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コバリ・アオヤマの華麗なる黙示録(疾風編)  作者: マツモト・ユウイチ
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唇亡びて

「隣、いいかい?」

鈴を振るような、凛とした可憐な声

「もちろん、どうぞ」

 ここで断る選択肢はない。アズマの隣にワンピースの裾を翻し、少女がフワリと腰掛ける。

 お互いに微笑みながら会釈。ベンチの座面は少女には高く、地面に届かない脚を鼻歌交じりでブラブラさせている。上機嫌のようだ。

 その間、この違和感の正体はなんだろう、と考えるアズマだが、落ち着いて周囲を見回すとその理由は明らかだ。

 先程までサラサラ流れていた庭園の小川の水が止まっている。そして風に飛ばされた花びらの一片が空中に静止している。遠くに見えるゲンマ達も静止したままだ。

 加速状態に入ると、周囲がゆっくり動いているように認識するが、このようにほぼ止まった状態になっているのは初めての体験だ。


「ああ」

周囲を伺うアズマを見て、少女が微笑む。

「お察しの通り、キミとボクは今現在、超加速状態にある」

おっと、ボクっ子か、と、どうでもいいことに引っ掛かるアズマ。

「しばらく邪魔は入らない」

そうかな?マリアがすぐに飛んで来るハズ、と思うアズマ。

「マリア・クシナダは」

そんなアズマをチラリと横目で見る少女

「ちょっとだけ、此処から気が逸れているみたいだね」

「ま、1秒ぐらいかな」

それだけあれば十分、と少女は上機嫌で歌うように囁く

一体、今、どれほどの加速状態なんだろう、と思うアズマ。

 アズマで200倍ぐらいまでの加速ができる、のは判明している。それとはケタ違い、というのも分かる。

 仮にアズマの10倍、2000倍の加速状態なら、体感で2000秒、概ね30分以上の猶予があるということか。

「マリア・クシナダは」

「最強ではあるが、万能ではない」

だろ?と、ニコニコしながらこちらを下から覗き込む少女。

まぁ、確かにな、と思うアズマだが、同意するのも癪だな、と特に表情は変えない。

「君の彼女は万能、のようだけど?」

コバリのことか、アイツは彼女じゃねぇけどな!

と思いながらも、コイツに余計な情報を渡すことは無いな、と無表情キープ

「さぁ、どうでしょう?」


「固いなぁ、アズマ」ベンチにふんぞり返る少女。

「今日は少し、おしゃべりしに来ただけさ」

 害意は無い、と言いたいようだが、生憎とミロクやコバリから「会話」は避けるように言われている。

-絶対にヤツと二人きりで話すな

-取り込まれるぞ

グッと顔を近付けて凄むミロクのアメジスト色の瞳が思い出される。

とはいえ、今現在の状況で、ずっとだんまりを決め込む、という訳にもいくまい。

それに、折角の機会だ、聞きたいことは沢山ある。

「今日は、ということは」

相手の言葉尻を捉えてみる

「いずれは、おしゃべりだけでは済まない事になるということですか?」

ちょっとキョトンとして、屈託なく微笑む少女。

「まあね」

「何しろ、ボクの目標は人類の殲滅だからねぇ」

エェー、とアズマ

「勘弁して下さいよぉ」

今、この瞬間に消されるのかも、とビビリまくり、ガクブルする。

 コバリからは、会敵した際には、遠慮なく成層圏まで吹き飛ばせ、と言われているが、つい先日まで普通の高校生だったアズマに、いきなり生身の人間を吹き飛ばすのはやはりハードルが高い。

 何より、相手はアズマより遥かに場数を踏んだ、ケタ違いに強力な加速持ち。勝ち目はないな、と、諦めの境地だ。

「イヤ、だから今日はなんにもしないって」

そんなアズマを不憫そうに眺めながら、呆れ気味の少女。

とりあえず土下座しようとするアズマを、いいから座んなさい、と嗜める。


「実のところ」アズマが落ち着いたところで、徐に話し始める少女。

「ボクは稀人とじっくり話したことが無くてね」

まぁ、基本的には敵対関係だしな。ゆっくりと語らうなんてことは無かっただろう。

「いろいろ聞いてみたいワケさ」

ま、どうせ逃げられない、と腹を括るアズマ。

じゃあこっちからも、聞いてやるさ、いろいろな!




「これからの予定、の前に」

「少し昔話をしましょう」

 教会本部の奥、テンマの部屋で一通り食後のお喋りを楽しんだ後。

ちょっと姿勢を正し、アメジスト色の瞳で一同を見回すミロク。

 いよいよか、と少し身構えるアズマ。待ってましたと、ワクワクを隠せないマリアに、同じく身を乗り出すコバリ。

「えーーっと」頬杖をついて、思案顔のミロク。

「あなたちは、先の大戦についてはどの程度知っているの?」

スッと手を挙げるアズマ

「一応、イリヤ戦記は読みました。他には簡単に学校で習った程度です」

「自分もその程度です」同じく手を挙げるマリア

「私は、他の歴史書も何冊か読んではいます」とコバリ。

 ホントはもっといろいろ調べてるんだろ、とツッコミたいところだが、特には何も言わないアズマ。話の腰は折らない一派のモノなのだ。

「そう」

「じゃあ、必要な事を簡潔に説明するわね」

「何かあれば、随時、質問してもらっても良いわ」

そして、ミロクは語り始める。


「私も今現在、出版されている戦記や歴史書を何冊か読んだ」

 ミロクは傍らのサイドテーブルに何冊か積んである本から、挿絵入りで新書サイズの本を手に取り、パラパラ捲る。

「意図的、ではないだろうけど、このような簡易版では悪の化身マラヤに対し、聖なるイリヤが現れ出でて、激戦の末、世界は平和に、という分かりやす英雄譚が多いけど」

同じくサイドテーブルに置かれた、辞書のような分厚い本をポンポンと叩く。

「マラヤは鬼や悪魔ではないし、イリヤも聖女や女神ではない」

「マラヤとイリヤは共に、当時の北の大公、マリナラ家の子供だったということは、歴史書にはちゃんと記載されている」

「特に、秘密ではないのでね」

 当時の大公様だ、正妃の他に何人か側妃がおり、子供は10人程いた。マラヤは正妃の子でも長兄でもなかったが、

「特に跡目争いもなく、若くして大公の座を継いだ」

まぁ、今まで聞いてきたた話じゃ、突出した才があったっぽいしなぁ、と思うアズマ。

スッと手を挙げるコバリ

「本当に、何事もなく?」

「御明察」フッと微笑むミロク

「当時は平穏に譲位が成されたようにしか見えなかったけど」

「今、考えると恐らく何か、をしていたんじゃないかと思っている」

ま、今となっては定かではないけどね、と肩を竦めるミロク

「私が調べられた範囲での話ですけど」コバリが続ける

「マラヤ・マリナラは正妃の子ではない、のは間違いないとして」

「では、どの側妃の子か?というのは特定できなかったのですが」

「そうね」

「諸説あるってヤツでしょ」

 このような歴史的に重要な事柄に大して『諸説ある』とされる場合は、往々にして不都合な真実を隠蔽しようとしているものだ、とコバリが言ってたなぁ、とアズマ。

この場合、誰が、何を?


「マラヤは第3側妃の子とされている」とミロク

「どの歴史書や、研究論文を読んでもそのようになっていますね」

で?とミロクを見るコバリ

「私もそのように聞いていた」

聞いていた?と揃って首を傾げるアズマとマリア

「何故、諸説あるかというと、その側妃が早々に死去したからだ」

なるほど、会ったことないのか、と納得するアズマとマリア

「正直、私にも良く分からないの」

誰も教えてくれなかったしね、とミロク

 そうですかぁと一見、品良く頷くコバリを、内心では全く信用してないんだろ?と眺めるアズマ。

だが、これ以上この話題を掘っても何も出てこないと踏んだか、コバリは何も言わない。

「マラヤが支配領域を拡大していった顛末については、大体どの本にも正確に記されている」

「そのころイリヤは政には関わっていなかったそうですが?」とコバリ

そんなコバリをインタビュアみたいだな、と眺めるアズマ

「そうね」イリヤ戦記をパラパラと繰るミロク

「イリヤは奉仕活動や、教育の普及に尽力していた、とあるけど」

「正直、毎日、領内の子供達と遊び呆けてたって感じかしら」

フフッと自嘲気味に笑うミロク

「まぁ」

「そんな、能天気な子供だったから、他の兄弟姉妹ほど警戒もされずに放置されてたってのもあるわね」

「実際、マラヤには可愛がってもらってた思い出しかない」

上を向いて目を瞑るミロク

「まぁ、もっとも」

「その後、殺し合う仲になるのだけれどね」


 支配地域の拡大とともに、各地域の領主、という名目で兄弟は地方へ送られ、マラヤは着々と独裁体制を築いていった。それとはわからないように。

「イリヤも南方の湾岸地域、今の中央に送られた」

「そのころは、只の小さな港町だったけどね」

懐かしいねぇ、とウンウン頷き合う、テンマとミロク


「テンマは最初の稀人、って呼ばれてるけど」

「異世界から出現した突出した能力者を、稀人、と明確に定義したのがイリヤだった」

フフン、と自慢げなミロクに、ニコニコしながらそれを眺めるテンマ。

 それ以前にも稀人は存在したであろう、と歴史の専門家も指摘している。それらは各部族に伝わる神話や、伝説として語り継がれているだろう、とも。

「記録に残る、初代の龍の巫女は」例えば、とミロク。

「稀人だった可能性は非常に高い、と思ってる」

コバリに微笑みかける。

「天龍族の御三家、アイエルベルネが主に天龍族の古文書類など管理、保管している」

「機会があれば、見せてもらうといい」

「あなたなら、古語も読めるのでしょう?」

 そうですね、楽しみです、と微笑み返すコバリ。アイエルベルネの蔵書については既に承知しており、実際、北方訪問の際にはいろいろ閲覧できるよう、ゲンマにお願いして根回し済みだが、無論そんなことは言わない。


 そして現在、コバリはリーンに案内され、アイエルベルネ家の書庫にいる。

書庫、と言われて連れてこられたが、コバリに言わせればこれは図書室だ。

 細密な飾り彫刻が施された重厚な木製の扉をくぐると、そこは毛足の長い絨毯が敷き詰められた、八角形の空間で、三階建ての吹き抜けになっている。上を見上げると八角形の天井にはお約束の紅い龍のレリーフ、壁一面はびっしりと本の並んだ書架だ。

 おぉ、と感心しきりでコバリはぐるりと上まで見回しながら部屋の中央へと進む。見た目はクラシックな内装だが、この部屋は最新の防火設備と、本の保管に最適な温調を完備しているとのこと。

「何しろ、アイエルベルネだけではなく、他家の古書も預かっておりますので」

 北方各地に点在していた重要な古文書、書籍を保管および、系統立てて研究するため、設備の充実しているこの場所に集めたそうだ。

 部屋の中央には、人が寝れるんじゃないの?というほどの巨大な書見台があり、立派な革張りの大ぶりな本が3冊、並べられている。

 その書見台横では、待機していた細身の女性が深々とお辞儀する。プラチナブロンドをアップにまとめ、小麦色の肌、両眼はルビーのような濃紅色。身に纏う黒のロングローブ風の制服は北方では事務方高官の証だ。

「こちらは」リーンが紹介してくれる

「この書庫の責任者、クレネ高等文官です」

 相対すると、コバリとそう背丈は変わらない。北方では小柄なほうだが、肌と瞳の色から多民族混血で「思考」特化型だろうと推測できる。

「はじめまして、コバリ様」

深く響く落ち着いた声。いかにも、な雰囲気を纏う彼女は問えば何でも答えてくれそうだ。

「はじめまして、クレネ」

今日はよろしくね、と優雅に会釈を返すコバリ

 コバリとしては、今日のところは書庫にある蔵書の下見、のつもりだったが、専門家がいるとなれば話は別だ。

ま、多少予定を変更して出発が遅れても問題無い。それぐらいのバッファは設定してある。

「ひょっとしてあなた」

小首を傾げ、自分の記憶を辿りながらクレネに尋ねるコバリ

「最新版のコルラス・キクロス・ブルッホの現代語訳を監修してなかった?」

ちょっと目を見張り、驚いた風のクレネだが、

「左様でございます」と優雅にお辞儀で返す。

ああ、やっぱりね、とウンウン頷くコバリ。

 コルラス・キクロス・ブルッホ、一般的には「天龍紀」と言われる歴史書、は北大陸に伝わる最古の歴史書だ。この本の内容を一般向けに物語化した「天龍巫女演義」により、広く北大陸全域に知られている。

 かつて天龍は翼竜や海竜と同様に、人に仇なす害獣として認識されていた。特に「風の術」で空を飛ぶ北方の部族にとっては、天候さえも操る空に浮かぶ巨大な龍は畏怖の対象でしかなかった。

「天龍巫女演義」について、かいつまんで言うと、

 今より遡ること数千年前、現在のガレーネ・タウの辺り、天龍と語らい、共に飛ぶ異形の少女が現れ、「風の術」を操る北方の部族と、龍の仲介役として活躍。天変地異や他民族からの侵略など、数々の困難を共に乗り越え、やがて少女は「龍の巫女」と呼ばれるようになり、「天龍族」として部族は発展していく、というストーリィだ。


少女が「異形」で、明らかに北方の部族ではなく、出自が不明なこと、

龍と交信できる強力な多様生体回路(マルチ・サーキット)を持っていたこと、

二代目の「龍の巫女」が天龍族から選ばれるまでの約200年の間、その初代が活躍していたこと、

などの記述から、初代の「龍の巫女」は稀人だったのではないか、と推測されている。


「こちらは」

とクレネが書見台右端の本をそっと撫でる

「コルラス・キクロス・ブルッホのオリジナルです」

 この原書は推定1000年前の書物だ、しかしながら、近年まで、天龍族の書庫の最深部に門外不出で秘匿保管されていたこと、且つ製本用の紙には植物由来の靭皮繊維からなる中性紙が使用されていたことなどにより、ほぼ劣化無く原型を止めている。

 国宝級の本の登場にコバリのテンションも上がるが、はしゃぐ訳にもいかないので、表向きは平静を装う。

艶やかな革張りの装丁はピッカピカだが、これは

「装丁は100年から200年毎に新品に交換していたようです」とのこと

「このオリジナルについては」

「既に全頁の高精細画像を保管しています」

 そのコピーはコバリも石机地区の図書で閲覧したことがあるので知っている。パッと見は文章というより、何か植物紋様の見本帳のようだ。古代象形文字の専門家でなければ、文字列であるという事さえ分からないだろう。

「本の劣化を気にせず、心置きなく内容の検証ができるようになりました」

 ちょっと誇らしげなクレネ、マレッサや中央技術研究所の連中と同様の空気を感じるな、と思うコバリ

「コバリ様はご存じかと思いますが」

「現代の標準語訳は基本的に500年前の北方古語版、300年前の初期標準語版を基に、編纂しています」

書見台に並ぶ、残り2冊が北方古語、初期標準語のオリジナルだ。

「しかしながらこの2冊は、内容が微妙に異なります」

残念そうな表情のクレネ。

「その時代の為政者によって、歴史書の内容が改竄される、なんて良くあることじゃない」と身も蓋もぉー、な事を言うコバリ

「おっしゃる通りです」静かに微笑みながら軽く会釈するクレネ

ということで、とクレネ

「我々は現在、オリジナルの完訳を進めております」

 古代象形文字の解読はそこそこ進んでいるようだが、「原書」の高度にデザイン化された文章は読む人を拒むかのようだ。

「なかなか難しいのではない?」

以前に閲覧した際、コバリには綺麗な模様にしか見えなかった。

「はい」

ちょっとモジモジするクレネ、可愛いところもある。

「あの、もし、良ろしければ、コバリ様のご意見をいただけたら、と…」

「もちろん、私でよければ」

満面の笑みで即答するコバリ。願ったり、だ。

こちらも満面の笑みで、では早速と、専用の手袋をはめ、原書をそっと開くクレネ

ワクワクを抑えつつ、開いた本を覗き込むコバリ

と、

何の前触れもなく、微かにドンッ、と低く鈍い音とともに部屋全体が微細に振動する。

 常人では知覚できるかどうか、の微かなものだが、その刹那、コバリは躊躇うことなく加速状態に入り、あっという間に書庫を飛び出す。リーンが後ろで叫んでいるのが聞こえるが、返答している暇はない。

 ほどなく場内には警報音が鳴り響き、重装備の警備兵も廊下を走る。その警備兵達を並ぶ間もなく躱し、コバリはテラスから庭へ出る。と、小川が流れる広い庭園の遥か先、先行して、文字通り飛び出しているゲンマとエリアーナが見える。どうやら現場はその先だ、コバリは思わず叫ぶ。

「アズマ!」


ゲンマ達の先、小川の向こうに、半壊したベンチと、立ち上る土煙。

アズマは?何処?

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