ゲンマ・ビエントの選択
「勝負!」
「サア、開きます!」
合力の威勢の良い掛け声に合わせ、胴がゆっくりと繰札を捲る。
「ゴ!」合力2人が声を合わせて出目を叫ぶ。
今までの出目は、1,1,6,1,2,4,3,6,と来て、ここで死に目の「5」
ここまで出ていないので、「頭」には置きづらいが、逆に「穴」や「別」には保険で置いておこうかとは考えるかな、と思うアズマ。
-負けが込んできたので、これ以上、大怪我しないようにとの守りの発想ッスね。
-なるほど。
しかしながらその裏、を狙った数人が「頭」を開く。他の張子も「穴」や「別」を開いて、結局全員が張札を開く。渋い表情の胴。
-アテが外れたってトコッス
-うーん、次はなんだろう…
と考えつつ、マリアに倣って、アズマも新品の張札の紙封を剥がす。張札の裏面は黒一色。表面にはこちらの標準文字の1から6がデザイン画のような装飾文字で記され。更に一目で判別できるよう、数字と同じ数の赤いドットが描かれている。
マリアは6枚の札をビラッと扇状に広げ、うーんと悩んでいるフリをしているが、ここで張る気は無いようだ。
「次、入ります!」と合力。胴が努めて無表情でゆっくりと繰札を置く。
アズマはチョット運試し、ということでスタンダードな4枚張りをしてみようかと考えている。自分なら、シレっともう1回「5」を置くな、とは思うが、今の胴の立場で考えると、逆に張子がそれを狙っているかも、と考えてしまうと、もう置けないな。とも。
胴の左前にはチップが積んであるが、これは「胴前」という胴の資金だ。これが尽きると胴は強制交替となる。最初いくら積んであったかは定かではないが、今現在はかなり心許ない額だ。今回もしくは次回で胴が潰れてもおかしくは無い。
うーん、と唸っていると
-胴は今、流れが向いてないな、と思ってるッス
-ということは?
-自分ならコレ、ってヤツがフツーに当たるかもッス
「サア、張った張った」と合力の掛け声に合わせ、粛々と張子が札を並べていく。
あまり時間は無い、頭から5、1、6、4と並べ、張札の横に1万のチップを置く。
「サア、揃った!」「こちらも揃いました!」
「開きます!」2人の合力が声を合わせる
胴が繰り札を開く
「ゴ!」「続いてのゴです!」
読みが当たった、というよりは、確かに流れが向いてないみたいだな、と少し胴を気の毒に思いながら、自身の頭を開くアズマ。そして案の定、他の張子も頭や軸を開く。先程と同じく全員開いたようだ。
早速、アズマの前にも1万のチップ1枚を合力がスッとレーキで寄越す。
胴前のチップがかなり減った。右の合力が胴の耳元で何やら囁く。頷く胴。
-もう手仕舞い、を勧めてるッスね
-そうだなぁ、ツキが無さそうだしなぁ
「最後、もう一丁!」
合力が叫ぶ、この胴で最後の勝負だ。
コバリからのお願い事を本部長が快く応じた後、ジャイアプールの件についてゲンマとベイリー、バルイフも交えて、少しだけ現状確認と今後の予定を確認する。
実のところ、ベイリーが中央にいるのは、行方不明の後、オケアノスの巣で発見された極東の海上警備隊、潜水艇の乗組員3名と、あの日港湾基地を巡回警備していた女性警備隊員1名を引き取りに来たのだ。
「結局、中央の検査でも何も分からず、か」フム、と顎を撫でる本部長
「はい、残念ながら」伏し目がちに答えるベイリー
発見されるまでの記憶がない、というだけで乗組員たちの健康状態は全く異常なし。それ自体は喜ばしい事なのかもしれないが、彼らは暫く潜水艇に乗ることはできない。また、女性警備隊員も内勤になる。
命があっただけありがたい、と彼らは気丈に振る舞ってはいるが、実質、海上警備隊からはクビ、という宣告だ。彼らには特に落度は無い、さぞかし無念だろう。
少々感傷的になるベイリーだが、今はそんな場合では無い。開戦、が現実的なものとなりつつある。状勢が落ち着くまでは仕方がない、と気持ちを切り替える。
ジャイアプールで「何か」をされた海上警備隊員達の検査、については当然、教会報道部も参加している。
そしてコバリは「マコル・ハイナル」から、より詳細な報告を聞いている。
マコルから教会報道部には報告されていない、公にできない情報、も含めてだ。
当初、テンマがコソコソと隠し事をしていたので、勘繰っていろいろ探りを入れていたが、事情を教えてもらうと、なるほどね、ではある。
なるほどね、とは思ったが、全てを納得した訳ではない、以前ゲンマにも言ったように、間違いは正されなければならない。
少し気が変わったコバリ。
「あなた達」ゲンマ、ベイリー、バルイフに声を掛ける
「私はもう少し、本部長と2人で、お話があるの…」
「今日はありがとう、ご苦労様」と本部長室から送り出される。
秘書とともに扉の前で礼をした後、3人は思わず顔を見合わせる。が、特に何も言わずに出口へと向かう。我々軍人の耳には入れないほうが良い、とコバリが判断したのだ。おそらく高度に政治的な話、なのだろう。
立ち去る前にチラリと見えた、本部長の渋面が印象的だったな、と思うゲンマだが、もちろんそんな余計な事は言わない。
マリアがアズマとセリナンソスへ行っているので、バルイフは中央軍の情報部へ顔を出すと教会警備隊本部の前で別れた。何か「調べもの」があるそうだ。
ゲンマは本日のコバリの護衛任務はここで終了、ということで、これからベイリーと食事でも、と一緒に教会警備隊本部を出て、とりあえず教会警備隊の宿舎へと向かう。
途中、そうだマレッサも呼ぼう!と思い立ち、まだ、何か打ち合わせ中かもと思い、とりあえずメッセージを送ろうかと通信機を取り出す、と既にマレッサからメッセージが届いていた。
-今晩はお食事にお出かけ。遅くなる。多分
-いえ、きっと遅くなる
フム、と考えるゲンマ。コバリやアズマは不在、他に中央に知り合いはいないだろう、相手はセクション3の誰か…アルソス主席か…
ベイリーとは、宿舎から少し離れたちょっと良いレストランで落ち合う事として、一旦別れる。部屋に戻り軽装制服を脱いで、ショルダーホルスターと武装を外し、藤色のアオザイ風簡易服に着替える。警備隊の「簡易」というのは、最低限の防弾、耐切創性機能を有する、という意味だ。
一応、薄手のナイフ3本を左脛に、掌サイズの小型超電磁銃を右腰に目立たぬように装着。支度はあっという間に終わったが、まだ時間はあるので、出かける前に同じフロアにある、マレッサの部屋をちょっと訪ねてみる。
コンココンと軽快にノックをすると「ハーイ」とすぐに返事があった、ちょっと間をおいてドアを開くマレッサは眉間にシワを寄せ難しい顔だ。
「いたのね」「ええ」腕組みをしてゆっくり歩くマレッサに続き部屋の奥へ
「これは?」「御覧の通りよ」
そこにはベッドの上に並べられた何着かのドレス。
状況を把握し、これから何があるのか即座に理解するゲンマ。
「なるほど」
とはいえ、ゲンマもこの方面の経験は乏しいので、特に有効な助言は与えられそうには無い。
「約束の時間は?」「19時」「あまり猶予はないわね」
経験が乏しいのはマレッサも同様で、一旦落ち着いて、2人で鳩首凝議開始だ。
「タイトロングドレス、は良いと思うのよ」
「そうね、このハイネックのドレスとか露出は控え目だけど、良いんじゃないかな、逆に」
ウンウン、とドレスを眺めながら頷く2人
仕事中は概ねパンツ姿なので、ディナーとなれば、やはりスカートをチョイスしたいところだ。タイトスカートでも良いが、やはりここはロングドレスだろう。
早速、室内着をババッと脱ぐマレッサ
「ちょっと待って」
「何?」
「万が一って、あると思うの」
今、マレッサが着用している特殊繊維の高密度織物を使用した防刃仕様の下着を、うーんという感じで見るゲンマ。ギュッと締め付けた胸が苦しそうだ。これはこれで、と一定の需要はありそうだが、あまり一般的ではないだろう。
「なるほど」
ディナーの後、下着姿になることはまず無いだろう、が可能性はゼロではない。
彼女たちは、普段からあらゆる可能性を排除せず準備万端で事に臨むのである。
クローゼットからマレッサがいくつか下着を取り出し
「これは、どう?」と、1枚ピラッと広げる
「却下」即断するゲンマ
マレッサの用意周到さには感心するが、黒レースのTバックは恐らく攻めすぎだ。
教会警備隊本部の車寄せに、滑るように黒光りする防弾軽装甲車がやって来て、エントランスで待つコバリの前で停車する。
空港に迎えに来てもらったものと同型かな、と見ていると運転席と助手席から、黒服2人が降りてきて、1人は素早く後部座席の扉を開き、2人揃って敬礼しながら待機。
「ありがとう」ニッコリと微笑むコバリ
「あななたたちの事は、マリアから聞いているわ」
教会警備隊別動隊第1班の最精鋭、ガンデとメルナは、心の中で、え!どんな感じで聞いておられるのでしょうか?!と叫んでいるが、無論、敬礼の体勢と無表情をキープ。
「今日もよろしくね」
極東の「龍の巫女」ゲンマ・ビエントの代わりに護衛を任されているのだから、マリア様からは高評価、をいただいていると思って良いのだろう、とご満悦の2人だが、厳しい表情は崩さない。これから厳戒態勢の教会地区から出るのだ、一瞬たりとて油断はしない。
そして、コバリを載せた車は「中段」の金融街、その中心に堂々と聳える中央銀行本店へと向かう。
広い道路にぐるりと囲まれた中央銀行本店の裏手に周り、2人の警備員が両脇に控える通用口へと向かう。予め連絡済のため、2重のゲートをスムーズに通過し、裏手にある要人通用口前の車寄せで、滑るように停車する。
と、通用口の前には既に、銀行職員であろう銀髪の紳士が待っている。ガンデが後部座席のドアを開けると、コバリが流れるように降車し、その紳士に挨拶する。
「こんにちは、お出迎えなど不要でしたのに」
いやいやそんな、と銀髪の紳士が恐縮しながらお辞儀した後
「総裁がお待ちです」とコバリを案内し奥へと導く。
すぐに戻るから、ちょっと待っていて、との命でガンデとメルナは車寄せで待機。中央銀行の敷地内では滅多なことは起こらないだろうが、もちろん周囲の警戒は怠らない。
本日、コバリとアズマは大きな会議は無いので休養日、と聞いていたが、午後からコバリは中央評議会議長、教会警備隊本部長、そしてこれから中央銀行総裁と、北大陸における各方面のトップと立て続けに会談だ。
休養とは?と思うガンデとメルナ。
セリナンソスへ行く前に、中央銀行本店へ寄ってちょうだい、とコバリに言われた際
「だって」
「賭場に行くならお金が必要でしょ」
と微笑んでいたが、博打の種銭を用意するだけのために総裁に面会するようなことはあるまい。
いや、ひょっとしたらあるのか?とか思いながらも、無論余計な事は言わない2人
20分ほど後、先程の銀髪の紳士を先頭にコバリが戻ってきた。総裁と会っていたにしては早いな、と思うガンデとメルナ。と、コバリの後方にもう1人いる、と気付く。
「こちらの紳士も」
金髪をオールバックに撫で付け、細い銀縁眼鏡をかけた、いかにも銀行から来ました、的な北方系の若い紳士を紹介するコバリ
「セリナンソスまで同行するわ」
紳士がペコリと頭を下げる「よろしくお願いします」
敬礼するガンデとメルナは、素早く紳士の外見を確認する。紳士の持つ、あの薄手のアタッシュケースに札束が詰まっているとは思えない。ただの鞄持ちというわけではなさそうだ。
後部座席へコバリと紳士を載せ、車はセリナンソスへ向け出発する。
目的地は龍の館、『エピクラテシオン』、そこではマリアとアズマが待っている。
最後の勝負は3回連続の「5」
さすがに、これには頭は開かず、少し胴も回収できたようだ。焼け石に水のようだが、これで「胴を洗う」ので落胆というよりは、もう、これ以上負けることは無いのだ、と安堵の表情が伺える。
そしてチップを持って、こちら側へ移動、今度は張子として席に着く。種銭がある限り、負け確定ではないのだ。
次の胴は予め決まっていたようで、アズマたちとは反対側、部屋の奥に静かに座っていた男性がゆっくりと立ち上がる。
浅黒い肌に黒い瞳、黒髪を綺麗にオールバックに整え、側頭部には黒い小さめの角、西方と南方の混血っぽい容姿。細身だが頑健そうな身体、そして席に着くと黒い襟無しシャツの袖を捲り上げバンドで肘上に固定する。一連の所作に隙は無い。
どう見ても素人ではないな、とアズマにも分かる。
胴前のチップを自身の左に積む。パッと見で1000万ぐらいだろうか。
「サア、入ります!」
合力の掛け声に合わせ、新しい胴が、手慣れた感じで繰札をセットする。無表情、そして躊躇いは無い。
「初綱」の3は無い、とマリアから聞いている。これはルールではなく不文律というヤツだが、胴の初手は出目のヒントが無いので、張子である堅気の旦那衆へ対するハンディキャップであり、博奕打ちの器量を示すものらしい。
-ここで、3とか出しちゃうと、総スカン食らって、その後は賭けが成立しなくなるッス
-なるほど、気を付けよう
ま、胴でプレイしないけどね、と思いながら張札を繰るアズマ。
胴は3以外の5枚から1枚選ぶ、4枚張なら大体当たりそうだ。大きく張る向きもいるようだが、見当のつかないアズマは、ここも1万。マリアはここも見だ。
先程の流れで「5」に気が行くが、それは無いだろ、のその裏をかかれるかも、と思うと無視はできない。一応「穴」にセット。
「サア、張った張った!」合力に急かされ、考えるのを止めたアズマは、何となく無さそう、と2,1,5,6の4点張だ。
「こっちはできた!」「こっちも揃った!」
「開きます!」
胴が布を取り、札を捲る。
「ゴ!」合力2人が声を合わせて出目を叫ぶ
え!?という張子の旦那衆の気配。胴は俯き加減で半目のまま、全くの無表情。
アズマは一応当たったので、「穴」の札を捲る。他、幾人かは捲るが大体「穴」か「別」、開かない張子も多い。
「穴」は元返しなので、アズマは張ったチップを自分の手元に戻す。
-いやぁ、面白いッス!
-うーん、難しいもんだな
サア、次行こう!と合力の掛け声で、2回戦に突入だ。悩んでる暇も無い。
胴は既に繰札を置いた。迷いが無い。
この速さで置いた。続けて「5」は否定できないなぁ。と、無視できずにまた「穴」に置き。じゃあもういいや、と先程と同じ2,1,5,6の4点張。無論自信は無いので1万のチップをそっと置く。
張札が揃った、合力2人が声を合わせて叫ぶ
「開きます!」
その声とともに、胴が布を捲り、札を開く。
「サン!」
思わず、グッとなるアズマ。1枚も開かずの「総スベリ」だ。
-あっちゃー、やられたッスね!
-そっかー、ここで3なのかぁ…
-5に張子の意識を向けてのぉ、ってとこッス
アズマ同様、大体の張子はやられた、という顔で、今回は先程よりも更に開かない。
合力が手早く、レーキでチップを回収、胴前に積んで行く。
「サア、次、入ろう!」「次、行こう!」
胴は繰札をチラリと確認し、流れるようにセット。今回も全く迷いが無い。
3回戦は「1」、またもやほぼ開かず。面白い様に裏をかかれる。張子の皆さんも渋い顔だ。
例によって胴は躊躇なく繰札をセット、張札待ち。
と、徐にマリアが張札をシャッシャッと切り、表の数字を確認することなく、1枚、敷布の上にそっと置く。
「運試しです」
ニッコリと胴と合力に笑いかけるマリア。そして10万のチップを置く。
元来、手本引きとは胴と張子の読み合いが醍醐味なので、このような運任せの張りは不調法とされる。更に1点勝負の「スイチ」は胴をナメている、と思われるので、これまたあまりよろしくない、と、さっき言ってたのはマリア本人だ。
どういうつもりだ?と若干不審に思うアズマ。
「揃いました!」
「開きます!」
「ゴ!」
ここで5に戻るんかい!と心の中でツッコミながら張札を引くアズマ。またスベった。
他の張子たちもほぼ開かず。と、隣のマリアが札をちょっと捲って確認してから、ゆっくりと開く。
「どうやら」口の端を少し上げ、微笑む。
「ツイていたみたいです」
張札は「5」、間違いない。張子の皆さんが少しザワつく。そりゃそうだろう、今まで見していた、この場にはそぐわない華奢な美少女が、いきなり1点で的中、なのだから。
そして次のターン
6枚積んだ張札の1番上から取った札を、数字を確認もせずセットするマリア。
胴が繰札を開く、と当然のように、張札を開く。
「いやぁ」クスッと笑うマリア
「今日はツイてます」
さすがに、無表情の胴も、マリアをチラリと見る。
なるほど、と、あまり深く物事を考えないアズマでさえも理解する。
喧嘩売ってやがるな、コイツ。




