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風の王女は幻獣と復讐の夢を見る  作者: かける
第一章 王女と幻獣使い
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白銀の夢



 そこは、確かにユリアの家であったはずだった。狭く、貧しく、でも温かだった場所。その家で、いまはもう亡き母と、なにかたわいもない会話をしていた気がする。けれど、揺れるように周りの景色がかすんで流れて、気づけば見たこともない白い砂の広がる広大な地に、ユリアは佇んでいた。


(夢、かぁ……)

 自分自身の輪郭すらおぼつかない感覚がする。広がる空は澄んで高く青く、眩しい日差しが照り付けているのに、暑さは感じない。夢の中なのだと、目覚めているように実感できた。


(夢にしても、変な場所……)

 辺りを見回しても、建物ひとつ、人ひとりいない。ただただ、白く輝く宝石のような砂が地平まで続いている。見たことも聞いたこともない場所なのに、不思議と、どこか懐かしい心地がした。


 なぜかどこかに行かなければならない気がして、ユリアは行く当てもなく歩き出した。さらさらと、足の裏にじかに砂の感触がする。どうも夢の中の自分は裸足らしい。


(どこに行くんだろう――?)

 誰に、会いに行こうとしているのだろう。


 自分なのに自分ではないような浮遊感とともに、ユリアは夢の砂地を歩き続けた。

 ふと、風がそよぐのを感じた。彼女の柔らかな栗色の髪がふわりと舞う。その瞬間、突然視界の中に、人影が浮かんだ。


透夜(とうや)……?)

 見紛うはずのない、薄い褐色の肌、研ぎ澄まされた眼差しと紫がかった黒の髪が振り返る。


 名を――呼ばれた気がした。不思議な世界に突如姿を結んだ慕わしい影に嬉しくなって、ユリアは彼へと手をふり、笑いかける。


 けれどその時、濃緋が散った。きらきらと、花弁のように白い砂の上に真っ赤な血を落として、透夜がユリアの目の前で、胸を押さえて頽れる。


 声は響かなかった。けれど、確かにユリアは叫んだと思った。夢の心地も消え去る恐怖に、ユリアは青褪めて透夜へと駆け寄る。彼が遠くにいるのかも近くにいるのかも分からない。けれど走った。


 そこへ彼女の行く手を阻むように炎を纏った氷の壁が地面を裂いてそびえたった。透夜の姿が見えなくなる。先へと進めない。

 早く彼の元へ行かなければと、戸惑い焦る彼女へ、どこか遠い彼方から、声が、降った――。


『どうか……願ってほしい』

 初めて耳にする声だった。それなのに、ずっとずっと昔に聞いたことがあるような、懐かしい声だった。


『私、ここに、いる――』

 白銀の光が、世界のすべてを焼き尽くすように輝いた。




++++




 目覚めれば、夜は綺麗に明けていた。飛び込んできたのはカーテンの開けられた窓。その向こうには、前日と同じように青空が広がり、陽の光が部屋の中へと射し込んでいる。


「大丈夫か? ユリア」

 ひょいとベッドの脇から気づかわしそうに紫の瞳がのぞき込んできた。

「なにやら、うなされておったが」


「あ……うん。ちょっと、夢見が悪くって」

 ほっと息をついて、ユリアは体を起こした。胸の内に苦く尾を引く恐怖と、なぜか突き刺す懐かしさをかすか残して、急速に夢の記憶が現の中に霞んで消えていく。


「お~い、起きてるか?」

 蒼珠(そうじゅ)の声と共に、扉をたたく音がした。はっとしてユリアはベッドを飛び降りると、扉へと駆け寄り、唐突にそれを開いた。おっと、と驚く蒼珠の向こうに、なんだ、と振り向く透夜の姿を見とめて安堵する。

 そのまま透夜のそばに近寄り、ユリアは抱きつかんばかりにぴたりと両手を彼の胸に当てた。


「いや、おい、だから、なんだ」

 明らかな動揺を見せて身を引こうとする透夜に、ユリアは大きく頷く。

「うん。透夜だ」

「いや、待て! 意味が分からん」

「おたくら、いつもそうやって朝の挨拶してんの?」

「してるか!」


 にやにや笑う蒼珠に透夜が咆えたのを聞きながら、ユリアは満足げにふたりを放って、着替えるね、とピユラの残る寝室へと戻っていった。なんなんだ、と困惑しきった透夜の声を背中で聞きながら、もう一度、胸をなでおろす。


 なぜか、夢と分かりながら、彼の無事を確かめずにはいられなかった。


(――変な夢だったなぁ……)


 もうしっかりと思いだすことも難しいが、最後に響いた声が、どこかずっと、耳に残っているような心地がした。






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