マレッサ・ロクメの逡巡
夕暮れ時の教会警備隊本部宿舎の一室にて、マレッサは仁王立ちで腕組みし、眉間に深いシワを寄せ、熟考していた。目の前のベッドにはクローゼットから取り出した服が、何着か並べてある。
うーん、と1着手に取っては、自身に当ててみて、姿見で確認、そして戻して、また悩む。
傍から見ていると何をそんなに、といったところだが、何を隠そうこれからトマス博士と夕食を共にするのだ。しかも2人っきりで。
話は数時間前に遡る。
本日、特に大きな会議は無いので、コバリとアズマは中央市街地の観光へ繰り出し、ゲンマは昨日から中央入りしているベイリーと合流する、と聞いている。
ということで、マレッサは朝から単独行動だ。
基本的に中央にいる間、マレッサはセクション3のフロレスタ・アルソス主席の預かりになっているので、朝からセクション3に入り浸り、小さな会議にも参加させてもらっている。午後、少し時間が空いたのでマレッサは1人、アルソス主席の許可をもらい、セクション3の資料を嬉々として読み漁っていた。
極東の教会警備隊技術部所属のマレッサにとっては馴染みのある分野だが、材料工学ひとつとっても、興味深い資料が目白押しだ。今後、宇宙開発の仕事に携わるのなら、この辺の内容にも精通しておかねばな、と集中して論文や資料を次から次へと読み耽る。
と、マレッサの携帯がブルッと震え、メッセージの着信を知らせる。緊急事態なら通話してくるはずだが、と見ると、それは最近仲良しのマカグナからだ。
トマス博士情報に違いない、と内容を確認する。案の定『只今、博士は打ち合わせの合間にティータイム、テラスへ』と簡潔に用件を伝えるものだった。
マカグナはマレッサの動向についても把握しているのだろう、でなければこのタイミングで連絡は来ない。ありがたいことだ、とマレッサは即座に行動を起こす。
テラスとは、研究所の1階にある巨大なカフェテリアのことだ、朝から晩まで研究に勤しむ研究者のため早朝6時から晩は22時まで営業、なおかつ研究所職員は何を食べて飲んでも全て無料という太っ腹設定だ。マレッサもゲストパスを持たされているので無料で使わせてもらっている。
手早く資料を片付け、洗面所へ直行し身嗜みチェック、本日は極東のアオザイ風制服を着用、化粧は薄っすらルージュを引くぐらいで、元々ほぼしていないし、特に問題は無い。今日はロングヘアを後ろ1本3つ編みに纏めてあるので、前髪だけをチョイチョイと直し、速やかに、しかし慌てずテラスへ移動する。
2階までブチ抜きの高い天井、中庭に面した総ガラス張りのテラス内は陽光に明るく照らされているが、紫外線と赤外線カットガラスにより日差しを強くは感じず、心地良い。
内装は定期的に変更されるとのことだが、内装のカラーリングなどが及ぼす心理的な効果を検証しているらしい。今現在は柔らかいクリーム色の内装に、小粋なデザインの薄黄緑色のテーブルとチェアが並ぶ。そしてもちろん、供される飲食物にもふんだんに新規開発の食材が使われる。当然、安全性は検証されてから提供される、ということにはなっている。
お昼時には給仕担当がお料理を準備してくれるが、今はカフェタイムなので、各自、カウンターでお好みの飲み物をカップに注ぐ、セルフスタイル。お茶の種類は豊富で選り取り見取りだが、今日はお茶を吟味している場合ではないので、飲み慣れた極東の半発酵茶を選ぶ。
テラスには、お茶を飲みながらもテーブルを囲んで熱心に討議するグループや、1人書類を眺めながらのんびりお茶している研究者の姿など散見されるが、お昼時のように混雑はしていない。
お茶のカップを持ったマレッサは中庭へと出るガラス扉へ向かう。中庭にも小さな円卓と椅子がいくつか設えられており、マレッサは、その内の1卓にとりあえず腰掛ける。
さり気なく周囲を見回すと、少し離れた木陰の円卓に、腰掛けて本を開きながらお茶を飲むトマス博士が目に入る。その斜め後ろに控えるは、もちろんマカグナだ。
チラッとアイコンタクトする。と、マカグナがなにやら博士に囁いているのが見えるが、もちろん気付かぬフリ。
トマス博士が本を閉じる音がした。そして、こちらを見る気配を感じて堪え切れずにそちらに顔を向けると。博士が微笑みながら右手を挙げて、こちらへ、との仕草。マカグナはその斜め後方で、スンッとした表情をキープだ。
本当は、椅子から飛び跳ねて駆けだしたいところだが、もちろんそこはグッと堪えて、まずは立ち上がり、その場で会釈する。
少し迷ったが、お茶のカップを持って静々と博士のもとへ向かう。
「ごきげんよう、マレッサ君」博士は仕草でマレッサに前の椅子へ腰掛けるよう促す
「ごきげんよう、博士」
「今日は1人なのかね?」
失礼いたします、と努めて優雅に腰掛けるマレッサ
「はい、コバリさん達は今日は基本、休養で中央市街を観光のようです」
「私はセクション3でご教授いただいております」
「アルソス君と、マレッサ君は話が合いそうだ」愉快そうな博士
「そうですね、いろいろ勉強になります」
何気ない会話を交わしてる最中にも、マレッサの思考は並列で懸案事項を高速処理中だ。
マカグナからは『今晩、博士は予定無し』との連絡も貰っている。
さて…
「先程、材料工学についての資料を拝見していたのですが」
どうゆう風に話を…
「合金設計を行う際、合金の特性を推定するために、電子軌道法で構造計算してその結果をもとに各素材を理解して設計する試みは、私は初見でしたが、非常に興味深いですね」
もっていこうか…
「ところでマレッサ君」
「はい」
「今晩、一緒に夕食でもどうかね」
…え!?
「何か不都合などありましたら、ご連絡下さい」
と、褐色肌碧眼の美人支配人がニッコリと微笑む
「そうね」ちょっと思案顔のマリア
「ひょっとしたら今日は泊まることになるかもしれないから…」
「その時は、お部屋の手配、よろしくね」
「承知いたしました」深々と頭を下げる支配人。
そしてマリアとアズマは支配人室を辞して、一旦、カジノフロアに戻りチケットを換金する。もちろん一般エリアとは異なるVIPエリアだ。こちらでお待ちをと言われたので、フッカフカの白い大きいソファに埋まりながら待っていると、シャナリシャナリと黒タイトロングドレスのお姉さんが小さい銀のトレイに札束を載せてやって来て、マリアの前に跪く。
「ありがとう」マリアがスタッと立ち上がり、札束を鷲掴みして、ミニワンピのポケットにねじ込む。いちいち金額など確認しない。小柄な黒髪美少女のオシャレ膝丈ミニのポッケからはみ出す札束は、なかなかイカつい絵面だ。良識のある大人が見たら眉を顰めるかもしれないが、ま、中身はマリアだしな、とアズマはもちろん気にしない。
カジノエリアから外に出る。来る時と同じじゃつまらん、と舟には乗らず、池に架かる橋を2人並んで歩いて渡る。
恋人つなぎした手をブンブン振りながら浮かれて歩くマリアは、遠目には恋人に甘える女の子の図、だが話している内容は「博打の華」ことホンビキの事だ。
「基本は昔、日本でやってたのと同じなんスけど」
親が1から6の6枚の数字札から1枚を出す、子がその札を当てる、のが基本だ。ここまでは分かりやすい。
「こちらでも導入初期はいろいろな、しきたりやローカルルールとかあったんスけど、少なくともココではルールは整理されてるッス」
「子である『張子』には、さほど難しい縛りは無いッスけど、札の張り方は何種類かあるんで、それは必須で覚えるッス!」
人工池の橋を渡りきり、メインストリートの歩道を少し進み、道の反対側へと渡る横断地下道へのスロープを降りていく2人。楕円形にデザインされた広い地下通路の壁面はカラータイルで彩られ、細かいレリーフが彫られた白い天井がボンヤリと光って通路を照らしている。アズマ達のような、カップルや、家族連れがノンビリ歩く光景は賭場の雰囲気とは無縁の長閑さだ。
基本、人通りの多い通路には、制服の警官、もしくは教会警備隊が死角無く配置されている。そして私服の警官も客に紛れて巡回しているし、各カジノホテルも独自の警備員を配置している。中央でも教会地区に匹敵する治安の良さかもしれない。
「世界一の複合リゾートッスから」
「誰でも安心して遊べるよう、セキュリティのレベルは高いッス」
ということで、マリアのポッケは札束でパンパンだが、スリやカツアゲに遭う、とかいうトラブルも無く、お目当てのカジノホテルに恙無く到着。
入口は堂々とした古代神殿を模した石造りの門、そこをくぐると水路を縦横に張り巡らせた前庭で、区画事に異なる色とりどりの草花が植えられている。
そして目の前に聳えるカジノホテルは、なんと巨大な四角錐で、全面光沢のある黒いパネルで覆われている。おぉーっと小さく歓声を上げ、陽光を浴びてピカピカ輝く黒いピラミッドを見上げるアズマ。
「この建屋には」同じく並んで見上げるマリア
「元ネタがあるッス」
『エピクラテシオン』は北方系の古語で『龍の館』という意味だ。
かつて龍の巫女が、天龍のお告げを受ける際には巨石を四角錐状に積み上げた建造物に籠っていたらしい。
なるほど、やはり北方の人達は天龍を大好きなんだな、と入口の横にある10mはあろうかという巨大な紅い龍の彫像を眺めながら思うアズマ。
像の前は絶好の撮影スポットということで、観光客が集まって記念撮影などをしているが、マリアとアズマはスッとその横を通り抜け、黒いピラミッドの正面に、ポッカリ開いた広い間口のゲートへ向かう。
ゲート横の北方系の大柄な警備員さんに、こんにちわ、と朗らかに挨拶しながらIDカードをゲートにタッチして入場。外壁同様の黒い艶やかな内装に統一されたエントランスから、カジノフロアへ続く通路の天井には、教会の天井でお馴染み、紅天龍のステンドグラス柄の照明が輝く。
先程と同様、広いドーム状の空間に窓は無く、全体的に薄暗い。入口から続く壁にはスロットマシン、ビデオスロットがズラリと並び。ホール中央には、やはり「大小」用の円形のマシンがいくつか設置されている。
「とりあえずまだ晩メシには早いんで」
「軽ーく、ホンビキでひと勝負、といくッス」
フンッと鼻息荒いマリアがアズマを引き摺るように奥のエリアへ進む。
手本引きはそのゲームの性質上、オープンエリアでは行わず、囲った小部屋で行われるのが常だ。
「このへんは一般のお客さんが遊ぶエリアッス」
ホールの入口と反対側の壁際に、10程度の部屋が並ぶ、週末には全ての部屋が埋まるとのことだが、今日は5部屋程度で行われているようだ。
マリアと空いている部屋を覗いてみる。間口1.5m程度の扉の無い入口、そして薄暗い部屋の中央には大きな楕円形のテーブル。部屋の奥側には椅子が1脚、手前側には大体15脚の椅子が並ぶ。
「親こと『胴』は奥に座り、子である『張子』は手前に座るッス」
「大体、張子は5人から、最大15人ぐらいまでッスかねぇ」
テーブルは分厚いガラス製、それを木製の枠がぐるりと囲む。胴も張子も、卓の下で妙な事を行わない様に、ということだ。
じゃあ、早速と、マリアが部屋をチラチラ覗いて回り、10人程度が遊んでいる部屋へスッと入る。入口には極東のアオザイ風の黒い制服を纏った巻角族の女性が立っており、まずはマリアが挨拶する。『敷張』という見張り役のようなものらしい
「ちょっとお邪魔しても良いかしら?」
敷張の彼女は、いかにも賭場とは無縁そうなマリアの外見から、一瞬、逡巡したようだが、すかさずマリアがポッケから2束取り出し「チップをお願い」と渡すと、ニッコリ微笑み、どうぞこちらへ、とマリアとアズマを空いている席に案内する。
そして敷張は2人に低い声で「1-10です」と囁く、これはこの場における、張子のベットの限度額で、最低1万、最高10万までということだ。
胴と10人ほどの先客に目礼して、入口に近い空いている席に着く。今現在も賭けは進行中だ。邪魔をしてはいけない。
胴の後ろには、両脇に2人、敷張と同様の制服を纏う巻角族の女性型が控える。この2人は『合力』と呼ばれる進行係で、賭け金の回収、配当計算と払い戻しを行い、もちろんイカサマの監視も行っている。
胴は既に自身の選んだ数字を示す「繰札」をセット、張子のベット待ちらしい。
繰札のセットとは、胴の前に置いてある30cm角程度の厚い黒い布の上に裏返しに札を置き、その上から更に紺色の布を掛けるまでの一連の動作だ。セット後は、張子が張って、開くまでは何人も一切、触ってはならない。ちなみに布は電磁波を一切通さない、公的機関の保証マーク付きのものが用いられる。
「さあ、入りました!」「どちらさんも、張った張った!」と威勢の良い声で合力が煽る。
張子も黒い布の上に、自分の「張札」を並べる。札を並べる手捌きから、なんとなくベテラン、初心者の見当がつく。アズマの隣に座る、短パンに半袖シャツ姿、北方系の恰幅の良いおじさんはいかにも小金持ちの一般客だ。積まれたチップに、余裕のある態度から調子は上々のようだ。
そして今の胴も、こなれた合力の所作と比べると、不慣れな様子からカジノ側の人間ではなく一般客のようだ。ある程度の元手があれば、一般客も胴としてもプレイできる。北方系の身なりの良い旦那さんだが、こちらは不調のようで、若干の焦りが表情から伺える。
マリアとアズマの間にチップが置かれる。大きめなコインで、金額ごとに色が異なり1万は赤、5万は青、10万は黒、とりあえず2束分、1万50枚、5万10枚、10万10枚だ。合わせて未開封新品の張札、6枚1セットをマリアとアズマ各々の前に置く。サイズは一回り小さい花札、といったところか。新品が供されるのは、勿論すり替え防止のためだ。
「見させていただきます」
マリアがお澄ましモードで合力に微笑む、まずは様子見、は常套。この娘は見かけによらず慣れているな、と思いながらマリアに小さく頷く合力。
張子が皆、張札を並べ終わったところで、合力の「開きます!」との掛け声で、胴が布を取り、札を捲り表にする。
「ロク!」合力2人が声を合わせて出目を叫ぶ
と張子は、当たった場合だけ、当該の札をめくり「当たり」を合力に知らせる。
手本引きの基本は4枚張りで、配当の高い順に「頭」「軸」「穴」「別」と呼ばれる。そして札の置き方で配当は変わる、一番スタンダードな張り方ではタテ1列に札をヨコにして、胴のほうから頭→別、と並べる。その場合「頭」は2倍だ。以下1.8倍、1.2倍、「別」は元本割れの0.8倍だ。他にもいくつか張り方はあるが、同じ4枚張りなら期待値自体は同じになるようオッズは設定されている。
「1点張、2点張もできるッスけど」
「お察しの通り、配当は良いけど、期待値は低いッス」とのこと。
例えば4点張のオッズ合計は5.8倍だが、「スイチ」こと1点張の場合は5.6倍だ。
今の勝負、張子全員、札を開き、幾人かは「頭」が開いている。
合力が胴の前に積んであるチップから、手持ちのレーキで張子に的中相当のチップをスッスッと配る。さすがに慣れたもので、配当金の計算で戸惑う様子も無い。
1瞬で何十万が溶けた。胴はポーカーフェイスを装うも、やはり顔色は冴えない。
胴の左には卓上に数字の札が並べられている。これは、今の胴になってからの出目で、合力がこちらから見て左端に新たに「6」の札を置く。
今までの出目は、1,1,6,1,2,4,3,で「6」だ。ああ、なんか俺でも6は張札の目に入れる流れかなぁ、でも「頭」にはしないかなぁと考えるアズマ。
あまりペチャクチャしゃべるのも憚られるので、マリアは脳内に直で話しかけてくる
-次も様子を見て、次の次はチョット張ってみるッス
-そうだな…
-まずは、習うより慣れろッス
-了解
手本引きの醍醐味は何と言っても胴と張子の読み合いだ。胴は裏をかければ、一気に大勝ちも期待できる。それを踏まえて次の目は…
マコル・ハイナルは自室で一人、大型モニタで今日読み取った「写真」を仔細にチェックしている。
先程、簡単に今日の調査結果をまとめ、中央と極東情報部員には「写真」の調査結果は判明次第連絡すると言って別れた。
明らかに不審な人物を目撃していたならば、「写真」の生体回路持ちの彼女なら通報していたはずだ、それがなかったということは、残念ながら、一家失踪に関連するような「何か」は目撃していなかったか、もしくは、それとは気付かなかったか…
主には一家が失踪したと推定される日の夕方、目撃者が海苔屋から家に帰る途中、住宅街を歩いている際の「写真」をチェックしていると
「何をそんなに見ているの?」
チョコアイスキャンディーをベロベロ舐める、栗毛ショートの華奢な色白少女が、いつの間にかマコルの傍らにチョコンと座り、モニタを眺めている。
「ああ」特に驚く事も無くマコル
「最近、中央で失踪事件が頻発しているのですけど、写真の生体回路持ちが近所に住んでいたので、何か手掛かりは無いかと、写真を提供していただいたのです」
「なるほどねぇ」
と、その間も、住宅街を歩いて行く連続写真を次々見ていくマコル
しばらく見ていると、
「あ!」と声を上げる少女
「どうかされましたか?」手を止めるマコル
モニタに映る写真の1点をツンツン突く少女
「これ」
「え?」
「一見、判別は難しいけど」
「コイツはヒトじゃない」




