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風の王女は幻獣と復讐の夢を見る  作者: かける
第一章 王女と幻獣使い
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小声の戯れ




 いくつかある広場の外れ。路地に入る入口近く、そばの店の荷物の木箱が積み上がり、うまい具合に死角になっている位置に、透夜たち三人の姿はあった。逃げ道は多く、周囲の様子が見渡しやすい場所だ。念のため、市を抜ける前に透夜が店主不在の露店から拝借してきた外套で顔を隠し、少女ふたりは静かに並んで木箱に腰掛けていた。


「あの人……大丈夫かな?」

 行き交う人々が、向こうの市で乱闘が、などと先の騒ぎの噂をしきりに話し合っているのが聞こえてくる。不安になって呟いたユリアに、紫色の瞳が強い光を宿して答えた。

「平気じゃ。なにも奴らすべてを倒さねばならぬわけでもない。防いで逃げるというならば、あれは遅れはとらぬ」


「それが確かだっていうなら、そろそろ合流をはかりたい」

 辺りに目を配りながら立つ透夜(とうや)が、振り向きはせずそう会話に入ってきた。

「お前、魔法で伝達ができるんだろ? 逃げられているなら頃合いだ。頼みたい」

「――うむ」


 顔を見もしない横柄な態度はいささか彼女の癇に障ったが、状況が状況だ。致し方ない部分があると不満を押さえ、ピユラは小さく応じた。先に魔法を使うなと蒼珠に言われたばかりだが、これは彼自身の指示でもある。例外的にというやつだろう。


「汝、我が名と血に寄り添う友なる者よ。などかは届けざる、我が言の葉を。約して願う。そを伝え給え」

 ふわりと風がそよぎ、ピユラの手の先をなでるようにして行き過ぎた。ユリアが目を輝かせる。


「すごい! それが呪文ってものなの?」

「ユリア、声がでかい」

「あ……ごめん」

 わずか振り向いた透夜の声を潜めた叱責に、ユリアは慌てて口元を覆った。


「……別に、黙りこくってろとは言わないが、気をつけろよ」

 しゅんとした瞳に頭を抱えて彼は告げ、またぼんやりと辺りを見るように装って、周囲を見張りに背を向けた。

 なんとなく見覚えのあるその対応に、ピユラは小声でユリアに耳打ちする。


「のう……奴はそなたの従者か?」

「え? ううん。全然そんなんじゃないよ」

 同じく声は抑えつつ、驚愕してユリアが首を振った。

「その、私をずっと助けてくれてる人なの。そもそも私、従者とか、そんな恐れ多いものもてる身分じゃないし」

「そうなのか? てっきり、蒼珠(そうじゅ)のような存在じゃとばかり」


 気に入らない態度が目に付きはするが、彼の仕草には凛とした高貴さがある。剣の腕前もそうだ。荒い戦いの中にありながら、少し見ただけでも分かる、型を知るからこその美しさを持ち合わせていた。だから蒼珠のような騎士なのかと考えたのだが、どうにも違うらしい。透夜の背を眺めつつピユラは腕を組んだ。


 その彼女をちょっと首を傾いでユリアがのぞき込む。人懐こい色で、水色の瞳が瞬いた。

「蒼珠って、あの男の人の名前?」

「うむ。そういえば、名乗っていなかったの。ここまでくれば、名を告げぬのもおかしかろう。妾はピユラじゃ」

「そういえばそうだったね。私はユリア。彼はね、透夜だよ」

 笑みを向けるピユラに、ユリアも柔らかに頬をほころばせた。


「ピユラちゃんは、どこか遠くの国から来たの?」

「な、なぜそう思うのじゃ?」

 ユリアにとっては何気ない疑問だったのだろう。だがピユラは、その一言に、ぎくりと身が固くなる心地がした。


「あ、うん。ちょっと言葉に訛りがあるから。ぜんぜん、お話するのは問題ないんだけれどね。あの、それに、その訛り、可愛いと思うし」

 思いがけぬほど身構えたピユラの様子に、面食らってしまったのだろう。慌てるユリアの眉根が、困惑の色をのせて寄る。


「す、すまぬ。嫌な質問というわけではないのじゃ。少し、驚いてしまったものじゃから」

「そう? ならよかった」


 別に彼女を困らせたいわけではないと、急いで取り繕うピユラに、ほっとユリアはまた口元に笑みを灯した。その微笑みに、ピユラも不思議と心が落ち着き、胸をなでおろす。曇り顔が似合わない相手だと思った。そうした顔ではなく、いま浮かべているような笑顔が見たくなる。


「その……妾の訛りというのは、かなり目立っておるかの?」

「う~ん……すぐに訛りだなって分かりはするけど、目立つほどの耳に障る違和感はないかな。あ、妾っていう方が、古風な言い方だなって、耳に残るかも」

「妾というのは、古風なのか?」

「うん。いまはあんまり聞かないかな。昔物語のお姫様とかが使ってる印象」

「そう、なの、か……。――蒼珠め、なにも指摘せずに、『いいんじゃねぇの』などと適当なことを……」


 初めて知った事実に、ピユラはぶつぶつと悪態を転がしながらぐっと拳を握りしめた。

 ピユラは国の外に出たことはなかったが、こちらの地域や国々の言葉は、書物を通して読み慣れていた。だから、多少の訛りが入ってしまうとはいえ、目にしていた言葉を口にするのにそこまで苦労はなかった。だが、『妾』が古い言葉だとは知らなかった。ピユラの中では、『妾』は、物語の姫君が己を指して使っていた言葉であり、だからこそ自信満々に当然のように用いていたのだ。しかし、それこそ話の中だけの過去のものだったらしい。


 蒼珠としては、彼女が気に入っていた物語のお気に入りの人物たちの言葉を話すことで、少しでも気持ちが弾めばとの考えがあり、なにも言わずに過ごしていたのだが、それはピユラの与り知らぬことだ。あとで彼の適当さを叱責しようと、ピユラは心に決めた。


「そういえば、その『ちゃん』というのは、聞き慣れぬ敬称じゃの」

 はたとユリアの呼びかけを思い出して、ピユラは首を傾げた。姫君たちの物語では見たことがない呼び方だった。同じ物語で出ていた『妾』が古風だったのならば、当世風の呼び方なのかもしれない。


「あ、ちゃん付け、いやだったかな?」

「いや、そういうわけではない。なにやらくすぐったい心地の敬称じゃと思っただけじゃ。あ、そなたも『ちゃん』をつけた方がよいか?」

 気づかわしげに問うたユリアにふるふるとピユラは首を振り、逆に尋ねかけた。それにユリアは花咲く笑みで応える。


「ううん。ピユラちゃんの好きに、呼びやすいように呼んでくれたらいいよ?」

「そうか。では、ユリア、と。そのように呼ぼう」

 つられるように、ピユラも紫の瞳をふわりとやわらげた。


 ユリアはピユラよりは年上のようだが、それでもさして離れてはいないだろう。故国では城で過ごすことが多かったピユラの周りには、あまり近い年齢の友はいなかった。だからか、こうしてユリアと肩を並べて隣り合い、他愛もない話をするというのは新鮮で、どこか楽しかった。


 気づかぬうちに満面の笑みを湛えていたピユラを、よくは分からないまま、ユリアも嬉しそうに笑顔で見つめた。

 そこへ、少女たちの小声ながらも戯れ騒ぐやりとりを、大人しく聞き流してやっていた透夜の声がかかる。


「おい、来たぞ」

 彼の見つめる先へ目をやれば、広場を通り過ぎる荷馬車の荷物の隙間から、人混みへ紛れるように蒼珠が降り立ったのが見えた。そのまま近づいては来ず、軽く指先で広場から出る道のひとつを指し示し、そちらへすっと歩いて行く。


「付いてくか。行くぞ」

 おもむろに動き出した透夜を追って、少女ふたりは目と目を合わせて頷きあうと、ぴょんと木箱を飛び降りた。







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