあっさりと、魔獣の目元は細く笑んで息子へと注がれた。人と異なる畏怖を覚えさせる瞳に、柔らかな灯がともる。しかし、蒼珠は顔を背け、眉間にしわを寄せ頭を掻いた。


 彼の瞳の色の意味に、父が気づいていないはずがない。母もすでに悟っている。だが蒼珠にはまだ、彼らに向き合い話す覚悟がなかった。なぜあの日突然消えたのか、いままでなにをして、なぜいま海賊などにおさまっているのか――聞きたいことも数えきれないほど溢れてくるが、父母を問い質したい気持ちより先に、彼の口を噤ませるものがあった。


 かつて帝国の甘美な誘惑にたぶらかされ、無理やり手に入れた魔獣の力。その時、力に焦がれた未熟さゆえに招いた事態を――

(言えるはずもねぇ……)

 左耳の白銀の耳環を、蒼珠は無意識のうちに指先で握りしめた。


「ま、積もる話があんのは分かる。こっちもちょっとばかり……思ってもみないこともあったからなぁ」

 目線を合わせないよそよそしい息子に、強いてそれ以上踏み込まず、蒼珠からゆるりと動いた魔獣の視線が、ふとユリアと重なった。親しげににかりと笑った大柄な男へ、戸惑いながらユリアは小さく会釈する。それに八重歯ののぞく口元を優しく引き上げ、ハーシュは改めて一同を見渡した。


「だが、とりあえず、だ。まずこいつを話とく。お前らをあの船からかっさらった理由だよ。あの船はスティル行きだった。お前ら、なんであの国を目指してた?」


 思いもかけない方向からの問いかけに、みなの瞳が瞬くも、口を閉ざす蒼珠に代わり、主に透夜(とうや)伽月(かつき)、そしてユリアが事情を説明した。幻獣のこと、帝国のこと――合間に挟まれる短い質問に答えつつ話すうちに、気づけば透夜たちと蒼珠たちが出会ったころから今に至るまで、あらかたの経緯や出来事を語り尽くしたような形になっていた。


「……なるほどな。そいつは、ちっと難儀だなぁ」

 彼らの話を聞き終え、ハーシュは困り顔で腕を組む。

「いや、ほんとはな、止めるつもりだったんだよ。お前らを。いまあそこに行くのはやべぇってな」


「どういうことですか?」

 首を傾げる伽月に、ハーシュの隣に佇む秋珠が口を開いた。

「夕方のことよ。あの国から、ハーシュが魔力の気配を感じたの。隠してはいたみたいだから、私は感じ取れなかったし、分かった気配そのものはかすかなものだったそうなのだけど、確実に、気配の大きさとは比べものにならない強大な魔力が動いて、いまもあの国の王都と思われる土地に渦巻いている」


「そんなところに、なにも知らずにのこのこ向かってんじゃねぇよ、と思ってな。たまたまこっちの海に出向いてたし、さすがに近くにいた血縁のよしみとして、止めに入ったんだが……つまりは、それを承知で目指してたわけか」

「承知の上、ではあったのじゃが――それほど大きな魔力であったのか?」

「なにせ隠されてたんで正確には測り切れねぇが……さっきの話で出た、帝国の(はぐさ)ってやつなんだとしたら、そうだな。まあ、ちょいとお前らで太刀打ちは出来ないだろうぜ」


 思案しての魔獣の答えに、ピユラは顔を曇らせる。先刻、彼女たちが貨物船での眠りを覚まされた魔力の気配の主は、間違いなく目の前の男だ。抑えに抑えて、あの距離でなお違和感を得るほどに高く大きな魔力を持っている魔獣。敵意もなく、目の前のピユラたちを慮って、いまもその気配をなるべく感じさせないようにしているようなのに、その強さを肌が読み取らずにはいられない。その彼が、測り切れない魔力と言う。それがどんな意味なのか、魔法に通ずるピユラにとって分からないわけではなかった。

 けれど、彼女は小さな白い手を握りしめる。


「じゃが、行かねばならぬ――」

「……ま、事情は分かった」

 俯くピユラをそっと見守り、穏やかに低い声は告げた。 

「航路はスティルへ切り替えてやるよ。それでも着くには時間がかかる。その間に、本当にそのまま目指し続けるか考えりゃいい」


 重くなった沈痛な空気を払うように、彼はみなへその金色の片目を閉じて目配せした。

「ひとまず、夜は遅い。寝な。嬢ちゃんたちはこの部屋使え。野郎は、ま、悪いが適当にいい場所見つけてくれ。それでも、あの貨物船よりゃ、快適な旅を約束するぜ」


 言葉通り部屋を空けるために、ハーシュは席を立つ。蒼珠よりもさらに頭一つは大きい身をかがめ扉をくぐると、彼は背中でひらひらと手を振り、去っていった。

 顔を見合わせる一同をひとまず休むよう促す秋珠に従って、男たちは部屋の外へと赴き、残されたピユラは、ユリアと一緒にたったひとつの大きなベッドに横たわった。


 遠く波の音が寄せて返して、耳朶をくすぐる。眠れないと思っていたピユラの瞼は、いつしか海の子守歌に誘われるように、静かに落ちていっていた。





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