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風の王女は幻獣と復讐の夢を見る  作者: かける
第一章 王女と幻獣使い
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真夜中のおしゃべり(1)


「魔法がどのようなものか、か?」

「うん」


 埃まみれになった服を脱いで身体を拭い、前の宿からこっそり引き払ってきた荷物にあった寝巻に着替えて、ふたりはいつでも眠れる体勢となっていた。しかしそれぞれの寝台の上に座り込んでの思いつくままの会話はずいぶんと長くなり、それはいつしか、魔法の話題へと及んでいた。


「魔法って、存在は知ってるけど、どこか遠い国の話みたいなもので、具体的なことはなにも分からないの。スティルは魔法なんて縁もゆかりもない国だったし、もしあの国に魔法使いがいたとしても、私が住んでいた地域は、そんな人がいるはずもない所だったから」


 はるか昔に栄えていたとされる不思議な力。その隆盛時の話などは、衰退の一途をたどるいまとなっては、もはや夢物語のように響きさえする。例えば翼をもって鳥のように空を飛ぶ一族がいただとか、国ひとつをひとりで守りきる魔法使いがいただとか、魔獣と呼ばれる、人とは違う強い魔力を持つ種族が、平気で同じ大地を闊歩していただとか――。


 遠い時代の魔法の遺物や魔法使いと呼ばれる者たちはいまだ存在するが、力の規模がもはや比べるべくもなく、まったく違う。そして、そんなささやかな魔法の残り香さえ、いままでのユリアの生活には縁がないものであった。おそらく、いまの世の多くの人々も彼女と同じだろう。


「ふむ……魔法の基礎も知らぬということか」

「うん。さっぱり」


 そもそも基礎もなにもないのだ。魔法が身の回りに存在しないのだから。その部分が、魔法大国という閉ざした国で育ったピユラとユリアの魔法に対する認識の大きな違いだった。


「幻獣とやらのことは、わら……私にもよく分からないが、魔法のことであれば教えられる。ユリアが自身の力を知る助けになるやもしれぬ。教授しよう」

「それじゃあ、お願いしようかな」


 どこか嬉しそうなピユラにつられて、ユリアも微笑んだ。実際、それはとても助かる申し出でもあった。魔法に連なる力であろう幻獣について知るために、魔法への理解が不要のはずがない。それについて教えを乞うのに、実際に魔法を扱う者に聞くより勝ることはないだろう。


「うむ。任せるがよい。一気に行くぞ」

  どこら誇らしげに胸を張り、淀みなくすらすらとピユラは魔法の説明を始めた。


 魔法とは、特定の血筋に宿る魔力によって、精霊を使役するのが基本であること。精霊とは、魔法の源ともいえる力の塊であり、生物に似て非なる、目に見えない存在であること――そこから始まり、彼女の話は過去の魔法の話題にまで及んだ。


 ピユラいわく、古には、魔法を使える血族がいくつもあり、その数だけ、様々な魔法が存在したらしい。炎を熾し、水を生み、風羅のように風を招くような、自然を操る魔法は珍しくもなく、幻を見せたり、瞬時に居場所を移したりする、特殊な魔法も多くあったそうだ。そのうえ、魔力を持たぬ血筋の者たちも、魔法に似た技が使えたという。術式と呼ばれる、呪文を文字として起こした文様を組み合わせることによって、土地や他者の魔力を活用する方法があったのだ。だが、魔の血筋はその多くが滅び、廃れてしまい、術式も土地の魔力が減り、技法自体も伝わるものが少なくなってしまった。そのため、特殊な魔法を見ることも、魔法使い以外の者が魔法を活用することも、絶えて久しいのだという。


「――とまあ、概要はこのような感じなのじゃが、分かったであろうか?」

 どこか嬉しそうに紡がれたその説明は、おそらく彼女自身が何度も聞かされていた内容なのだろう。輝く瞳の勢いに飲まれながらも、一生懸命耳を傾けなんとか咀嚼し、ユリアは頷いた。


「た、たぶん、なんとなく……。えっと、だから――いまの説明から考えると、幻獣は特殊な魔法ってことになるのかな? なんか、自然の力ではなさそうな感じの呼ばれ方だし。でも、それも結局は、魔法の血筋じゃないと使えないんだよね?」

「そうじゃ」

 こくりと首を縦に振るピユラに、ユリアの眉が綺麗な八の字を描いて寄せられた。困り顔で腕を組んで、彼女はうなる。


「う~ん。私、たぶん絶対、そういう血は流れてないと思うんだけど……。なんで私が幻獣の力があることになっちゃってるのかなぁ……。あ、そういえば、ピユラちゃん、魔法使うとき呪文唱えるよね。あれはなにか決まりがあるの?」


「うむ。精霊を使役する際に用いる。いわゆる、昔から伝わる精霊との約束の言葉、というやつじゃな。多少法則性がある。随分と覚えさせられたものじゃ。言葉は、力となる。こう、思いは伝えねばわからぬというか、頭に描くだけより、きちんと言葉にした方が考えが伝わりやすいじゃろ? それと同じじゃ。試しにひとつ、唱えてみよう。もう知っての通り、風羅の血は風魔法の血じゃ。この身に流れるのは、風の力持つ精霊と通い合える魔力なのじゃ」


 ピユラは紫の瞳を煌かせ、柔らかに呪文を唇にのせた。まるで親しい友に呼びかけるように優しく、歌い奏でるかのごとくその声は紡がれる。

 風がそっと渦巻き、ふわりと彼女たちの周りの毛布や枕が宙に浮かんだ。そしてそのまま、風を纏って空中でくるくると踊り出す。


「これは一番簡単な風魔法じゃな。とりあえず、風を起こすだけのものじゃ」

「それでも十分、私にはすごいよ。素敵ね。なんだか、寝具が踊っているみたい」

「そうじゃな。枕と毛布のダンスじゃ」

 くすくすとふたりは楽しげに笑いあった。


 そこへ、突然、扉が開かれるやや大きめな音が重なった。はっとしてふたりが振り返れば、閉まっていたはずの隣室への扉の前に、蒼珠(そうじゅ)が眉をひくつかせた笑みで立っていた。


「ピーユーラー」

 低い声が怒りを潜めて床を這う。

「蒼珠! まだ起きておったのか!」

「寝てたっつの! それはこっちの台詞だ、馬鹿野郎!」

 驚きをそのまま悪気なく口にするピユラに、蒼珠はこめかみを押さえ込んだ。


「お前ら、随分とお楽しみのようだが、調子乗りすぎだ。第一、ピユラはほいほい魔法を使うな。寝ろ、寝ろ。明日も早いんだぞ? ちゃんと体休めろ。透夜(とうや)だってもう寝てんぞ」

「いまので起こされてるけどな……」


 呆れた顔が蒼珠の後ろからユリアたちの部屋をのぞき込んだ。蒼珠もそうだが、外へと動けそうな衣服ながら、先よりはずっと簡易な装いになっている。首筋にはほどいた髪がかかっており、確かに寝ていた出で立ちだ。


「俺と蒼珠が横になってからも、寝ていないなとは思っていたが、本当にいつまで起きてる気だ? 朝になるぞ」

「ふむぅ……すまぬ」

「ごめんなさい……」


 男ふたりの正論に、少女たちはベッドの上できまり悪そうにちょっと身を小さくした。

 それに、蒼珠と透夜は甘くも肩を落とすだけにとどめて、本当に寝ろよ、と釘を差し、再び扉を閉めて引き払っていった。


 今度こそは言われたとおりにランプの灯を吹き消し、それぞれのベッドにもぐりこみながら、これで最後とピユラはユリアへ囁いた。


「すまぬな、ユリア。魔法を使ったゆえ、蒼珠に気付かれてしまった。あやつ、ちと魔力に敏感なのじゃ」

「そっか、蒼珠さんも風羅の人だもんね」


 魔力の気配、というのは、まったくユリアには分からない。おそらく、魔力のある者にしか分からないものなのだろう。そう思っての返答だったのだが、布団からのぞくピユラの顔は少し複雑そうな色を示した。


「いや……その、まだ話していなかったが、奴は風羅に住んでおっただけで、風羅の民ではないのじゃ。ゆえに、魔力もない。だからあのように武器を多く持っておるのじゃ。確かに、本来ならば魔力がなければその気配は分からぬものなのじゃが、蒼珠は少しばかり特殊でな……」


 歯切れの悪いピユラに、どうやら言いづらいことのようだと察して、ならばこれでこの話題は終わりとばかりにユリアは笑いかけた。


「そっか。じゃあ、そういうものなんだって、思っておくね」

「うむ。ユリア、すまぬな。感謝する」

 ほっと和らいだピユラの空気にユリアは笑みを深め、薄闇の中、かすかうかがえる彼女を見やった。


「いいえ、おやすみ。ピユラちゃん」

「おやすみじゃ、ユリア」


 まるで大事な秘密の合図のようにそう告げあって、ふたりはそのまま目を閉じ、疲れにいざなわれて瞬く間に眠りの海へと沈んでいった。





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