セリナンソスへ
マリアとアズマなら人工島まで一足飛びに移動するのは容易だが、目立つことすんな、とコバリから釘を刺されているので、大人しく公園前から路線バスに乗り込み、人工島入口まで移動する。
公園前から出発し、ほどなくして道路は高架になり湾岸を進む。道中、右手には中央海上警備隊の港湾基地が一望できる。ホウホウと窓にへばり付きその光景を堪能するアズマ。その隣で、夫婦設定を良いことにピッタリとアズマに寄り添うマリアが窓外を指差す。
「あ、ゲートが見えてきたッス」
港湾基地のその先、少し離れて人工島と湾岸を結ぶ連絡橋の入口にあるゲートは、ゲートというより駅だ。駅舎はスタイリッシュな全面鏡ガラス張りの3階建て。1階は島への連絡用列車のホームになっている。
ゲート前の広場には各系列の路線バスの停留所、そしてゲートと向かい合うように、北大陸横断鉄道の「中央西」駅がある。「中央」駅と遜色ない規模のこの駅には、北大陸の各地から特急列車が乗り入れ、今もちょうど、列車から降りた観光客の一団が、直通の連絡通路を通り、ゲートへと向かっている。西方からの列車だったようで、大柄で赤黒い肌の男女の姿が目立つ。
滑らかに停車したバスからアズマを急かしながら浮かれたマリアがピョンと飛び出す。
「ホラ、急ぐッスよ、ア・ナ・タ」
「楽しそうだな、オイ」
とか言いながらも、アズマも初カジノに若干テンション上がり気味だ。ゲート前の広場を2人で人混みを避けながら足早に抜け、キラキラ光る建屋の広い1階間口へ。
ゲートへ向かうエントランスは、いかにも観光地らしく左右に土産物屋や飲食店が軒を連ねる。
お土産は帰りに見ましょ、ということで、2人は腕を組みながらゲートへ進む。ゲートの両脇には警備員が配置されているが、何故か皆、極東の巻角族の女性だ。アズマには馴染み深い光景だが、中央で見るとなんか新鮮だ。マリアに言わせると「観光地には厳つい男性型の警備員より、キレイな女性型でしょ」ということらしい。
10基ほど並ぶ自動ゲートに1人ずつ入り、IDカードを所定の位置にセット、カメラに顔を向け認証すると、スラリと全面メタリックな扉が左右に開く。何事も無くアズマも通過、さすが正規のIDカードだ。
アズマの偽名はダン・キロク、マリアはヒカル・キララ、となっているが、ツッコんだら負けだな、と放置。
ちなみにこの世界では夫婦別姓は当たり前、同性同士の婚姻も認められている。また、婚姻については各地域、民族で特色があり、法律上、倫理上で大きな問題がない限り、なるべく昔からの風習、伝統を尊重している。
湾岸と人工島を結ぶ、トラス構造の連絡橋は2段構造で上段は歩道と車道、下段は鉄道が通っている。列車は10分間隔で行き来しており、運賃は無料だ。大半のお客は鉄道を利用するが、一部の観光客は上段の遊歩道をのんびり散歩して景色を楽しみながら移動したりする。そして裕福なVIPはタクシーで、ハイローラーはカジノの送迎リムジンで車道を移動、そのままカジノやホテルなどへ直行だ。
アズマとマリアは大人しく鉄道へ乗り込む。特急が着いたばかりということもあってか平日昼間というのになかなかの混み具合だが、アズマとマリアは空いていたクロスシートに並んで座る。
各シートにはハンディサイズの地図が備え付けてあり、席に着くなりマリアがそれを広げアズマに見せながら、ここへ行こう、あそこも見たい、ゴハンはここで、などとはしゃいでいる。楽しそうで何よりだ。基本、これからの行動はマリアにおまかせだ。
滑るように列車は進み、景色を楽しむほどの間もなく、あっという間に到着。島への入出場管理の意味合いもあるのでホームから出る際も、ゲートでIDカード認証する。ゲートを出て、きらびやかな内装のコンコースを進むと広いホールへ出る。
「おお」周囲を見回し少し感嘆するアズマ。
湾岸部同様、3階建てだがホールは吹き抜けになっており、ぐるりと周囲には土産物屋や飲食店など並ぶが、1階ホール中央や、店舗の間など、そこかしこにスロットマシン、ビデオスロットなどの機台がズラリと並んでいる。
「ラスベガスの空港みたいだ」
帰る前に名残を惜しんでいるのか、三々五々好みの台を回している姿が見受けられる。
「お察しの通り、レートは高くないッスけど」
「ま、ケツの毛まで毟るってヤツッスね」
うん、まぁそんな感じもするよ。
お遊びの範疇だが、コバリとカードやゲームで勝負すると、大抵、毟られていたアズマには、勝ち目は無いのに最後の勝負に賭ける、その感じは分かる。
帰り際に、ココで最後の勝負だ!とかならない様に気を付けねば。
空いている台をチラチラ見ながら進む。ビデオスロットはシンプルな数字合わせの台や、カードゲームらしいものなど様々なタイプがあるが、結局は現金を入れて回す、当たれば銭が増える、とシンプルな仕組みだ。ま、ゲーセンやパチ屋みたいなものだ。
ゲート駅舎を出ると、広場は平日昼とは思えないほどの人出で賑わっている。休日はこんなもんじゃないッス、とマリア。
広場からは真っすぐ、島の中央を貫くように広い道がドーンと伸びている、これがメインストリートだ。遥か先の突き当りには朱色の高い塀と楼門が見えるが「あれが花街の入口ッス」とのことだ。
メインストリートの中央部分は、レールが敷設してあり、2両編成のトラムがゲートと花街の間を行ったり来たりしている。その両脇は車道、その外側は例によって植栽帯兼遊歩道だ。そしてそのメインストリートに面しては巨大なカジノホテルが並んでいる。
ゲート前広場の停車場には、各カジノホテルに直行するバスがズラリと並び、随時運行している。もちろんトラム、バスなどの料金はロハだ。
「カジノは後のお楽しみ、ってことで」とマリアに引っ張られて、まずは右手の緑豊かなセリナンソス・パークへ向かう。木立に囲まれた遊歩道を抜けると遊園地、動物園、巨大な劇場など見えて来る。
周囲には観光の団体客のみならず、小さな子供連れの家族や、若いカップルの姿が目立つ。ここに賭場の雰囲気は皆無だ。
パークの敷地内にはランドマークとして、北大陸最大の観覧車が堂々と聳えているが、正直、アズマとマリアにとっては、200m程度の高さは何という事もないので、これは2人で見上げて「おお、でっけぇな」と感嘆するだけでスルー。
マリアが真っすぐ向かう先には、かなり大規模なジェットコースターが見える。フジ〇マみたいだなぁと眺めていると、「コレに乗るッス」とマリア。え、お前が今更?と思ったが、「それはそれ、これはこれ」らしい。アズマも嫌いじゃないので、まずは券売所でチケットを買う。
搭乗口に向かう通路に掲げられている説明書きによれば、最高到達点100m、最高時速は150kmとなかなかのスペックだ。さほど混んではいないので、係員さんにお願いして先頭車両の一番前に陣取るアズマとマリア。バゲットシートに腰掛け、ショルダーバーで固定されると、すぐに発車ベルが鳴り、ゆっくりと動き出す。上まで引っ張り上げ落とす、という設計は同じようだ。隣のマリアは「この登ってる時間、最高ッス」とニッコニコだ。
テッペンまで登ると景色を楽しむ間もなく、一気に下る、下るというより落ちる、身体が一瞬フワッと浮く感覚。キャーーッとバンザイ絶叫するマリア。凄まじいスピードで下り、また上り下り、曲がる。
試しに加速を発動してみると、周囲の景色の流れる速さがゆっくりとなり、歩く程度の速さ、となる。妙な感覚だ。そんなアズマに気付いたマリアが、同じく加速状態になり話しかけて来る
「ここで発動するのは、野暮ってもんスよ」「いや、まあ、試しにさ」
滑らかに会話が成立しているのは、マリアが加速のレベルを合わせているからだ。瞬時にそれができるコイツはやっぱりスゲェな、と感心するアズマ。
ジェットコースターを降りた後、マリアの希望で、座席が前方向にグルグル回転するコースターなど堪能し、次は「翼竜見たい!」と動物園へ浮かれて移動。
ちょうどエサやり体験していたので、マリアが「たーんとお食べ!」と、1mサイズ程度の翼竜に小魚をポイポイ放り投げ食べさせる。余さず上手にキャッチして食べる翼竜、可愛い。とアズマもほんわかする。一通り園内を見て回り、ちょっと休憩ということで併設のカフェでお茶する2人。
「この後は」ケーキやフルーツがてんこ盛りのデザートプレートをモリモリ食べるマリア
「軽ーく、カジノで遊びましょう」いよいよ本番ッス、とウキウキのマリア。
朝から遊び歩いてるのに元気だなぁ、と思うアズマだが、そういうアズマもほぼ疲れは無い。この身体になってから倦怠感や体調不良とは無縁だ。コバリに言わせると
「私たちの身体は、特に何事も無ければ、最適な状態となるように、生体回路が自動的にアジャストしてくれている」ということらしい。便利。
「そして、実はほぼ寝なくとも支障は無い」とも。
マリアに訊いてみたら「戦闘状態の間は、ほぼ寝ないッス」とのこと
「ちなみに、中央入りしてから、警戒態勢に入ってるんで、あんま寝てないッス」
「そういう場合の睡眠時間ってどんぐらい?」
「10秒ぐらいッス」
「え!?」
「ああ、私の場合これぐらいで、グッスリ眠れてるッス」
「マジかよ」
「なんか、電磁気系の「加速」と「情報処理」持ちなら、ショートスリーパーになれるらしいッスよ」
「アズマさんも、イケるんじゃないッスかねぇ」
「そうだなぁ」
10秒とは言わないが、睡眠時間10分ぐらいで十分というなら、何かと便利そうだ。
後でコバリに相談してみよう。
お茶休憩の後、せっかくだからとメインストリートのトラムで移動する。公園前の停留所でしばらく待って、シャープなデザインのシルバーメタリックな車両に乗り込みシートに並んで腰掛ける。ゆっくり移動する車窓の景色を眺めながら、カジノについてマリアがいろいろ説明してくれる。
北大陸唯一にして最大の公認歓楽街、セリナンソスのカジノリゾートエリアは主に5つの企業により運営されている。そのうち2つは昔から民間で賭場を仕切っていたマフィア・シンジケート系、そして1つは芸能関係大手の企業、1つは観光業界大手の企業、残る1つは、なんと教会関係のエンタメ企業だ。
「教会は昔からお祭りとか開催してたッスから、テキ屋みたいな担当もいたんスよ」
うーん、まぁ、日本でも昔は寺社が賭場だったりしてたしなぁ。
「聖イリヤは寛容なんス」
イリヤ様というより、テンマ様が寛容なんじゃね?
「そッスね」
それにしても、唯一にして最大っておかしくね?
「唯一の公認で」「最大の歓楽街ってことッス」
つまり非公認の小さな歓楽街がいくつかあるヨ、ということだ。
「テンマ様は寛容なんス」
トラムが終点「楼門前」に到着、とりあえず、花街の方へと向かう。花街との境界はぐるりと堀で囲われており、出入りは正面の楼門のみに限られている。橋も楼門も朱塗りの木造のように見えるが、ぽく見えるだけで、実際は強化プラスティックや混凝土製らしい。
「雰囲気は重要ッス」和風というか中華風というか迷う意匠の橋を渡り、楼門を見上げると楼閣には警備員の姿が見える。高さは10mあろうかという楼門は開いており、その下には人工島の入口と同様の近代的なゲートがズラリ並んでいる。ここから先は未成年者は絶対に立ち入り禁止。入出場管理が更に厳しくなる。
IDカードからは病歴、も読み取れるが、性病を患った履歴がある者は入場に際して、別途検査が必要になる。性病や感染症は花街にとって最大の禁忌なので、対応は厳格だ。
公認歓楽街ということもあり、感染症を広めた場合、本人が意図せず無意識だったとしても、罪に問われる。刑事罰以外にとんでもない額の賠償金を請求されるため、お客も検査を嫌がったりはしないし、自発的に検査を申し込むお客も少なくはない。
「ま、DTのアズマさんは気にしなくてもいいッス」ポンポンと肩を叩いてくるマリア
おめぇも未経験だろ、上から目線止めろや。
楼門から先、広い道路にオシャレなホテルや店舗が垣間見える。ごく普通の観光地のようで、アズマがイメージしていた退廃的な雰囲気は微塵も感じられない。
「ま、まだ日が高いッスからね」橋の途中で、くるりと踵を返すマリア
「まずは、カジノッス」
ここから最寄りの大規模ホテルカジノはカジノリゾートの奥に位置する教会関係の企業が運営するカジノだ。楼門前から歩くこと数分で到着。メインストリートから逸れて、白い瀟洒な大きな門をくぐると、正面に白い外壁で流線型にデザインされたカジノエリア、その奥に高層ビルのホテルエリアが見える。そして何と言っても特徴的なのは、その建屋の前に巨大な池が広がっていることだ。池のど真ん中に架かる橋を渡るのも良いが
「ココに来たらコレッスよ!」とマリアに引き摺られ、広い石段を降りた先にある船着き場へ。そこには2人乗りから6人乗り程度の綺麗に装飾された白くて細長い舟が係留されており、マリアは船頭さんに声を掛け、迷わず2人乗りの舟に乗り込む。船頭さんに促されアズマもマリアの後ろの席に乗船。
船頭さんから「ひと回りしますか?」と尋ねられ、すかさずマリアが「そうね、お願いするわ」とお澄ましモードで答える。
桟橋を離れた舟はアズマ達の後方に立つ船頭さんの巧みなオール捌きでスイスイ進む。真っすぐ対岸へ進んでいるわけではなく池の左岸へ向かい、橋の下をくぐり少し狭い水路へ入る。透明度の高い綺麗な水で、水路を上から覗くと、水中を青や赤や黄色の色とりどりの魚が泳いでいるのがはっきりと見える。可愛いッス、とはしゃぐマリア。
ぐるっとカジノの周囲の水路をスイスイ進んでいると、岸辺を歩く家族連れや、子供が手を振ってくれるので、アズマとマリアも全力で手を振り返す。
そんなこんなで、ゆったり15分程度、短い舟旅を堪能し対岸の船着き場に到着。ピョンと桟橋に飛び降り船頭さんへお礼を言って、石段を上ると、いよいよカジノ入口だ。
「さあて」マリアがペロリと舌なめずりする。
「行くッスよ、ア・ナ・タ」
一通りガロサム局長からヒアリングして、今後の対応を協議した後、局長には退席していただき、コバリと議長は一息つく。
隣室に控えていた秘書がお茶のセットが載ったワゴンを押してきて、コバリと議長に香り高いお茶を淹れてくれる。秘書は典型的な北方系、プラチナブロンドのロングヘアに碧の瞳、長身でスタイルの良い美女だが、身のこなしに全く隙が無い。
おそらく「加速」持ちだろうな、と思いながら、にこやかにお茶を受取り、まずは香りを楽しむコバリ。
隣室にはもう1人、巻角褐色肌の美人秘書が控えているが、こちらは強力な電磁気系の何か、を持っているのだろう。
中央評議会専任秘書室の秘書たちは、北大陸全域の官公庁、軍や警備隊などから選りすぐられた、最高峰の秘書として求められる高度な知識と技能に、戦闘能力併せ持つ面々だ。
選考基準として、容姿は二の次、という事らしいが、ここにいる2人を見る限り、それは怪しいもんだなと思うコバリ。
でも、まぁ何事にも建前ってのはあるものだしね、と特に言及はしない。
「どうかしたかね?」
薄っすら微笑むコバリに声を掛ける議長
「いえ」
「美味しいお茶ですね」
隣室にて控える北方系と極東系の美人秘書2人は、もちろん中央評議会専任秘書室の現No.1とNo.2である。今日のコバリとの「お茶会」については、議長から「人払い」の指示が出ていないので、隣室に待機しているが、これは、君達も話を聞いていて構わない、ということだ。
彼女達は常に議長とともにあるので、重要な機密を耳にすることも多いが、それを外部に漏らすようなことは絶対に無い。それは秘書室の矜持だ。
耳にした話の内容については仲間内でも口にする事も無いし、個人的な意見があったとしても、無論、余計な事は言わない、が、今日、議長とコバリが様々な事柄について討論していた内容を聞きながら、2人は思わず目を合わせ、頷いた。
コバリ・アオヤマは「万能」「金色の聖女」以外に、一部の高官からは「最後の1人」とも呼ばれている。
即ち、これまでの稀人が主に担う役割は、テンマは教会の統括、トマス博士は研究開発のリーダー、マリアは世界最強ではあるが「兵隊」であり、いずれも世界に多大な影響を及ぼす存在ではあるが、行政の中心で活動しているわけではない。
そして現れたコバリ・アオヤマは、顕現した直後から教会の後ろ盾もあって、政府高官、軍上層部と接触し様々な提案、助言を行った。そして誰しもが思った、ああ、これが次代のリーダーか、と。
今日、秘書2人も実際にコバリと接して、なるほどその通りだ、と納得した。もちろん、今すぐ議長が交替するという話ではない。稀人であるコバリにはこの先、何百年と時間はある。今は地固めの時、というところだろう。
「君達」
議長から声がかかる
「少し外で休憩してきたまえ」
わかりやすい人払い、だ。2人は並んで深々とお辞儀をして、音もなく執務室から退出する。
議長とコバリは穏やかにお茶を楽しんでいる様子だが、これから今まで以上に重要な話し合いがなされるのだろう。
「今日はこれから」
カップを置くコバリ
「何か予定は入っていますか?」
「いや」
「何かあるかもしれないと思ってね、特に予定は入れていない」
「君は?」
「私はこの後、セリナンソスで遊び呆ける予定です」
微笑みながら目を合わせる議長とコバリ。
「それで」
「今日、本当は何の話があってここへ来たのかね?」
「ええ」
「言付けを頼まれたのです」
「言付け?」
「はい」
「それはどのような?」
「これからの世界、についてです」




