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風の王女は幻獣と復讐の夢を見る  作者: かける
第一章 王女と幻獣使い
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紫の瞳



「つ、疲れたのじゃ……」

「随分歩いたもんね……」

 ベッドに身を投げうつぶせに倒れ伏すピユラに、隣に腰掛けたユリアが苦笑をこぼす。彼女の顔にも濃く疲労の色が滲んでいた。


 結局あの後、彼らはウェッツアの街の出入り口で乗り合いの馬車に乗り、隣街までいって宿まで取ってから、また夕闇の中ウェッツアまで歩いて戻ってきたのだ。それぞれにこの街に取っていたのとはまた別の宿に腰を落ち着けた頃には、もうすっかり夜も深まっていた。


「いやぁ、お疲れ様だったなぁ。わりぃ、わりぃ。でもさすがにこれぐらいやらないと不安でよ」

「街の出入り口に不自然な奴らがいたからな。あそこまで見張るとは相当だ。帰りには一応、消えていたが」 

「次の街に移ったと、目論見通り思ってくれてりゃ助かるけどな。人員、労力、随分割いてるみてぇだし、あいつら何者なんだ?」

「それが分かっているなら、苦労してないな」


 少女ふたりとは違い、男たちの方にはまだいくぶん体力に余裕がありそうだった。軽く荷ほどきはしながらも武器は携えたまま向き合って、しゃんと椅子に座り込んでいる。


「第一、こちらとしても聞きたいんだが、なんでお前たちまで狙われてるんだ?」

「それなぁ。まったく同じこと言うけど、それが分かりゃ、苦労してねぇんだけどなぁ」

 彼らの狙いは昨日まで透夜(とうや)たちだけだったはずだ。その当然の疑問に、蒼珠(そうじゅ)は肩を落として頭を掻く。


「ま、お前ら狙いだった奴らがこっちまで手を出してきたきっかけは、ほぼ確実に昨日の一件だ。理由付けとしては、魔法を使えるって知られたことで、目をつけられたってのが妥当なところだろうな。あ、おい、ピユラ。責めてるわけじゃねぇからへこむなよ」

「へこんでなどおらぬ!」


 ベッドの上でもぞもぞと枕を抱きしめだしている背中にはやや説得力がないが、そばのユリアが、おかげで助かったよ、などと声をかけてくれているので、彼女に任せておけば問題ないだろう。蒼珠はピユラへ投げた視線を透夜へと戻し、会話を続けた。


「こちらとしては、単に魔法が使えるってことで狙われたっつうなら、まだいい方だと考えてる。魔法使いは重宝されるからな。ま、言っちゃなんだが、単純明快な理由な分、対応しやすい。だが、風魔法ってとこに注目されたんなら、ちょいまずいな。風羅(ふうら)ってことで狙われた可能性が出てくる」

 ピユラが少し硬くなった気配を感じたが、振り返らずに蒼珠はあえて笑って軽快に、その先を紡いだ。


「もう分かってそうなんで隠さねぇけど、俺らあの国の生き残りなんだよ。滅びた理由が理由なもんで、あんまり大っぴらにはしてねぇけど」

「噂は届いてる。雲龍帝国(うんりゅうていこく)に攻め滅ぼされたんだったな」

 どこか物思わしげに視線を伏せて、透夜はふと黙り込んだ。そして、ふいに蒼珠の双眸を逸らすことを許さぬ鋭さでのぞき上げる。


「王女か?」

「――なんで?」

「目の色」

 笑み引く蒼珠に短く透夜は答えた。ぴくりと蒼珠の眉が動く。


「特徴的な色だ。風羅の民は元来、薄い緑の瞳がほとんどなんだろ。それは別に多くはないが、風羅以外の者でも見かける色だ。さして際立つ特徴じゃない。だが、そこまではっきりとした紫の瞳。そいつはまず見ない色だ。それに、風羅の民でその色の目を持っているのは、王族だけというのを聞いたことがある。だから、そうかと思って聞いた。それ以外に別に、どうこうという訳じゃない」


 単なる事実確認だと、警戒の不要を暗に込め透夜は蒼珠に肩をすくめた。そのままついでに付け加える。


「あと、態度な。でかい」

「でかいとはなんじゃ!」

「でかいだろうが。どう考えたって」


 すぐさま飛んできた抗議の声に飾りなく応じてやり返す透夜に、蒼珠は声をたてて笑った。なるほど、確かに無駄に気を張る必要はなさそうだ。しかし――


「お前の言うとおりだがよ、目の色のことは秘密にゃしてなかったが、そう広まってる話でもねぇはずだぜ? なにせ風羅は外と交流がほとんどなかったからな。風魔法がどんなもんかって知識もあったし、お前こそ、どういう身分の奴なんだ?」


 逃走の際、風魔法の情報伝達の力を言わずとも悟れる知識が彼にはあった。これも瞳の色と同様、少なくとも魔法の影薄きいまの世で、誰もが知り得る話ではないものだ。


「こっちは包み隠さず正体晒したんだからよ、そちらさんも教えてくれてもいいんじゃね?」

「そうだな。そちらと違って、別に出自は隠すほどのものでもない。ただ、先に言っておくが、変な誤解はするなよ」

「どゆこと?」

「俺たちは――スティルの者だ」

「あ、そゆこと」


 釘さす透夜に首を傾げた蒼珠に、理由を述べるより先に彼は故国の名を告げた。それに納得を示して蒼珠は頷く。スティルは、雲龍帝国と同盟を結ぶ、数少ない友好国のひとつだ。当然、風羅にとっては仇敵の縁に並ぶ国となる。


「気にはしねぇよ。あの侵略は帝国だけのもんだったらしいし、裏で援助があったとか、そんな話までしたら切りがねぇ。そもそも、お前らとは関係ねぇだろ、それはさ。そこは割り切っていこうぜ」

「なら助かる。で、だ。――俺はスティルの内務卿の次子で、護衛兵を務めていた。一応な。だから、ある程度教え習って、他国や魔法の知識が普通の奴らよりはある。といっても、多少詳しい程度だから、いま話した以上のことはさして知らない。ユリアは――その、色々あって知り合ったんだが……」


「ほお」

「なんで、合いの手をここでいれる! おかしいだろうが」

 ユリアのくだりでいささか言葉を濁した透夜に、蒼珠の目の中に揶揄の色が溶ける。それに目敏く気づき、透夜は蒼珠を不服げに睨み上げた。その初々しさは楽しめそうではあったが、気恥ずかしさを荒っぽさで覆うとする彼に免じで、蒼珠は黙ることにした。ちっと舌打ち混じりに、透夜が続ける。


「もうこの際、隠すのも意義があるか分からんから話すが、ユリアに幻獣とやらを操る能力があるらしい。それを得ようとしたスティルの王に命を狙われたんで、国を離れて逃げていたところだ。だが、あの追手はスティル絡みなのかはいまのところ不明だ。ひと月半ほど前から急に姿を見せだした、腕のある奴ら――いま言えるのはそれだけだな」


「なるほどなぁ。幻獣っつうのは、俺は初耳だが……ピユラ、なんか聞いたことあるか?」

「いや、知らぬ。魔獣、とはまた違うのであろう? ならば聞いたことのない単語じゃ。すまぬな……」

「そうか……」

 透夜は小さく吐息交じりにこぼした。魔法大国の名を冠する風羅の王女ならあるいはとは思ったが、そううまい話はなかったらしい。幻獣なる力も、追手の謎も、分からずじまいのままのようだ。


「まあ、幻獣ってもんについては力になれなくて悪いが、魔法がらみの力っぽさはあるよなぁ。なんでスティルなんて魔法に縁のなさそうなところが、そんな力のことを知り得たのかってのは不思議だが……」

 考え込んで、そこで蒼珠は言葉を飲み込み、苦い顔をした。どうした、と問う透夜に気まずげに頬を掻く。


「いや、一応可能性程度として指摘しときたいんだが……帝国の影とかも疑う必要あるか? スティルと帝国は繋がりがあるし、帝国はなんつうか、魔法がらみの能力の収集に貪欲な国だからな。疑い過ぎかもしんねぇが」

「王は自分の力にしたがっていたからな。相手が帝国とはいえ、あまりその情報を流すとは思えないが……」


「いや、逆、とかさ?」

「帝国が、スティルへ情報提供したってことか? 普通に考えるならば、自国のものにしたい力なら、その情報は自国だけにとどめておいた方がいいと思うが」

「そりゃそうなんだけどよ。なぁんかあの国、行動原理がよく分かんねぇつうか……」

 蒼珠は大きく肩を落とした。


 風羅に住まい、そしてそこを追われた身としては、思うところも探ったことも多いのだろう。確かに同盟国であったとはいえ、透夜にとってもかの帝国はどこか尾を見せない、掴みどころのなさを感じさせる国だった。


「――万一、もし帝国がらみだとしたら、面倒だな」

「帝国、ってそんなに大変な国なの?」


 ぼやく透夜に、話に耳を傾けていたユリアが問う。七日保せる食材の使い方だとか、ていよく面倒な男をいなす方法だとか、そうしたことは多少会得しているが、国だのなんだのといわれると、ユリアの周りにはそうした情報源はなかったので、まったく知らないのだ。ピユラたちの故国を滅ぼした国とは聞いたので、良くない国なのだろうというのは分かったが、透夜と蒼珠の苦虫を嚙み潰したような晴れない顔には、それ以上のものがありそうだった。


「雲竜帝国は、北方大陸一の大国だ。軍備の増強に熱心で、魔法関係にも強い。だから、目を付けられるとその武力がそのまま向かってくる。もう少し昔は大人しくしていたらしいが、最近は風羅の件といい、どうも違うようだな」

「加えて、風羅の言えたことじゃねぇが、影響力のわりには国交の少ねぇ国で、意図が表に見えづれぇのよ。閉ざしてるってわけじゃねぇけど、言うなりゃ、考えの読めない不気味な軍事大国だな」

「なる、ほど?」

「危ない国だと思っててくれればいい……」


 まずい相手だというのは分かったが、いま一つ実感なく曖昧にユリアは頷く。その無理やり理解したという顔に、透夜が乾いた、しかしぬくもりのある声で告げた。


「しかしまあ、帝国うんぬんはともかく、なんか、くしくも同じ相手に狙われることになっちまったし、いまも行きがかり上一緒にいるし、ひとまずあの追手巻ききれるまで、手、組まないか?」

「そうだな……。戦力は多いに越したことはないし、まあ、風羅の者なら、安心だろう」


 添えられた透夜の一言に、帝国の話題が出てから暗くなっていたピユラの顔が得意げに輝いたのが見え、ユリアは微笑んだ。出会った時から、ユリアは彼女はいい子だと思っていたのだ。ピユラからはとても、いとおしい空気がする。


「色よい返事、助かるぜ。んじゃ、俺ら野郎は隣の部屋の椅子で適当に寝るからよ、お前らはここで寝な。もう遅いが、明日は早めに動くから、よく休んどけよ」


 夜も遅くに訪れたので、部屋は一つしか取れなかったのだ。続きの部屋が付いていて広さもあり、安全面からも部屋を二つ取るより近い方がよいと、他を当らずそのままこの宿にしたのだが、寝台の数だけが足りなかった。きちんとした寝床は、いまピユラが伸びている一台と、その隣のものだけだ。


 じゃあな、おやすみ、と就寝の挨拶を交わして、透夜と蒼珠は隣の部屋と移っていった。

 扉が閉まる。疲れも出ているし、蒼珠の言葉通りここは素早く寝るのがいいのだろう。しかし――少女ふたりは、どちらともなく、顔を見合わせた。


「ねぇ……ちょっと、お話しよっか?」

「うむ!」

 まだよく知らない相手ながら、どこか心惹かれる気持ちは互いに同じなのだろう。内緒のおしゃべりに心躍らせて、いそいそとふたりは、いつでも寝られるよう準備を整え出した。





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