一天地六
白い流線型の建屋は白鯨を思わせる。巨大な鯨の口に入るかのように進むと、カジノ入口にゲートがズラリと並ぶ。カジノエリアへは未成年者は立入不可なので、ID認証用ゲートを通らねばならない。マリアは膝丈ミニの白いシャツワンピと、その服装でカジノ?という感じだが、全く躊躇いなくゲートへ進むのでアズマもそれに続く。
ゲートを抜けると、黒いシャープなデザインのコスチュームを纏った、ガッシリとした体格の警備員や、ピッタリしたタイトロングドレスの綺麗な女性従業員が出迎えてくれる。
広いドーム状の空間に窓は無く。全体的に薄暗いが、ホールには煌びやかなスロットマシン、ビデオスロットがズラリと並び。ホール中央には、操作パネルと座席が透明な筒の周りに設えられている円形のマシンがいくつか設置されている。
「スロットは銭入れて回すだけなんで」
あんま面白くないッス!と、マリアに引き摺られ、ホールの中央まで進み、その円形マシンの座席に並んで座る。
透明な筒は2重になっており、外側の筒の周りに12の操作盤モニタ付きの座席、内側の筒は1m弱の太さで、その中には、賭場でお馴染みの賽子が3個転がっている。
「ちなみに」密閉された2重の筒の中に転がる賽子を指差すマリア
「こちらの世界の賽子は全部メスみたいッス」
いや、それは正直どうでもいい。
「これは?」透明な筒を指差すアズマ
「ああ」フフッと微笑むマリア
「御覧の通り、シック・ボーッス」
いや、まあ、そうだろうけどもさ!
「なんなんスか」唇を尖らせるマリア
「一般的な日本の高校生は『大小』なんてやったことねぇんだよ!」
もう、しょうがないなぁ、という感じでマリアが簡単に説明してくれる。
「賽子の出目を予想して賭ける、コレ、いいですよね?」
「それはOK」
サイコロは3個なので出目は3から18になるが、大小の場合、4から10を小、11から17は大、とする。
「大か小に張って、当たれば2倍ッス」
「あれ、3と18は?」
「3個ゾロ目は大小と別区分になってるッス」
「ああ、ルーレットの0みたいなもんか」
「そッス」
そうしないと、確率50%で当たれば2倍って、親にはなんの儲けもない設定になるしな。
「3個ゾロに賭けてもいいッスけど、期待値は低いッス」
タッチパネル式らしい操作盤モニタには各賭式のオッズが表示されている。特定数字の3個ゾロは180倍、確率216分の1だから、確かに大小に比べるとなんか損した気分だ。
他にも3個の内の2個ゾロ目や、3個の内1個の出目を当てる、合計数に賭ける、とか結構いろいろある。4のオッズは62倍、10は6倍、感覚的には、じゃあ4に賭けても、とも思ってしまうが…
「お察しの通り、オッズは高いほど期待値は低くなるッス」
そりゃそうだよね。期待値が同じなら、高い倍率に賭け続ける客が増えて、結果、売り上げが落ちそうだしな。カジノは客に銭を注ぎ込ませてナンボだ。
マリアにレクチャを受けている間も、賽子マシンは稼働している。完全密閉された内側の筒が1分毎に振動し、最後に底板がバンッと跳ね、賽子を宙に飛ばす。そして完全に筒の動きが停止したところで、出目確定。払い戻しが即座に行われる。
「重力制御の生体回路持ちが小細工できない様に、この筒の中はリアルタイムで気圧がモニタされてるッス」
確かに、目の前のモニタの上部には、ここまで直近20回の出目と、気圧変動が表示されている。
いや、やんないよイカサマなんて
出目確定から、次に動き出すまで30秒、客はその間に賭けなければならない。
「まずは、お札を入れて」マリアが操作盤モニタの下にある差し込み口にお札を重ねて投入する。
「賭式によって賭金の上限下限は決まってるッス」
大小の場合は1000から10万、3個ゾロの場合は500から1万までみたいだ。賭けるときはモニタ下部の500、1000、1万と金額が表示されているコイン型ボタンに触れ、お目当ての賭式に触れるとベット終了、簡単だ。
まずはお手本、とマリアが1000のボタンに触れ、モニタの「大」をポンポンと2回触れる
「2回触ると2000になるッス」
と、ちょうど〆切、賽子の筒が動き出す。
「間違えた!ってぇ場合は、〆切前に右下のリセットボタンを押して下さいッス」
ボンッと筒の底板が賽子を跳ね上げ、3個の賽子がポンポン跳ねて転がる。
「さあて」筒を凝視するマリアとアズマ。賽子の動きが停まり出目確定。
モニタの上部に『4,5,6、合計15、大』と表示されると、マリアの操作盤モニタの「大」がピカピカ点滅し、即座に4000払い戻される。
「おお」万歳して喜ぶマリア「当たったッス!」
そんなマリアを2つ離れた席の短パンにアロハっぽい派手なシャツを着た恰幅の良い北方系の紳士がよかったね、という感じで微笑みながら小さく拳をグッと突き上げる。きっとこの紳士も当たったのだろう。
この台には12人座れるが、今のところアズマとマリアの他に6人ほど席に着いて遊んでいる。皆ちょっとそこまで遊びに行く、と言う感じのラフな格好の、いかにも一般のお客さんだ。
とはいえ、この台でちょっと負けが込むと、5万、10万はアッという間に溶けるだろう。そこそこ余裕のある人達なんだろうな、と思うアズマ。
とりあえず、今日は俺も裕福だ、と札束から5万ほど抜き出し投入。マリアは既に次のベットに入っている。どうやら大小だけではなくダブルやコンビなどにも張っているようで、せわしなく手が動いている。
アズマはとりあえず大小だな、と直近の出目を確認「大小大小小大大大小大」、賽子の出目は完全に独立事象なのだが、やはり流れは気になる。うーんと少し悩んで、〆切5秒前にポンポンとモニタをタッチし「大」へ2000。
マシンが動き出し、3個の賽子がポンポン跳ねて転がる。
「さあどうだ」と筒を凝視するアズマ。賽子の動きが停まり出目確定。
『1,3,4、合計8、小』
あっちゃーという感じだが、ポーカーフェイスで何事も無かったかのように振る舞うアズマ。
マリアは合計が当たったようだが、8のオッズは8倍だ、他にも張っているので
「結局トントンッス」と唇を尖らす。
さ、次々、と2人はモニタに向かう。
まだ始まったばかり、軍資金はまだ十分にある。勝負はこれからだ。
お客様のお帰りだ、と議長から連絡が入ったので、控室から議長の執務室へと戻る秘書2人が、ちょうど着いたところで、内側から扉が開く。
「あら」
と、微笑むコバリ・アオヤマ
「今日はこれで失礼するわね」
ササッとすばやく扉の前から後退し、深々と礼をする2人。
「美味しいお茶をありがとう」
それじゃあまたね、と軽やかな足取りで去っていくコバリの姿が見えなくなるまで体勢をキープ。
暫くして後、執務室の奥をソーッと覗くと、議長が腕組みしながら部屋の中を行ったり来たりしている。何かしら難しい問題が発生した時の議長のクセだ。
そして集中して考えている時には、無表情になるのもいつものことだ。
コバリは議長の執務室がある最奥のエリアから、中央評議会議場のエリアを抜け、正面のロビーへと進む。1階の入口、ロビー付近には、おそらく評議会メンバや、その取り巻きなど何人か屯しているのが見受けられるが、それ以上にズラリ制服の中央軍警備担当が並んでいるのが目に付く。そして一般の職員に見える受付嬢なども実は戦闘員だ。そんなロビーで、2階から正面階段をカツカツ降りて来るコバリを待ち受ける、見慣れた3人がいる。
「あら」微笑みながら、その3人へ歩み寄るコバリ
「まだ約束の時間よりは早いのではなくて?」
「いえ」今日は教会警備隊の空色の軽装制服を着用しているゲンマが会釈する。
「お待たせするわけにはいきませんので」
同じく、黙って会釈するバルイフ。そして海上警備隊の軽装制服のベイリーが会釈する。
「お久しぶりです」
「今日はご苦労様、ジャイアプール以来ね」
ロビーのソファでお茶でも飲みながら、というような話をするわけではないので、4人で教会警備隊本部へ移動する。ちょっと歩いてすぐそこだが、前にゲンマ、後ろにベイリーとバルイフがガードするように囲まれて歩く姿は非常に周囲の目を引く。
いい天気だなぁ、と青空を見上げながら歩くコバリ
こちらの世界に来てから、特に最近だが、面倒事ばかりだ。女子高生だった頃は、毎日なんやかやあったが今思えば大したことは無かったな。
とりあえず、今日はコレが終わったら、セリナンソスのアズマ達に合流して、今晩はパァッと遊ぼう。そうしよう。
とモチベを上げるコバリ。
歩きながら、パチンと自分の両頬を叩く。
「どうかされましたか?」振り向くゲンマ
「いえ」
「ちょっと気合を入れただけよ」
そんなややこしい話になるのか、と若干日和るベイリーだが、もちろん表面上は平静を装っている。バルイフも同様に泰然としているが、いつものクセで周囲を警戒している。目には入らないが、何人もの黒服が潜んでいるのは分かる。このエリアにいる限り危険は無いだろう。
正面に見える教会警備隊本部は、例によって外見上は窓のほとんど無い白い巨大な方形の建屋だ。1階の間口は意外と広く、明るい雰囲気だが、両脇には重装備の警備担当が1ダースほどズラリと並び。入り口前車寄せの脇には、対重装甲超電磁砲を荷台に載せた軽装甲車両も配備されている。さすが北大陸の総本部、といったところだ。
ゲンマを先頭にコバリ達が入口前に来ると警備担当は一斉に最敬礼。無表情の3人に囲まれて、警備担当に艶やかに微笑みかけるコバリは、まさにVIPだ。
中央評議会議長と会談の後、これから向かうのは教会警備隊本部の本部長室。
入口の重厚な扉がゆっくりとスライドして開く、とそこには浅黒い肌、額に小ぶりな角を持つ堂々とした体躯の壮年が立っていた。
「あら」少し驚くコバリ。ゲンマはサッと横へ移動し控える。
「お久しぶりです、本部長」優雅に会釈するコバリに、
「本日は御足労いただき」と深々とお辞儀をする本部長。
2人並んで本部長室へ向かう間、当たり障りのない会話を交わしながらも、考えを巡らせるコバリ。
何をどこまで話そうか。匙加減が難しいわ…
議長の邪魔をしてはいけない、と秘書2人は執務室の前室にて待機する。
途轍もなく重要な事が話されたのだろう、と見当は付くが、もちろん2人は余計な詮索はしないし、この事を誰かに話すことも無い。
この先、何が起ころうとも彼女達の仕事は変わらない、が、ひょっとしたら仕える相手が変わるかもな、とは考えている。
そんな彼女たちに、議長が奥から声を掛けてきた。
「君達」
「すまないが、アゲリム長官を呼んでくれたまえ」
都合を伺う、確認する、のではない「何があっても今すぐに来い」ということだ。
2人は期せずして目を合わせ、頷く。
こんな緊張感は久しぶりだな、と。
一方こちらは、能天気組
アズマはマリアに、流れを体感したほうがいいッスと言われ、2000の少額だが10回大小に賭けて、今現在は4勝6敗。主に、大のほうへ賭けていたが、ここ3回連続の出目は小、で負け越しだ。
そしてマリアからちょっと待て、の指示があり、待機。
マリアは場内をワゴンを押しながら巡回しているお姉さんを呼び止め、ワゴンからヒョイヒョイと細長いグラスの冷えたスパークリング的なヤツを2つ取り、1つはアズマへ。そしてワゴン上のお札が差してあるグラスへ1枚お札を差す。場内の飲み物は無料らしいのだが、これは「心付け」ってヤツだ。
「365日24時間稼働しているこのような自動台は」
「結局、年間通算では、期待値通り親が儲かり、子が毟られるだけッスけど」
グイッとグラスを呷るマリア。
「子が唯一、店より有利な点は、全て参加する必要は無いっちゅうことッス」
『2,2,3合計7、小』
これで6回連続で出目は小、いつの間にか台の周りの席は全て埋まっている。上部にあるディスプレイには直近20回の出目が表示されているが、その「偏り」に気付いた客が手ぐすね引いて参戦、というところだ。
賽子の出目は独立事象、と皆分かってはいるが、やはりここは大、と思うのは人情だ。
そして〆切2秒前、マリアから「小、1万」と短く鋭い指示が飛び、アズマは素早く操作し小に1万張る。〆切直後、内筒が振動、賽子を転がし最終的にバンッと跳ね上げる。
コロンと最初の出目は5、あ、やべぇ、と一瞬思ったが
『1,2,5合計8、小』
7回連続の小、周囲から舌打ちや低い声の罵声が聞こえる。やはりほぼ大に張っていたようだ。これでアズマの収支は黒字化。マリアは頬杖ついてこちらにウィンクしてくる。
次は見、待機だ。
台の周りの熱が上がっているような感じがする。おそらく大半はフルベットだろう。
『2,2,4合計8、小』
8回連続の小、意外にも何人かは小さくガッツポーズ、小で勝負していたようだ。アズマの右隣に座った北方系の恰幅の良いおじさんはポーカーフェイスを装っているがハズレたようだ。グッと拳を握りしめている。何人か台の下からチケットを払い戻し、席から離れる、勝ち逃げってヤツだ。
ちなみに払い戻しは現金ではなく場内専用のチケットで払い戻される。もちろん現金ではなくこのチケットで賭けることもできる。少額の場合は場内に何箇所か設置されている自動払戻機に投入すれば現金化できる。高額の場合は中央や出入口の有人受付で現金化できるが、嵩張らなくて良い、と常連はそのままチケットで持っていることも多いそうだ。
すかさず空いた席が埋まる、流石にもう大だろうと、勇んで参戦だ。
マリアは大小ではなく合計にいくつか張ってるようだ。アズマは1000と少額、大へ張る。
緊張感が高まる中、賽子が振られ、出目が確定する。
『2,2,3合計7、小』
9回連続の小、おそらくほぼ全員、大に張っていたのだろう。怒り、失望と負の感情が増幅した気配。そしていつの間にか周囲に集まり始めたお客さんたちから、おおっと小さく歓声が上がる。マリアはシレっと合計が的中したようだが、周りに気を遣ってかノーリアクション、次、どうするか思案顔だ。
もうここは大だろう、とアズマは2万ほど張る。とマリアが〆切5秒前に「リセット!」と指示してきたので、慌てて取り消す。
当のマリアは目にも留まらぬ速さでババッと何点かに張る。
「さあ」ペロリと唇を舐めるマリア
「ここは勝負ッス」
内筒が振動、賽子が転がり、バンッと跳ね上げられる。
客の何人かは居ても立ってもいられない、と、身を乗り出して出目を見つめる。
1個目、2個目と3だ、悲鳴にも近い声が上がる、残る1個が4以下で小だ、5か6を大半の客が祈る中…
『3,3,3合計9、小』
なんと10回連続の小、あぁーと一気に絶望的な空気に包まれる。アズマの隣の紳士もこぶしを握り締め、そして尋常ではない発汗だ。一般のお客さんなら、この3分で30万溶かせばそうなるよなぁ、と気の毒になる。
そんな中、マリアの前の操作盤はビカビカ光って的中を知らせている。その画面を後ろのお客さんが覗き込み、小さく歓声を上げる。
3のシングル、ダブル、トリプルゾロ目、全てフルベットで的中。
「3ゾロ的中?」「スゴイ!」「ホント!?」「あの女の子スゲェ」とザワつく中、周囲に注目されているので、お澄ましモードで払い戻しの操作をして、台の下からチケットを取り、席を立つマリア。アズマにしなだれかかり「スゴイでしょ、ア・ナ・タ」と囁く。
ホントにスゲェからグゥの音も出ないアズマ。
そしてマリアは小さな声で「次は大にフル」と耳元で囁く。
『3,5,6合計14、大』
アッサリと大。
面白いもので、今回はほとんどが大、ではなく大小半々ぐらいで張っていたようだ。悲喜こもごも。大が出た事で一気に雰囲気が弛緩する。アズマの隣の紳士も精根尽きた、と言う感じで離脱。
アズマも最後に10万取り、小儲けで払い戻し、チケットを取って離席する。
「儲かったッス!」と右腕に絡みついてくるマリア。渋い表情で見下ろし一応、確認。
「おまえ、なんかしてねぇよな?」
「えー、なんスか、イチャモンスか?」唇を尖らすマリア
実のところ、アズマは加速状態に入り賽子の挙動を確認していた。全く不審な点は無い。
ま、正直、コイツに何かされても誰も知覚できないんだろう。と考えるのを止めた。
「楽しんでいただけておりますでしょうか?」
不意に声を掛けられる、正面には立ち姿も美しい妙齢のご婦人。
濃い褐色の肌に鮮やかな碧い瞳が映える。プラチナブロンドのショート巻毛に黒曜石のような輝きの小ぶりな角。ハイネックの艶やかな黒のタイトロングドレスは綺麗な身体のラインを強調する。そして、黒いロングローブを身に纏った北方系の屈強な男性を2人、後ろに従えて立つその姿。
あーどう見ても、ここの偉い人だ。不自然に大勝ちしたから「ちょっとツラ貸せ」ってヤツだ。とアズマが内心ビビッてると
「お久しぶりね」と普通のトーンで挨拶するマリア
「お久しぶりでございます」と御婦人と後ろのお供2人が深々とお辞儀する。
「ああ」
「こちらの方は、このカジノの支配人です」とアズマに説明するマリア
「お初にお目にかかります、ダン様」改めて会釈する支配人
「以後、御贔屓に」
偽名で呼んでくれているが、教会系施設の支配人だ、おそらくアズマの正体は知っているのだろう。
立ち話もなんですので、とホールから先導され、落ち着いた雰囲気の奥の部屋へと進む。
こちらには世界最強がいる、荒事になったとて、どうという事も無いが、落ち着き払ったマリアの態度から、そんなことにはならないのだろう。
なんか、とんでもない高レートの特殊な賭けを持ちかけられるんかな、ひょっとして鉄骨とか渡っちゃうのかな、と、ちょっと賭場に対して偏見があるアズマであった。




