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コバリ・アオヤマの華麗なる黙示録(疾風編)  作者: マツモト・ユウイチ
53/54

具体と概念

「あなたは一度」

「北の天龍に会うべきね」

「そうですか?」気乗りしないアズマ。なぜなら面倒事の予感しかしないからだ。

「そうね」

ジッとこちらを見つめるミロク。アメジスト色の瞳に吸い込まれそうだ。

「ゲンマには」コバリがミロクとアズマを交互に見る。

「この後、一段落したら中央(セントラル)から北に行く予定なので、いろいろと段取りヨロシクね、とお願いしています」

「あらそう」ふーん、と微笑むミロク

「さすが、手回しが良いわね」

おそれいります、とコバリ。

 えーそれ初耳なんだけど、と思うアズマだが、無論、文句を言っても状況が変わるワケでもないので、黙ってお茶を啜る。

「アズマには、紅天龍と仲良しになってもらおうかと思って」

口の左端をちょっと上げ、フフッと微笑むコバリ。なんか嫌な感じだ。

「大丈夫かなぁ」

 大ぶりの鉢に盛られた雛あられみたいなカラフルな干菓子をボリボリ頬張りながら、独り言のように呟くマリア。

「何が?」やはり嫌な予感的中か!とアズマ。

「紅天龍は気に食わない人間はボリボリ食べちゃうらしいですよ」

ウワサですけどー、と他人事のマリア。

「コラコラ」眉を顰めるコバリ

「それは昔の話でしょ」

「昔は食ってたんかい!」堪らず声を張って突っ込むアズマ。

「それは、龍に仇なす不埒な輩を蹴散らしてたって事でしょ」

基本的に龍は肉食じゃないしね、とガクブルするアズマを不憫だな、と眺めながらミロク

「人なんて食べない」

へぇー、と感心した風を装うコバリとマリア、いや、ホントは知ってただろお前ら!

だいたい龍と仲良しになるって、どうすりゃいいんだ。

「人と同等、とまではいかないけど」

「龍の知能の程度は非常に高い」

「でも」うーん、と腕組みするアズマ

「俺らと会話できる、というワケではないんだろ?」

「そうね」フッと微笑むコバリ

「龍と言語による会話を楽しむ、というワケにはいかないわ」

どっかの「神の龍」みたくペラペラ人語を喋るような事は無いのよ、とコバリ。

なんか残念、と腕組みのまま、更に傾くアズマ。

「でも、文字のない言語、もあるよな」

「そうね」

「近代に入っても、文字のない言語は多数存在した」

「身近なところではアイヌ語も独自の文字はなかった」

んー、と考えながらアズマ

「文字がいつ頃出来たかは知らんけど」

「大昔は話し言葉だけで、意思疎通はできていたし、基本的には、どんな言語も翻訳は可能なんだよな?」

「そうね」

「えーと、なんて言うか…」額に手を当て考えるアズマ

「龍は文字による明確な言語体系を持ってはいないのだろうけど、言ってる内容は人語に変換できるんじゃね?」

うーん、と腕組みへの字口のコバリ

「じゃあ、逆に聞くけど」

「全ての人語が基本的に相互翻訳可能なのは何故?」

んーーっ?と腕組みして、傾くアズマだが、考えたところで分かる訳も無い

「そんなこと訊かれてスラスラ答えられる高校生なんかいねぇよ!」と若干キレる

「お忘れかもだけど」ヘッと、鼻で笑うコバリ

「アンタと私は同級生なのよ」

ぐぬぬ、と睨むアズマに、どこ吹く風のコバリ。埒が開かないのでテンマが訊く

「なんでなの?」

 博士は特に口出しせず、ゆっくりとグラスの氷をカラコロと転がしながら、麦の蒸留酒を楽しんでいる。自分が口を出すと話が終わってしまう、と分かっているので放置プレイ、という事だ。

「言語学者のノーム・チョムスキーが提唱した『普遍文法』という考え方では」

頬杖をついて、目を瞑り、えーっと、と思い出しながら語るコバリ

「人は言語を習得する生得的な能力を持っており、多様な言語も全て、基底には共通の構造が存在する、としている」

「この説には、異論反論いろいろあるけど」

「絶対と言ってよい、共通の構造が人にはある」

「それは?」と合の手を入れるテンマ

「身体」

 端的に答えるコバリ。2本の手足、5本の指、頭には2つの眼…

「どんな言語にも、手、足や体の部位を現す言葉は絶対にあるし」

「初見の言語でも、体の部位の名称については容易に情報共有、理解できる」

 そりゃそうだな、とアズマ。そして身体を基にした動作、投げるや歩くなども基本的には同様になるので概念の共有は容易だろう、と想像に難くない。

「例えば、手で何かを握る、という行為は、ヒト同志なら容易に理解できるけど」

「知能が高くても、北の天龍や、西の青海の王には理解できない」

「だって、手、が無いからね」

右手をヒラヒラさせるコバリ。

「その逆で」

「彼らは超音波や、可視光外の電磁波、臭い、微細な振動など人とは全く異なる知覚で世界を認識している」

「その知覚世界は私達にはわかんないわね」

あなたは通じるものがあるかもだけどね、とマリアに微笑むコバリ

いやぁ、と首を捻るマリア

「自分のは、特殊すぎて…」

と言葉を濁し、お茶をグイッと呷る。

 夜はこれから、ということで、マリアがアズマと自分のカップにお茶のお替りを注ぐ。ミロクが、味見したいと強請るので、しょうがないなぁ、とテンマが博士と同じ蒸留酒をロックでサーブし、ミロクは旨そうにそのグラスを舐めている。絵面の違法感がスゴイなぁ、とその姿を眺めるアズマ。

 細長いグラスでお米のスパークリングをグイッと呷るコバリ

「結局、龍との交信?って」首を捻る、アズマ

「どんな感じになるんだ?」

「ヴィジョンを共有し、意味がわかる」

 具体的な対象についての情報は共有しやすいわね、とコバリ

「形而上の話はできないって感じ」


「翻訳の生体回路(サーキット)は強力だけれども」

「龍、とは翻訳の生体回路(サーキット)だけでは意思の疎通はできない」

「同様の知覚世界を共有するもの、として、昔で言うところの『風の術』、重力操作の生体回路(サーキット)は必須だ」

「だからこそ、龍の巫女は必ず多様生体回路(マルチ・サーキット)、でなければならない」

ぐるり、見回すコバリ

「ここにいる皆は、マルチなので」

「龍と通じることはできるけど、ゲンマほどの明確な意思疎通はできない」

重力操作の生体回路(サーキット)の性能が大したことないからねぇ。とコバリ

そうなの?と隣のマリアに訊くアズマ。ッス、と頷くマリア

「自分はなんか避けられているみたいなんで、ちょっと挨拶、ぐらいしかしたことないですけど」

あー、マリアはやっぱ怖いんだろうなぁ、龍も、と納得するアズマ。


「私も挨拶程度だったわ」

ミロクが瞳をキラキラさせながら、アズマを見つめる

「龍と同等、の力を持つあなたは」

「どれほどの、高解像度でヴィジョンを共有できるのかしらね」

「楽しみだわ」



 この中央(セントラル)における晩餐から少しして、皆で人工衛星打ち上げ施設に赴いた訳だが、あの日は、まずはゲンマ以下、天龍族による打ち上げ試験の後、アズマも「ちょっとやってみましょう」とアルソスに引き止められ、というかほぼ軟禁されて、結局、なんだかんだで、そのまま施設に3日ほど留まることになった。

 もちろんその間、博士やコバリ、マリアは中央(セントラル)へ戻り、各々いろいろと用事をこなしていたようだ。コバリは勿論、デボポラの件で関係各所との調整、及び偉いさんとの打ち合わせ。マリアは基本的にコバリの護衛だが、合間、合間にアズマのところにも顔を出していた。

 アルソスやゲンマ達と打ち合わせをしていると、会議室の後方に急に現れたりするので、天龍族の若い隊員などは、当初、ビビりまくっていたが、そこは教会警備隊のエリートなので、すぐに順応したようだ。

 現在、一通り打ち合わせの後、ちょっと休憩、でアズマとマリアは2人で会議室奥に設えられている、ちょっといい応接エリアでお茶している。サーブしてくれるのは天龍族の若手、金髪碧眼のカワイコちゃんだ。

 シンプルなデザインだが座り心地抜群の白い一人掛けソファに座るアズマとマリアの前には白い円卓。そこへ香り高いお茶を注いだカップを並べてくれる。教会警備隊の軽装服を着用してはいるが、その所作は洗練されており、良家のお嬢様然としている。

 マリアも負けじと上品な所作でソーサごとカップを持ち上げお茶をいただき、

「美味しいわね、ありがとう」と微笑みかける。もう下がって良いわよ、ということだが、カワイコちゃんはペコリと会釈した後、何かもの言いたげな様子で、ちょっとモジモジしている。

-何か訊きたそうッス

表向き、品良くお茶をいただきながら、マリアが通話(コール)してくる

-そうだな

-最高顧問にいろいろと聞いてみたいんじゃねぇの

-イヤ

-視線はアズマさんッス

なんか、それは気付いてはいた。試しに声を掛けてみよう。

「美味しいお茶をありがとう」と微笑みかける。

-笑顔、ぎこちねぇッス

-うるせぇよ

「あなたは北方の教会警備隊の所属なのかな?」

相手は年上なのだろうが、コバリやマリアに倣って砕けた調子で問うてみる。

「左様でございます」と優雅な会釈で返答してくる。

「教会警備隊、北方地区、航空警備隊所属、リマス・アイエルベルネと申します」

-ああ

-天龍族の御三家の一角ッスね

 古くからの名門ッス、とマリア。アズマはその辺の事情に詳しくはないが、やはりいいとこのお嬢さんのようだ。

 以後お見知り置きを、と一呼吸おいて、顔を上げるリマス。フッと軽く息を吐く。

「あの、アズマ様は」

『様』呼びはなんかムズ痒いが、とりあえずスルー

「この後、北方地区に伺う予定、なのでしょうか?」

-言っていいんかな?

-問題ないッスね

スンッとしながら、お茶を啜るマリア

 御三家のエリートなら、コバリとアズマが北方入りするという情報はゲンマから聞いているハズ、よねぇ。

「そうですね、そのような予定になっているようです」

敢えて、情報少なめに返答してみるアズマ

「ゲンマ大隊長も同行されるのですよね?」

「おそらく」

てゆうか、龍と対面する予定なのだから絶対だ、が、ここは惚けてみる。

何か問いたげに少し口を開けるが、思い止まった様子でスッと会釈するリマス

「北方地区は夏前の今が、一番過ごしやすい季節ですので、楽しんでいただければ幸いです」

と、応接エリアを仕切るローパーティションの間から、ヒョッコっとゲンマが顔を出す。

「失礼します」

あぁ、なるほど、この娘もゲンマの気配を察知していたのね、と思いながらゲンマに微笑むマリア。

「少しよろしいでしょうか」

「もちろん」あなたもお茶でもどう?と空いているソファを指差すマリア

ああ、いえ、手短に、とゲンマ、傍らのリマスに、ご苦労様、と微笑みながら軽く頷く。

「明後日の移動についてなのですが」

「列車移動になりますので、アズマさんには明日の午後には、一旦、中央へ戻っていただきます」

よろしくお願いします、とペコリと頭を下げるゲンマ。

 なかなかの機密事項だが、後方に控えるリマスを人払いする気配はない。やはり北方行きは知ってたねぇ、とチラリと伏し目がちに佇むリマスを見る。

そんなマリアに

「お席はご用意しておきますが」とゲンマ

「ああ」

「ありがとう」と、基本は何処に行くのも徒歩移動のマリアが微笑む。

「移動中は、たまに顔を出すつもりにしています」

と、厳重警備のノンストップ弾丸装甲列車に途中から勝手に乗り込むヨ、と言っているが、もう誰もそんなことは気にしない。

「警備体制は?」マリアが生真面目な表情で尋ねる。

「基本的には鉄道警備隊が駅と路線周辺、北方地区エリアでは北方地区の教会警備隊が各所に配置されます」黒服は基本、中央から動かない。

「列車には私とエリアーナが同乗します」

よろしくお願いします、と居住まいを正すアズマ。

 マリアは、なるほどこのカワイ子ちゃんは行かないワケね、となんか納得する。

気になるよねー

なにしろ、ゲンマのお婿さんにアズマさんをって

天龍族の上、が考えているみたいだしねー


 これはもちろん、天龍族でもごく一部の人間しか知らない機密事項で、ゲンマ本人にも知らされてはいない、が、テンマとマリアに隠し事などできない。


龍の巫女には、龍と同等の力を持つ者を。

ま、そう考えてもおかしくはない。

御三家内では、匂わせ程度に、ほのかに情報が漏れているっぽいねぇ。

ニヤけそうになるのを堪え、スンッとしたままお茶を楽しむマリア。


当然、コバリは勘付いているようだが、無論、マリアはアズマに余計?な事は言わない。

だって、

そっちのほうが面白いから。



 鬱蒼とした森が広がり、密度の高い木々の葉が濃く影を落とす中、真っすぐに銀色のチューブが伸びている。明らかに異質なそれは、北と中央を結ぶ線路を覆うシェルだ。

 環境保全に配慮して設計された高架仕様のチューブを延々北へと辿っていくと、やがて森は途切れ、さらにゴツゴツした岩が転がる荒涼とした大地を進み、深い峡谷を渡る。

そして峻厳とした北方の大山脈が背後に聳える、山間の盆地へと至る。

 そこはかつての北方と中央の国境であり、その盆地には国境警備のため要塞都市が築かれた。その名残で現在も、峡谷に面した側は石積みの城壁が街をぐるりと囲む。

 今となっては城壁など不要だが、中央(セントラル)同様、文化遺構ということで、観光用の施設として活用しており、点在する堡塁には300年前の大型の弩や投石器など古い兵器の展示もされている。今日は好天ということもあり、城壁の上に整備された石畳の通路には三々五々、観光客がそぞろ歩き、展示物や城壁の石垣を見学している。

 今は見晴らし台になっている、城壁の側防塔へ続く石段を、トントンと飛ぶように軽快な足取りで登る少女。若草色のマキシ丈のワンピースの裾がヒラヒラ揺れ、栗色の巻毛もフワフワと風に靡く。既に景色を楽しんでいる幾人かの観光客をすり抜け、登ってきた勢いそのまま、側防塔の石壁の上へと飛び乗る少女。

 腕組み仁王立ちで眼下を臨むと、左手には峡谷の大橋から伸びる幹線道路と、チューブから続く鉄道用線路が城壁の正面大門を抜け、市街へと続く光景が良く見える。


「お嬢さん!」

「危ないから降りなさい」

後方から、警邏中の教会警備隊の女性隊員が少女に声を掛ける。

 このような有名観光地の高層建築物には転落しても死亡事故や怪我が無いよう、重力緩和などの安全装置が設置されてはいるが、さすがにこの高さは危ない。

ゆっくりとこちらを振り向く少女。

「あら」

「ごめんなさい」

見た目とは裏腹の落ち着き払った声。スイッと壁の上から降り立つ。

 その様子を見て、なるほど重力操作の生体回路(サーキット)持ちかと思う女性隊員。ここは土地柄、天龍族が多いので、高所は危険、と考えない人々が多い。

「こんにちは」

ニコニコしながらこちらを見上げる少女

「はい、こんにちは」

全く悪びれないその様子に、気が抜けてフッと小さく溜息をもらす。

「今日は」

「お巡りさんが多いですね」

ジーッとこちらを見つめる少女

 本日正午、中央(セントラル)から特別装甲列車が到着する。ここで昼食休憩の後、トニトルサへと向かう予定だ。もちろん、一般にこの事は公表されていない。

 超VIPの来訪ということで、この街の警察、教会警備隊、鉄道警備隊は総動員、かつ北方地区教会警備隊からの増援も警戒にあたっている。

 また、女性隊員も観光地の警邏は、あまり威圧感を与えないよう、明るい色のキュロットタイプの制服を着用することが多いのだが、本日は、色味こそ明るめのモスグリーンだが軽武装仕様で、ホルスタには特殊警棒、スタンガンに、普段は持たない銃も携行している。この町に住む者なら何かしら違和感は抱くはずだ。


「そうかしらね」

当然、惚ける女性隊員

「上も」

 クイッと顎を上げ上空を見つめる少女。確かに今日は天龍族の隊員が一人乗りグライダで上空もパトロールしている。しかしながら、なかなかの高度を飛ぶこのグライダは、下から見ると普通は鳥が飛んでいるようにしか見えない。かなり眼が良い子のようだ。

そして

ジッと隊員の眼を覗き込む少女

「何時に来るの?」


「正午に」

「特別装甲列車で到着後、駅舎に併設のレストランで皆様、区長と会食の予定ね」

機密事項をスラスラと世間話のように喋る女性隊員。

「そ」

 ありがとう、と少女はくるりと踵を返すと、来た時同様、トントンと軽快に石段を駆け降りる。

 女性隊員はしばらく、ボンヤリとその場に立ち尽くす。と、定時連絡を促すコール。

「こちら、東側防塔上、異常ありません」

通信機で即答し、少し首を捻る。


あれ?

本当に何も無かった?


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